ため息を吐く私。おむつを替えたばっかでスッキリしているであろうぽんこも、真似してふーっと息を吐き。
その対面に座った少年は、まるで面接に臨む就活生みたいにカタカタと肩を震わせていた。
相当緊張してるみたいだ。……まあ、パツキンでパンクファッションのガラの悪そうなお姉さんに睨みつけられてたらそうもなるか。
まあいいや。
「で、レイってのは誰なんだ?」
聞くと、彼は声を震わせ、ぽんこを見て。
「……僕の使用人……のアンドロイド、です。彼女によく似た……いや、ほとんど同じ見た目の」
彼が言うに、彼女は少し幼めで、けれどしっかりした少女だった。
けれど。
「レイは、おもらし癖があったんです」
内部のタンクに不具合があったらしく、不随意に排水してしまう、いわば不良品だった。
それを彼は必死に隠してて、けれど親にバレて。
親はそれをからかったという。おもらしアンドロイドに興奮する性癖なのか、と笑われたという。
「あのときの僕は若かった。それで、彼女に怒ってしまったんだ。君のせいで勘違いされたじゃないかって」
彼女にとってはどうしようもないことなのにね。そう彼は笑う。
「勢い余って、彼女を外に置いていった。捨ててしまった。頭が冷えた頃に見に行くと、彼女はもういなかった」
そして、目を伏せた。
「僕が捨てた。自業自得。わかってます。けど……謝りたい。できるなら許されたい。帰ってきて欲しい。だから、ずっと探してるんです」
「そっか」
聞き終わった私は、また息をついた。
「ほんっと、身勝手だな」
私は聖人じゃない。怒るときは怒るし、嫌いな奴にははっきり言ってやるタイプだ。
「謝ったところで、本当にその子が戻ってくるか? 逃げるほど嫌いな奴に謝られたところで、また好きなんて世迷言でも言って戻ってくるとでも思ったか? 甘ったれんのもいい加減にしろよ。そんなのは下らねぇメロドラマぐらいでしかありえねぇんだよ!」
叫ぶように、怒りを告げる。
この無責任野郎。こいつのせいで、ぽんこは――。
「わかってるよ! 僕は無責任だ! だからこそ彼女は僕を見限ったッ!」
――叫ぶ少年に、私は気圧された。
「……謝りたいのは自己満足だよ。許されたいのは身勝手な希望で、帰ってきてほしいだなんて口が裂けても言っちゃいけない。たった一度の過ちを取り返せるなんて本当は思っちゃいない。けど……」
そして彼は一呼吸おいて。
「……けれど、だからこそ、彼女に謝りたい。できることならなんでもしたい。たとえそれが間接的でも……彼女のために、なるのであれば……命だって捨てても構わない」
「いのちをすてる、なんて、いわないでくださいっ!」
突然、ぽんこが叫び出した。
ほぼ一息で言い切ったからか、けほけほと軽く咳をするぽんこ。
「大丈夫か?」
「ん。だいじょうぶ、です、けど……おにいさんは……ますたーは、だいじょうぶじゃ、ないです」
ますたー、と呼ばれた彼は、凛と睨みつける目の前の幼いアンドロイドに目を見開いていた。
「……あなたは、なんにもわかってない。いのちをすてても、いみなんてないです。きっと、なにをしたって、そのアンドロイドはよろこばない、です」
「命を捨てるってのはあくまでたとえで……」
「わかってます。でも……なにをすてたって……そのこがかえってくるわけ、ないです」
そして、彼女も一呼吸おいて。
「だって、すきなひとが、だいじなひとがしあわせであることが、わたしたちの、いちばんの、しあわせ、ですから」
微笑んだ。少し顔をこっちに向けて、私にも見えるように。
「だから、けんか、しないでください。ね?」
「……でも」
「でもじゃない、です。さいごにみるのが、だいすきなますたーたちのけんかだなんて……やですから」
「そっか。なら仕方ないな……んだって?」
一瞬聞き流しそうになった。
いま、なんて言った?
