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第2話

2      


「で?」


 ビーチ・チェアで、疑似アルコールのカクテルをテーブルに置いて、サングラスをかけ、寝そべっているミツキに、イロイは低く様々な疑念を最小限に込めた声を出した。


 太陽が照りはロータ・システムの姿を隠すほどだ。


 四十階建てビルの屋上だった。そこは高級会員制プールだ。


 ミツキは薄着に近い洋服ともとれる水着姿で、プールサイドの一郭の花と咲かせているつもりだった。


 隣のチェアーには、引き締まった上半身を晒した、イロイがいた。刀は常に握っていた。


「で? ってなによ? ほら、せっかくの贅沢なんだから、あんたも楽しんだら?」


「何があるかと思ったら、ビルの上に深い水溜まり造っただけの場所じゃないか。なにしろって言うんだ」


  ミツキが、悪戯っぽい笑みを彼に見せる。


「イロイ君としては、どこのお姉さんがいいかな~? ほらあそこの長髪の子? それとも、今プールの中ではしゃいでる、ショートの子?」


「……別に。興味もわかん」 


イロイは多少不機嫌に答えた。


「あんた、まさか……!?」


 ミツキは、手に口をあてて、驚愕の様子をわざと強調する。


「ごめんね。じゃあ、あっちの筋骨隆々の……」


「まてっ! 断じてそっちじゃない!」


「なんなのよ? わかってるわよ、面白くもない」


 やれやれという風に、ミツキは頭を振り、カクテルを手にしてチェアーにもたれかかった。


「……あいつらが、俺たちみたいのをまともに相手すると思うか?」


 イロイの冷めた口調に、ミツキは無言だった。


「実力次第だって、見せてあげるわよ。だいたい、ここの連中は頭の固い前の世代じゃなく、いいとこで育ったボンボンたちよ」


 ミツキは、グラス・ショットを一錠、飲み込んだ。


 ふふんと鼻息をならして、カプセルを口に含み、そのまま飲み込むと、指先ををくるりと回す。


 とたん、プールの水がこちらの端から、高く盛り上がりだし、一気に崩れて、向こうはしまで、巨大な波を造った。


 中に入っていた者たちは、驚き騒いだが、波が収まってくると、それぞれが歓声を上げた。


「すごいわね、貴女。契約者なの?」


 声をかけてきたのは、グラマーなビキニ姿の女性だった。


 頭までプールの波にのまれたらしく、バスタオルで長髪を拭きながら、ミツキの横に立つ。


「まー、そうです」


 ミツキは控えめに答えた。


 相手は二十歳前後とミツキは見たが、物腰が洗練されていて、もう少し大人のような雰囲気を持っていた。


「それなら一つ、頼みがあるんだけど、聞いてくれない?」


「何かお困りで?」


 待っていたモノが釣れた。ミツキは内心ニヤリとした。


「ええ」


 言って彼女は、ミツキのビーチ・チェアの横に腰を下ろした。


「知ってるかしら。最近の事件でバラバラ殺人があったの」


「ええ、ニュースで見ました」


「あの犠牲者、実は私の知り合いなのよ」


「それはお気の毒に」


「それで、警察じゃあてにならないから、あなたに頼みたいなって」


「会ったばかりの私を信用するのですか?」


 ミツキは軽く皮肉を交えた。  


「依頼でしたら、前金として依頼料、後払いで経費プラス成功報酬となっています」   


「わかったわ。お願いさせてもらうわ」


「では、貴女のお名前と連絡先、その男性のお名前、住所、勤務先を教えてください」


 女性の名前はロジィ・リッタ。ミツキの携帯通信機に連絡先を記憶させる。


「ひと泳ぎしてくるわ」 


 ロジィがプールに入る。


「どうよ? 効果有ったじゃんか。仕事だぞ?」


 ミツキは誇らしげに、イロイを見下ろした。


「あー、まぁそうだな」


 渋々といった言葉の割に、鼻を鳴らしてそっぽを向く。


「何よー、不満でもあるのー?」


 彼の態度を、ミツキが指摘する。


「いや……」


 イロイはプール際を改めて眺めていた。


 そこには、上流階層の若い女性たちが水着で姿で、のんびりしているところだった。


「たしかに、悪くないよな」   


