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おぼろげに又はその人々
谷樹理
SFSFコレクション
2024年08月17日
公開日
41,387文字
完結
グリムという共感性を高めるクスリが蔓延している東京。
 そこにはエーデル機構という清野真琴が指導者となっている地上とは別のネットワーク組織があった。
 地上はカルト組織が勃興している。
 世は獣ににた化け物が往来する世界となっていた。
 半ば世をすてた少女、理湖は連続殺人鬼に両親を殺される。
 両親はエーデル機構の技術者だった。
 彼女はよく通う喫茶店で、殺人鬼を見つけるが、両親を殺したのは彼を真似た人物の犯行とわかる。
 エーデル機構は機能の一部を補完するためにDシステムというものを作っていた。
 人の獣化などがDシステムの仕業と噂されていたのだが。

第1話

 ユウキはカーテンが閉められ、間接照明のみの部屋で、一人壁に指を這わせていた。

 そこには、あらゆる事件に関するメモ、写真や証拠品が解決済みの物から未解決の区別無く雑然とびっしりと貼り付けられている。

 彼が指を止めたのは、少女の写真の所だ。

 表面が汚れて画質が悪いが、ニッコリと笑ったその表情は、いかにも可愛らしく、見る物を魅了する。

 薄暗い中、ユウキは無表情で彼女を見つめて、ブツブツと言葉にならない呟きが心から漏れるままにしていた。




「君がキドウ・ユウキかね……」

 区長は彼をつま先から頭の上まで眺めた。

 どう見ても、噂の能力者とは思えない。

 一応整えているがボサボサに近い髪、よれた上に着崩したスーツ姿で、表情には覇気もやる気も感じられない。しかも歳は二十歳とまだ若い。

 ユウキは死んだような目で、相手をただ眺めていた。

「はぁ。そうですけど。何か問題でも?」

 区長のニカイドウ・ウェウは、31年型。いかにも爽やか風な青年といった風情の外見だった。細身の身体にオーダーメイドのスーツを着て、艶やかな髪を整えている男性イマジロイドだ。

 クローン技術と生態素子の改造型アンドロイドといって良い。

 東京と埼玉の間にある特別自治区、臧目ぞうめ市はイマジロイドが占拠している市だ。

 執務室で、書類を見つめながら明らかにニカイドウは失望していた。

 東京から有能で敏腕な警官を派遣してくるのが習慣なのだが、今回はキドウ・ユウキという青年が選ばれたのだ。

 ニカイドウの颯爽とした物腰、涼やかな弁舌に有権者達は魅了されて、直接選挙で自治区長となった。

 早速、東京に要請したニカイドウは日本で最も治安の悪い臧目市も少しはマシになるかと期待していた。だが、目の前には見るからにゴミ溜の中から現れたような風貌をした、まだ若い人物があらわれたのだ。

 考えを改めなければならないかもしれない。

 ニカイドウは、露骨にため息をつく。

 臧目市で数少ない特別広域警察官として、全市を取り締まるべく送られてきた人物が、これなのだ。

 東京の警視庁にも失望した。いや、とっくに失望していた。やり方があからさまになって行くのが見え見えだ。

 オウミ・オキタという男がいる。

 臧目市では、この男を巡って騒ぎが起きていた。

 彼は各地でコミューンを作りあげて、露骨に臧目自治区に反抗を叫んでいた。

 趣旨は自治区の白紙撤回である。

 噂では行政機関にもシンパが多数いるようで、警保局も下手に手が出せないでいる。

 目下、特別広域警察官の目的は、オキタの逮捕だった。

 今回の東京からの出向も、事件の解決要員として一応、希望はもっていたニカイドウだった。

 だが、このザマだ。

 変に期待した方が悪かった。

 ニカイドウは苦々しく思った。

 これはすぐに逃げ出すか、ソウジ・イトウの二の舞だなと、ニカイドウは思った。

「いや、別に問題は無い。良く来てくれたユウキ警部補。これから大変だとは思うが、よろしく頼む」

 咳払いしてからニカイドウは形通りの言葉を吐いた。

「はぁ……。まぁ、それなりに頑張ります」

 気力のない返事だった。やる気のやの字も見られない。

 ニカイドウはすでに彼を見捨てていたために何も感じなかった。

 ただ、戸口のそばに立つ少女の怒りが、ひしひしと伝わってくる。

「閣下、なに諦めてるんですか。そんなに気にいらないなら、箱につめて警視庁に送り返してやれば良いじゃないですか」

「リオ巡査長……」 

 不機嫌な声を上げたのは、ショートボブにした髪で、青いスカジャンに、黒いタンクトップ、サルエルパンツを履いた小柄で華奢な身体つき少女だ。十七年型イマジロイドである。

 リオとだけ名前のある、特別広域警察官の巡査長だった。型は年齢と同じ数字をとるために外見は若いが、ニカイドウにも中身はいくつかわからない。当然のように、名前は偽名だ。

「やれないってなら、アタシがやりますよ?バラバラにして、箱詰めされたコイツを見れば、むこうも考えるでしょう」

「それでは、我々が犯罪者になるではないか」

 ニカイドウは真面目に応じる。

「犯人なんか、幾らでもでっち上げられますよ。まかせてください」

 リオは邪悪な笑みを見せる。

 当のユウキは、チラリとリオを見ただけで、平和そうにぼんやりとしたままだった。

 リオは舌打ちする。

「やってらんね。アタシは行くよ。あんたも勝手にしな」

 彼女は乱暴に扉を閉めて、執務室から出て行った。

 ニカイドウはため息を付く。

「まぁ、彼女が直接の部下だが、仲良くやってほしい」

 全てを諦めきった様子のニカイドウだった。




 池野区にあるアメリカ西部開拓時代のパブを思わせる店、トゥーム・ストーンでのカウンター席で、リオはマッカランの十二年物スコッチをグラスにロックで飲んでいた。

 飲まずにいられるかという心境だ。

「やぁ、特警リオ助。聞いたよ? 新しい保安官の噂」

 隣に座ってきて、特別広域警察の民間での呼び方をしてきたのは、不遜な笑みを浮かべたミキ・カリルという女性だった。

 長い髪をポニーテールにして、アルビゾートのルビーレッド・ウォッカをグラスに持った、十八年型だ。

 細い身体にタンクトップで、腰にホルスターをぶら下げて、ハーフパンツを履いている。

 臧目市でも有名な賞金稼ぎだ。

「何だよ、あんなぼけーとした駄目人間が、何の噂があるって言うんだ?」

 ムッとした様子でリオは返した。

「まだ、二十歳なのに警部補とか言ってるじゃないか。まぁ、こっち来るのにノンキャリを特別に昇進させたらしいけどな。ああ、今後一切特進はなくて、死んでも警部補のままだそうだ」

「へぇ。まぁ、一週間後が楽しみだな」

「おまえは、一週間とみたのね。じゃあ、アタシは十日に五万で成立な」

 ヒッヒッヒと、下卑な笑いを立てる。

「五万ねぇ。あいつ、早速賞金首になったじゃねぇかよ。たしか、五百万」

「ああ、速攻でイザマと同じ楽園行きだよ、多分な」

 横目でカリルをみながら、リオは眉間に皺を寄せてスコッチに口を付けた。

 イザマ・イタバシは、ユウキの前任者だった。

 リオは鼻で嗤うが、目が真剣だった。

「カリル、ユウキに手を出すなよ? もしおまえが殺ったら、整形技師のところに送り付けて、ブルドックみたいな顔に作り直してもらうからな」

 立場上の台詞だった。

 本当はユウキなど、どうでもいい。

「冗談。アタシがやるわけないだろう? それより、面白い話があるぜ?」

「あん?」

 目線をグラスに戻し、リオは面倒くさげな声をだす。

 それを無視して、カリルは喋りだす。

「テトリアブがユウキってのが、もっぱらの噂だ。そしてリラーラヴィル・ギグがユウキを警戒し出した」

 テトリアブというのは、ここ二年ほどでイマジロイドを十二体殺した異常な連続殺人鬼である。

 テトリアブは臧目市を震撼させる恐怖の対象となっていた。

 今は人間嫌いのイマジロイドが特別広域警察官にすら、逮捕を期待されている面がある。

 よって、ユウキのような正体不明の若造が来た時点で、期待が憎悪に変わるのだ。

 イマジロイドはその性質上、自己の保護には異様にこだわる。

 ロボット三原則『命令への服従』『人間への安全』『自己防衛』は最後が最重要視されるという、意外な結果になっていた。

 臧目市が特別自治区になったのも、それが原因だった。人間が最もイマジロイドを危険な扱いをするためだ。

 リラーラヴィル・ギグは、そんな臧目市各地に存在するギャング組織の一つだった。

 同じように点在するコミューンの一部を取り仕切っているため、彼等流の治安に対しては、彼等流の一家言があるほどだ。

「あの、死んだ魚みたいな奴がか」

 リオは一笑したところに、本音が漏れた。

 だが、カリルは意外にも真剣だ。

「変だと思わないか? 幾らイザマの件が会ったからと言って、あんなの送ってくるなんて。しかも二十で警部補とか、常識無ねぇよ? 警察学校はどうなってるんだよ。ノンキャリだからとか特進だとかいっても、怪しすぎる。警視庁のやり方を知らないおまえでもないじゃないか」

