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第3話 少年よ操縦桿を握れ ②

 戦闘訓練用のシミュレータルームは、格納庫区画と生活区の狭間にあった。広い空間には等間隔にシミュレータカプセルが並んでいる。その一つにユウの身体を放り込んで、ナギは隣のカプセルに身を滑り込ませた。

 さっさと閉まっていくハッチを見て、諦めを滲ませた表情でユウはフライトコンソールに目をやった。まずはキャノピー代わりのハッチを閉める。普段はこの操作でさえもシエロ任せなので、自分の指の覚束なさに愕然とした。

 フックに掛けられたヘルメットを手に取り、すぼっと被る。柔らかな起動音と共に、視界に複数のARウィンドウが広がった。いつもはそれに伴って聞こえてくる、お喋りな相棒の声はない。設定を陽電子砲搭載の攻撃機ガーゴイルに変更して、片手を操縦桿に掛ける。もう一方の手を各種スイッチに伸ばすかたわらで、操縦桿に残された手が無意識のうちにぐりぐりと入力確認を始めた。感覚が知らず知らずに尖っていく。


『やっほ、ユウ。設定おーけー?』


 尖った神経を、のんびりとした様子のナギの声が撫でた。


「できた。ガーゴイルで出る」

『おっけー、ボクはヤタガラスだ。戦場設定は月面Bエリア。こっちはプラトー基地から出撃するよ。お互い、見つけ次第戦闘開始だ。いいね?』

「……撃墜スプラッシュレースじゃなくて対人戦闘やるのか?」

『あんな的当てが戦闘機動の訓練になるもんか。ボクがきっちりしごいてあげる。そうだなー、一発でもかすったら終わりでいいよ。面倒だからECM電子妨害はナシだ」

「一発ね……。了解コピー


 硬い声で応答し、出撃地点を思考する。ナギは一方的に出撃地点を教えてきたので、これはアドバンテージだ。背後を取れそうな月面研究所を出撃地点に設定すると、ばつんとコックピットモニターの画面背景が切り替わる。格納庫の扉が開いていく映像を眺めていると、初めてシエロと飛んだ時の記憶が蘇った。あの時は隔壁をぶち抜いて舞い上がったな、と思って軽く操縦桿のボタンを握り込む。同時にHUDに攻撃禁止区画の文字が現れると共に不快な音域のビープ音が鳴り響き、ユウは顔を顰めた。


 出撃ポートに機体を載せ、操縦桿をぐっと引く。半分に欠けた地球を背景に、アヴィオンが星の海へと飛び込んだ。加速に伴い体が後方へと引っ張られる感覚は軽い。このシミュレータはG加速度まで再現したモデルではないから、単にカプセルが傾いているだけだった。だが機体の動きに合わせて僅かにでも体に掛かるその重みは、意識を戦闘の中に引き込んでいく。

 レーダー性能では哨戒機ヤタガラスには勝てない。だが速度も兵装も攻撃機ガーゴイルのほうが性能は高い。相手はあのナギだが、一発当てるだけなら懐に潜り込めればあるいは勝機があるかもしれなかった。レーダーを睨みながら、プラトー基地に向けて進路を取る。どうせ先に見つかるのならと、出せるところまで速度を上げた。


 ピン、という電子音と共にレーダーに白点が灯る。この戦場にいるのは自分とナギだけだ。先手必勝といわんばかりに、間髪入れずにレーザー砲を放つ。ポン。呆気なく反応が消失した。あまりの手応えのなさに、眉を寄せた次の瞬間。


デコイだよ、ばーか」


 くすりと笑うナギの声が耳をくすぐり、横合いから紫電の閃光が自機ガーゴイルを貫いた。キャノピーを模した画面がブラックアウトする。狐につままれたような気持ちで、ユウはロックオン警告すら出なかったフライトコンソールを見つめた。


「……は?」

KIA戦死1。ガーゴイル、大破ロスト


 歌うようにそう告げたナギに、ユウは目を剥く。


「いや待てよECM電子妨害はナシって言ったのナギだろ!?」

『このデコイはECM電子妨害じゃないもーん』


 ナギの置いたデコイは自立飛行型のダミー機であり、確かにECM電子妨害装置ではなかった。しかしこれを搭載するには哨戒機ヤタガラスの標準兵装は陽電子砲と圧縮レーザー砲が1門ずつだ。そして陽電子砲を撃ってきたということは、外されたのは圧縮レーザー砲。ナギのカードは陽電子砲2発のみだったということになる。


(それを、レーダー照準すら使わずに――っ!!)