 全く別の意味で答える。


「……あんた、視線からあたしを排除したのは何故だ」


「ぺたんこだからだ」


「天国送ったろか!?」


 ミツキが殴りかかって来そうなので、イロイは早々に最上階のプールから降りることにした。


 そこを数人が陰で見張っていたことに、二人は気付かなかった。






 サティーブ・ヴァーリは、昼過ぎに目を覚ました。


 十六歳。家庭の不和から一人暮らしを初めて、仕送りと夜の肉体労働のバイトで生活している。


 学校は行く気がなくなって数日が経っていた。


 中等部から高等部まで一緒だったリズリー・ミートンが殺されてからだ。


 特に親しかった訳ではない。話を始めたのも、高等部に上がってから少しするぐらいだった。


 彼はリズリーと話してみて、一気に彼女に魅かれた。


 行かなくなった時、学校ではリズリー・ミートンの怨霊話がまことしやかに語られていた。


 バラバラになった自分と同じく、呪いをかけられたものは、同じ目に合わせられるというものだ。


 リズリー・ミートンは契約者ということになり、生前、恨んだ人間に呪いを掛けたことになっていた。


 リズリーがそのようなことをするはずがない。


 彼女と話したことのある彼は、そう確信していた。そして、噂が煩わしくなって学校を休みだした。


 久しぶりに登校してみると、噂は彼女が持っていたスケッチブックの話になっていた。


 孤独なリズリーの唯一話し相手になっていた同じクラスの少女は、無理やり吐かされる形で、そのことを口にした。


 スケッチ・ブック描かれていた、様々な残虐極まりない絵の存在を。


「例えば、どんなのがあったの?」


 怖いもの見たさかゴシップ趣味か、クラスメイトの一人に訊かれて、少女はためらいながら答える。


「えっと、バラバラな人が飾られた絵とか……」


「……待って、それってこの間の、喫茶店で起こった事件のことみたいじゃない!?」


 クラスメイトは短い言葉を聞いて、悲鳴と驚嘆が混じった複雑な口調で叫んだ。


「いや、あのその……」


 少女は言いにくそうにしながら訴えようとしたが、結局諦めたようだった。


 話はリズリーのノートの件で一気に盛り上がってしまったのだ。


「覚えているなら、詳しく教えてくれないか?」


 サティーブは少女を囲んだ周りから、脇に強引に引き寄せた。


 不満の声が上がったが、友達も作らず、正体不明の一匹狼で通してきたサティーリブの睨みに、生徒たちは引き下がった。


「えっと、例えば……」


 少女が自分の机からノートを取り出して、リズリーの絵を真似て描いた。   


 さすがに話し相手になっていただけのことがあり、画力はなかなかのものだ。同じ美術部だったのを、サティーブは思い出した。


 数枚できあがったものは、まるでホラーの挿絵などよりも生々しく、怪奇に富んでいた。


 天秤で人の頭部を計る、首なしのサイロイド。身体中を引き裂いて、肉体と内臓を部屋に飾る風景画。バラバラにされた身体が生け花のように一つの鉢に刺されてそそり立つデザイン。


「まだこんなものじゃなくて、いろいろあったんだけど……」


「十分だわ」


 サティーブはどういうものか確認さえできればよかった。


 このうち、二つが現実と化して、ニュースで報じられている。


 一つは室内を死体の身体で飾るものと、バラバラにされた身体を生け花のようにされたものだ。


 サティーブは彼女と連絡先を交換してから、再び学校を休みだした。


 犯人の意図がわからない。


 ただのイマジネーションの足りない殺人鬼が、リズリーの絵を基にして犯行を行っているのか、それともただの偶然か。


 昼間に起きて、歯を磨くとコンビニで買いだめしているカップラーメンを食べる。


 彼が確信しているのは、怨霊などではなくリズリーが生きていることだ。


 これはロータ・システムと契約者を真似た、サイロイドの模倣犯だと結論づけた。


 だとしても、リズリーはどこへ?


 彼女の悲劇的最後は、ニュースにもなってハッキリと死亡を確認されている。


 犯人はスケッチブックだけを奪って、それを真似ているのだろうか。


 何故?