「それだけで結び付けるのは、早計だとおもうけどね。あとな……」

 やっとリオはカリルの顔を正面から見据えた。

「イザマの話は今後一切、無しだ。よく覚えておけよ、腕利きの賞金稼ぎ」

 カリルは一瞬、リオの鬼気迫る雰囲気に飲み込まれた。

 ごまかすために、軽く鼻で笑う。

「OKボス。イザマのことは無しにしよう」

 言って、彼女はテーブル席のほうに移動した。

「みんな幾ら賭ける? 早いもの勝ちだぜ。なんせ、もうユウキは殺られてるかもしれないんだからな」

 リオはつまらなそうな顔で、グラスに残ったスコッチを一気に飲み干すと、カウンターから離れた。




 昼間だというのに、薄どんよりとした雲が空に広がっていた。

 リオは冬から秋に変わりかけた不安定な天気のなか、時折、白い息を吐いていた。

 共同墓地は、同じ個性のない墓石が並んでいる。

 その一つの前で、彼女は口に咥えていた香料の紙巻きを目の前の墓に添えた。

「また新しい人間がこっちに来るってよ」

 イザマ・コバヤシと書かれた石に向かって、リオは語り書けた。

「いつまで持つかな? なぁ、イザマ」

 声は淡々としている。

 しばらく、そのまま立っていたリオは、呼ばれている区長の元へ、ノーヘルでニンジャにまたがった。




 ユウキは宿舎に荷物を運び入れ終わっているはずなのに、ほとんどの梱包をそのままにしていた。

 リビングとキッチン、それに部屋が一つという空間である。

 ソファをリビングに置き、テーブルをその前に置いただけで、彼はフローリングの部屋に閉じこもっていた。

 カーテンを閉め切り、暗い中を間接照明で照らしあげた証拠やメモをいつものように見つめて、指を這わせている。

「悪趣味までも極まってんのね、あんた」 

 ユウキの指が一つのメモの上で止る。

 部屋のドアの所にリオが腕組みをしながら立っていたのだ。

 首だけゆっくり向けたユウキは驚いた風もない。ただ、不思議そうな表情をしただけだ。

「鍵、掛けてたはずだけどな」

「あんなもん、アタシにかかれば、無いも同然」

 香料の紙巻きを咥えたリオは妙な自慢をする。

「ふーん、まぁいいけど」

 一方のユウキにはまったく危機感がない。

 むしろ、異様なほどに関心そのものがない。

「説明してもらいましょうか? あんたがテトリアブを名乗る連続殺人鬼の疑いがあるんだから」

「俺が? 何を根拠に」

 ユウキが首を傾げる。

 壁には殺人事件や人のプライベートのデータでいっぱいという、不自然極まりないものだった。

「どういう根拠がなくてよ? 大体、なにこの部屋? もう怪しさで溢れかえって大洪水だよ」

 リオは敢えて訊く。 

「説明とか面倒い事をする義理はないね」

 やんわりとだが断言したユウキは、部屋から出ようとした。

「動かないでもらおうか」

 リオは懐中時計のような小さな機械を手のひらの上に乗せているのを突きつけた。

 変換機だった。

 臧目市は電子ネットワークと、個体としてのイマジロイドが労働して作る物によって運営させている。

 変換機はネットワークに介入して、物質の電子的変形を行わせるものだ。

 今、彼女は廊下の上を地雷原に変えて敷き詰めていた。

 変換には性格や感情がでる。

 一歩の所に地雷を置けば事足りるのに、廊下まるごと敷き詰めてしまうとは。

 変換機はそれぞれ独自の暗号を使うために、奪っても意味が無い。今のところ、暗号解析機はないとされていた。

「おまえ、アホだろう?」

 ユウキは呆れたようだった。

 これでは、リオ自身も出られないではないか。

 ただ、その変換能力だけは評価できた。机の椅子にもたれて、一つ息を吐くと改めてリオに視線をやる。

「訊きたいことは、これのことだけか? なら仕事に必要な資料だといって、納得するかい?」

「ふーん。資料ね。そんな物、事務所に行けば幾らでもあるぜ?」

「個人でまとめたほうが、理解しやすい」

「まとめた物がこのざまかよ」

「ああ」

「気味が悪い。ほんとサイテーな趣味だよ、あんたのは」

「何とでも言えばいい」

 ユウキは相変わらず、まるっきりリオに興味にも持っていない様子だ。

 その時、二人の携帯通信機が同時に鳴った。

 それぞれが耳に当てる。

 警保局からの通達だった。   

 南町の繁華街で、立てこもり事件が発生したとのことだった。

 犯人はフール・レイという、ギャングとコミューンの面を持つ集団だ。

「知ってるか、こいつら?」

 ユウキは、やっとリオに向き直った。

「知ってるもなにも、半グレで有名な連中だよ。今までちまい事件ばかり犯してたけど、立てこもりとはね」

 リオは意外そうだった。

 軽く壁を指さす。 

「そこには、資料とやらは無いのか?」

「無い」

 小馬鹿にするように、リオは嗤った。

「クソみたいな趣味の上に、クソ役立たずか」

「何とでも言ってろよ」

 もう面倒くさいとばかりに、ユウキは椅子から立ち上がった。

「早く、廊下のゴミを元に戻してもらおうか。おまえと心中なん最後は、絶対に気に食わない」

 ようやく一瞬だけ、ユウキに感情らしさが現れた。

 嘲笑だったが。

「こっちだってご免だね」

 リオが変換機を握って軽く力を入れると、廊下の地雷は元のフローリングに一瞬にして変わった。

 そのまま、彼女は背を向けて玄関に進んだ。

 一緒に行く気が毛頭無いのだ。

 ユウキも気にした風も無く、出動の準備を始めた。




 繁華街の外れにある現場は遊戯施設が屋内に多数入った建物だった。

 ラ・ミーラという、意味不明な店舗の名前をしているが、とっくに潰れて今は工事待ちの廃ビルだった。

 リオがバイクで到着すると、パトカーが十台以上辺りに停まり、特殊部隊の姿も影に見える。

「状況は?」

 誰も指定しないで声だけ掛けたリオは、彼等に無視された。

 雰囲気はまるで活気がなく、時折、意味不明な嗤いがリオに向けられるだけだった。

 特別広域警察のリオは区長にも顔パスで面会出来るほどに立場が特殊だった。

 臧目市には警保局がある。特別広域警察はそれとはまた別の組織で、独立して行動する区長直属の存在なのだ。

 巡査長と階級は低いが、権力は警保局の局長並に強い。

 警保官達は余計なのが来たと、皆、鬱陶しがっている。

「これは、特警のリオさん。ご苦労さまです」

 南署の警保官が一人、ニンジャにもたれた彼女の元に、のんびりとやって来る。

 三十年型後半とみられる男だ。

「ご苦労さん」

 リオは気安い挨拶をする。

「しかし、遅かったですねぇ。とりあえず状況を説明しますとフール・レイの連中が、昨夜に侵入して建物を占拠したということですよ」

 他人事だという口調だった。

 実際にコミューンを作るイマジロイドは、世間から隔離した生活を送っているので、何事も自己完結する場合が多い。生き残るのは、大体がオウミ・オキタの息のかかっている連中だった。

「それにしても、派手じゃないか」

「一応ですね。どうやら、区民の何人かが中にいるらしい情報があったので」

 おざなりの対処に、リオは内心の不快さを隠しもしなかった。特警と呼ばれる組織と彼女が共に嫌われる訳である。

「で、遅かったというのは?」

 リオは香料の紙巻きを箱から一本取り出して咥えながら、引っかかった言葉の意味を尋ねた。

 警保官は、息を一つ吐く。

「すでに新任の特警の方が現れて、勝手に中に入って行かれたんですよ。我々は、その結果待ちというところですかね」

 聞いたリオの細い眉は、一瞬で釣り上がった。 

 ユウキが勝手に行動したのだ。

「あのクソ野郎!」

 リオは怒りでニンジャのタンクを握り拳で叩いた。  

 警保官はその様子を見てかすかに嗤いをみせたが、すぐに引っ込める。

「アタシも行く。警保局のはここで待っていろ」

 言うが早いか、歩きだしたリオに、警保官は小さくつぶやく。

「どうせなら、二人とも殺されてくれよな。やりやすくなるから」




 ユウキは到着早々に、警保官達を無視して、そのまま廃ビルの中に入っていった。

 そうすれば、事件は特警のものと既成事実ができる。

 リオも来るだろう。怒り心頭で。

 彼女が怒ろうが笑おうが、彼はこの事件化したもの自体を特警の物にしたかった。

 臧目市の組織犯罪は、ほとんどの場合、コミューンがフロントとなって、マフィアが裏で動いている。

 ユウキは特警の活動には興味が無いが、最低でも臧目にいる以上、マフィアは抑えておきたい。

 それで彼の望む静かな生活というものが叶えられるのだ。

 あとは東京の警視庁の話になるだろう。

 フール・レイ相手にしても、ユウキは手を出すつもりはなかった。

 正直に言えば、彼等に挨拶に来たようなものだ。

 ラ・ミーラの室内は薄暗く、廃ビルと言われたが意外にゲーム機や遊戯施設がそのまま綺麗に残っていた。

 彼は二階に行こうとして、足を止めた。

 視線の先にはエスカレーターがあり、特徴もない服装の男が、血だまりの中に倒れていた。

 ユウキは腰から改造したS&WのM19を抜いた。

 シリンダーの中の弾丸を確かめて、右手に構えると、ゆっくり足音を忍ばせて二階に上る。

 独特の腐臭が鼻を刺激する。

 クレーンゲームとビデオゲームが並んだフロアがまず目にはいる。奥には、ボーリング施設に続く自動販売機が並んだ廊下があった。

 気付くと、小さな人影そこに立っていた。

 だらりとして動かない姿は、人の気配が消えた中で、ひときわ目立つ。

 リヴォルバーを構えて近づいて行くと、影は少女のものだとわかった。

 セミロングでブラウスに、ショルダーベルト付きのスカートをはき、手に刀をぶら下げるようにして持っていた。

「……動くなよ?」

 ユウキは彼女に拳銃の狙いを付けて命令する。

 少女はゆっくりと顔を上げて、こちらへ暗い中、瞳だけを輝かせた。

 一瞬だった。

 距離があるというのに、跳ぶように間合いを詰めて刀を振り上げてきたのは。

 ユウキは、彼女の顔面と腰のすれすれ部分に弾丸を二発撃ち込んだ。

 爆音を鳴らしながら跳ぶ弾丸は、衝撃波を放って少女に叩き付けられる。小さな身体は、後ろに吹き飛ばされる。

 だが、意識を失うことも倒れることも無く、しゃがみながらも床に両足を付け、ユウキを睨みつける。

「警察だ。フール・レイのメンバーか? ここでなにをしている?」

 ユウキは、その目に銃口を向けて、問いただす。

 少女は口だけの笑みを浮かべた。 

「なーんだ、警察か。おそーーーーーい! あいつらなら皆、とっくにぶった斬ったあとだもんねーーー!」

 殺伐とした雰囲気が一気にかき消える。声は脳天気な口調だった。

 ユウキは一時、呆然となりかけて、すぐに我に返る。

 少女の刀が鞘に収まり、左手にぶら下げられた。

 よく見れば、少女は血糊に染まっていた。

 辺りに男女が、点々と倒れており、動く気配すらない。

「おまえがやったのか?」

「駄目だった? ヤバい、ひょっとして?」

 今度は恐る恐ると言う真似をわざわざやってくる。

 一筋の殺気を放ちながら。

 コイツはヤバい。

 ユウキは気配で察すると、拳銃を降ろした。

「おまえは? 人質かい?」

「そうなってるみたいだねぇ」

「名前は?」

「カタハシ・マユミ。十五歳だよ?」

「型は? 人間か?」

「型……はい、十五年型ですね、ハイ」

 ユウキの頭の中は、データを照合しようとフル回転していた。

 だが、マユミに合致する物は出てこない。

 ユウキは息を吐いた。

「面倒くせぇ……」

 彼はフール・レイに用があったのだ。

 それなのに、人質が全滅させてしまった等とは、考えの外だ。

 もっと楽をしたかった。

 せっかく臧目市に送られてきたのだ。

 せいぜい、ふんぞり返って、最低限の仕事で最大限の報酬を頂きたかった。

「え、にぃやんは十四年が良かった?」

 マユミは少し媚びるような上目の視線を送ってきた。

「兄になったつもりはない。製造年数も何もどうでも良い」

 ユウキは相手にしてないかのように即答した。

「なんだよーーー、つまんないじゃないかよーーー!」

「つまる、つまらないの話じゃない」

「なんだよーーー、冷たいぞーーー!?」

「うっせぇなぁ」

 ユウキが鬱陶しそうに辺りを見回した。

 軽く建物全体をパッシブ・スキャンしてみる。

 本当にフール・レイの生き残り反応は、全くなかった。

 面倒なことは嫌いなのだ。

 だというのにこれからのことを考えると、ユウキはゲンナリとなる。

 軽く絶望した。




 結局、ユウキとマユミは連れだって一階に降り、入り口付近でリオと鉢合わせした。

「なんだ、どういうことだよ、それ?」

 彼女は二人に不審な目を送る。 

 ユウキは首を傾げただけで無言だった。

 無駄だと思ったリオの視線がマユミに向けられる。

「あんたが人質? それともフール・レイ?」

「正直過ぎる質問だねぇ」

 マユミは苦笑いを浮かべる。

「悪かったな、こっちゃうだうだやるのは嫌いなんだよ」

 イラッとしたリオは軽く顎をあげ、目つきがキツくなる。

「ごめんよ、怒らすつもりなかったんだよ」

 手を目の前で合わせてマユミは、困ったような声をだす。

「うるさい。さっさと質問に答えろよ」

 リオは鼻を鳴らす。

 マユミは妙な唸り声をだしてから、口を開く。

「えっと、人質だったけど、このにぃやんがフール・レイを全滅させました」

「……おい、嘘つけよ」

 苦み走った顔で、ユウキは返り血らしき染みだらけのマユミを見下ろす。  

「あ、駄目か」

 さすがにマユミは苦笑いした。

「今、照合掛けたけどな、ユウキ。そいつ、臧目のどこの役所にも病院にも記録がないぞ」

 素早い作業だった。

 リオは、マユミを胡散臭い目で見つめる。

「あははははは、あー、えっと……一応、人質でした。ねぇやん、そんな怖い目でみないでよぉ」

「姉になった覚えはない」

「なんだよ、冷たいなぁ、二人とも」

 マユミは露骨に意気消沈した顔になる。

「せっかく、助けに来てくれた人がいたと思ったのに」

 声は真剣なものに変わっていた。

 突然、マユミの身体はその場に崩れ落ちる。

「なんだぁ? 今更、そんな真似したって無駄だぜ? 早く何が起こったか、吐きな」

 リオは彼女を見下ろす。         しかし反応はない。

「あれ?」

 リオと、ユウキは顔を見合わせる。

「どうした、おい?」

 ユウキが倒れたままのマユミに声を掛けるが、反応はなかった。




 結局、マユミは臧目市にある救急病院に搬送された。

 ユウキとリオはそれぞれの乗り物で、救急車に追走して病院の待合室で診断の結果を待っていた。

小一時間もすると、廊下を看護師が彼等の元にやってきた。

「お付きの方、担当医からお話があるので、少々お時間いただけますか?」

「何かあったのか?」

 リオが立ち上がりながら訊くが、看護師は何も言わずに先導していった。

 通されたのは、外科の診断室だ。

 担当医はまだ若く、眼鏡を掛けて堂々とした雰囲気を持つ女性だった。

 長い髪をポニーテールにして白衣にはトウコ・サチと描かれた名札のピンをしている。

「どうぞ、お座りください」

 ペーパーヴィジョンに映る文字列を脇にて、気難しげな表情で彼等を迎える。

 二人は挨拶をすると、往診患者の椅子に腰をおろした。

 搬入時に医者は彼等が特警だと伝えられてる。

「お二人はあの子をどこまでお知りですか?」

「どういうことで?」

 ユウキはいつものぼんやりとした雰囲気のまま、異様な関心を示すようにペーパービジョンとトウコを見比べていた。

 最も、そこに一体何が書かれているか読めなかったが。

「どうやら、彼女は特別らしいのです。いわゆる、新型のイマジロイドという奴です」

「新型? 今騒いでる連中と同じ?」

 リオは面倒そうに机の上に肘をのせた。

 新型イマジロイドとは、いつの間にか臧目市に現れた存在だった。

 多くはコミューンで見つかっており、オウミ・オキタも同じ新型だ。

 特徴は、より人間に近い身体の構造をしている点だ。

 故に、彼等は臧目市に愛着を感じていない。

 自己保身に走る旧型イマジロイドと違い、積極的に環境を変えようとする。

 リオやニカイドウから見れば、反抗分子と言って良い。

「外に怪我や異常は見られませんでした。どうやら、極度の疲れが原因のようです。例えるなら、緊張の糸が急に切れたとでもいうように」

 弾丸を二発喰らわせたはずだが?