 奥歯がぎしりと嫌な音を立てる。明らかな挑発を込めた構成セットアップに、寝不足の神経が針鼠のように逆立った。無言で2戦目の招待インビテーションを送ると、瞬時に画面が切り替わる。


 KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。KIA。


 結局ナギがデコイを使ってきたのは初戦だけだった。ユウは鈍足の哨戒機ヤタガラスに翻弄され続け、たちまちKIA戦死の山がうずたかく積みあがった。   

 最初は視界に欠損のある右側ばかりを執拗に攻められていたが、やがてそれにも飽きたらしくここ10戦ほどはクリアな視界での戦いが続いている。だがそれでもただの一発すらナギの機体をかすめることはできなかった。

 くらり、と意識が霞む。意図せず操縦桿に預けた体重が、ガーゴイルの機体をぐるりと回転させた。


『おーい、ユウ』


 遠くでナギの声が聞こえる。体が左前方に重しを入れたように動かない。必死に細い意識の糸を手繰ろうとしたが、ぶつん、と電源が切れるように意識が途切れた。


 * * *


 シミュレーターカプセルの開く音に誘われるように、モニタリングステーションからRAMが顔を覗かせた。疲れを全く感じさせない動きでハッチから滑り出てきたナギに、カメラアイが焦点を合わせる。


「やりすぎでハ? シミュレータルームにも利用時間制限が必要デスね」


 敢えてゆっくりと出力された音声には、非難がましい響きが詰まっていた。ちらりと時計を見れば、針は深夜と言っていい時間を指し示している。ナギはシエロのほうを見もせずに「過保護だね~」と肩を竦めると、隣のカプセルのハッチを蹴り開けた。


「ユウ? おーい起きろー」

「うー……」


 疑似コックピットの中に上半身を突っ込んでユウの体を揺さぶるが、ユウは眉間に皴を寄せて一言唸っただけでそれ以上の反応はなかった。ナギは呆れを含ませた表情で軽く笑むと、シートからユウの体を引っ張り出す。気遣いの欠片もない引っ張られ方をしたユウが、体のあちこちをぶつけられて再び低く呻いた。

 乱雑に地面に転がされたユウは、泥のように眠っている。滑るように近付いてきたRAMが、器用に2本のマニュピレータでその体を抱え上げた。整備班御用達のリペア&メンテナンスユニットはミサイルを持ち上げる事もある。人間一人くらいなら余裕で抱え込めるパワーはあるのだった。


「どうでしたか」

「全然ダメ。観てたんでしょ」

「右側ばかり攻めるかラですよ。いやらしい」


 干物か洗濯物のようにべたりとRAMの背にうつ伏せで載せられたユウの体に、マニュピレータの1本がぐるぐると巻き付いた。ナギは肩を竦める。


「あいつら意外と敏感だよー。右からばっか攻めるなってアザトゥスにも言うつもり?」

「あなたほど意地悪く機敏に動くアザトゥスもいませんよ」

「そうだといいけどね」


 突然ナギの声から感情が消えた。どうしても引きずってしまうユウの足を所在なさげに弄んでいたマニュピレータの動きが、ぴたりと止まる。非常にゆっくりとしたフォーカスノイズを伴って、カメラアイがナギを見た。アルカイックスマイルを浮かべてユウを眺めるその姿に、存在しないはずの背中を怖気が駆け上がる。


「それハ、どういう――」

「ね、今度はキミがシミュレータに付き合ってよ。キミならもーちょっと楽しませてくれるでしょ」


 紅玉の瞳が、悪戯っぽいきらめきを宿してカメラアイを覗き込む。氷華のいろは一瞬で消えていた。訝る思考を音声に乗せかけたが、一瞬躊躇ってそれを削除する。軽くボディを揺らして、再思考した言葉を音声に乗せた。


「構いませんよ。戦女神イシュタルと双璧をなすと言われているあなたを満足させられる気はシませんが」

「そんなことないさ。それにキミの飛び方、ちょっと戦女神イシュタルに似てるしね。遊んでみたいと思ってたんだー」

「……女神との対戦をお望みでしたら、私ではなくクピドさんにどうゾ」


 ナギの返事を待たず、シエロはくるりとボディを翻した。ユウのつま先がシミュレータカプセルの壁面をかすめる。背後から、笑みを含んだ「じゃあねー」という声が飛んできた。

 相棒ユウの足を引きずりながら部屋を出る。格納庫区画に背を向け、生活区にあるユウの部屋を目指した。照明が落とされた廊下に人通りはなく、水素反応炉の低い駆動音が静かに艦を満たしている。それに加えてモーターの唸る音、そして時折ユウの足が何かにぶつかる音が、空間にある音のすべてだった。


「あれ……」


 ユウごとボディに巻き付けたマニュピレータが、負荷を訴えた。背中の上でユウがごそごそと身を起そうとしている。まだまどろみの中に浸かった、やわやわとした声が疑問符を投げた。


「何これ……」

「もうすぐ部屋に着きますよ。今日はゆっくり寝てくだサい」

「シエロ……?」

「そうですよ」


 足があちこちにぶつかるせいで目が覚めたらしかったが、まだその意識の大半は夢の中にあるようだ。小さな子供のように自分の名を呼ぶユウに、渋い男性の声が優しく答える。ユウはむにゃむにゃと呟いた。


「その声、ちょっと似合ってない……よ……」


 モーターの駆動音が、一瞬緩んだ。速度が落ちた背中からは、再び規則正しい寝息が落ちてくる。

 短く穏やかな沈黙の後、優しい女の声が、答えた。


「……そうですね。私も、今朝からずっとそう思っていましタよ」




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