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第3話

 ミツキは事務所のソファに座ったまま浮遊ウィンドウを開くと、フォロイ・ミルガンを検索した。

 サイロイド協会会員。住所、協会本部宿舎。年齢十六歳。前科、二年前、近所のペットである犬や猫をナイフで殺害しまわったとして、器物破損の容疑で執行猶予を受けている。

 学校には行かず、協会内で独自教育を受けている。

 ロータ・システムに異様に興味を持ち、すでにグラス・ショット中毒である可能性が高い。

 過激といえば、ロジィの言う通り、ロータ・システムのサイロイド使用に関してもっと公に開放すべきだと主張して回っている点か。

 最近はコープラザ研究所に出入りしているらしい。

 ミツキはそこまでチェックすると、携帯通信機を取り出して番号を入力した。

『……なんか用か?』

 応じてきたのは、トリューユの声だった。       

「フォロイ・ミルガンの件で」

『なんだ、おまえらもあいつを追っているのか』

「そちらも、臭いと?」

『かなりな。ただ、相手のコープラザ研究所の連中はリロンゾ・ファミリーと繋がっていて、手だしができねぇ』

「情けない警察だなぁ」

『なんとでも言えよ』

「コープラザ研究所なら、ウチがなんとかする。フォロイの身柄を早々に確保して欲しいんだけど」

『悪くない話だが。派手にやるなら、こちらも黙っているわけにはいかないってのは、理解しているよな?』

「期待しているぜ、にぃさんよ」

 そう言ってミツキは一方的に、通話を切った。

「さて明日は忙しいよ、イロイ」

 呼ばれて、イロイは立ち上がった。

 無表情な少年は、刀を収めた鞘が入った袋を担ぎ、あくびをした。

「……まあ、なんかわかんねぇけど、斬りに行くんだな?」

「……いや、そうなるけども……」

 ほかに言い方はないのかと、ミツキは思ったが、少年に酷な思いをさせるだけだと気づいたので変な要求をするのはやめにした。



 朝、二人は車に乗り、まずはポトリー・コーポレーションに向かった。

 三階建ての建物、正面に停めて、それぞれ正面玄関から入ってゆく。

中は出勤したての職員たちが、のろのろと鈍い動きで仕事の準備をしている。

 グラス・ショットを口に含んだミツキに迷いはなかった。

 カプセルと噛み砕こうとした瞬間、彼女は左手首を掴まれそのまま、持ち上げられた。

 何のことかわからずに見上げると、銀髪で黄色い瞳の男が、不敵な笑みを浮かべてミツキを見下ろしていた。

「おい、妖怪の一匹を捕まえたぞ」

 ミツキがちらりとイロイに視線をやったが、彼は気配を消して立っているだけで動こうとしない。

 この状況で彼が反応しないということは、男がグラス・ショットでいつでも能力を放てられるということだと、合点した。

 そうなると、ミツキも下手に動けない。

「なんだ、朝から……?」

 社員の一人が、二人に訊く。

 他のサイロイドたちは、それぞれが関心もなさそうに動いている。

「ナインテールの尻尾の一本だよ。どうする?」

「ナインテール? ああ、あの連続殺人の……」

 言ってから、重大なことに気付いたように、数人が驚いて声を上げる。

「やばいだろう、警察にすぐ連絡だろ?」

「そいつら以前、会長を襲撃した奴らだ! ただで帰すな、フォロイ! 丁度、実験体が欲しかったところだ」 

「そうだな。ちょっと付き合ってもらうか」

 フォロイと呼ばれた銀髪の男は、再びミツキを見下ろした。

「貴様には、利用価値があるようだ。よかったな」

 そして、イロイを振り返る。

「おまえは要らないそうだ。何処へでも好きなところに行きな」

 イロイはただ、立ち尽くしているだけだった。

「イロイ、さっさと殺れ! あたしのことは気にするな!」

「お嬢ちゃんは、いいから、来い」

 左腕から吊り上げられ、つま先だけが床に着く恰好で、ミツキは社内の奥へと連れていかれた。

 その時だった。

 二人の姿が見えなくなった瞬間、イロイが跳んだ。

 まず、目の前の机に座っている男に、抜きざまの一閃を喰らわして首を飛ばし、並びの社員を次々と刀を振って斬り倒してゆく。

 一階は騒然となった。

 だが、イロイを止める者は一人もおらず、一方的に社員は斬り殺されていった。

 最後に受付嬢のところに歩いて行った少年は、怯える彼女らに表情のない顔を向けて、やすやすと刀を振るった。

 返り血で染まった黒いパーカーがずっしりと重くなったために、彼はその上着を脱ぎ棄てて、白いTシャツ一枚になった。刀を鞘に納めると、滲んだ血がところどころ赤く染まっているのを気にもしないで、フォロイとミツキを追った。