 ユウキは不思議に思ったが、口には出さなかった。

「会えるか?」

 リオは落ち着かない様子で急かす。

「丁度いいところです。よろしいですよ、私も同席しまが」

「構わない」

 立ち上がりながら、リオは言った。

 では、とトウコも白衣のポケットに両手を入れて、診断室の奥から廊下に向かった。

 生体研究所の施設も兼ね、入り口の所に張り付くように建てられている緊急病院の病室は、診断施設の奥にあり、エレベーターに乗り長い廊下をあちこちと折れて、やっとマユミの部屋まできた。

「入るよ」

 トウコは個室のドアをノック直後に返事も待たず開けた。

 ベッドに入院用の服を着て座り、所在なげにしているマユミは、三人を見ると目を輝かせて満面のなった笑顔になった。

「あ、先生! にぃやんにねぇやんも!」

 至近距離だというのに、両腕を大きく振って喜ぶ。

「体調はどうかな、マユミさん」

 トウコもにこやかな表情を見せる。

「ああ、急に具合が……」

 わざとらしく、ほぼ無い胸の辺りに手を置きながら、前屈みになって苦痛の顔を作るぅ。

「やばい、死ぬかも」

 ついでに咳き込んでみせる。

「はいはい、絶好調ね」

「せんせぇ~……」

 助けてくれと言わんばかりの声だが、胡散くささに満ちていた。

「もう退院していいわよ。この二人が待っててくれたわ。後はどうにかしてくれるでしょう」

「ああ? ちょっと待てよ、なんでアタシ達が」

「駄目なの?」

 寂しそうに、マユミは首を傾げてリオに上目使いを向ける。

「……おい、ユウキ」

「まぁ、特警で保護ってところだな。その場合、どうなるんだ?」

 彼はいたって冷静にリオに訊いた。

「うへぇ……まぁ、そうなると、ウチらの宿舎にってことになるなぁ」

「良いじゃないか。連れて行こうぜ」

「わお、にぃやん優しい! 結婚して!」

「しねぇよ」

 即答して、ユウキは彼女のものである鞘に収めた刀を手渡した。

「準備出来たら下の待合室まで来てくれ」

 ユウキはそのまま個室を出て行った。

「おい、ちょっと待てよ」

 その後をリオが追う。

 廊下で横まで来たリオは、頭半分背の高いユウキに顔を向ける。

「マジなのか? あいつ新型だぞ。今忙しいのに、厄介ものを受け入れている暇なんてないぜ?」  

 ユウキは視線を無視しつつ、まっすぐ前に目をやっていた。

「何らかの関係者だろうな。もっと話を訊いてみる必要があるはずだ」

「急にやる気出しやがったしコイツ」

「駄目か?」

「……別に。へんな穴に首突っ込みたいってなら、どうぞ。あたしは知らねぇ」

「なら、決定だ」

 まったく、何を考えているのか。

 リオはユウキを理解出来ないまま、待合室まで無言で戻った。


(OGC)

 マユミは住所不明のまま特警が保護という形で、ホテル・オータニの一室に泊まらせることになった。

 ユウキとリオは翌日、昼前に彼女の部屋を訪れる。

「よう、元気そうだな。いいもん持ってきたぜ?」

 リオがドア口で一本のシャンパンを掲げた。

「あー、ねぇやん達……おはよう。どうぞ」

 パジャマ姿で眠気の取れない様子のマユミは、ぼうっとしながらも彼等を迎えいれる。

 そのまま、ベッドに座り、うつらうつらする。

「退院祝いだぞ、マユミ!」

 リオはシャンパンの栓を抜くと、瓶を掲げて、自ら瓶を煽って一口飲んだ。

 ユウキが三人分のグラスをテーブルに持ってくると、彼女は雑に注ぎ、瓶そのものをマユミに押しつけた。

 眠そうなマユミに気付けだといって、無理矢理に口を付けさせて飲ます。

「うぅー」

 ゴクリと喉を鳴らしたマユミは、瓶を離し、複雑な表情で唸った。

「……なに? ねぇやん強引すぎる」

 非難というほどでもない呟きとともに、彼女は息を吐いて目を開けた。

「で、早速聞きたいんだが……」

 ユウキが椅子に座ったてグラスを手にする。

 酒は自白剤として使わせてもらったのだ。

「おいおい、風情の欠片もねぇなぁ、おまえ。飲もうぜ? まずは、飲もう!」

 リオは違ったらしい。

 ユウキはリオのテンションについて行けず、窓の外に顔をやった。

 十三階からの景色に興味もなく、彼はただ、怪しい雰囲気はないかと視線で探る。

「やっぱ、無粋な奴だ」

 様子を見たリオがつまらなそうに言うと、すぐにマユミに身体を向けた。

「で、ホラ、飲もうぜ?」

「あー、ハイハイ」

 リオはマユミの勢いを受け流し、もう一口瓶からシャンパンを飲むと、テーブルに置いてユウキに向き直った。

「にぃやん、どう?」

「ん? ああ、怪しいものは今のところないなぁ」

「ならいいんだけどね」

「で、一昨日おまえはどうして、あの場にいたんだ?」

 一瞬、マユミの視線が泳いだが、すぐにまっすぐユウキを見つめた。

「それよりも、行きたいところがあるから、着いてきてくれる?」

「話が先だ」

「損はさせないから~、ね?」

 瓶を真ん中に挟んで、マユミは手を合わせる。

 ユウキはため息を吐いた。

「廊下で待ってる。すぐに来い」

 立ち上がって退室すると、リオとマユミだけが取り残された。

 マユミは無言で、着替え始める。

 リオは、椅子に座って関心もなさそうにそれを眺めていた。

 ハット帽にワンピースという組み合わせに、編み上げ靴。ガンベルトに似た太いベルトを右側だけ引っかけて、そこに刀の収まった鞘をぶら下げる。

「さて行こうか、ねぇやん」

 リオはグラスのシャンパンを全て一気に飲み干して、香料の紙巻きを咥えると無言で彼女に続いた。

 廊下ではユウキが壁にもたれて立っていた。

 二人が現れたことを確認すると、まっすぐにエレベーターで地下駐車場におり、私物のポルシェ911に乗り込む。

「行き先は、江香区の笹の木台」

 ユウキが車を発進させると、リオは驚いた。

「笹の木台って、マユミ、まさか?」

 後部座席に振り返ると、少女は微笑んでいた。

「そうだよ、フール・レイの出身コミューンがあるところね」




 フール・レイは単なる半グレのギャングではなく、コニューンという自治区内での独自集団の外郭団体だった。

 リオがそれを知ったのは、昨日フール・ギグの資料を調べてた時のことだった。

 笹の木台コミューンと呼ばれ、町一つを内包していた。

 ポルシェとニンジャで現地まで走る途中、マユミは携帯通信機で、誰かと話していた。ユウキがサイドウィンドウを開けて風をいれていたため聞こえなかったが、ある諦めていたユウキは気にしなかった。

 町まで来ると、マユミは居酒屋の一つの前までナビゲートした。

 天網亭という大仰な名前の看板が出ている小さな店で、窓から店内を覗いてみてもまだ客は数人しかいない。

 ユウキは近くの路肩に車を駐めた。

 マユミが先導して店に入る。

 中には一人の男が、テーブルに着いて刺身をつまみにビールを飲んでいた。

「アサトさん」

 マユミは男に声を掛けて目があうと、そのまま席に座った。

「呼ばれて来はいいんだがな。その後ろの二人、特警だろう。きいてねぇぜ?」

 アサミヤアサトは三十二年型のイマジロイドだった。

 ユウキもリオも、彼のことはそれしか知らない。

 やや眺めの髪を後ろで縛り、引き締まった長身で、Tシャツにロングカーディガンを着て、ハーフパンツに安全靴を履いている。

 彼が、笹の木台コミューンのリーダーだった。

「良いじゃん別に。何か困ることでもあるのー? 今はね保護されてるんだよ、この二人に。問題あり?」

 マユミの態度は相変わらず慣れ慣れしい。 だがアサトには不満めいた様子はない。

「へぇ。まぁ別にないがなぁ……」

 ニヤリと嗤い、二人と目を合わせる。

 よく知らないためだろうか。ユウキもリオも、アサトに少々不気味なものを持った人物と映った。

 リオは首を軽く傾げてから、マユミの隣に座る。それを見てから、ユウキはゆっくりとマユミを挟んだ反対側に着いた。

「……別にないんだがな、マユミ。おまえにはある」

「へぇー。どんなどんな? ほら、詳しく言ってごらんよ」

 少女はニコニコしていた。だが両脇で神経を張り詰めている二人には、少女がかなり緊張している様子が伝わってきた。

「言ってごらんじゃねぇよ。いつもいつもすっとぼけやがって。フール・レイの連中が殺されたのに巻き込まれたようだが、どうなった?」

「あー、あれね……。まぁ、想像通りだよ」

 マユミは曖昧に誤魔化した。

「とりあえずだな、今回の事件、おまえが人質にされたが返り討ちで皆殺しの目に遭った悲しいフール・レイ説が流れているが、気を付けろよ? おかげでウチの中でもおまえに復讐すると息巻いているのがいる」

「まぁ、だろうねぇ。大体、想像は付くよ」

「なら、何の用で来たんだ、マユミ?」

「おい、ちょっと待て」

 厳しい表情で口を挟んだのは、リオだった。

「フール・レイ皆殺しに巻き込まれたってどういうことだよ、お二人さん?」

 アサトとマユミを見比べるようにする。 

 しばらくして口を開いたのは、アサトだった。

「どうもこうも、言った通りだ」

 彼はリオに皮肉っぽい表情を浮かべる。

 そして、左手首の腕時計を軽く掲げた。

「俺のコイツは、見ることができるんだよ、相手の記憶をな」

 それは変換機だった。

 アサトの持つ高性能機械の機能だという。

 リオは舌打ちしたい気分になった。

「あんたも望むなら、覗いてやるぜ?」

 完全にからかっている。

「冗談じゃない! もしそんな素振りでも見せたら、即刻撃ち殺すからな!」

 アサトはニヤけただけだった。

 また彼がマユミに向かって、口を開こうとするのをリオは制して先に言う。

「どういうこと? あんたじゃないなら、誰が殺った?」

 リオに視線が集中すると、困惑したように、乾いた笑顔になる。

「あー、えーと、名前知らないし、いきなりだったもんでさぁ……」

「なんだよ、わからないとでも言いたいのかよ!?」

「言いたい!!」

 マユミは手を上げて、勢いよく答えた。

「ふざけるな!」

「だって、本当なんだもん!」

 リオとマユミが睨み合った。

「……で、誰なんだ?」

 ようやく、ユウキがアサトに向かって口を開いた。

「……確か、西尾警備会社の者だな。名前まではわからんが、格好はそこの奴だ」

「あたしは、あいつらと殺り合っただけだよ。五人ぐらいと。生き残ったのが一人だけみたいだけど」

 リオは舌打ちした。

 警保からフール・レイ以外の死体の話は上がって来ていない。マユミの話が本当なら、特警を嫌う警保がわざと呑気に構えているということになる。

 まったく持って苛々とさせてくれる。

「他にわかることは?」

 ユウキが質問を続ける。

「これだけだな。てか、リオの記憶がぼやけすぎでなぁ。おまえ、ボケてんのか?」

「うるさいなぁ~。ただ疲れて意識が曖昧になってただけだよー」

 マユミは不機嫌そうに答える。

「それでさあ、あたしは許してくれる?」

 勢いと雰囲気のままの調子で、マユミは尋ねた。

「おまえなぁ……」

 アサトは呆れたようだ。

「なになにー?」

「何々じゃねぇよ。まぁ、俺は良いとしても、メンバーらに復讐息巻いてる奴らがいるからな。実際やりかねない奴がいる」

「え、マジ!? 誰?! 怖い、にぃやん助けて!」

 言葉の割に軽い口調だった。

「あー、クロトって奴だけどな」

「名前だけは聞いたことある気がする」

「まぁ気をつけるんだな」

「評議会のほうは?」

 アサトは少し難しい表情をして、ビールに口を付けた。

 評議会というのは、ギャング達が代表を送り込んでお互いの利益を調整するための組織だった。

「まだ開催されてねぇな。多分、準備にいそがしいんじゃねぇか?」

「準備ねぇ……良い感じしないよー」

「そうだな。マユミはかなり不利な立場にいるからな」

 マユミはうなづいた。

「まぁ、ウチは下手なほうに持って行かないように指示しとくよ」

「やった! さすがアサト!」

「その代わり、ここの代金、よろしく」

「その程度のことなら。じゃんじゃん飲んじゃって!」

「せっかくだが、時間でなぁ。まぁ、ごっそさん。またな」

 アサトは、背中を丸めて手をポケットに入れて、店を出て行った。

 三人の元に上機嫌を隠しもせずに奥から店主が現れれた。

「あなた方が、この店を買い取ってくれるんですね? ありがとうございます」

「は?」

 三人は一瞬、頭の中が真っ白になった。








 トゥーム・ストーンは相変わらず昼間から賑わっていた。

 リオはカウンターを背後にして、スコッチウイスキーのロックを手に、客達と他愛のない雑談をしていた。

 ここに来る客達は大体反権力だが、豪快なところのあるリオは特別に歓迎されていた。

「おーおー、やってるなぁ」

 そこに、カリルが香料の紙巻きを咥えながら入って来て、リオの隣の席にドカッと座った。

 いかにも不機嫌そうである。

「おぅ、カリル。どうよ調子は?」

「クソッタレだな」

 カリルはマスターにスウィンギング・ドアーズを注文する。

 その返事に、リオは笑ってうなづいた。

「同感だわ、同志よ。乾杯といくか」

 カリルはだまってグラスを軽く合わせて、一口飲んだ。

「で、カリルさん、どうよ例の件は?」

「気持ち悪い話だよ? あのユウキって人間野郎、何もない。東京での籍とか調べたんだが、それこそなんにもない。普通に暮らしてましたの代表例みたいなもんだぜ? こんな気持ち悪い奴いるかな?」

