ユウがゆっくり目を開けると、そこにあるのは見慣れた二段ベッドの上段の床板だった。半分しか開かない目をこすりながらのそりと体を起こすと、バングルのホロモニタで何かのテキストを読んでいたユリウスが振り向いて軽く笑う。
「やあ大将。よく眠れたみたいでよかったよ」
「ユリウス……おはよ。今から哨戒……?」
お気に入りのくたくたのトレーニングウェアではなく、ぴっちりとしたパイロットスーツ用のインナーを着込んでいるユリウスを見て、ユウはぼんやりと首を傾げた。まだ夢の中に片足を突っ込んでいる様子のルームメイトに、ユリウスが苦笑を返す。
「おー、とっくに終わってもう昼だぞー。ランチ行く?」
「行く……。着替えないの?」
「なんかローランが腹下してるらしくてさぁ。あいつがまだトイレとお友達なら午後も仕事なんだよね」
「そっか。大変だね」
あくびをしながら曖昧に頷いて、ベッドを出る。寝ぼけた頭のままで着替えようとして、ツナギを着たままな事に気付いた。霞がかったような思考が徐々にクリアになるにつれ、昨日起きた一連の流れを思い出して頭を抱える。
「何がフォボスの英雄だ……」
「あはは。随分手酷くやられたらしいじゃん」
ユウは答えずに布団の中に頭を突っ込んだ。寝ている間に脱ぎ捨ててしまった靴下を探しながら、「全然勝てなかった」とくぐもった声で呟く。
「ナギには勝てなくてもしょうがないだろ。あいつエース称号持ちだぞ?
インナースーツの上にジャケットを羽織りながらユリウスが呆れを含ませた声で言う。靴下を見つけ出したユウは、上半身を布団から引っ張り出して裸足の爪先に目線を落とした。
「そうだよ、俺はエースじゃない。みんな俺のことを英雄だって言うけど、英雄なんかじゃないよ。いつだって運が良かっただけだ」
ユリウスが、身支度の手を止めてユウを見る。
「俺、驕ってたんだよ。英雄とか言われてさ。出来ると思っちゃったんだ。何にもできないのにさ」
告解室で神に赦しを乞うような沈痛な声色で言うユウに、ユリウスはきょとんとした顔を向けた。
「当たり前じゃない?」
「え?」
ユウが虚を突かれたように顔をあげる。
「いや、だってユウお前出撃回数、こないだので3回目だろ? 新兵じゃん」
「そうだよ新兵だ。ちっとも英雄なんかじゃない、なのに俺は」
「驕ってたってか? 当たり前じゃん。右も左も分かんない新兵にお前は英雄だーってみんなが言ったらそうかなって思っちゃうよ」
「……周りのせいにしろって言うのか?」
そう言ってルームメイトの青い目をじろりと睨んだユウの額を、ユリウスの指が弾いた。
「あのさ。反省するのが悪いとは言わないぞ。でも今のお前は過剰に反省しすぎだよ」
「痛いよ」
「英雄扱いにうんざりしてるのはよくわかった。まずは気をしっかり持てよ新兵。ちゃんと寝てちゃんと食え。今日はよく寝たから次はメシだな」
ユウは答えずに、黙って靴下を履いた。
* * *
ここ数日を味気のない栄養バーで過ごしていたユウは、食堂に顔を出さなかったことについてナタリアにこってり絞られた後、野菜たっぷりの温かい羊肉のスープとふかふかのパンで腹を満たした。カウンター近くに座らされ、食後に熱いコーヒーとドライフルーツがたっぷり入ったブランデーケーキを食べる終える所まできっちり見張られてから食堂を出る。その足で格納庫区画に向かおうとしてユリウスに引っ
「今日は休みだ、新兵」
「その言い方気に入ったの……?」
教官ノリを続けているユリウスにユウは眉を下げて見せる。なかば引きずられるようにして、部屋に足を向けた時だった。
「あ、ユウ。昨日のシミュレータログ見たよー。ちょっとお話しよっかぁ」
明るくも生気を感じさせない声と共に現れたアサクラが、死んだ魚の目をにっこりと笑ませてユウの腕をつかむ。そのままユウを連れ去ろうとしたアサクラの前に、ユリウスが立ちはだかった。
「……すみません、今日は休ませてやりたいんですが」
「ん-、だめ。上官命令でーす。借りてくよ」
ユリウスがそっぽを向いて舌打ちしたのを聞いて、ユウはどこかふわふわしていた意識を慌てて切り替える。アサクラが話があるというなら、聞いておきたかった。
「行ってくるよ、ユリウス。……夕飯までには帰る」
「こらこら、勝手に決めないでね」
「部下のコンディションケアも上官の務めでは?」
「そーゆーのは僕の管轄じゃないの」
そう言ってへらりと笑ったアサクラにまだ物言いたげだったユリウスのバングルが、発光を伴って振動した。発信元を確認してユリウスの表情が苦いものに変わる。
「ああクソ、ローランのやつ。ごめんユウ、仕事だ」
「うん。気を付けて」
「……早く帰って来いよ」
後ろ髪を引かれる様子で格納庫区画に駆けていくユリウスの背中を見送って、ユウはアサクラに向き直った。
「シエロの事ですよね。何かあったんですか?」
「え、違うよ。キミの事だけど」
「分かりました。……って、は? 俺?」
そうだよぉ、と言ったアサクラはユウの片目を覆っている前髪を掻き分けて、光を通さない濁った眼球を覗き込む。
「キミさぁ。