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第2話 13番 ①

 珍しくゲームも起動せずバングルのホロモニタと睨めっこしながら珍妙な唸り声を断続的に漏らし続けているコンラートに、ルームメイトのヘイデンはうんざりした目を向けた。何かに悩んでいるのはともかくとして、朝からずっとこの調子なのでいい加減うざったい。


「ずっと何見てるわけ?」


 ナッツをぽりぽりとつまみながら、ヘイデンはコンラートの手元を覗き込んだ。そこに表示されているものを見て片眉を上げると、ニヤニヤと笑ってルームメイトの脇腹を小突く。


「なんだよ女の子へのプレゼントって! お前もついに誰かに惚れたのかぁ?」

「違う! 見舞いの品だよ」

「見舞い? あぁ、こないだ艦長が紹介してたクローンのちびっこたちか。なんだ、随分入れ込んでんじゃん」

「あぁ? 命の恩人だぞ、手ぶらで見舞いに行けるかよ」


 露骨に噛み付いてくるコンラートに、ヘイデンは肩を竦めた。口元にはまだニヤニヤ笑いが貼り付いている。


「はいはい、そーゆーコトにしといてやるよ」

「そりゃどーも」


 茶化したがりのティーンの相手をしていたらきりが無い。コンラートは適当に手を振ってヘイデンをあしらうと、ホロモニタに視線を戻した。対するヘイデンの方はこんな面白いネタを逃すまいと、再び首を突っ込んでくる。


「で、何にすんの」

「それが決まってないからこのザマなんじゃねぇか……」


 半眼でコンラートは両手を挙げてみせた。若干笑みを引っ込めたヘイデンがその後ろからホロモニタを覗き込む。ずらりと並んだアクセサリのイメージを見て、ヘイデンの顔が朝食のメニューにジャパンのナットー納豆が並んだ時と同じ表情になった。


「見舞いでこれは……キモいな」

「いやちょっと見てただけだし! もうちょっと言い方ねぇかな!?」

「お前、俺がいて良かったなー。初手でやらかすとリカバリ大変だからなー」

「いやそう言うお前は女のコの何を知ってるわけ!?」


 ヘイデンは再び片眉を上げてコンラートを見ると、こともなげに言い放つ。


「いや、だって俺はカノジョいるし」

「は!? 知らないんだけど」

「職場恋愛なんざいちいち他人に言わねーよ。女のコのことはそうだな……まぁ隅々まで」

「言い方が下品よな! てか艦内なのかよマジで知らねぇ、誰だ吐け吐け」

「やなこった。これ以上の情報開示にはセキュリティクリアランスがレベル3はないとな」

「軍事機密かよ。どーせイマジナリ彼女だから言えねーだけだろ」

「お前ね、これは俺一人の秘密情報じゃねぇの。そういうトコに気が回んねーからいつまでも童貞なんだぞ」

「どっ……! 関係あるかなぁ今その話!?」

「うわマジかよお前。いつ死ぬか分かんねぇんだからどっかで捨てとけよ」

「放っとけよ! ああもう邪魔すんならどっかいけよな」

「いやぁスマンスマン」


 コンラートが放った肘鉄をひらりと避けて、ヘイデンはくつくつと笑った。


「やっぱ無難に花とかがいいんじゃねーの」


 ようやくまともなアドバイスを始めたルームメイトに、コンラートは眉を下げて見せる。


「花もってったらマリーさんに医療区に生花持ち込むなって滅茶苦茶怒られた……」

「あぁそう……」


 ヘイデンはしょぼくれた目の前の男がだんだんと可哀想になってきた。茶化しモードを完全に消し、最良の答えを導きだそうと頭をフル回転させ始める。メラニーのやつ、アレが喜んだっけ? ああでも女のコってなら。

 ヘイデンは神妙な顔でコンラートに持ち掛けた。


「それじゃあさ……」


 * * *  


(ふ……袋に入れてくるんだったーーっ!!)