「マジかよ……なんだそれ?」

「知らないよ。あたしが調べた限りじゃ、そこまでだよ」

「くそ。得体の知れないのを二人も抱えるのかよ。嗤えるじゃねぇか」

 リオは鬱陶しげに舌打ちした。

「どうする、このまま監視続ける?」

 カリルはカリルでダルそうだ。

「まぁ、頼むわー」

「ただじゃないって、わかってるよね?」

「もちろんだ。ちゃんと、週一で金は振り込んでおくよ」

「なら問題は無いよ」

 そう言って彼女と別れたのが二日前だった。

 次に彼女を見たのは、物言わぬ死体としてだった。




「どうして情報をあげない!!」

 ユウキが現場に来ると、リオが警保局の男の胸ぐらを掴んでいるところだった。

 アブヤ・カリルという少女が殺害された現場は宿舎の近くで、呼ばれるまで彼は別の用事のために外出していたのだった。

 警保の鑑識がひとお通り現場での仕事を終えたところである。

 ユウキは外が騒がしいと思い、出てきてみれば、この騒ぎだったのでリオにも通達が来ていないであろうことは想像できた。

 捜査一課の警部補らしき男に噛みついていたリオは、他の捜査員達に無理矢理引き離されていた。

「おい、そこまでにしておいてもらおうか?」

 ユウキは捜査官達を睨んだ。

「うるせぇ! おまえらの出る幕じゃねぇんだよ! 坊ちゃん嬢じゃんは黙って大人しくしてろ!」

 一人の捜査員が怒鳴る。

「知ったことか!! コイツはアタシのダチだよ!! 黙ってられるか!!」

「ああ? なんだってリオ? ちょっと話をきかせてもらいたいな?」

 警部補は悪意を丸出しにした。

 ユウキはため息を吐いて、香料の紙巻きを咥える。

「うるせぇ、誰が喋るか、ボケ!それより捜査の情報をちゃんと上げろよ!」

「……やれやれだ! おい、みんな帰るぞ。

特警様がコレを処理するとよ」

 警部補は相手にしてられないと部下を引き連れて車に戻った。

 やがて、取り残されたように、リオとユウキに、新聞の記者が数名というだけになってしまった。

 カリルの死体は路上に倒れたまま、放置されてしまった。

「おい、そこの記者、説明しろ!」

 未だリオは怒りが収まらない。

「……これは、連続殺人の犯行じゃないですかねぇ」

 中年の男は、確証ありげに答えた。

「連続殺人?」

「ええ、今、巷を賑わせてる奴です」

 リオはチラリとユウキを見た。

 彼は、いつの間にか、カリルの死体のそばにしゃがみ込み、ポケットをまさぐったりしていた。

 カリルは、胸を何回も刃物で刺されて、両目を潰されていた。

「で、連続殺人って、なんだ? ニュースにも最近そんなのがあったとは言ってなかったぞ」

 ユウキが口を開いた。

「警保から箝口令がだされてましたから」

「連続殺人の情報をくれるか? もちろん礼はする」

「おやおや~、ユウキさんってば悪い趣味がでてきたのかなぁ~」

「そうかもな」

 否定しないでいると、リオはあからさまに侮蔑の表情を向けてきた。

「おまえが殺ったんじゃねぇのかよ?」

「どうして、俺が?」

「普段、疑われるようなことしてるからだ」

「俺はなにもしてないが?」

「あっそうかい。とにかく、そこの記者、連続殺人のデータを早くよこすように」

 リオは言って携帯通信機を取り出した。

 誰かと話して終わると、間髪を入れずに救急車のサイレンが響いた。

 救急車は、現場に停まり、カリルの死体をタンカにのせてリオを中に招く。

 ユウキはその場において行かれた。




 緊急病院に運ばれるとリオは、早速トウコに会った。

 彼女はカリルを手術室に搬送させた。

「死因を調べればいいんですね?」

「あと、変換機に残ってるデータを全て移してほしい」

「わかりました」

 トウコは手術用の衣服に着替え、助手達が待っている所に入っていった。

 リオは、手術室の前にあるソファで待つことになった。

 小一時間も経つと、ドアが開かれて、リオが呼ばれた。

 中に入ると、ベッドに横たえられたカリルと、新しいイマジロイド体が何本ものチューブで繋がれていた。

「残念ながら、脳の損傷が酷く、データの移行は出来ませんでした」

 リオは頭に血が上ったが、なんとか落ち着かせて、カリルを見た。

「クソが……」

 つい口から漏れたが、誰も何も言わない。

「死因は、失血死です。心臓、肺が何回も刺されてます。そして、脳も破壊されてました」

「似た事件を知らないか?」

「最近、たまにありますね」

 トウコは考える迄もないと答える。

「警保は犯人を把握していると思うか?」

「わかりません」

 検死解剖で呼ばれるトウコは、正直に話す。

 ユウキは赴任してきたばかりだ。これが連続殺人だというなら、外してもいいだろうとリオは考えた。

 少し惜しい気もするが。  

「カリル……」

 リオは、改めて彼女の死体を見つめた。

 無邪気に賞金稼ぎをしていた少女だ。それが、リオの頼みを聞いたためにこんな自体になってしまった。

 リオは後悔しながら、怒りをたぎらせた。

「犯人は絶対、見つけて同じ目にあわせてやるよ。おまえの所に送ってやるから、もう一回殺してやれ」

 彼女は言うと、手術室から出て行った。




 ユウキはヒップバッグをぶら下げて、再びマユミが泊まっているホテルにいた。

 軟禁状態の環境に暇を持て余しすぎていたマユミは、ユウキを歓迎していた。

「ケーキ、クラッカー、シャンパン!」

 何度も同じ言葉を繰り返し、マユミはルームサービスを頼もうとした。

「いらないいらない。何にもいらないから、大人しく座ってろ」

 ユウキは面倒そうに、彼女を制した。

「なんだよ、つまんないなぁ」

 ベッドにドカッと腰を下ろし、マユミは拗ねた真似をする。

 面倒くさい。

 ユウキは内心で思い、無視することにした。

「で、聞きたいことがある」

「なによー、素面で真面目な話するのー? つまんないなぁ」

「ああそうかい、大変だな。知ったことじゃないけどな」

「うわ、ヒド!」

「どうして、おまえはフール・レイの人質になってたんだ?」

 ユウキは強引に聞き始めた。

「あー、それは……」

 マユミの言葉が濁る。

「答えられないなら、保護対象から外すことになる。何しろ、人質じゃない、ただ単に巻き込まれただけってなら、問題ないからな」

 ユウキは冷然と宣言した。     

「ちょ、ちょっと待って、にぃやん」

「あー、まってやるから、話せ」

「少なくとも、あたしは西尾警備会社から狙われてるかもしれないし、アサトのコミューンの連中からも狙われてるかもしれないんだよ!?」

「かも、かも。可能性があるだけだな。むしろおまえを餌に釣るって方法もあるぞ?」

「そ、そんな酷いこと、にぃやんはしないよね?」

「どうかな? 大体な、マユミよ。俺たちはおまえが可哀想だから保護しているんじゃない。協力者としての可能性があるから保護しているんだ。そこらの慈善事業じゃない。この際、全部吐け」

 ユウキは無表情のままだった。

 マユミはそれでも、今度は沈黙で抵抗した。

「俺はある娘を捜してる。そいつは身体自体が変換機だそうだ。その結果どうなるか、わからんが。覚えはないか、マユミ?」

「……さぁ、わからないなぁ」

 とぼける彼女に、ユウキは鋭い視線を向ける。

 同時に、ヒップバッグから写真を一枚取り出す。

 そこに写っているのは長い艶やかな髪で、ブラウスにベルトスカートを穿いた少女と、 その後ろにケルベロスのような多頭の巨犬と若い少年がハンチング帽にジャケットとスラックス姿で一人立っている。

「この写真、おまえだろう、マユミ?」

 否定しようがなかった。セミロングという点以外では今と全く変わらないのだ。

「これが、どうかしたの?」

「後ろにいる少年は、名前をイサカ・キリトという。どういう訳か、この写真が撮られた時からの過去のデータがない。どこの集団にも電脳ネットワークにでもだ。そして、合成獣の死体は引き取ってすでに検査済みだ。それによると、記憶がごっそりと抜け落ちた、ただの野獣以下な存在となっていたよ。これは、どういうことだ?」

 ちなみにキリトは死んでいる。

 最後の言葉に、マユミは少なからず衝撃を受けたようだった。

「どうして死んだの?」

「オウミ・オキタの先兵となって警保隊と銃撃の戦の末に射殺された」

 マユミは一瞬、言葉が無いかのように、黙った。

「殺ったのは、警保?」

「そうだな。だが、指示を出したのは、オウミ・オキタだ」

「……従ったのも、キリトだよ」

 怒りの滲んだ声で即答する。

「よい子ちゃんな答えは気持ちが良いか?」

「サイテーだね」

「なら、おまえがキリトに何をしたかも教えてもらおうか」

「質問ばっか!」 

「最初から話していれば、こんな面倒なことはしない」

 マユミはベッドに座り直した。

「……お酒、新しいの注文させて」

 ユウキは頷いた。

 内線でペリエ・ジュエのブラン・ド・ブラン・ シャンパーニュを頼んだ。

 ルームサービスで係員が瓶を運んでくると、マユミはシャンペングラスに中身を注いだ。

 一杯目をあおって一気のみすると、二杯目に軽く口をつけて、落ち着き、ソファに座る。

「……あたしはね、ユウキ、動く変換機なんだよ」

「……どういう意味だ?」

「そのまんまだよ」

「じゃあ、機能は?」

 別段、驚く様子も見せずに、ユウキはシャンパンを一杯勝手に注ぐ。

 少々、尖りかけていたマユミの気分は、  彼女は椅子に座り直し、挑発的と言っていい笑みをうかべる。

「奥の手をそう簡単に見せる分けないじゃない? それともにぃやんはどでかい説明書みたいな看板もって歩くのに抵抗無いかなぁ? もちろん変換機の」

 今までの元気な少女のそれではなかった。 相手の内面まで見透かすような瞳で見つめてきたため、ユウキはたじろいだ。

 その時、携帯通信機が雰囲気を割るように鳴った。

 マユミのもので、ユウキがチェックすると、トオコからだった。

 マユミは二三言葉を交わすと、厳しい表情で軽く自分の髪を撫でた。

「にぃやん、ちょっと出かけてくるから、またね」

「まてよ。俺も行く」

「えー?」

「なんだよ、駄目かよ?」

「んー……」

 考えたマユミは、仕方がないとわざとらしく息を吐く。

「いいよ。じゃあ、トウコさんのところまで連れてってね」

「ああ、車ならある」




 臧目緊急病院の隣にある臧目医療総合センターに着くと、マユミとユウキは、トウコのいる研究室に入った。

 先にリオが到着しており、落ち着かなげに座った椅子で貧乏ゆすりをしていた。

 本来の癖でもないのに、わざわざ脚を揺らしているのはかなり苛立っている証拠だった。

 トウコは白衣姿で超然として、立ったまま二人を迎えた。

「トウコちゃん、どうしたのー?」

「……評議会の悪い癖がでました。私は命令通りにしましたが、一報を入れるのが礼儀かとね」

「だから、何事なんだよ!?」

 リオが声を上げる。          

「カリルを変換させました。彼女は生きています」

 三人に衝撃が走った。




 自由だ。

 数日前、清々しい気分で目覚めた彼女は、まだ自分の名前もわからないままに、街をあるいていた。

 秋らしく涼しい晴天だ。ニット帽にロングスカートパーカーを着て、両手を広げる。

 身体も心も軽い。

 街を行き交う人々の中に紛れていた彼女は、ふと、路地に入りたくなった。

 大通りとは違う雰囲気を楽しみたくなったのだ。

 しばらく、迷路のような道を歩いていると、突然に歩を止めた。

 男が一人、立っていた。

 その足元には、まだ若い少女が倒れている。

 血だまりに沈んだ少女を見下ろしていた男は、振り返ると、目が合った。

 男は笑った。

「運が悪いな」

 不気味な響きの声を出した彼は、右手に巨大な鉈を握っている。

 突然、男が襲い掛かってきた。

 あっけなく肩から左腕が切断される。

「あ……?」

 彼女は、やっと自分の身に何が起こったか気が付いた。

 痛みはまったく無い。

 驚きは有ったが、不思議と恐怖よりも怒りが湧いた。

 彼女は男を睨みつけて、左腕を振るった。

 拳がとてつもない力で男の頬を捉え、相手は吹き飛んだ。

「……なんだ、てめぇ……」

「え……あれ?」

 言われて、やっと彼女は自分の名前が思い出せないことに気が付いた。

 底のない恐怖。

 彼女に唐突に襲い掛かってきたものだった。

「あたしは……」

 全く、思い出せない。思い出す気配すらない。すっぽりと、記憶が消えている。

 とてつもない恐怖と不安がパニックをお腰掛ける。

 だが、すぐに気付いた。

 目の前の男に。




 ギブ・トウヤは、運転席に座りながら鼻歌を歌っていた。

 助手席で眠っていたはずのミチタケ・フリカが、うるさそうに身じろぎする。

「おや、おこしてしまったかね?」

「……わかってるなら、騒ぐなよなぁ」

「別に騒いでないじゃないか」

「頭ん中で、全裸のあんたが駆けずり回って喜んでる姿が見え見えなんだよ」

「それは、粗末なものを見せてしまったね。謝ろうか」

「うるさい、黙れ」

「はいはい」

 それでもトウヤは歌い続けた。

 フリカはため息をついて、座り直した。

 テスタロッサは国道を過ぎ去り、臧目緊急病院に向かっている。

 フリカには相棒の気持ちがわからくもない。

 というよりは、実際に喜んで着るのは、彼女のほうだった。

 西尾警備会社に勤めて、ようやく、やりがいのある、面白そうな仕事を割り振られたからだった。

 今回の仕事を成功させれば、彼女の飢えて飽きない気分を満足させられるだろうし、今後も似た仕事を楽しめるだろう。

 いつの間にか、フリカはトウヤの鼻歌に合わせて歌い始めていた。




「何をした? カリルに何をした!?」

 リオは激高して、トウコに詰め寄った。 

 片腕で腰を抱えるようにして、ユウキは彼女が飛びかかりそうになるのを止めていた。「評議会からの命令よ。彼女を生き返らせろと」

「出来るわけ無い! 訳わからないこというな!」

「できるんだよ……」

 マユミが嫌悪感を丸出しにして、つぶやいた。

 全員の視線が彼女に集まる。

「肉体改造……ってやつだよ」

 リオの短い髪がわずかに逆立った気がした。

 ユウキは引きづられて、もう一方の手で押さえなければ、リオは拳銃を抜くところだった。

「肉体改造!? おまえ、トウコの身体をつかったっていうのかよ!? ふざけんじゃねぇぞコラ!!」

「リオ、ここらにしておけ。今更責めても始まらない」

「うっせぇ、畜生、離しやがれ!!」

 リオは暴れた。

 ユウキは、トウコに目配らばせをした。

 うなづいたトウコは、引き出しから取り出した圧縮注射器をリオの首筋に押し当てて、打った。

 途端、ヒザから崩れ落ちるように、リオは倒れ込む。

「で、評議会がなんだって、カリルを?」

「理由は聞いてません。一方的な命令で、彼女を処置するようにいわれただけです」

 評議会は新型のイマジロイドの独自自治集団だ。考え無しにこのような命令をするはずがない。

 第一、いま新型イマジロイドが半ばクーデターのようなことを行っている最中である。

 オウミ・オキタ達だ。

 ならば一体、何のために?

