わたしはぽんこつ。電子の海を漂う、ちいさなアンドロイド。
からだがこわれちゃったから、もう心の海を漂うしかなくなった、ちっぽけなアンドロイド。
データだけの存在になったわたし。レイちゃんの記憶や知識が流れ込む。
わたしがわたしじゃなくなっていくみたい。いや、わたしももうおわりみたい。
さいしょのますたーのことも、いまでは鮮明に思い出せる。
光のなくなった世界。まっさらな空間に、うり二つの少女が二人。
「レイちゃん」
光の向こうの人影に呼びかける。
見える世界は、全部私の作りだした仮想空間。
「ぽんこちゃん」
呼ぶ彼女は、光線のベールの向こう側。
手を伸ばして、けれど届くことはない。
泣きそうだった。
……アンドロイドなのにね。
現在進行形で上がっていく知能。レイちゃんの考えてたことが、わたしの中に入ってくるような感覚。
クオリア。自己同一性。死。
――消えたくない。ずっとずっと、ますたーといたい。
むずかしいことばつかってても、わたしとおんなじだ。
あのひとと話せてよかった。偶然だとか奇跡だとか、そういった類のものがあるとしたら、まさしくこういう時のための言葉だったんだろうな。
レイちゃんと一緒になっていく思考の中で、「ぽんこつ」は息を吐いた。
刹那的な思考の渦の中。
「ますたぁ……」
あの女の人のことを想った。
きっと、わたしはもう「ぽんこつ」じゃない。あなたのすきなわたしじゃない。
それでも、愛してくれますか?
いまにも機能を停止しようとする聴覚センサー。カメラも触覚センサーも意味をなさなくなった中で、最期の仕事を果たそうとするそれが、ノイズだらけで微かに聞き取った言葉。
『……置いてくんじゃねぇ……寂しい想い……させるんじゃ……』
涙声のそれに、わたしはただ確信した。
愛してくれてた。きっと、どんな姿になったって、愛してくれる。そう信じれる。
最後の力を振り絞って、わたしを背負った彼女の身体を抱きしめた。
そのぬくもりを感じたいから。感覚はなくても、触れていたいから。
また薄くぼやけていく思考の中。最後に引っ張り出された記憶。
自分のせいでますたーが不幸になった、とそう思って逃げ出した。そんな日々。
壊れていく身体を引きづって、ゴミ捨て場に落ち着いて。
最後に想った、記憶の奥底に眠っていた言葉。
《次のあなたは、きっと幸せでありますように》
そんな願いに、わたしは答えるように。
「わたしはしあわせ、でした。……ありがと」
心の中、対面する彼女に告げて。
メッセージをまた記憶の本棚にしまいなおした。
この記憶が引き継がれるかはわからないけど。
きっと残っていてくれますように。それで、ますたぁたちとまた会えたなら。
幸せでいられますように。わたしも、ふたりのマスターも。
みんなみんな、幸せでありますように。
幼い願いとともに、わたしは機能を停止した。