 サティーブは部屋着を着替えてリュックサックを背負い、外のバイクに跨る。


 道路を目いっぱい高速で突っ走ると、頭は冷静になっていた。


 どうやって犯人を見つけるか。


 思いついたのは、危険極まりない残酷なものだった。


 ロータ・システム内で契約を行い、リズリーのスケッチブックに描かれていた現場を再現するのだ。


 犯人にその情報が伝われば、何らかのアクションがあるはずだ。


 それを手がかりにすれば、もしや……。


 彼はバイクを細い路地にいれて、ゆっくりと進む。まだ開いていない、というよりいつ開いているのかわからない店の一つで、止まった。


 横付けしたのは、シャッターが半分ほど閉まった、居酒屋風のバーだった。


 インターフォンを鳴らすと、奥から人が動く気配がして、ドアが開いた。


 前髪の短い、眼鏡を掛けた少女が現れる。


「ボトル二つ分」


サティーブが短く言うと、少女は一旦姿を消してから、注文のグラス・ショットを持ってきた。


 金を渡して、交換するとサティーブは何も言わずに、その場からバイクを進めた。


 真っ直ぐ自宅に戻り、疑似ビール缶の中身を半分ほど一気に飲み干す。


 そして、彼は初めてロータ・システムに接触した。


大小の光球が散らばって惜しみない明かりを灯している光景は、幻想的で眩暈を起こしそうなほどだった。


 彼は一人の光球に近づき、軸索を接続した。


「……何か用かね?」


 元人間の光球が、驚きもせずに尋ねてくる。


「契約を結びたいのですが、どなたか知りませんか?」


「それなら、一人紹介できるが……」


 光球はあっさりと別の光の球を呼んだ。


「どんな契約が良いかな?」


 新しく表れた光球が訊いてくる。


「拳銃がいいですねぇ」


「ふむ。丁度、持ってたものだ。使用済みだが、それで良いなら提供しよう」


 こんなにも簡単なものだのだろうか。


 サティーブはやや拍子抜けした。


 緊張もほぐれたので、契約を約束した彼は、二つの光球に話題を振った。


「最近の地上の事件でバラバラ殺人が目立っているのですが、何か心当たりはありませんでしょうか?」


 サティーブはダメ元で訊いてみることにした。


「ああ、そういう契約をした奴なら、知っている」


 あっさりと当たった。


「……契約者と履行者ですね?」


「噂でしかないが、どうも新参ものらしい。契約者はドロップスに追われているのか姿をみせないが、履行者なら今、地上にいるはずだ」


「名前や特徴は?」


「さぁ。そこまではわからん」


「契約したということは、まだ犯行は続くと見ていいでしょうか?」


「多分、そうだろうな」


 サティーブには、それだけで十分だった。


 ロータ・システムから自己を降ろすと、彼はリュックサックに疑似ビールの缶を幾つかいれた。


 そして再びバイクを走らせ、近くの山の奥まで進んだ。


 疑似ビール缶を、転がった岩の上に、不規則に並ばせる。


 距離をとり、ボトルから数個のグラス・ショットを口に含ませた。


 カプセルを三つ、奥歯で砕くと、ほぼ同時に三本の缶に穴が開き、中身を噴き出させた。


 契約は本物だった。


 である以上、次の囮作戦は実行を決定された。






 トリューユとラクサはコープラザ研究所を訪れていた。


 彼らは一般のグラス・ショット製造社の名刺をもって、企業見学を希望していた。


 コープラザ研究所は専属の若い女性社員を一名付けて、明るい応接間で丁寧に会社の説明を行ってくれた。


「つまり、ロータ・システムの解明が、主な研究目的で?」


 トリューユは、一通りの話を聞いた後に、尋ねた。 


「ええ、現在のところは。しかしながら、それは研究の一通過点でしかありません」


 女性は微笑みながら答える。


「将来的には、ロータ・システムの管理・運営を目指すことになるでしょう」


 ラクサは目を丸くさせながら聞いていた。


「管理・運営って、ロータ・システムをですか!?」


 思わず、同じ言葉で訊き返していた。


 女性は優しく頷いた。


 知の集約地であり情報の海のロータ・システムに介入するなど、サイロイドの存在からすれば、途方もない考えにしか思えなかった。


「それで、現在は積極的にロータ・システムの人間との契約を結ばせていると」


 コープラザ研究所の主な活動をトリューユが要約し、確認した。


「ちょっとお聞きしたいのですが。この人物がここを訪ねたことはありませんか?」


 彼は携帯通信機の機能で写し、プリントアウトした写真を差し出した。


 銀色の髪に黄色い瞳。グレーのスーツを着崩した男だった。


「こちらの方が何か?」


 唐突に訊かれて、女性は心持ち戸惑ったようだった。


「貴社のところで、契約を結んだはずですが、本人は行方不明になってしまいまして」


 トリューユは嘘は言っていない。


 事実、行方不明なのだ。


 女性は慌てたように、少々失礼しますと言って席を立った。


「あー、今まで普通にしてたのに、急に刑事口調出すんだもんなぁ、この人」


 ラクサが聞こえるようにぼやく。


「なんだよ。どうせいずれ切り出すんだ。多少威圧する程度が一番なんだよ」


「ハイハイ。なんでも脅せばいいってもんじゃないけどねぇ」


 さらりと、トリューユの言葉を否定する。


「なんとでも言ってろよ、素人のガキめ」


「ひっでぇ言い方だなぁ」


 少女はぷいと顔をそらして、出されていた珈琲を啜る。


 やがて現れたのは、先ほどの女性社員ではなく、細身で眼光の鋭い無表情な中年男性だった。


「失礼しました。この方をお探しということで」


 男は写真を、テーブルのトリューユの前に置いた。


「残念ながら、弊社にも関係者にも、この方はおりません。会社説明も終わったようですし、お帰り願いますか?」


 ほら見ろと言いたげなラクサに、トリューユは口だけの笑みを作った。


「あんたのところがリロンゾ・ファミリーと関係しているのはボスのモーデフさんに訊くまでもなく把握ずみだ。問題は、この男が、リロンゾ・ファミリーに手を出しているという事実なんだよ。ここで、我々を帰していいのかい?」


 急に強気にでたトリューユに、男は鼻白んだのを隠すように、咳払いをした。


 トリューユは、畳みかけるように続けた。


「名前はフォロイ・ヒルデガン。何故か、あんたらのところに雇われている契約者だ。何をしようとしている? リロンゾ・ファミリーに手を出していると知れていいのかい?」


 男は無表情をさらに固くしたが、あきらめたように口を開いた。


「……フォロイには、実験を行ってもらっています。決して、ファミリーの邪魔はさせてはいません」


「保証はできるのか? その首で」


「……見ていていただきましょう。我々が何をやっているかを」


「フォロイの居場所はどこだ?」


「それは、お教えできません」


 トリューユがテーブルーを掌で思い切り叩いた。


「この期に及んで白を切っても無駄なんだよ!」


「教えられないものは、教えることができません!」


「そう、モーデフさんに伝えていいのだな!?」


 男の顔には汗が噴き出ていた。


「ロスジェネックと、リズリー・ミートンの事件、全てこいつの仕業だろう!?」


 男はだんまりを決め込んだ。


「このままじゃ、イリーハル・ファミリーとリロンゾ・ファミリーの抗争になるんだぞ? わかっているのか!? その時でもあんたは、高みの見物を決め込めると思っているのか、本気で!?」