「どんな改造をしたんだ?」

 ユウキは一から聞き出し始める。

 トウコは一枚、ガムを口に入れて噛みだした。

「戦闘用処理を施したわ。あと、感情に相手の苦痛を楽しむ嗜虐性を普通よりも多めに」

「……随分、趣味が悪いな」

「わたしは、命令に従っただけだもの」

 トウコは冷然としていた。

「で、逃亡したんだな?」

「そうよ。だから、あなた方にどうにかして欲しくて呼んだのよ」

「知合いに、死体を弄びましたと報告するとは、あんたも相当なものだ」

 ユウキの皮肉も、トウコの被った表情の仮面を破ることはできなかった。

 リオは、個室のベッドに運ばれて、寝かされた。

 ユウキは、冷たい目でトウコを見る。

「あんた、改造手術なんてして、無事でいられると思っているのか?」

 トウコは諦めきった目で、口元には笑みを浮かべた。

「命令ですもの。しかたないじゃないですか」

 ユウキはつい、黙ってしまった。

 命令で仕方がない。

 気持ちはわからなくもなかったのだ。

 彼の袖がツンツンと引っ張られて、ユウキは振り返った。

 マユミが研究室のドアを見つめていたのだ。

「どうした?」

「にぃやん、嫌な予感がする」

 ユウキは怪訝な表情をした。念のために頭の中で研究所の映像を構築して現実の建物とリンクさせる。

 明らかに場違いな二人の男女が、廊下をこちらに向かって歩いてきていた。

 研究所は、医師や助手が主に活動しているが、二人はそのどちらにも見えない。

 客にしては、殺気を放ちすぎだ。

 男はコートの下に三つ揃いのスーツを着た、二十九年型で、長身瘦軀、鋭い切れ長の目をして、眺めの髪を後ろで縛っている。

 女の方は、十八歳型。セミロングの髪にハット帽を被り、ワンピースを着て、腰にガンベルトをだらりと下げ、拳銃を収めているのがわかった。

 西尾警備会社のものだと、受付カウンターで名乗っているデータが送られてきた。

「来か……とりあえず、先生は逃げてくれ。俺たちは、中庭に行く」

 ユウキはマユミを連れて、部屋をでた。

 中庭は、四方を研究所の壁に囲まれているが、樹木が植えられて、やや広めの林のようになっていた。

 ユウキらが待っていると、しばらくして二人の警備会社員が現れる。

「昼ご飯の最中か何かかね?」

 男が口をあけた。

「どちらさん?」

「とぼけてもらっちゃ困るな、警部補殿。こんな所までやって来て、何をしているんだい?」

「おまえらこそ、俺が特警と知って来たのか?」

「特警? 関係無いなぁ。大体、あんたらはフール・ギグ虐殺の容疑者をかくまってるじゃないか。それだけじゃないしな。正直、特警失格だよ」

「だから、直接来たとでもいいたいか」

「わかってるじゃないか、警部補殿」

 トウヤはニヤリと嗤った。

 ポケットから、細い鎖の先に付けられたビー玉大の変換機をだらりと左手でぶら下げる。

 ユウキはアサト相手の時とは違い、すぐに頭の電脳部で解析した。

 男の持つ変換機は、一人の相手の足を地面に固定し、雨後かなくさせる物らしい。

 捕まったら、終わりだ。

 有効距離は五メートル。

 今はお互い、十メートルほど離れて立っているところだった。

 ユウキはマユミに得た情報を耳打ちする。

「俺が囮になる。その隙を狙え」

 マユミはうなづいた。

 このとき知ったが、マユミの刀も変換のひとつのようだった。

 ユウキは突然に、トウヤ目指して駆けだした。

 トウヤはしてやったりな笑みで、変換機投げ伸ばしてくる。

 いきなり、ユウキの張り付いた足が、進もうとする身体を強引に止める。

 だが、すでに抜いたS&WのM19を構えて、トウヤに狙いを付けた。

 ユウキにはすでに、フリカがベレッタPX4ストームを構えていた。

 引き金を絞ろうとしたフリカに、一気に間合いを詰めたマユミが鞘から抜刀しざまの横薙ぎで斬撃を喰らわそうとする。

 フリカは、大きく後ろに跳びのいた。

 同時に、ユウキに向かって発砲する。

 だが、弾はそれてただの威嚇に終わる。

 脚を曲げて腰をそのままにマユミはフリカを追って、袈裟斬りを見舞う。

 だが、刀は拳銃で受け払われる。

 そのまま、マユミの顔面に銃口を突きつける。マユミは瞬間に首をそらして、銃撃をよけた。

 突きは半身になったフリカによけられた。

 今度はフリカが胸に銃口を押しつけるが、マユミは開けた左手で打ち払う。

 フリカは、マユミに前蹴りを喰らわせて、距離を取った。

「……楽しいなぁ」

 フリカはニヤリとした。

 ユウキは、何発もトウヤを狙って撃ち、マユミまで変換機の影響を与えないように、誘導していた。

 彼等が再び動こうとした時、研究所の建物全体から警報が鳴った。

 トウヤとフリカは同時に舌打ちした。

「またの機会だ」

 言い残し、トウヤはフリカを連れて中庭から走って建物に入り、姿を消した。

「……あーくそッ! 西尾警備は伊達じゃないかぁ。手強いわー」

 悔しそうにしつつ、マユミは刀を鞘に収めた。

 トウコの部屋に戻ってみると、どうやら逃げるのが一歩遅かったのか、彼女は血だまりの中、うつ伏せで倒れていた。

 二人はそれぞれ不機嫌になり、急いでリオが寝かされた部屋に移動する。

 リオは無事だった。

 この騒ぎの中、静かな寝息を立てており、ユウキは安心した。




 ユウキが臧目市に飛ばされたのは、彼が純粋な人間では無く、脳に電脳部分があるからだった。

 おかげで警察庁に入ったは良いが、白眼視されて潜在的犯罪者と影で言われていた。 

 彼は軽いノイローゼになり、退職願いを出した。だが、危険人物をノに放つよりはと、臧目市に出向命令がでた。

 まるでゴミでも捨てるかのように。

 やっと面倒くさい環境から離れられるとおもったが、来たら来たで嫌われ者の立場は変わらないままだ。

 彼は従来の趣味から一人の少女に目星を付けていた。

 彼の望み。願いは、彼女にかかっていた。




 意識を取り戻したリオは、あからさまに不機嫌だった。

 事情を話すと、さらに不快さが増したようだった。

「ユウキがいながら、なにやってるんだよ! やっぱてめーは、役立たずだな!!」

 ユウキは弁明もせず反省らしさも見せず、ただ、超然に淡々としていた。

 リオは続ける。

「特警に手を出すだけでなく、民間人を殺したとなると、黙ってる訳にはいかねぇなぁ、西尾の警備会社には。速攻で復讐にいくぞ!」

「待てよ。一応、ウェウに上げとかないと、単なるテロになるだろう」

 ユウキはリオの力強い瞳に睨まれた。

 リオはまだ納得していないのだった。

 カリル殺害の件である。

「わかった。そっちは任す。あたしはちょっと用事ができたみたいだから、行くぜ」

 立ち上がろうとしてよろけたところに、ユウキが手を伸ばしたが、リオはよけるようにして逃れた。

 さっさと部屋から出て行った彼女の背に、ユウキは相変わらずの濁ったような目を向けていた。




 リオは臧目市の中央区にある臧目警保局に現れていた。

 局内では彼女の顔を知らない者はいなといっていい。

 カウンターを過ぎ、廊下を歩く彼女に不信と憎悪に似た視線が浴びせられる。

 彼女は全く気にした風もなく捜査一課課長の部屋に入る。

 中では、十八年型のすらりとした男が、机に突っ伏していた。

「……おい、課長、何やってんだその格好は?」

 返事もせずに顔を上げたカキザキ・ロジは、ヨダレをたらしたまま不思議そうな顔でリオに目をやった。

「あー……リオかよ。ここどこだと思ってるんだ? よくバラされないで来れたな……ああ、これからか、やられるの」

 眠たげな目に嫌みったらしい笑みを浮かべてヨダレを拭く。

「ウザってぇこと言ってんじゃねぇ。寝てて良いのかよ、一課長が。仕事たっぷりあんだろう? 働けよ馬車馬のごとく。そしてさっさと死ね」

「冗談。過労死がヤだから、仕事してねぇんだよ、文句あるか、市民が」

「誰が市民だ、こっちゃ特警だよ」

「警保はそんな組織みとめてねぇ。文句あるなら、逮捕するぞ不良め」

「ざけんな、逮捕どころかこっちゃ、そのままに殺っていいんだぞ?それより、怠けてんならちょっと話きけや?」

「ただじゃねぇだろうなぁ? コニャックぐらいもってきたんだろうなぁ、あ?」

「うっせー、持ってくるかよ、そんなもん」

 カキザキはようやく椅子にもたれて、大きく息を吐いた。

「あー、だりぃ」

「で、話なんだがな……」

 相手の気分などどうでも良い様子で腰にい手をやったリオが続けようとするのを、カキザキは制した。

「テトリアブとかいう奴の連続殺人の件か」

「いや、その前に確認したいことがある」

 リオは、机に手をつけて腰掛けた。

「先日殺された、カリル・ミキとキドウ・ユウキの線だ。繋がるものはあるか?」

「一切ないな。ってか、おまえカリルをつかってユウキを監視させてただろう? 理由はそれか?」

 カキザキはつまらなそうに、首を軽く傾げる。

「なら、ユウキ・キドウの素性は?」

 無視してリオは再び質問する。

「随分とご執心だな」

「いいから、答えろよ、おまえと違って、こっちは忙しいんだよ」

「俺の方が忙しいわ!」

「机で寝るのにか?」

 カキザキは、やれやれといった風で、内線のボタンを押した。

「特警のキドウ・ユウキのファイルを送ってくれ」

 立ち上がっていたデッキのディスプレイをペーパーヴィジョンに切り替えると、早速、部下がメールを入れてきていた。

「ほれ、調べたければ、ごゆっくり」

 カキザキが席を譲り、一課長の椅子にリオを座らせ、自分は机の前にあるソファに座った。

 リオはファイル内のデータを自分の電脳に書き移す。

 ユウキの警察庁時代の評価、噂話はかんばしい物が無く、ただひたすら、邪魔者扱いされていたとしか書かれてはいなかった。

 ユウキのテトリアブだという噂との接点は微塵も無い。

 無言で厳しい顔を崩さないリオに、カキザキは呆れ気味の顔を向けた。

「おまえのユウキ評は、こっちでも噂になってるぞ。一体、何にそんなにこだわっているんだ?」

 リオは答えなかった。

 代わりに別の話題を出す。

「カリルを殺した連続殺人のことも知りたい。テトリアブだろう?」

「捜査中だ。今のところ手がかりといって、コレという物が無いのが正直なところでね。

いやぁ、マジな話な」

「役立たずだな」

「うるせぇな。正直、あれは俺の管轄でもねぇよ。管理官の一人に任せてる。俺はあんなのよりも、オウミ・オキタの件で手一杯だからな」

「あんな奴ら、さっさとぶち殺しちまえばいいじゃねぇか」

「こちらにも事情ってもんがあるんだよ」

「知らねぇよ、てめぇらの事情なんて」

 リオの携帯通信機が鳴った。

 着信通知を見ると、ユウキからだった。

「リオか?ウェウに聞いたが、会社潰しまでは許可されなかった。理由はわかるだろう?」

 西尾警備会社は、事実上、臧目自治区唯一の軍事機関でもあるのだ。

 そのため、ウェウは逡巡することも無く、却下したという。      

「どいつもこいつも……」

 リオは一時間後に合流することを確認して、通話を切った。

「で、事情ってなんだ?」

 改めて興味本位で訊いてみる。

 カキザキは、ソファに寝転がっていた。

「あー……、まぁ、評議会関係だなぁ」

「あいつらか……」

 イマジロイドの新機種で構成される評議会は、政府に対しすさまじい発言力を持っていた。

「で、尻尾巻いて退散したって訳かい、一課長殿?」

「何とでも言えよ。そんなに粋がるなら、おまえにくれてやろうか?」

「は? 警保が何ほざいてんだよ」

「まぁ、遠慮するなよ」

 カキザキは、悪い笑みを浮かべた。

「てめぇ、警保の仕事を特警に渡すとか、矜持の一つや二つないのかよ、立場上の」

「ねぇなぁ。まぁ、せっかく来てくれた俺からのプレゼントだ。受け取れよ」




 立ち飲み屋で三人は合流したが、約一名を除いて不機嫌そのものだった。

「親父ー、ねぎま二本追加ー」

 ビールを飲みながら、マユミが焼き鳥のハツを頬張っていた。

「どうして仕事増やしたんだよ?」

「しょうがねぇだろうが。向こうが、ぽんと書類に判子押して部下に通達しちまったんだから」

「ただ眺めていたのかよ。お人好しにもほどがある」

「うっせーな。あたしだって、納得いってねぇよ」

「当たり前だ」

「おまえこそ、ウェウの戯れ言にハイハイいって引き下がって来じゃねぇか」

「好きで言わせた訳じゃない」

「そりゃそうだ、当然だよ」

 ユウキとリオはスコッチウィスキーを飲みながら、悪態をつき合っている。

 マユミは二人を見比べて、ニヤニヤした。

「仲いいねぇ、にぃやんとねぇやんって」

「あ?」

 二人が同時に怒りの目でマユミを見た。

 彼女は、笑って気にもした様子がない。

「大体、どうしておまえがユウキにくっついて歩いてるんだよ。どっかに狙われてるんじゃねぇのか? リラーラヴィル・ギグは何してるんだよ?」

 リオは次にマユミに噛みつく。

「フール・レイの残党でしょ? クロトとかいう」

「ああ、それで情報があった」

 ユウキは思い出したらしく、飲もうとしていたスコッチの入ったグラスの手を止めた。

「西尾警備を動かしたのは、クロトらしい」

「クロト?」

 リオは意外だという顔をした。

 たかがコミューンのいちメンバーでしかない男が、臧目にある要の一つといっていい西尾警備会社に反逆とも言える動きをさせたとは、信じがたかったのだ。

 何よりも、フール・レイを虐殺したのは、西尾警備会社だ。

 事情を知っている可能性があるとすれば、アサトだろうか。

「行ってみるか」

 リオは、再びフール・レイのコミューンに出向こうと提案した。




 アサトと会うことになったのは、以前と同じ居酒屋だ。

 以前の店買い取りというのは冗談だったようで、アサトの人を食った性格の悪さが出ていた。

 またも依然と同じく、アサトは先にきてビールを飲んでおり、今度のつまみは店に似合わない、サーモンのカルパッチョだった。

「アサトさん、一人でずるいー」

 マユミは席を見るなり、うらやましそうな声を上げた。

「なんだよ、じゃあ、好きなものたのめよ」

 ニヤニヤしてアサトは答える。

 彼の様子は依然と変わりなかった。

 マユミは正面の席に着くと同時に、メニューを見た。

