目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第4話

 車を運転できず、タクシーを呼ぶ手持ち金も持っていなかったイロイは、ミツキを担いで、歩道をひたすら歩いていた。

 ズシリと重い少女の体を、一歩一歩踏みしめながら彼は進む。

 太陽は、下降線を描きつつあった。

「まるで、二年前の頃みたいじゃないか……なぁ、ミツキ」

 イロイは荒い息を吐き、苦笑しつつ独白した。

 まだ、イリーハル・ファミリーとは関係がなかった頃、彼らはつるんで、今と同じ仕事を、貧民窟で行っていた。

 イロイは、古武道の師範のところに個人的に通い、死ぬほどに打たれて帰ってきては、不機嫌にミツキの作ったご飯をもらいに来ていた。

 ミツキは同じ地域の人々から、悪魔の子と呼ばれながらも、様々な犯罪者と契約を結び、グラス・ショットを摂取していた。

 地獄のようなグラス・ショットの能力を使った現場で、自らの行いに嗚咽し吐くミツキとイロイが道を帰ろうとすると、それまで道路にたむろしていた連中はみな姿を隠し、聞こえるように陰口を投げかける。

 そして、中には石を投げて、嫌悪感をあらわにする者たちもいた。

 仕事帰りの二人は、抵抗するような元気がなく、罵声と石が飛んでくる中を、自宅の小屋までとぼとぼと歩いて帰った。

 ボロい小屋は一度ならず、いたずらや火を付けられて、そのたびに住居の場所を変えた。

「今日はうまくいったぜ?」

 包丁の能力で血まみれになりながら、ミツキは仕事のたびにイロイを振り返り、笑って見せる。

 いつかこの場所を出る。そんな希望を抱いてる笑みだった。

 結局は、イリーハル・ファミリーの利権に手を出して、命と変わりにその組織に属すという条件で、貧民窟から抜けてきたが、あの頃の笑みはまだ、時折ミツキは見せていた。

 それがなくなったのは、ホロミー・イェーズと契約してからだ。

 前面に伸びた影が三角の形を作っていた。

 その頂点から、ミツキの手がそこに向かって伸びている。

 イロイは急に不機嫌になりながら、道を歩いた。



 ネットワーク・ステーションで一室を陣取ったサティーブが、早速ロータ・システムにアクセスしていた。

 朝から実験を繰り返しているが、うまくゆかない。

 彼は、ロータ・システムから干渉し、サイロイドの体を乗っ取ろうと試行錯誤しているところだった。

 意識を圧縮して、そこに自分の意思を入れる作業だ。

 だが、どうやっても、不格好な操り人形じみた動きしかできない。

 いっそのこと、生きたサイロイドではない者を利用しようか。

 そう考えていた時、個室ブースのドアがノックされたのがわかった。

 サティーブはロータ・システムと接触を断った。

「どうしました?」

 彼は椅子に座ったまま、ドアを見つめて声を投げかけた。

「開けてくれますか? 重要なお話があります」

 警戒心のサイレンが緊急でサティーブの頭の中、鳴り渡る。

「どちらさん?」

 机の上にばら撒いていたグラス・ショットをまとめて、右手に握り、一錠を口に含む。

 答えはなかった。

 気配も消えている。

 サティーブはしばらく時間をおいて、ネットワーク・ステーションから道路にでた。

 するとそこには、似た顔をした二十代前後の男が三人、黒いスーツを着て、彼をまっていたようだった。

 男の一人が、近づいてくる。

「こんにちは、サティーブさん」

 笑顔だが、口調は棒読みで一切感情の無いものだった。

 サティーブはすぐに察した。

 ドロップス。人間界の取り締まり機構。  

 彼は奥歯のカプセルを迷わず噛み砕いた。

 とたん、先頭にいた一番近くの男のが顔面に数発の銃孔が開き、後ろのめりに倒れた。

 それを見ていた残り二人は、ゆっくりと近づいてきた。

 サティーブは、もう三錠、グラス・ショットを口にして、二人目に拳銃の能力を見舞った。

 最後の一人に彼は向き直った。

「動くなよ。同じ目に合いたいか?」

「構わない。別の者が、君を処理するだろう」

 ドロップスの男は、淡々と言いいつつ、サティーブに懐から抜いた拳銃を向けた。

 カプセルを砕く。

 拳銃は、一瞬にして吹き飛ばされた。

「あんたらに少し用がある。来てもらおうか」

 サティーブは、男を先に進めて、ネットワーク・ステーションに再び戻った。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?