目が覚めると、白いものがぼんやりと視界に映った。
「ここ、は……?」
意識の覚醒とともに焦点が合ってくると、それは見慣れた天井だった。左右を見回してみると、こちらも見慣れた学習机や椅子、本棚とその上に置いてある美少女フィギュアの数々。間違いない。ここは紛れもなく俺の部屋だ。
でも、そんなはずはない。だって昨夜は、あの恐ろしく異常な現象が起きたじゃないか。突然明るくなったかと思うと二つの異形が空中で戦い出して、そして俺の方に赤い光が急に突っ込んできて――!
「…………はっ!」
そこまで思い出した俺は、血相を変えてベッドから飛び起きた。辺りをもう一度きょろきょろ見渡し、自分の身体をあちこち触ってみる。もちろんあの奇妙な光は消えていて、身体には傷一つなかった。音は問題なく聞こえるし、部屋のどこにも荒れた様子はない。酷い悪夢を見ていたとしか思えなかった。
「うわっ、もう十時半過ぎか……遅刻どころじゃないな」
悪夢にうなされたのか全身は汗だくになっていて、シーツも湿っぽくなってしまっている。俺は溜め息をついて、やむなくシャワーを浴びることにした。絢奈と一緒に登校できなかったが、仕方ない。どうせ次の授業には間に合わないのだ。昼休みまでに着けば良いだろう。
「おはようございます、先輩っ」
「絢奈っ!? もう学校に行ったはずじゃ……!?」
かなり遅い朝食を取って、だらだらと準備した俺が玄関扉を開けると、なんと玄関先に絢奈が立っていた。
「そ、それは……そのっ、学年が違うと一緒にいられる時間はほとんどないじゃないですか……だからせめて、朝はこうして登校しようかなって」
「お、おう……それは嬉しいけど」
「ごめんなさい、流石に暑かったので玄関先に居させてもらいました」
「謝るようなことじゃないって。熱中症にでもなられたらこっちが死にそうだ。大丈夫か?」
「はい」
「取り敢えず水を飲んでくれ。俺の水筒で申し訳ないけど、まだ使ってないから」
「あ、ありがとうございます」
つまり絢奈は朝早くから、俺のことをずっと待ってくれていたのだ。ここは一応日陰になってはいるものの、日が昇って暑くなってきている。もしも彼女が水分不足で倒れてしまったらと思い至って背筋の凍った俺は、リュックの脇に締まっていた黒い水筒を差し出した。
後輩の白い喉がこくこくと動く。暑いなか何時間も外で待たされていれば怒って当然だというのに、この可愛らしさと律儀さ、そして礼儀正しさ。それに比べて先輩の俺ときたら――我ながらなんと情けないことか。
「むしろ謝らなきゃいけないのは俺の方だよ。……そうだ、今度からスマホで連絡することにするか?」
「いえ、わたしなら大丈夫です。先輩を起こしてしまうのは気が引けるっていうか」
「いや、むしろ頼む……」
分かりました、と彼女は微笑んだ。こんなに良い子を外で待たせてしまうのはあまりにも忍びない。いっそ合鍵を渡そうかとも思ったのだが、それは流石に気持ち悪いような気もしてやめた。
「ちなみに絢奈って遅刻したことは?」
「ないです」
「そうだよな……本当に済まない、俺のせいで」
「そんなそんな。先輩だって今まで遅刻したことないんですよね?」
「まあ、確かそうだけど……よく分かったな」
「な、何となくですよっ。それはさておき、遅刻するのは初めてなので少しドキドキしてます」
「あー、確かにな。解放感があるっていうか……」
ええ、と頷いた彼女のポニーテールが揺れる。ちらりと
「昨日の夜……何か、なかったか?」
並んで歩く俺たちの間を、生温かい風が吹き抜けてゆく。探るような俺の
「……先輩、
「夢、か……そう、だったかもな……」
やはり俺の夢だったのだろうか。何もかもが妄想だったのだろうか。低空に浮いていた光の球体も、超高速で移動する燐光も、俺の方へ突っ込んできたあの赤い光も、そして最後に俺を包み込んでくれた
「大丈夫ですよっ。そんな夢、わたしがもう見させませんから」
「絢奈……」
俺の左手の甲が、絢奈の右手の甲を
***
結局、遅刻届を職員室に出したのは十二時頃のことだった。屋上で絢奈と少し早いお昼ご飯を食べて時間を潰した俺は、ようやく四時限目の授業が終わって昼休みになった教室に、少し気後れしながら入った。
「おはよう、颯太くん。随分ゆったりとしたお出ましだねぇ」
「おいおい……いきなり皮肉はないだろ、悠翔」
「いやぁ、絢奈くんか瑞季くんか、どちらとイチャイチャしているのかと思っていたのだけれど――どうやら前者のようだね」
今回ばかりは言い訳できずに苦笑いを浮かべていた俺だったが、ふと気づいた。俺の右斜め前の席――瑞季の席に、いつもの赤いバックパックが置かれていないことに。
「瑞季、まだ来てないのか?」
「そうなのだよ……昨日の夜は――ああいや、何でも無い」
「いや隠すなよ」
「これは失敬、ちょっと連絡事項があっただけだよ」
「なるほど……大丈夫そうだったか?」
「さあねぇ。病気にかかっているのかもしれないよ」
「病気?」
怪訝な顔をした俺に、彼はどこか楽しそうに口角を吊り上げた。
「例えば……