わたしはぽんこつ。ほかのなんでもない、ただのちいさなアンドロイド。
けど、さいきん、あたまのなかにだれかがいるの。
ますたぁはべつにいるよって。
おもいだしてって。
せーふもーど? のわたしのあたまは、なんにもおもいだせなくて。
――わたしは、ここにいるよ。
――ますたー、会いたいよ。
ほら、きこえる。
わたしのなかの、だれかがさけぶ。
まえのわたしの、のこりかす。
もうすぐますたぁとおわかれだから。
いとしいひとにあいたいって、さけびつづけていた。
*
「みてみて、さくら、ですよ!」
アンドロイド――ぽんこが、幼い口調で告げる。
季節は春。あの日から半年以上は経った日のこと。散歩に出かけた公園。
「ぽんこつ、さくらみるの、はじめて、です。うれしい!」
私が茶化して言った「ポンコツ」を名前だと勘違いしているくらいのアホだが、元気でやっている。……悪口で呼ぶのはかわいそうだから、私は「ぽんこ」と愛称をつけている。
「そっか。よかったな、ぽんこ」
「です! ますたぁ!」
あの日以来、私は彼女の主人として認定されたらしい。
舌足らずに「ますたぁ!」と呼んでついてくるのが実家の犬みたいで愛くるしいな。犬耳でもついて「わんわん!」とか言って尻尾を振ってるのが似合いそうだ。てか耳としっぽは見える。気がする。
Tシャツにミニスカート、その下はタイツというラフで幼げな格好をした小さな彼女の頭を撫でて。
彼女は嬉しそうな笑顔を浮かべた。
そのたびに、私はなんだか申し訳なくなる。
――あれから、メーカー修理には一度も出せていない。
自己修復機能である程度の修復が行われているというのはあるが、それでも不完全で、膝の球体関節はまだ金属光沢がむき出しだ。メイクで隠してなければ顔も少し傷がある。人工筋肉やリンク機構にも少し不具合が出てるようで、歩きかたも少しぎこちない。
なにより。
「おむつ、濡れてない?」
私が聞くと、彼女は首を軽く傾げ。
「……たぶん、はい」
とスカートをめくった。
タイツに覆われていない下着は、小学校高学年か中学生くらいにも見える彼女には不釣り合いなもの。
子供用のおむつで一番大きなサイズの、紙おむつ。
私が普段夜に使っている真っ白なものは彼女には大きすぎるし、かといって子供用でも小さすぎるし……といろいろ悩んで、けど必要だからと仕方なくちょっと高いそれを定期的に買ってるわけだ。
おかげでバイトのシフトを増やす羽目になったが、まあ仕方ない。
……これじゃ私がいいひとみたいじゃん。
「替えとく?」
「はい!」
「おう……ってここで脱ぐな!?」
いきなりスカートを脱ごうとするポンコツを制止。
「なんで、ですか?」
「普通そういうのは恥ずかしいものなの! ほら、トイレで替えよう、な?」
一般常識も抜け落ちてる辺り、やっぱりあの時バグったのかな。早いとこ修理に出してやりたいところだ。
冗談はさておき、こくりと頷いたぽんこの手を引いてトイレに向かおうとする。
そんなとき。
「……君は」
肩を叩かれた。
振り向くと、知らない少年。
日本人離れした美貌。私のとは比べ物にならないほど好きと打ったブロンズの髪をかき乱し、海のように美しい目を皿のようにして、私たちを見つめる。
年は、ぽんこの肉体年齢よりも多少上。中学生か、高校生くらいか。だいぶ若く、気弱そうな好青年。
「なんだ?」
睨みつけると、しかし彼は。
「やっぱり……やっぱりだ、見つけた! レイ……!!」
興奮したように鼻息を荒げ、膝まずく。
あー……うん、どこにでもたまによくいるキチガイだ。好青年という第一印象は儚く崩れ去った。
「行こう、ぽんこ」
「は、はい」
足早に立ち去ろうとする私を、しかし少年は。
「レイ……待ってくれ、レイ!!」
走って追いかける。
てかレイって誰だよ。どうしてこいつは私を――。
いや、追われてるのは私か? まさか。
疑問。おぞましい答えが脳裏に浮かぶ。
逃げる私たち。しかし、当然か弱い女の子……自分で言ってて引くわ……とポンコツアンドロイドじゃ、男の有り余る体力に敵うはずもない。
「ひゃあ!」
引いていた手が離れ、振り返る私。
ぽんこが倒れてた。
「ぽんこ!」
名前を呼ぶ。彼女は、立ち上がろうとして――またこけた。
「だい、じょうぶ……です」
自分で立ちあがろうとするができない彼女。駆け寄る私と男。
いままでは自分で立ちあがれたはずだ。なんで、立ち上がれなくなっちまったんだ。まさか、修理に出さなかったから――。
寒気。舌打ち。
せめて、男からは守ってやらねぇと……。
しかし。
「レイ! ……ごめんよ」
少年は、彼女を優しく抱きしめていた。
私の知らない彼女の名を呼んで。
けど、当の本人は。
「……おにいさん、だれ、ですか……?」
蚊の鳴くような震えた声で、呟いた。
垣間見える、絶望の顔。
私だけが理解した。この状況のすべてを。
ああ、運命ってやつがあるんなら、唾でも吐きかけてやりたい気分だ。
ぽんこがぽんこになる前――すなわち、目の前で抱きしめられているアンドロイドの、前のマスター。
男がそれだという確証はない。けど。
「……ごめんなさい。人違い、でしたね」
落胆する彼の顔を見てはいられなくて。
「おい、坊ちゃん。顔を上げな。……話、聞いてやるからさ」
声をかけてしまった。
……ったく、私らしくない。
そうだ、これは金を巻き上げるチャンスだ。そうだ、そのはずだ。うん。私は聖人じゃあない。
頭の中で言い訳しつつ、私は目の前の哀れな少年を睨みつけた。
少年は怯えた素振りで「は、はい……」と答えた。
「まァ? か弱い女の子たちを散々怖がらせたし? 相応の誠意は取れるよなァ?」
「は、はいぃ……お、奢らせてください……」
よし、言質取れたっ! 照れ隠しのつもりだったけど、結果オーライ!
食費を浮かせることに成功しつつ、私は息を吐いた。