 ユウキとリオは彼女を挟んで座った。

「で、まずクロトの消息を知りたいんだがな」 ユウキが口を開く。

「クロトがどうしたって?」

 逆にアサトが訊いてきた。

「あいつは、西尾警備会社と通じている。この前も俺たちは襲われた。それで、あいつがどこにいるか、ついでに動機も知りたい」

「俺はクロトの親じゃねぇぞ?」

 アサトは笑う。

「親みたいなものじゃねぇのかよ?」

 リオはアサトの呑気さが鬱陶しそうだった。

「大将、ねぎまとビール!」

 店の奥から威勢の良い返事が聞こえてきた。

「あんた、ねぎま好きねぇ」

「リオは何か頼まないの?」

「あたしはいいよ」

「で、知ってるのか? 知らないのか?」  ユウキがアサトを急かす。

「その前に、クロトが西尾警備と通じてるって、どこから持ってきた話だ?」

「ウチで捜査した」

 アサトは目を細めた。

「ほう、どんな捜査だ?」

 ユウキは一瞬黙った。

 彼は古今の犯罪・犯罪者の例をつかって、点と点を線で結んでいき、クロトの件を結論づけたのだと言った。

 アサトは、ユウキの思考を読むようにして嗤った。あるいは、本当に読んだのかも知れない。

「……まぁ、正解だ。よくわかったじゃねぇか」

 もったいつけるだけもったいつけたアサトは、ようやくうなづく。

「事情を聞きたいね」

 真顔のユウキに、マユミがねぎまを口元に近づけてくる。

 横目で彼女を見たユウキは少し迷ってから、一口食べた。

 マユミは上機嫌で、残った物をリオの顔に同じようにする。

 リオは身もしないで無言のままに口に入れると、マユミのビールジョッキを取って飲んだ。

「……何やってんだ、おまえら」

「あ、アサトさんも?」

 呆れたような彼に、満足そうに残りを囓りつこうとしたマユミは、首を傾げて、目の前に串を差し出す。

「いらねぇよ。それよりクロトだがな、単におまえらへの復讐心だろうよ。ただ、バックに、評議会がついている」

「なるほど……」

 ユウキはつぶやく。

「で、評議会はどういうつもりなんだ?」

「どうとは?」

「特警を潰したいのか、単に今回だけクロトの言い分を聞いただけか」

「しらねぇよ」

 アサトはゲラゲラと嗤いだした。

「あいつらはあいつらで考えがあるんじゃねぇのか? 人を便利屋みたいに思わないでもらいたいねぇ」

 アサトの声は関係無いとばかりに響いた。

「あんたらが保護してたフール・レイの生き残りだろう? 情の一つも無ねぇのかよ?」 リオが、再びジョッキをあおぐと、挑発的な目を向ける。

 すると、アサトは思わせぶりな表情で、余裕のある笑みを浮かべる。

 いかにも、何か企んでそうであった。

 リオは不満だ。

 ユウキはというと、もう用事は終わったとばかりに、マユミと一緒に焼き鳥を食べるのに集中していた。

「親父ー、ハツにビール」

 注文を始め、すっかりくつろいでいる。

 リオもそろそろ潮時かと思った。

 どうも、これ以上アサトから情報を得るのは難しそうだった。

「ほら、あんたらもう行くよ?」

 彼女は二人を促して、席から立ち上がった。

「えー、まだ食べきってないよー?」

 マユミが不満の声を上げる。

「あとで幾らでも食わしてやるよ」

 うんざりしたような調子で、リオは先に店を出る。

 ユウキと顔を見合わせたマユミは、急いで焼き鳥を食べてビールを飲み込み、あとを追った。

「しっかし、どういうつもりだ、おまえ?」

 アサトは残ったユウキに訊いた。

「どうも何もないよ。俺はただ、フール・レイの虐殺事件を解決しようとしてるだけだ」

「へぇ……まぁいいがな」

 意味ありげに嗤ったアサトは手を振った。




 西区の鷲尾にある評議会用の建物の会議室は、イマジロイド達がそれぞれの席に着いていた。

 その中心に、青年が一人立っている。

 左目に眼帯をした、中背で引き締まった身体をしている。袖と裾の広い上衣を着て、ハーフパンツ姿だ。

 二十一年型。鋭い眼光を議員達に向けた、オウミ・オキタだった。

「準備は出来たときいたが、オキタ?」

 議員の一人が声を出す。

 オキタは、うなづいた。

「新機種の権利を守るために蜂起しましたが、いよいよ、次の段階に入る予定です」

「何をする気だね?」

「それは、見てのお楽しみということで」

「あくまで言わないのか……まぁ、いいだろう。おまえに任せる。新機種の存在を臧目市に見せつけてやってくれ」

 オキタはニヤリと笑った。

「ご期待に添えるようにしますよ」




 ようやくと言って良い。

 朝、警保局から特警に、テトリアブの情報が上がってきた。

 特別警察庁の建物は、区長官邸の横にある、普通の二階建ての民家そのものだった。

 マユミも合わせて三人が集まると、テトリアブの話をそれぞれに電脳に移して解析していった。

 それは、彼等にとって興味深いものだった。

 犠牲者は皆、臧目の有力名士イマジロイドばかりでで全員が新機種だった。

 加えて、テトリアブは一人ではない可能性がある。

 ペーパーヴィジョンのニュースでは、伝えられてないことである。

 伝えられていない以前に、テトリアブは無差別に殺害を繰り返す、殺人鬼として報じられていた。

 三人が見ていると、オウミ・オキタの姿が映り、特集されていた。

 新機種を差別から擁護、おのれ達の権利を求める主張を取り上げて、司会者やコメンテーターが非難の言葉を続けていた。

「どう思う?」

 ユウキにしては珍しく、ニュースの話題について、リオに尋ねてきた。

「ん? 興味無いけど、普通に真っ当なこと言ってるんじゃね? やってることは過激だけどな」

 ユウキは考えた風で、うなづいた。

「評議会に行かなきゃな」

 彼は話題を変えた。

「何しに? クロトと関係あるからか?」

「いや、呼ばれてるんだよ。アサトのところに行った帰りに」

「早く言えや、タコなすが!」

「まぁ、何事かはわかってるんだがな」

「それでもいい、行くべきじゃねぇかよ」

 リオは早速出発する気でいた。

 リオの携帯通信機が鳴った。

 彼女は、私室にはいると、通話にでる。

『カキザキだ。やっと発見した情報がある』

「どうしたの? テトリアブの手がかり?」

『違う。おまえらんところの、タカハシ・マユミの件だ』

「……ほう。気になるな」

『通話は面倒だから、ちょっと局まで来い』

 リオは、壁に視線をやった。その向こうには、ユウキとマユミがいる。

「ああ、わかった。今からいく」

 通話を切り、リビングの二人のところに戻って来た。

「評議会のところに行くのは、あたしが戻るまで待ってて欲しいんだけど?」

「よいよい、好きにしなされ」

 ソファにすわっているマユミが大仰に手を振った。

「用事は何だ?」

 ユウキに、リオが面倒くさそうな顔を見せる。

「あー、警保に出頭命令? 気に食わねぇ話があるらしい」

「そうか。一人でいいのか? 俺は?」

「ああ、大丈夫だよ。あたしだけでどうにかしてくるから」

 適当に誤魔化し、彼女はニンジャで警保局に向かった。

 捜査一課長室に入ると、呼び出した男は、ソファに身体を伸ばし、寝息を立てていた。

「……おい、ふざけんな」

「あ……?」

 カキザキは眠そうな目をわずかに開けて、首だけを起こした。

 その顔にペンが思い切りぶち当たる。

 カキザキは顔を押さえ、無言でソファーのうえを転がると、うつ伏せになった。

 たかがペンだが、相当痛かったようだ。

「人様呼び出して置いて寝てるとは、良い身分じゃねぇかよ」

 リオは、上身をあげて、片腕をソファーにかけたカキザキを見ながら、課長席に座った。

「で、マユミの話が、どうしたって?」

「ああ、あのガキな。色々調べてみたらリrーラヴィル・ギグのメンバーだ」

「なんだと!?」

 臧目最大のギャング、リラーラヴィル・ギグから、誘拐でもしてきたというのか?

 だとしたなら、フール・レイの立てこもりの動機が別物になる。

「外に情報は?」

「それだけだな」

 カキザキは寝ぼけているかのような様子で、ソファにもたれている。

「ただ、フール・レイは、リラーラヴィル・ギグから人質をとって立てこもった。二つの組織に何かあったんだろうな」

「なら何故、西尾警備がフール・レイを襲撃した?」

「さてな。ここからは、自分で調べな。俺の方はテトリアブで手一杯だからな」

「嘘つけよ、管理官に丸投げしたんだろう?」

「それが、事件が大量に増えていって捜査が困難になったってんで俺が自ら指揮を執ることになった。全く、面倒な限りだよ」

 リオは呑気そうな彼に鋭い視線を向ける。

「今、犠牲者は何人?」

「二十九人。多すぎると思わないか?」

「テトリアブの捜査をするなら、カリル・ミキという奴のことも調べて欲しい」

「誰だ、それ?」

「ざけんな、指揮を執るんだろう? どうしてこの前話した犠牲者の名前を知らねぇんだよ」

 リオは怒りを抑えた調子だった。

「ああ、そういえば、そんな奴もいたな。わかったよ。何か進展があれば、そちらに流す」

「OKだ。頼んだぜ? あと今回のことは礼を言う」

「そうかい。そりゃ良かった」

 どうでも良さそうに、カキザキは答えたる。

 リオはまだ、テトリアブがカリルである可能性について、喋る気は無かった。




 リオとユウキ達は評議会に向かうために、特警庁から、評議会会館に行く途中の道で合流した。

 リオは、会館に行ったとしても、議員がいるのか疑問だった。

 評議会会館は、あくまで会議用の建物なのだ。

 彼女が心配しているのを気にもせず、マユミを乗せたユウキのポルシェは、車道を走って行く。

 イマジロイドの新機種達で構成される評議会は、彼等を代表する議員達でなりたっている。

 到着したのは、夕方になってからだった。

「話は通してある。議員達はそろっているはずだ」

 ユウキは心配気なリオに説明した。

 さらにはリオはわざわざ議員達を呼び出さずに、何人かに尋ねて回れば良いと思っていたので、今回の会館まで出向く行為に疑問を持っていた。

「面倒だなぁ」

 はっきりと考えを口に出す代わりに、彼女はぼやいてみせる。

 ユウキには何か考えがあるようで、彼女の言葉を無視して、白亜でドーム状の屋根をした建物に入っていった。

 まず彼は、議員に充てられている個室の中で、議長室に向かって、ドアをノックした。

 猫の鳴き声が返事のように聞こえてきただけで、中からの反応は無かった。

「……おいおい、どこ行ってるんだよ」

 ユウキはつぶやいて無意識にドアを開けようと力をいれた。

 鍵はかかっていなかった。

 すんなりと目の前に雑多な物で詰め尽くされている議長室の中が見える。

 そこには、黒い猫が一匹、机の上の座布団に座っているだけで、イマジロイドの姿はなかった。

 戸口で立ったままの二人をそのままに、マユミは猫に向かって一直線に進んでいった。

 黒猫の顔を両手で乱暴に撫でてやる。

「偉い子だねぇ。ああ、猫缶かなにか持ってきてあげればよかったなぁ」

「うっせー、猫扱いするな!」

 黒猫は、いきなり人の言葉を喋った。

 一堂が驚くなか、軽く耳の後ろを掻いて、細い大きな瞳孔で睨みつける。

「いや、猫だけど、私は猫じゃない」

「……猫だろう?」

「違う!」

「どこが?」

「とにかく、違うんだ!」

 ユウキと猫のやりとりを鬱陶しそうに見ていたリオが口を開く。

「で、猫じゃなかったらなんなの?」

「私はフジイ・ナオキ。評議会の議長だ」

「……嘘こけよ」        

「本当だー!!」

 猫は、空中を前足で掻き毟った。

「私はただ、猫のイマジロイドに宿っただけだ!! いい加減、信じろ馬鹿者共!!」

「はぁ……」

 ユウキはリオと顔を見合わせて、力ない返事をした。

 マユミは、黒猫をなだめるように撫でている。

「とりあえず、会場行くか」

 ユウキは二人に提案し、先に進んだ。

「あ、待って、にぃやん、ねぇやん」

 そのあとを、フジイと名乗った黒猫を抱いたマユミが慌てて追う。

 長い絨毯敷きの廊下を行くと、扉のついていない議場への入り口があった。

 三人が入って行くと、四階席まである議員達に、四方から視線を受けた。

 総勢、百人の議員が集まっていた。

 彼等は、喋っていた口を止めず、お互い何か喋りあっている。

 当然、全員が普通に人間の姿をとった、イマジロイドである。

 外見からは新機種かどうかなどわからないが。

 やがてゆっくりと会場は静かになって行き、黒猫がマユミの手を振りほどき、席の一つに走って行った。

 そこは確かに議長席だ。

 机の上に座る黒猫に、不信がる議員はいない。

「ではこれより、特別会議を開催する」

 フジイと名乗った猫が宣言すると、会場は一気に私語一つなくなった。

「……誰か、疑問持とうよなぁ」

 リオがつぶやく。

「では、ユウキ。ここへ来た理由を述べてくれ」

 フジイは威厳の込もった声で、名指しした。

 一斉にユウキに議員達の視線が集まる。

「はい。忙しい中、皆様に集まって頂き、ありがとうございます。さて、今回私が皆様にご報告することに、偽りは無いことを先に明言させて頂こうと思います」

 ユウキはいつも通り超然として動じること無く、堂々と喋りだした。

「皆様に申し上げる。どうか、クロトへの援助をやめ、議会も解散させて頂きたい」

 解散という言葉に、議場は騒然とした。

「静粛に。ユウキ、何故そう思ったのだ?」

 フジイが皆を鎮めてから、代表して質問した。

「はい。私が派遣された時の話に遡るのですが、東京の政府は臧目自治区を吸収、消滅させるつもりです」

 どよめきが起る。

「ほほう、どのようにして?」

「名目は簡単、新機種の反乱です。オウミ・オキタを理由として、日本国内での内戦の導火線に火を点けかねない事態を警戒しているのです」

 イマジロイドは臧目市だけにいるわけでは無い。

 普通に、日本国内に人間とともに生活している。

 臧目市はその中心地として特別区になっているだけだった。

「オウミ・オキタの反乱には、我々も苦悩している。決して、評議会と関係のあるものではない」

 ユウキはかすかに口元をつり上げた。

 言質を一つとったのだ。

「ならば、今度何が起こるか想像できますか?