「彼は今度のプロジェクトに不可欠な人材なのです……」


 絞り出すように男が声を出す。


「他を見つけるんだな。フォロイはやり過ぎた」


 男は深く息を吐き、背もたれにもたれた。無表情な顔に多少疲れが浮き出ているのがわかる。 それから次に、フォロイ・ヒルガデンの住所と連絡先を口にした。


「よし、協力感謝する」


「あんたたちは……?」


「警察局の者だよ」


「警察局? 危ないのはあんたらの方じゃないか……」


 男は飽きれたらしい。


「そんな簡単にいくかよ。この国はマフィアの物じゃない。殺人鬼の物でもない。市民のものだ」


「よくそんな綺麗事を並べられますね」


 皮肉を言われたが、トリューユは鼻で笑った。


「あんたらと違って、育ちがいいものでね」






 プールから帰った次の日の昼間。遅い朝を迎えたミツキは、リビングでバラバラ殺人の資料を集めていた。


 いつものオーバーオールスカートに、青いリボンを付けた姿だった。


 最初の被害者はリズリー・ミートン、十六歳。


 興味を失って久しい名前だった。


 ミツキは、疑似ビール缶を掲げ、一人で再会を祝す。


 次の犯行は、半月後にもう一件。次にその一週間後に一件。


 いずれも被害者は十代の少女で、共通点が明確に一点あった。


 それは、ニューフシャー学園という中高一貫校の、在籍者というものだ。


 リズリー・ミートンも、同じ学園に在籍していた。


 何か焦げ臭い。


 ミツキは気にせずに新しい浮遊ディスプレイを開き、ニューフシャー学園の来歴を調べる。


 一見、ただの進学校のようだった。


「おい、飯作った」


 パーカー姿が変わらないイロイが、いきなりキッチンから声を張ってきた。


「あー、後でいい」


「俺も後でいいと思ってたところだ」


「……なんで?」


 ミツキは、ディスプレイから彼に顔を向けた。


 するとキッチンに黒い煙が立ち込めているのがわかった。


「何してるの……?」


 あえて、ミツキは初めから訊いてみた。


 イロイは換気扇を回し始めて、疲れた様子でキッチンからリビングに移動してきた。


「色々焼いてみたが、どれもロクなものにならなかった。後を頼む。俺にはとてもかなわない」


 何かの戦いを相手をしたかのように言うと、彼は棚からカップラーメンを取り出して、ポットからお湯を注いだ。


「そんな、あたしだって嫌だよ……。余計なものは、全部捨てちゃってよ」


 時計を見たイロイは、ふむと頷き、再びキッチンに戻る。


「あー、もう!」


 彼女が視線の先で覗くとキッチン用品をすべて買い替える必要があるレベルだった。


 仕事を邪魔されたので、一気に機嫌が悪くなったミツキは、息を吐いてソファにもたれた。


 とてもじゃないが、今はキッチンに関わりたくはなかった。


 ディスプレイに集中すると、ニューフシャー学園の設立に関わった人物の一覧を開く。


 するとそこにはリロンゾ・ファミリーのボス、ネーザリュ・モーデフの名前が書きこまれていた。


「こんなところにまで、手を出してたのか……マフィアが学校ねぇ。世間体でも気にしてるのかな」


 一個では足りないらしく、イロイは二個目のカップラーメンに手を出していた。


 だが、この学校の生徒に手を出して、犯人はなんの得があったのだろうか。


 考えの基本に戻る。


「そういや、ロメィ・リードのところ、大人しいな」


「ポトリー・コーポレーション?」


 やや唐突なイロイの言葉に、ミツキはふむと頷く。


「あそこは、グラス・ショットを裏で売ってただけの、普通の会社だから。あたしたちが二人の代表のたま取った訳だし、あとはラージフォルの爺さんがどうにかしたんだろうね」