 エレベーターの数字を見ると、彼らは二階に行ったらしい。

 彼は横にある階段で昇って行った。

 そこは白く薄いキャスター付きの敷居がところどころに立てられた、ラボといった雰囲気の空間だった。

 ミツキはスキャンの機械のようなものの上で、身体を固定されていた。

 床に、ばら撒かれたグラス・ショットのカプセルがあった。

 多分、口の中の物も取り出されているのだろう。

 フォロイの姿はどこを見ても見当たらなかった。

「ミツキ!」

「イロイ、来ちゃダメ!」

 走り出そうとした彼の首の裏に、凄まじい衝撃が落ちてきた。

 一瞬、目の前が真っ暗になり、意識を失いかける。

 だが、イロイは無意識で、その場から離れて何とか頭の中を覚醒させる。

 視界がぼやけたまま、周囲を見回す。

 すると、銀髪のフォロイが二階の入口付近に立っているのがわかった。

 手には拳銃を握っている。

「知っているぞ。おまえはグラス・ショットを全く摂取していない貴種らしいな、イロイ」

 フォロイが腕を伸ばして、イロイの体に狙いをつける。

 イロイは鞘の刀を縦にして握り、足腰に力を込めた。

 そうする間に、ミツキの頭部が機械の中に押し込められていた。

「これが、この少女の契約内容か……」

 傍にいた技師が、機械脇のディスプレイに移った文字列を見ながら呟いた。

「……どうします?」

「全て、消去だ」

 訊かれたフォロイが、簡潔に答えた。

 技師は頷く。

「待て!」

 イロイが叫んだが、間に合わなかった。

 ミツキのホロミーと結んだ契約が次々と消去されてゆくのが、ディスプレイに浮かびあがった文字列でわかる。

「やっぱり、ホロミーとの契約者か」

 フォロイは、納得したように呟いた。 

 銃声が鳴った。   

「おっと、おまえは動かないでおいてもらおうか」

「……殺すぞ?」

 イロイはすでに感情を解き放ち、唸るような声で一言、放った。

「やってみろよ、野生児?」

 イロイが急に笑った。

 フォロイは相手の意図がわからず、一瞬、迷った。

 その時、技師が叫びをあげた。

「なんだこれば!?」

 ディスプレイの文字列が急に不規則になったかと思うと、   

 とたん、室内の蛍光灯がすべて破裂した。

 端末に異様な負荷の掛かる程の電流が入り、浮遊ディスプレイが掻き消える。

 唯一残っているのが、スキャナーとその画面映像だけだった。

『ふん。おまえら、何覗いているか、わかってないな?』

 スピーカーから不機嫌にも取れる愉快そうな、相反した口調の声が響いた。

 スキャン装置が、ミツキを拘束したまま、縦に立ち上がる。

 フォロイは、急いで口の中にグラス・ショットを含んだ。

「……どうなっている……」

 技術者が思わず口にする。

 吊るされた形のミツキに、意識らしきものは無かった。

『おっと。この娘は人質だ。興味ないかね? 私こと、ホロミー・イェーズ唯一の契約者だ』

 室内の視線が集中した。

「ホロミー・イェーズ? 知らないな。何かの酒の名前か?」

 フォロイは笑みを浮かべて、カプセルを噛み砕いた。

 だが、何も起こらなかった。

『甘いな、甘いよ……。おまえは、別の相手だとしても契約を行う者に対して契約を使おうというのかい?』

 意識がないはずのミツキの口角が皮肉に釣りあがった。

「くそっ!」

 急いでもう一つのグラス・ショットを、口にするフォロイ。

『遊びはここまでだな』

 ホロミーの声がした瞬間、フォロイの姿は消えていた。

 同時に、室内があっと言う間に血だまりの空間になる。

 技術者たちは、皆、引き裂かれ、天井付近の壁から腸や細く切った筋肉などで、パーティーの装飾のように飾られる。

 その中を冷静に歩いたイロイは、、ミツキを固定していたベルトを外し、肩に身体を載せた。

『おいおい、どこ行く気だ? お祭りはこれからだぜ?』

 イロイは、ホロミーの声がするデッキを、刀を収めた鞘で思い切り叩き壊した。

「ミツキはおまえらの玩具じゃない」

 言い残し、彼はポトリー・コーポレーションをあとにした。

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