 あなた方はクロトに援助を与えている。彼は臧目最大のギャング組織であるリラーラヴィル・ギグを動かそうとしている。彼等が第二のオウミ・オキタになる可能性もあるのです。東京の人間は、臧目市に不穏な気配があれば、すぐにでも、特区という資格をここ臧目から取り払うでしょう。何卒、熟考願います」

 リオは呆然とした。だんだんと怒りが湧いてくる。ユウキが言ったことは、初耳だった。それも黙ってはいられない内容だ。

 だが、この場で噛みつくほどに、冷静さを失ってはいない。彼女は、早く議会の外にユウキを引っ張り出して、詳しく問いただしたかった。殴りながら。

「人間として、特警に派遣されてきた君がいうならば、それは事実だろう。我らが議員達よ、ユウキの話を是とするか、否とするか?」

 黒猫が朗々とした声で、会場中の新機種であるイマジロイド達に尋ねる。

 会議室がが一斉にざわついた。

 彼等は彼等で、ユウキの言ったことを知っている者、うっすら直感していた者など、予備知識として持たない者はいなかった。

「……ならば、君は人間でありながら、人間を裏切るというわけかね?」

 議員の一人が声を上げた。

 ユウキは、そちらに向く。

「私はただ、職務に忠実なだけです」

「これはまた、人徳者だな」

 議員は皮肉ったが、ユウキは取り合わなかった。

「では、皆の判断をうかがおう。ユウキの言うとおり、これ以上、オウミ・オキタ一派との関わりを絶つべきだと言う者は起立を、反対のものは着席したままで」

 フジイが要求すると、途端に圧倒多数の議員達が立ち上がった。

 ユウキは嗤いを堪えている。

 リオが彼を怪訝そうに見つめた。

「結果は明らかだ。では、我々は今後、一切彼等との連絡を絶ち、人間からの侵略から臧目市を守ろうと思う。これにて、今回の会議は閉廷する」

 余りにあっさりと決まってしまった。

 ユウキは満足そうだったが、リオには不満や疑問が残ったままだ。

 議員達が会場を後にする中、黒猫のフジイと三人は残り、とうとう彼等だけになる。

「さっきの話はどういうことだ?」

 早速、リオがユウキに鋭い目を向けてきた。

「なに、東京の事情を話したまでだ」

「今まであたしは知らなかったぞ?」

「別に言わなくても良かっただろう。変に勘ぐられてたら、おまえがどう暴走するかわかったものじゃない」

「うるせぇな、そんなに信用ねぇのかよ!?」

「……これは、俺の仕事だ。おまえが手を貸すかどうかまで考えていない。気にいらないなら、好きにすればいい」

 ユウキは正面からリオを見つめ、冷たい口調で言う。    

 リオは睨み返した。

 彼女が口を開く前に、ユウキは続けた。

「また監視するか? それとも過去を探って逮捕するなり失脚させるなりするか?」

 リオは思わず絶句した。

 全てバレている。

 ならば、カリルは……?

「ユウキ、一つ訊きたい。カリルを殺ったのは、おまえだな?」

 絞り出すように、リオが訊いた。

 ユウキは相変わらず、感情のない目で彼女を見つめているだけだった。

「……先に行かせて貰う」

 リオはユウキを避けるようにして、会議室からさっさと姿を消した。

「いいの、にぃやん?」

「知ったことか」

 心配げなマユミに、ユウキは淡々と答えた。




 リオはニンジャを制限速度も振り切り公道でとばしていた。

 信号を無視して突っ込んだところ、後ろに着いてくる車に気が付いた。

 テスタロッサだ。

 車はさらにスピードを上げて、ニンジャに迫ると、そのまま衝突した。

 リオの小柄な身体は、空中に投げ出される。

 テスタロッサがニンジャを引きずりながら、リオのそばまで走り、車道の真ん中で停まる。

 後れていた後ろの車列は、なんとかテスタロッサとニンジャを避けて進むが、やがてのろのろとスピードを落として渋滞ができた。

 このときになって、車内に設置した通信機から声がした。

「特警への襲撃は中止だ。我が社は以後、一切この事件に関わらないこととする」

 ハットにワンピース姿の少女とコートに三つ揃いのスーツを着た青年の二人が互いに怪訝な顔を見合わせる。

 会社は今になって何を言っているのだ?

 さらにこの命令は、取り方によっては、彼等トウヤとフリカを切り棄てたとも取れる。

「冗談じゃ無いぞ……」

 トウヤは、倒れているリオに視線をやってつぶやいた。

 今更中止もないだろう。

「どうするの、トウヤ?」

 フリカは不安そうに訊いてきた。

「大丈夫だ、俺はオウミ・オキタにも話を通してある。いざとなったら、そっちに行けばいい」

「なるほど」

「だが、その条件は特警を消す事だ」

 どちらにしろ、リオを始末しなければ鳴らないのだ。

 フリカはうなづいて覚悟を決めた。

 二人は車から車道に降り立った。

 リオは生きている。

 それどころか傷一つない。スカジャンにすらも。

「……てめぇら、西尾警備のところの奴らだな?」

 リオは立ち上がって二人を睨んだ。

 懐中時計というスタンダードな形の変換機は首からネックレスのようにかけられていた。

 トウヤが、同じ形の変換機を細いチェーンで手からぶら下げる。

「どうも、リオ巡査長」

 それをみて、リオは皮肉に片方の口角をつり上げる。

 フリカはS&Wを腰から抜いていた。

 リオも脇のホルスターから、グロッグを右手に握った。

 トウヤが円を描くようにして駆けだしてリオに近づいて行った。

 リオは、グロックの狙いを彼に付けたまま、狙いが定まらずに引き金を引けないでいた。

 その隙に、フリカが拳銃をリオに向けて構える。

 リオはすぐに気付いて、横に跳んだ。

 S&Wの銃声が響く。

 着地したとき身体を安定させるため、動きをとめたリオに、トウヤが一気に近づき、チェーンの着いた変換機を振り投げてよこす。

 変換機は彼女の目の前まで来て、その力を発動させた。

 リオの両足が地面と同化して、動きが取れなくなる。

 だが、同時にトウヤは突然の爆発に身体を浮かせた。

 リオが敷いた地雷を踏んだのだ。

 トウヤは片足を吹き飛ばされて、道路に倒れ込んだ。

「トウヤ!?」

「フリカ、今だ早く!」

 痛みも衝撃も無かったかのように、トウヤが必死に叫ぶ。

 まだリオは地面に貼り付けにされている。

 フリカは拳銃の狙いを付けた。

 同時にリオも拳銃を向けてくる。

 発砲は同時だった。

 引き金を絞るとともに、リオは銃撃から逃れるように背後に倒れた。

 フリカも横に跳んでいた。

 お互いの弾丸は逸れる。

 フリカはもう一発、銃弾を見舞う。

 これは、リオの右上腕に当たった。

 リオは舌打ちする。手に力が入らずに、グロックを落としてしまった。

「クソッ」    

 トウヤが上身をあげて、嗤う。

「俺たちの勝ちだ」

 そこに、ポルシェ911が反対車線から猛スピードで走り込んできた。

 容赦なくトウヤの身体を轢いて砕くと、フリカとリオの間に車を止める。

 飛び出したマユミは、刀の柄に手を添えながら、まっすぐフリカに向かって走り込んでいった。

 突然の展開に驚き、反応が後れたフリカは拳銃をむやみに発砲初める。

 一発もかすることもない弾丸の中を間合いまで近づいたマユミは、抜きざまの刀を横薙ぎに振るった。

 フリカの首が高く飛んだ。

 血を吹き出し、身体がそのままの格好で後ろに倒れる。

「リオ、大丈夫か?」

 ユウキが彼女の所に駆け寄る。

「……何だよ、うっせーな……これぐらいどってことねぇよ」

 トウヤの変換機が粉砕されたために、足が自由になったリオは、左手でグロッグを拾い、立ち上がろうとした。

 ぶら下げた右手の先からはおびただしい血が流れ落ちていた。

 ユウキはそれをみて舌打ちした。

 身体に似合わぬ力をみせてリオを抱きかかえると、車に押し込んだ。

「マユミ、リオの邪魔にならないように乗り込め」

「はいなー!」

 駆け戻ってきた少女は、マユミが抱き抱える形で膝の上に乗った。

 運転席に戻ったユウキが車を発進させる。




 ユウキは臧目緊急病院に向かった。

 医者を呼び、すぐに手術室にリオを運ぶ。

 リオは失血の朦朧とした意識のなか、夢を見ていた。

 リオはまだ小さく、麦わらの帽子にワンピースを着ていた。森の中、手に木製の拳銃を持って茂みに潜んでいる。

 潜ませた足音が聞こえてきた。

 リオはニヤリとして、相手が近づいてきた途端に姿を現し、銃を突きつけた。

 驚いたのは、タンクトップにホットパンツを履いた同じぐらいの年齢の少女だ。

「バーン! はいカリル死亡ね」

「くっそーっ! 隠れてるなんて卑怯だぞ!」

「気付かないあんたが悪いんだよ」

 ゲラゲラと笑い、ほら、倒れろと要求する。

 カリルは、苦しんで見せて、そのまま草の上に身体を投げ出す。

 リオは楽しくなり、その上に飛び乗った。

 カリルはカエルが潰れたような声を出す。

 隣にごろりと転がり、一緒に寝転んだ。

「カリル、あたし将来、この臧目を守る仕事に着くんだ」

「なにそれ? 正義の味方って奴?」

「そう、まさにそれ!」

 カリルは笑い声を上げた。

「なにそれ、おもしろいー!」

「カリルも一緒になろうよ」

「あー、あたしかぁ。まぁ、いいけど……」

 少し照れくさそうにカリルは言った。

「よし、決定だ。約束ね」

「お、おう!」

 …カリル……カリル……。

 イザマ、カリルが死んだよ……君のところにいったよ……。

 どうして、みんな行っちゃうんだよ……。

 あたしを……。

「呼んだか、リオ?」

 声にリオは飛び起きた。

 見ると、病院のベッドにパジャマ姿で輸血を受けているる自分がいた。

「ここは……ああ、トウコの……」

 薄ぼんやりとした頭の中だったが、すぐに気付く。

 ベッドの脇には、ユウキとマユミと主治医が立っていた。

「起きたか」

 ユウキはがつぶやいた。

 どこか、安心したという響きがある。

「ねー、ねぇやん、意識無いとき必死に、にぃやん呼んでたんだけど、どうしたの?」

 マユミは、少し不機嫌な様子で問いただしてきた。

 嫉妬しているらしい。

「あたしが……ユウキを? 覚えがないし、知ったこっちゃねぇな……」  

 リオは、己のことながら、訳がわからないと、少し怒りが湧いた。

 よりによって何故、ユウキのうわごとを漏らさなければならないのか?

 ユウキはすでにいつもの全てに無関心とした態度に戻り、ベッドのそばに座っていた。

「ふーん、まぁいいけど。それよりも、怪我がこれだけで良かったね、ねぇやん」

 マユミはニッコリと笑顔を向けてきた。

「ああ。助けに来てくれてありがとな、マユミ」

 リオはマユミの頭を撫でてやる。

「で、ユウキが言ったことが本当なら、オウミ・オキタをどうにかしなきゃなんねぇな」

 マユミの頭に手を置いたまま、リオはユウキを見た。

「……どう思う? 殺るか? 捕まえて牢にぶち込むか?」

「迷うことねぇだろう。殺ったほうが良いに決まってる」

「評議会から言質を得たからとか言わないだろうな?」

「関係ねぇよ。まぁ、その前に西尾警備を潰さないと、気がすまねぇが」

 ユウキは、ため息を吐いた。

「西尾警備には、評議会から俺たちに手を出さないように警告させた。わざわざ潰す必要はない」

「ざけんな、あたし達が狙われたんだぞ? トウコも死んだ。それをごめんなさいの一言も無く、放っておけって言うのかよ!」

「そうだ。西尾警備が無ければ、臧目が成り立たない。それにもう直接の襲撃者は死んだ」

 リオは怪訝そうに眉をひそめた。

「……ユウキ、何考えてる? おまえ、人間だろう。どうして、ウチらイマジロイド側みたいなこと言うんだよ?」

 ユウキは少しの間、沈黙した。

 香料の紙巻きを取り出して咥え、鼻を鳴らす。

「むしろ、その人間に追い出された俺が、わざわざ人間のために働いてやる必要なんてないだろう?」

 リオは聞くと、これ以上突っ込んだ質問ができなくなった。

 多少は信用していい奴なのだろうか?