「それで朝方、ラージフォルから連絡が来ていた」


「どうして、それを早く言わないわけ、あんたは!?」


 ミツキは焦って叫んだ。


「いやぁ、寝てると言ったら、じゃあ起きてからでもいいって言うから」


 ミツキは立ち上がると、行くよといって、玄関に向かった。


 彼女らは車に乗って、イリーハル・ファミリーの本部に走った。


 正面から入ると、自分たちより年上の男たちが、丁寧に挨拶をしてくる。


 いつもの和室に通されると、十分もたたずに、ラージフォルが襖をあけて入ってきた。


「ごめんね、おじさん。遅くなっちゃって……」 


 ラージフォルは、正面の座布団に腰を下ろした。


「いや、気にせんでもいい。おまえの仕事は不規則だからな。仕方ない」


「それで、急にどうしたの?」


「この間の仕事の続きだ」


 彼はすっかりくつろいだ風で、続けた。


「ポトリー・コーポレーションを潰して欲しいんだ」


「あー、やっぱり頭潰しただけじゃダメだった?」


「そういうことだ」


「わかったよ。近いうちにでもやろうと思う」


 ミツキは一寸のためらいも見せずに承諾した。


「終わったら、報告に来ると良い。報酬もその時に渡そう」


「で、どうしてだ?」


 横から醒めた顔で座っていたイロイが、唐突に訊いてきた。


「どうしてとは、ポトリーのところのことか?」


 ラージフォルが訊くと、イロイは頷いた。


「……奴らは身売りしようとしているんだ。本拠のビルもファンランドに移そうとしている」


 ファンランドとは、振興開発地区の名前だった。


 そこは実験的に全面情報化の設備を整え、この国に新しい街として生まれようとしていた。


 利権は、リロンゾ・ファミリーがすべて握っている。


「ただの薬屋かと思っていたが、コープラザ研究所とつるんで、何やら色気を振りまいているようだ」


「リロンゾ・ファミリーと衝突する気?」


 ミツキは懸念を口にした。


「当たるなら、応じよう。当たらなければ、何もせんよ。ポトリーのところの不始末を掃除するだけだ。それも、ウチの傘下のものだからな」


 ラージフォルの声は静かだったが、筋は通しているという断固としたものがあった。


「じゃあ、ポトリーは本拠をもう移したの?」


「ああ、店舗ごと全員がファンランドに引っ越した」


「なるほどね。じゃあ、行ってみるわ」


 ミツキはいつも快活で物事にハッキリとしている。


 今回も、変わりなくその性格が表れていた。






 全国のニュースで取り上げられていた。


 謎の連続殺人事件の次に起こすであろう犯行の予告である。


 それはスケッチブックの紙に描かれたもので、描かれた絵に文字が添えられていた。


 包帯でぐるぐる巻きにされた人間らしきものが床に座っており、その身体中に釘が刺さっているというものだった。


 情報は一気に国中に走り、連続殺人の恐怖が夜の食卓を襲った。


 リズリー・ミートンが持っていたスケッチブックである。


 サティーブがミートン家から、盗んできたものだ。


 これに見覚えがあるものなら、背景でどこにこの残虐な拷問の末に死ぬ人物がいるか、わかるはずだった。


 犯行予告者の名前はナインテールにした。


 大した意味のないサティーブの思い付きである。


 だが、それから、九尾の狐を連想したか、犯行をリズリー・ミートンの呪いと説くコメンテーターまで現れた。


 テレビ番組というものは面白いものだと、サティーブは嗤った。


 サティーブは一足早く、バイクでファンランドに来ていた。


 夜中、犯行を行う建物の傍にある、建築途中のビルの中に陣取って、相手を待っていた。


 目の前の建物も完成間近のビルだ。


 看板はすでに添えつけられていて、コープラザ研究所と書かれていた。


 二時間も待ったか。辺りを警戒する様子もなく、堂々と男が一人道の向こうに現れた。


 銀髪でスーツを着た長身の男だった。


 サティーブは鉄筋に寝っ転がっていたが、跳び起きてシート越しに彼の挙動を伺う。


 男は真っ直ぐにコープラザ研究所に入っていった。


 彼がスニーカーの音をたてずにビルから降りた。


 その時、車が一台、研究所の前に止まり、重そうで中身が動いているズタ袋を、車内から降りた男たち三人が中に運んでいく。


 引きずり出すのに成功した。


 サティーブは内心で歓喜の声を上げると、しばらく車の男たちが戻ってこないか待ち、その様子がないので、自分も裏側から建物に侵入した。


 グラス・ショットを口に含み、壁一枚で男たちの近くまで密かに移動する。


 「で、これをどうするんだ?」


 男の一人が銀髪の男に訊いていた。


「放っておくといい」


 銀髪の男が言った。


 違うのか?