 ふわもこ羊の巨大なぬいぐるみを抱えて歩くコンラートに、すれ違う隊員たちの視線がぐさぐさと突き刺さる。よくつるんでいるユウ達は18歳、ルームメイトのヘイデンは19歳なので忘れがちだが、彼はちょうど先月で21歳になったところであった。ちなみにヘイデンは17歳の頃からアヴィオンに乗っているので、歳下でありながら先輩でもある。とにもかくにも、もうティーンではないというのだという認識が、コンラートの意識を今になってギリギリと苛んでいた。周りの視線がすべて生温いのがまた非常につらい。

 俺のじゃないんだ、と言って回りたいのをぐっと我慢して早足で医療区へ向かう。羊の首に結んだピンクのリボンがふわふわと揺れた。耐え切れず小走りになった足で医療区に駆け込むと、入口でまたマリーに走るなと叱られる。しゅんと小さくなりながら、とぼとぼと目的の部屋に向かって歩いた。医療区まで来ると見舞いだとわかるのか、行き交う医療班のメンバーの視線は優しいのだけが有難い。


 Bat13-13がいる部屋の扉の前で、コンラートはしばらく入室用センサに視線を落としていた。生花を持ってきた時は追い返されてしまったので、会いに来るのはこれが初めての事だ。

 少女の長く響いた叫びを思い出す。アヴィオンの訓練を受ける前は陸軍アーミーにいた。まだアヴィオンが実戦配備される以前の話だ。泥沼のような戦争だった。従来型の火器は宇宙からの侵略者への決定打にはならず、生態もよく知られていなかったために多大な犠牲者が出たものだ。侵食の性質が明らかになってからは、歩兵の手足を切り落とすという行為は日常茶飯事だった。ナノマシンで麻酔をし、パイロットスーツやパワードスーツの機能で速やかに切断・止血を行う今の状況とは全く違う。それは物資すらままならない前線で、付け根をただ縛って切断するだけの荒々しい術式だ。絶叫と、飛び散る血の匂いと、侵食された肉の甘く膿んだ香り、それを焦がす炎の色。あの頃は、それは何処にでもある光景だった。


 もうあんな時代は終わったはずだった。コンラートは無意識に自分の足をさする。両腕で支えていた羊の重心がくらりと傾いだ。無くなっているべきなのはこの足だったはずだ。あの泥沼のような日常で行われていた術式ではなく、テクノロジーによるスマートな術式によって。こんな軽いもので償いになるのだろうか、と考えてコンラートは顔を歪めた。身代わりにしただけでは飽き足らず、自分はあの幼い少女に赦しまで求めている。

 気づいてしまった途端に怖気付いて、コンラートはそろりと踵を引いた。だがその肩は、何者かによってがしりと掴まれる。


「まさか、お帰りにならないですよね?」

「あっ、いや……えと」


 意思の強そうな声で詰め寄る赤毛の少女には見覚えがなく、コンラートはおろおろとそばかすの浮いた顔を見降ろした。


「ヘイデンから聞いていますよ。でかい羊のぬいぐるみを抱えた奴が日和って逃げ帰るかもしれないから、病室に押し込んでくれって」


 コンラートは目を丸くして鮮やかな青の医療服スクラブをまとった少女を眺めた。凛とした印象のグレーの目は、見つめてくる男の目をものともせずに見返してくる。あいつめ、とコンラートは心の中で毒付いた。何がこれ以上の情報開示は、だ。バレバレじゃねぇか。

 だが肩の力は抜けた。悪友に礼を言うのは癪なので、今目の前の彼女に言うことにする。


「ありがとう。ええと……」

「メラニー。メラニー・グラネです」

「ありがとうメラニー。腹を括るよ。ヘイデンによろしく」


 どうしてこう、男の人って肝心なところで意気地がないのかしら。そう呟くメラニーの声を背中で受けて、確かにこの相手に初手でやらかすとリカバリは大変そうだ、と思いながらコンラートは扉をくぐった。


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