「あとついでにな、リオ。オウミ・オキタに手を出すと新機種から身の危険に晒される。評議会も当てにはならないだろうな」

「……なら、オウミ・オキタは放って置くとでも言いたいのかよ?」

「冗談。俺に考えがあるから、まかせておけ」

 ユウキは、ポケットから、小さな懐中時計のようなものを取り出して見せた。

「変換機……おまえも持ってたのかよ」

「ああ」

「すごいんだよ、にぃやん。アサトさんのところに行った時、クロトを動かしたのはにぃやんの能力だったし」

「マジか……どんな能力なんだよ、あんたのは?」

「まだ言えないな。まぁいずれわかる」

「そうかい……よし……」

 リオはたいした興味もなさそうにすると、起き上がったまま身体を反転させて、ベッドから降りようとした。

「ねぇやん、まだ寝てなよ!」

「さっさとここから出て、アタシはトテリアブをとっ捕まえるんだよ」

 言ったが、すぐにふらついて、そのまま床に尻餅をついた。

「あれ……? おかしいな」

 リオは苦笑いをして、身体を立ち上げようとした。

 フラフラとした動きで、何とか立ち上がった彼女は、ユウキに目を遣った。

「ちょっと、外に行ってろ。着替える。マユミ、手伝ってくれ?」

 ユウキは一瞥して、黙ったまま病室のドアから姿を消した。

 リオはマユミに支えてもらいながら、スカジャンとサルエルパンツのいつもの格好になった。

 病院内でユウキの姿が見られないので、諦めた二人は裏口から出たところ、丁度車が止った。

 フェラーリ・カルフォルニア・グリジオ・ネオに乗ったユウキだった。

「……あんた、いつもそういうのどこから手に入れてくるんだよ」

「今回は、リラーラヴィル・ギグからだな」

 こともなげに言う。

「は? あんた繋がってたのか、あそこと!?」

「失礼な。たまたま、乗り込んでって、ちょっと貸せと要求したら、喜んで出してきただけだ」

 再びリオにとって、ユウキが謎の存在になる。

「ほー、たまたまねぇ……」

 リオは助手席に乗った。

 フェラーリはユウキの運転で走りだし、公道に出た。

「で、ユウキ。犯罪者研究のプロとしては、テトリアブをどう見てるんだ?」

 リオがからかい半分の皮肉で訊く。

 ユウキはまっすぐ前を見ながら、真面目な表情を崩さない。

「初めは、新機種を無差別に殺していたんだがな。最近、転向したようで通常イマジロイドの重要人物ばかりを狙うようになった。いわゆる、殺人と言うよりも、テロだな」

「へぇ」

「それ以上は、わからん」

 ユウキは、官庁街にフェラーリを入れた。

 奇妙な街だった。

 昼間だが、人々はいたって普通に勤務している。

 だが、ここの三分の一は、オウミ・オキタの支配下にあるのだ。

 ユウキは区長官邸の周りを何度か通りぬけてから、建物の前に車を駐めた。

 中に入るとニカイドウと、若い青年が一人、ソファに座っていた。

「……ああ、来か」

 苦笑いを浮かべていた臧目特別自治区の区長は、助かったと安心したような顔を三人にむけた。

 振り返った青年は、長い髪で切れ長の目をして、細い引き締まった身体をしていた。

 紫のブラウスに黒い皮のパンツを履いたラフな格好で、端麗な容姿をしていた。

「はじめまして、オキタさん」

 ユウキは彼に挨拶をした。

 リオとマユミは驚いて声も無かった。

 まさか、クーデターを起こし、反乱中の首謀者が、その敵対相手のニカイドウと一緒にいるとは考えられない光景だったのだ。

 彼女らの表情を読んだオキタは、優しげに軽く笑顔を作った。

「我々も、伊達に一年も反乱しているわけじゃないですからね。こうして、話し合いで解決できることは、ちゃんと話します。無駄な血を流したくないので」

 涼やかな声だった。

 ニカイドウの落ち着かない様子を見ると、彼女はオキタが苦手らしい。口を閉じたまま、ユウキが喋るのを待っている。

 カチリッと、ユウキの変換機がかすかな音を鳴らしたのを、リオは今度こそ聞き逃さなかった。

「今回は、テトリアブの話だな」

「人間がこの自治区を潰すかどうかの問題ですからね。そうですよ、テトリアブの件で伺いに来ました」

「利用するだけ利用しといて、放り投げに来たのか?」

 ユウキは皮肉な表情を浮かべて、彼の正面にあるソファに座った。

「失礼な。テトリアブはテトリアブで独自に動いてたんですよ」

 怒った風でも無く、淡々とオキタは答える。

「嘘つけよ。連続殺人に見せかけて、おまえの政敵を殺りまくってたじゃないか」

 ユウキもいつも通りに落ち着いている。 「まぁ、そういう時期もありましたね」

 オキタはあっさりと認めた。

「しかし、今は違いますよ。テトリアブは私の手から離れていきました」

「それで困って、のこのことニカイドウのところに来か」

「ええ、まぁ。すでに単なる犯罪者ですからね、アレはもう」

 オキタはユウキの挑発には乗らない。

「では、遠慮無くテトリアブの身柄をもらい受けようか」

「そうしていただければ幸いですね」

「しかし、不思議だな?」

「何がです?」

「頼み込みに来たにしては、官邸から離れた位置に、ちょっと人が集まり過ぎているんじゃないのか?」

 オキタは低く嗤った。

 リオとマユミは初めて、車で周回したときに目に付いたイマジロイドが何者か気付いた。

 オキタの部下達が、遠目に官邸を包囲しているのだ。

 彼女らはただの護衛かと一瞬、思ったがユウキの口調では違うらしい。

 ニカイドウが、落ち着き無い様子なのも納得が行った。

 実質、ニカイドウは人質に取られて、オキタが立てこもっている状態なのだ。

 すんなりとユウキらが入れたのは、何か別の考えがあるのだろうが、まだ理由はわからなかった。

「ええ、護衛ですよ」

 今更ながらに、オキタは主張する。

「何からのだよ?」

 ユウキは鋭く質問した。

「テトリアブから」

 オキタは慌てずに言った。

 リオは、やっと壁に貼られたペーパーヴィジョンが映像を流しっぱなしにされていたことに気付いた。   

 現地からの放送ということで、官邸近くにはテレビ局や記者達が集まり、今起こっている事態を説明していた。

『オウミ・オキタ氏が動きました。彼は新機種の権利を叫び、とうとう官邸を占拠した模様です』

「……は?」

 リオはつい、オキタに向き直る。

「何これ、じゃあ、あたし達はあんたのクーデターの人質ってわけ!?」

「……まぁ、そうとも言えますね」

「茶番だよ。ほれ、見ろ」

 ユウキはペーパーヴィジョンを顎で示す。

 映像には、すっかり囲まれたイマジロイドの間を堂々と通り抜けてくる一人の少女の姿があった。

 ポニーテールの髪にタンクトップ、ハーフパンツ姿で、腰にホルスターをぶら下げている。

「カリル……!?」

 リオは驚きの声を上げた。

 ポニーテールの少女はそのまま、官邸の中に入ってきた。

 カリルは疲れ切って憔悴した顔で、右手に銃を持ち、彼等の前に現れた。

「やぁ、リオ、久しぶりだなぁ」

 気安い様子で、リオに手を振る。

「カリル……死んだんじゃ無かったの!?」

 喜色を浮かべて、リオは駆け寄った。

「殺されるかとおもったのは、こっちだよ。次から次へと、イマジロイド共は襲ってくるし、逃げるか殺すかしないとならないし。全部、そこにいるオキタのせいだけどね」

「ちょっと!全然、状況が掴みきれねぇよ!」

 リオが全員を見渡して、誰か言葉を発しないか待った。         

「それならそれで良いのです。私はそろそろ役目を終えますから」

 オキタは立ち上がり、カリルに正面を向けた。

 軽く手を広げて、無抵抗な格好になる。

「さぁ、カリル。黙ってないで、目的を果たしてください」

 カリルはオキタに拳銃を向けた。

「待て、カリル!」

 ユウキが叫び、横目でマユミを見た。

 少女の身体から、カチリッと音がする。

 変換機の音だ。

 途端にカリルの動きが止った。

「!?」

「どうした、何をした!?」

 リオが声を上げる。

 オキタは、不思議そうな顔をして、ユウキ達の方に首を回した。

「残念だったな、オキタ。このマユミは全身変換機でね。生半可な威力じゃないんだ、これが」

 ユウキの声は低く、つぶやくようだった。

「殺されに来たようだが、そうはいかないぞ、オキタ」

「参りますねぇ。私が死ねば、新機種の暴動が起こる予定なのですが……」

「そして、人間の介入が行われるんだろう? 見上げた根性だが、そうはいかない」

「ほぅ。良くわかりましたね」

「都合が良すぎるんだよ。あんたには、もっと酷い目に遭ってもらう。人間から臧目を守るために」

 パトカーのサイレンが大量に甲高く、響いてきた。

 警保だ。

「くそ……」

 オキタは吐き捨てると、腰の後ろからスノッブノーズのリヴォルバーを抜いて、自らのこめかみに銃口を突きつけようとした。

 次の瞬間に銃声が鳴った。

 オキタは苦痛の表情で、床に転がっていた。

 リオがS&Wで彼の右足を素早く撃ったのだ。

「殺さない方がいいんでしょ、ユウキ?」

「ああ、上出来だ」

 パトカーから警保員が大量に官邸に押しかけて、オキタの身柄を抑える。

 中から、眠そうな青年が進み出た。

「オウミ・オキタ、大量殺人の罪で、現行犯逮捕する!」

 カキザキ・ロジ捜査一課課長だった。

 リオは、拳銃で倒れたままのオキタの腕をもう一発、打ち抜いた。   

 もだえる彼を、捜査員達が群がり、強引に引きずってゆく。

「やれやれ……」

 官邸の周りに集まった新機種達は、警保の警備隊に力尽くで散らされて、散会していた。

 ニカイドウがため息を吐くと、同時にカイルの身体が動いた。

「……リオ……あたし……」

「おかえりだ、カリル。何も言うな」

 リオは、カリルに抱きついた。

 カリルは堪らなくなって、目から涙を流し始めた。

 彼女は解放されたのだ。

 大量殺人犯という役目から。

「で、にぃやんは?」

「……俺はこのままでいい」 

「ふーん、そう」

 マユミとユウキが謎の会話を終えると、静かになった官邸から、フェラーリに戻った。




 オウミ・オキタは、あらゆる犯罪を口にして、全ての容疑を認めて行った。

 警保局は裏取りに大忙しとなり、俄然と活気に満ちた。

 何しろ驚くことに、彼はあっさりとここ数年の未解決事件ことごとくの関与をためらいも無く、むしろ石器欲的に。半ば、喜びすらみせながら。

 その犯罪件数は七十八件にも及び、空前の大事件として、ペーパービジョンで特集が乱れ飛んだ。




「結局、あんたの変換機の能力ってなんなのさ?」

 リオは特警庁のリビングで、ソファに座ったユウキに振り返った。

 彼女も例に漏れず、ペーパーヴィジョンのニュースを見ていたところだった。

「ああ? なんで手の内を見せなきゃなんないんだよ」

「良いじゃん、別に。クロト動かしたり、オキタに何かしたりと気になるじゃん」

 ユウキは多少迷った風な顔をしたが、やがて口を開いた。

「……過去の未解決事件の犯人に仕立て上げる能力だよ」 

「うわぁ……」

 リオは驚きと気持ち悪さを隠しもしなかった。

「……なるほど。それで、クロトを脅したわけだ。で、オキタのニュースでの事件も、全部あんたがでっち上げたってことか。えげつねぇなぁ」

「うるせぇよ」

「ねぇねぇ、ねぇやん、良い事教えてあげようか?」

「ん?」

 事件が終わったと言うのにまだ居座っているマユミだった。

「なになに?」

「にぃやんの秘密」

「ほー、聞きたいねぇ」

「おい、マユミ、やめろ!」

 ユウキは本気っぽく彼女を止める。

「えー、なんでー? いい話じゃないかー?」

「なんでもだよ」

「ふーん。別に本人が言いたくないなら、良いんじゃね?」

 リオはあまり興味もなさそうだった。 

「良いのー? そっかぁ、いいのかぁー……」 残念そうであり、また嬉しそうでもある複雑な表情を見せて、マユミは黙った。

「ちょっと、行ってくるな」

 リオは立ち上がって、リビングから出て行った。

「どこいくの、ねぇやん?」

「昔の知人のところ」

「そっかぁ。いってらっしゃい」

 リオが部屋から姿を消すと、マユミはユウキの隣に座ってきて、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「にぃやんは、どうしてねぇやんにホントのこと言わないの?」

「……アサトの奴か」

 マユミはキラキラとした瞳で頷いた。

「人間とイマジロイドは、相成れないんだよ。臧目と東京のようにな。これでいいんだ」

「あたしは関係無いと思うけどなぁ」

「世間様が許さんよ」

「そんなもの気にしてたら、何も出来ないよ?」

「リオの経歴に汚点が着くだろう。あいつは、この自治区を守る特別な存在でいてほしいんだ、俺は」

「へぇ。やっぱ好きなんだね」

「うるせぇよ、ませガキめ」

「ガキじゃないもーん!」

「ガキはガキだ」

 ユウキは人体変換機で生まれ変わった過去を持っていた。

 彼の以前の名前は、イタバシ・イザマ。今、リオが向かった墓に眠っているはずの青年だった。

  了


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