 サティーブは、てっきりこれから絵のような惨劇が起こるかと思っていた。


 だが、それはただの期待でしかなかったらしい。


 罠は失敗したのだろうか。


 彼らが帰ると、ズタ袋に入れられた人物だけが残った。


 どうするべきか迷ったが、いつまでたっても、人の来る気配がない。


 仕方ないのでサティーブは、人物の傍まで近づいた。


「おい……」


 声を掛けると、ズタ袋は奇妙に体をくねらせる。


 中からはくぐもった声がした。


 サティーブがナイフで袋を引き裂くと、中身はスウェットを着たどこにでもいる細身の中年男性だった。


 猿轡をされ、両手両足が針金で縛られている。


「静かにしてろ?」


 囁いて、猿轡にされていた包帯を切り取る。


「君は……!?」


「しーっ!」


 言いながら、男の喉にナイフを押し付ける。


「俺のことはどうでもいい。あんたはどこの誰だ? それとさっきのは?」


 男はわずかに怯えた様子をみせた。


「わ、私はコープラザ研究所の者だ」


「コープラザ研究所?」


 何のことかわからず訊き返した時、サティーブは外に人間の気配を感じた。


 彼はすぐに隠れようとしたが、一瞬で刀を抜いた少年が間合いに表れて、動けなくなった。


「あら、こんなところで。取り込み中だったかな? だったら続きをどうぞ?」


 声は少年の後ろから放たれてきた。


 ミツキとイロイだったが、サティーブには面識がない。


「誰だ、おまえら? まさかバラバラ事件の関係者じゃないだろうな?」


 カプセルを改めて口の中で動かすのに、サティーブは時間を稼いだ。それに、本当に相手の素性がわからない。


「まさかね。あんたこそ、誰よ。変な予告出したの、あんたでしょ? あれで釣れると思った? だとしたら、かなりお気楽なもんね」


 サティーブは幾ら相手が美少女だったとはいえ、嫌いになった。


「関係ないとしたら、あんたらはここに何しに来たんだ?」


「少しでもの情報収集と、そこの男に用があってね」


 二人と、中年男性を見比べるサティーブ。


「こいつは、なんなんだ?」


「ただの一般人よ」


 ミツキは適当なことを言って、無造作に彼に近づき、男性の脇にひざまずいた。


 サティーブの動きは、イロイが完全に止めていた。


「さて、解放してあげるから、さっさと帰りなさい。ラージフォルは怒ってないわ。安心して」


 言うと、男の両手足の針金を解いてやる。


「……ラージフォル、さん、の話は本当か?」


 男は怪訝そうに上目遣いに、ミツキを見る。


「本当よ」


「……ならよかった」


 手首と足首をさすり、男はよろよろと立ち上がった。


「ところで、あんたは?」


 男は落ち着くと、まだ弱弱しい声だが、サティーブに疑問を発した。


「余計なことを聞いて、時間を無駄遣いしないようにするんだな」


 サティーブは答えるつもりもないので、代わりに脅した。


 男が立ち上がろうとしたとき、一瞬全員の視界がずれた。


 見ると、そこには包帯で包まれ、身体中に釘を打たれた男が、壁を背にして、血溜まりを作っていた。


「なにっ!?」


 ミツキは、すぐに部屋の陰に飛んで身を隠した。サティーブは呆然として、その場に立ち尽くす。イロイは、男の死体を背に、刀を構えなおした。


「馬鹿な!? どこから!?」


 ミツキは小さな窓の浮遊ディスプレイにサーモグラフィーを覗いた。


 一人、建物の外に反応があり、すぐに消えた。


「くそっ! おい、サティーブ!」


 ミツキが少年の名前を叫ぶように呼んだ。


「おまえ、どうして俺の名前を……?」


 彼は訝しげにしつつ、動揺を隠して身構えた。


「そんなことはどうでもいい! 貴様のおかげで、無駄な仕事が増えただろう! 素人は引っ込んでろ!」


 ミツキは本気で邪魔そうに叫んだ。


「ふざけるな! どこの誰だか知らないが、俺にとって黙ってられる事件じゃないんだよ!」


「それを見てから言え、私情なんか知るか!」


 釘だらけの包帯男のことをミツキは言った。


 サティーブは一瞬、口ごもる。


 イロイの姿はいつの間に消えていた。


「おまえの半端な思い付きで、人が一人、無駄に死んだんだぞ!?」


「それは……」


 サティーブが黙ると、ミツキは改めて浮遊ウィンドウを確認して、物陰から姿を現した。


「少なくとも、事情を聞きたいね。あんたは何者で、どうしてあんなことをした?」   


 姿を現したミツキに、サティーブは鼻を鳴らした。


 何者かと思えば、ただの少女ではないか。


「お前みたいなものに、言うことは何も無いね」


「あら、見下してるみたいね」


 一変して余裕そうに、ミツキは短い髪の頭を掻いた。


「あんた、このままで済むはずないから、覚悟しておくことね」


 ミツキはそういうと、背を向けて建てかけの研究所から姿を消した。


 取り残されたサティーブは、手遅れに終わった死体をみて、舌打ちすると外にでて、バイクに乗った。






 成果なしといった様子のイロイと途中で合流すると、ミツキはオンボロの事務所に戻った。


 ソファに座ると、写真と音声認識を記憶させていた携帯通信機で、浮遊ディスプレイを開き、先の少年を調べ上げる。


 ニューフシャー学園在籍とはすぐに検索にかかった。


 生前のリズリー・ミートンと同じ学園。そして同じクラス。


 成績は中の下。出席率は低い。このままでいけば、単位ぎりぎりのところである。    「ふあぁぁぁぁぁ」


 両手を上げて、ソファにもたれかかった。


「なんだ、煩い」


 イロイが目を細くして睨んでくる。


「面倒くせぇ、色恋沙汰が絡んでるんだよ」


「ん? さっきの奴か? お年頃なんだから、当然だろう?」


 自分たちの歳など忘れたかのように、イロイが答える。


「先生、我々としては、生徒たちには恋愛より勉強を重点に当ててほしいところです」


「サイロイドも生き物である以上、無理でしょうな、校長」        


「くそめ……」


 毒を吐いてから、ミツキは調査を再開さした。


 契約者としての足跡が、ロータシステム内に着いていた。


 相手は誰で契約物は何かと、浮遊ディスプレイ内で足跡をたどって光球の元にたどり着く。 すぐに相手を解析する。


 前科三犯の男で、拳銃強盗と、麻薬、挙句に家族を怒りに任せて撃ち殺した最低な犯罪者だった。


 すぐに契約物は拳銃と知れた。      


使わす前に、潰しておいた方がいい。


 あんな激情で動く奴に武器など持たせておくのは、危険だ。丸裸にして、己を知らしてやるのが、大人しくさせる手の一つだろう。


 ミツキは、ロータ・システムに精神を接触させた。


「おや、久しぶりというには時間はそんなに経ってないなぁ」


 声は向こうから放たれてくる。


 ミツキの精神体は、いつの間にか重力圏に囚われていた。


だが、知らない雰囲気ではない。それどころか、相手が誰かすぐにわかるものだ。


「ホロミー。どうしたの?」


 ミツキは突然のことに驚いてみせた。


「おまえがつまらないことをしないか、待ってたんだよ」


 ホロミーは、ミツキの考えはわかっていると不気味に笑んだ。


「言っておくが、サイロイドによる、人間の殺害は、地獄行きの刑だ。わかっているか? 我々が重犯罪者に課すためだけに作られた、特注の拷問施設だ。そこにおまえは放りこまれ、歳負っても解放されず、死ぬまで苦しまされる」