「……ごめん、レイ」
「待て待て待て待て今ちょっとそれどころじゃなくない!?」
少年がシリアスな空気を続けようとするのを止めて。
「ぽんこ、いまなんて――」
聞こうとするが。
「やっと、記憶領域の修復が終わりかけてたのに……ますたーのことも、思い出して……いちばん、しあわせなしゅんかん、に……」
彼女は微笑んで。
「もう、おわり、みた……い……」
テーブルに突っ伏した。
「ぽんこっ!」
「レイ!」
同時に呼びかけるふたり。
名前は違う。けど、呼ぶ相手は同じ。
動作を停止した彼女を抱きとめて。
「ちっくしょう! 私のせいだ……っ」
顔をゆがめた。
私が拾ったからだ。私が拾ったから、修理に連れていけなかった。
もしも金持ちが拾ってやってたなら、救えたはずだったんだろう。アンドロイドなんて金のかかる下らねぇ人形だって罵ったのは誰だ。
きっと私にはこいつを拾う資格なんてありはしなかったんだ。それなのに。
「幸せにしてやれなくて……生かしてやれなくて……拾っちまって……」
柄にもなく、私は涙を流していた。
「……私が拾って、ごめんな」
「なにを言うんですか」
ふと隣を見ると、少年が私をにらみつけていた。
「レイ……いや、ぽんこちゃんと呼ぶべきでしょうか。彼女の面倒を見てくれたのは、ほかならぬあなたでしょう。彼女だってきっと――」
一息おく少年。私は動かなくなったアンドロイドを、ゆっくりと見て。
「――いや、断言してもいい。あなたのおかげで、彼女も幸せでいられた」
少年は私を見つめた。
「だから、涙を拭いて。落ち込まないで。彼女もきっと」
「ああもうわーったよ!」
しんみりしたような、無駄に張り詰めた空気を打破するように、私はわざと元気な声を出す。
へへ、笑ったほうがやっぱ私らしいや。
歯を出して笑った私に、少年もつられて笑顔を見せ。
動かなくなった少女を背負った。
「このまま私がメーカーに連れてく。坊ちゃんはそこで座ってな」
わざと元気に、声を弾ませて、しかし本気で。
けど。
「嫌ですよ。僕だけ待つなんてそんなこと。……させませんよ。僕だって、彼女のマスター、ですから」
「……」
内心驚いた。
さっきまでビビってた
「だいいち、お姉さんお金なさそうですし。……修理代は僕が払います」
「いや、いいって。身を売ったり借金したり、いくらでも手はあるわけだし……」
「だめです。そんなことしてあなたが傷つくのを、きっと彼女はよろこびはしない」
ちっ、ごもっともだ。彼は一息おいて。
「それに……彼女の幸せを得られるのなら、いくらだって払います。それがきっと、僕の贖罪だから」
そう言い切った。
「言うようになったじゃん」
正直惚れそう……ってのはあまりにも心にもないジョークだけど。
けど、ぶっちゃけカッコいいじゃんとは思った。
「わかった。頼むよ」
私が言うと。彼はこくりと頷いて。
「一緒に、レイを……この子を助けよう」
はぁ、柄にもねぇことはやるもんじゃないな。
ぽんこを拾ってから、私は変わっちまったようだ。
また声を聞きたい。また遊びたい。
幻聴が耳朶を打つ。
無邪気に笑う少女の声。さよなら、と聞こえた気がして。
「……置いてくんじゃねぇよ……。寂しい想いを、させるんじゃねぇ……!」
口走った。
ああ、そうだ。寂しいんだ。
だから、絶対に取り戻したい。
帰ってきてくれ。頼むから。
そう願って。
ずっと、ずっと、焦がれる想いを知らぬまま、歯車は回りだす。
ぎしぎしと鈍く音を立てて、動き出す。
時計の針は進みだす。
私の心を、どこかに置いたまま。