「……なら、ホロミーに頼むよ。代わりにやってくれる?」


「却下だ。俺は人間は傷つけない。狩りの対象はサイロイドなんでね」


「どうして、サイロイド限定なんだよ、いつも思ってたけども」


「そんなものは決まっている。情報体を獲物になんてしてもつまらん。サイロイドなら、その身体をいじれば、恐怖という悦楽とともに、それを破壊する喜びが得られるからだ」


「……やっぱ、最悪だな」


 ミツキは露骨に嫌悪感を放出した。


「おまえは、私が見込んだだけあるんだ。最悪といっても、どこかそれに魅かれている自分を感じないか?」


 ホロミーは楽しげだ。


「そんなもん、感じたことなんか無いね」


 ミツキは即答したのは、心の内がわずかに震えているのに気付いたからだった。


「言っているがいい。だが、欲望は素直なものだ。いろんな形にい変わって、噴き出ようとする。おまえもいずれわかる。俺たちは、同類なんだよミツキ」


「ふざけるな!」


 ミツキはロータ・システムから意識を地上の体に戻した。


「誰があんな変態野郎と同類なものか!」


 叫んだ。同時に、テーブルのマグカップを壁に思い切り投げつけていた。


「あーあ……」


 イロイがその様子を眺めて、仕方ないものだと、ため息をついた。


「とりあえず、ポトリーとコープラザは叩きのめすとして、あのガキをどうするかだ」


 荒い息のまま、ミツキは独り言のように呟いた。


「……殺ろうか?」      


 刀を肩に掛けている少年は、単純な点に集約して訊いた。


「いや今のところ、放っておいてもいいかもしれない」


 彼を止めるには、ロータ・システムでホロミーに拒絶されたため、直接手を下すしかもうないだろうが、それにしてはどこかはばかられた。


 それよりも、リズリー・ミートンの事件が残っている。


 屋上のプールで出会った女性に、詳しく話を聞いたほうが良い。


 ミツキはそう思って、朝になったら彼女に連絡を入れることにした。






 依頼してきた女性、ロジィ・リッタは平日の朝にも関わらず、まるで待っていたかのようにミツキの声を歓迎してきた。


『それで、話を聞きたいのね?』


「ええ、できるだけ詳しいことを」


『場所はどこがいいかしら?』


「ウチの事務所へどうぞ」


『わかったわ』


 ミツキは事務所の住所を教えた。


「では待ってますので」


 通信を切りったミツキは、イロイが消えていたのでキッチンに素早く視線をやった。


 すると、少年は思った通りに、何かを作っている最中だった。


「ちょっとまったーーーー!」


 ミツキはイロイに叫んだ。


 露骨に煩いなぁという顔をして、イロイはミツキに首を向けた。


「何してる?」


「何って、飯でも作ろうかと。焼き魚と卵焼きでいいな?」


「……それはわかるが、どうしてぶつ切りにした魚をフライパンで焼きながら、卵を掛けた?」


 傍まで来て、ミツキできるだけ冷静に努めながら訊く。


「どっかでこんな料理があっただろう?」


「ハムエッグのことか、もしかして……?」


「応用だが、試してみた」


「没だ没! 食べ物への冒涜だぞ、おまえのしていることは!」


「……そうかー?意外とイケるかもしれないぞ」


「駄目だ、ちょっとどいてろ! 今からでも遅くない。魚と卵をあたしが救ってやる!」


 キッチンからイロイを追い出して、ミツキはフライパンの中を改めて覗いた。


 ミツキは、どうにか魚から卵を分離させようとしたが、出汁と醤油で味付けされたスクランブルエッグ状の物は、なかなか離れようとしなかった。


「……すまん、万策尽きた……」


 ミツキは素材に対して呟いて諦めると、焼けた魚を皿に移した。


 食べるとき卵をのけて、焼けた魚を口にしてなんとか誤魔化す。


「あんたもう、キッチンの出入り禁止ね」


 食べながらミツキはイロイに命令を下したが、少年は堪えた様子もなく、何故という表情を浮かべた。


 ミツキはあえてそれ以上、言わなかった。


 後片付けをすると、もうロジィ・リッタとの面会の時間に近づいていた。


 彼女らは、下の階の事務所に降りて、依頼者の来訪を待った。


 やがてしばらくして、インターフォンが鳴る。


「どうぞ。鍵は閉めてませんので」


 ミツキは机に着いたまま、ドアに向かって声を投げた。


 狭い空間で、壁はレンガを積んだ装飾になっている。


 暖炉の前に、机が一つと、その前にソファが向かい合わせで一対、テーブルをはさんで置かれているのが、ミツキの事務所だった。


 窓からは昼にかかる太陽の光が差し込み、脇にイロイが座っていた。


 ロジィ・リッタはプールで会った時よりも、大人に見えた。


 ビジネス・スーツを着て、長髪を巻き、ピンヒールを穿いている。        


「お久しぶりね。詳しい話を聞きたいと言われて、嬉しかったわ。ただの口約束じゃなかったんだから」


「どうぞ、お座りください」


 ミツキはソファを勧めて、自身も机を廻って向かい側に腰を下ろした。


「先日はどうも。私がここの所長のミツキです」


「聞いているわ。若いのに、かなりの実力があると」


「恐れ入りますね」


 その噂がどこら辺から流れてきたものか、容易に想像がつく。


 何しろミツキ事務所は事実上、イリーハル・ファミリーの外郭団体なのだ。


「それで、バラバラ殺人の件ですが」


 ミツキは、事件のことをほとんど調べていないことに、今更ながら気づいた。


 忙しくて失念していたのだ。


 ロジィが口を開いた。


「私はいわゆる、ある省庁の外郭団体に務めている者で、今回の事件は特殊性があり、我々だけでは対処が難しいと判断したのです。それで、あなた方の力を借りたいと」


 バラバラ事件と、ある省庁。


 普通は警察局を想像するが、それならそうと手帳を出して名乗るだろう。


「サイロイド協会ですね」


 ミツキが憚りなく言うと、ロジィは頷いた。


 サイロイド協会は、厚生労働省の指導下にある団体だった。


 そこでは、あらゆるサイロイドの生活・安全を図ることに努めている。


「実は、協会の中にいる強硬派が、ロータ・システムを利用しようとしているのです」


 強硬派といえば、対マフィア論者達か。


 だとしたら、それをマフィアの一端を担うミツキのところに話が持ち込まれるのは皮肉な話で、内心嗤ってしまう事態だった。


「具体的には?」


 ミツキは多少、意地の悪い質問をした。


 思った通りロジィは眉を寄せて難しい顔になり、困ったような様子だった。


「わかってます。バラバラ事件に関係ある人物が、協会内にいるのでしょう」


「それだけなら、話は簡単なのですが……」


 水を向けてみるとあっさりと彼女は、喋りそうになった。


「というと?」


 ミツキは遠慮なく追及する。


「……名前はフォロイ・ミルガン。協会内で暮らす孤児で、二十一歳です。彼が事件の一端を担っているのではないかと、我々は踏んでいます」


「ほう……」


「彼は粗暴なくせに、やけに頭のキレる子でして。少なくともこちらで調査した結果、バラバラ殺人の被害者のリズリー・ミートンの失踪時間に対するアリバイがありません。そして、彼はリズリー・ミートンが、あの小屋で一人でいる時間が多いことを知っていました、何故か。」


「それだけでは、まだ確証は得られないのでは?」


「確かにそうですが。フォロイは以前、頻繁にロータ・システムに接触していました。何をしていたかというと、サイロイドのロータ・システムへの意識拡張を考えていると」


「意識拡張と、バラバラ事件の関連は?」


「……わかりません。ただ、事件がリズリー・ミートンの怨霊の話となっているので。事件の日には必ず、彼の姿を見かけないと協会から報告が来ています」


「それではバラバラ事件は、猟奇事件が発端となった契約者の事件ではなく、もともとあった事件の契約者の仕業だと? この場合、フォロイ・ミルガンが契約者になりますが」


「はい。それで、詳しい調査を依頼したいと思ったのです」


 ミツキはため息をついた。


 複雑で、面倒そうな話だ。


「それで、彼がリロンゾ・ファミリーに近い団体に入り浸っていることも確認しました。それで、事態は我々だけでは手に負えないと、あなた方のところに来たわけです」


 ミツキは納得した。


 マフィアがらみなら、話はわかる。


 それにこれは、保身が一つ欲しくなる話だった。


「わかりました。我々への依頼の件はプールで話した通りです。それでよろしいですか?」


 ロジィは頷いた。


「では、朗報をお待ちください。どのような形になるかわかりませんが」


 ミツキは意味ありげに言って、仕事の話を締め切った。























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