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第16話 天使の欠片たちへ ①

 白い花の咲き乱れる丘に聳える巨大な合同碑の前に、数人の人間が並んで立っていた。同じ顔を並べた少女たちは、下ろしたてのシワひとつない軍服を着せられている。


「ありがとうございます。この子達の形をのこしてくれて」


 小さな箱を抱えたクピドが、振り返って微笑んだ。その視線の先では、ユリウスとコンラート、そしてユウが鎮痛な面持ちで俯いてる。クピドはゆっくりと三人に歩み寄り、箱の蓋を開けた。中に納められた4枚のプレートを見た青年たちの表情が、一様に歪んだ。


「ありがとう、ゼロスリー。君が見つけてくれたのに、死なせてしまった。ごめん、ゼロフォー。君の言う通りにしていれば君を死なせずに済んだ」


 ユリウスがそう言いながら、2枚のプレートを手に取る。ユウも黙ってプレートに手を伸ばしかけたが、指を掛けたそれをコンラートが横から奪い取った。残った1枚に顎をしゃくって、コンラートが苦々しげに吐き捨てる。


「お前はそっちだろうがよ」


 ユウは唇を噛んだ。彼女達を番号で呼びたくなかった。消耗品として扱うのが嫌で、弾除けのように先行させたくなくて、とにかく自分がやらなくてはと思って、大した指示さえも出さなかった。その結果がこのざまだった。自分は彼女達を尊重していたのではなく、目を背けていただけだった。4機編成のデルタという塊でしか見ていなくて、墜ちたその番号すらも正確に覚えていなかったのだという現実が胸を刺す。


「ごめん」


 一言そう呟いて、ユウはプレートをそっと持ち上げた。視線が刻まれた文字をなぞる。Bat13-15。15という数字を、きっと一生覚えている事になるのだろうなと思った。


 プレートを天国行きの名簿の列に加えて、扉を閉めると一行は碑の前面に回った。碑の前ではアサクラとシキシマが、花束を包んだジャケットを抱えて碑の表面に新たに現れた4つの文字列を眺めている。


「揃いで着て貰うのを楽しみにしていたんだが……残念だ」


 揃いの制服に身を包んだ少女たちを見て、シキシマは眩しそうに目を細めてからQPの一人にジャケット包みの花束を手渡した。QPは渡されるがままに受け取ったが、それをどうしたらいいのか分からずに固まっている。目線だけを動かし、シキシマの制服と、自分の制服と、胸に抱えたそれを順繰りに見て、少女は口を開いた。


「何故、花を?」


 シキシマは少し眉を上げて少女を見た。


「それは君の――姉妹が着るべきものだったからだ。それはノクティス迷宮で散った彼女たちに捧げる花だから、そこにあれば間違わないだろう?」


 少女は首を傾げる。


「死んだ個体に衣服は不要です。これは軍の備品なのでは? 破損や汚損を考慮して、予備倉庫に入れるべきでは」

「あはっ、いーのいーの。それはノブがポケットマネーで作らせた制服だからね。備品とかじゃないない」

「キリヤ、そういうのは黙っておいてくれないか……」

「……?」


 少女はただただ困惑したように、黙って再度首を傾げた。コンラートが眉間に皺を寄せて唸る。


「予算、降りなかったんスか」

天使の欠片エンジェルズ・フラグメントの扱いについては議論が終わっていないんだ。ごねても良かったんだが……予算部門の堅物にやるなら私財でやってください、なんて言われて、なんだ、その。私も少し腹が立って」


 コンラートはくしゃりと顔を歪めて、笑った。


「カッケーじゃねぇっすか。お前らが認めなくてもウチの隊は認めてるんだぞ、って大声で叫んだようなものでしょ、それ」


 そう言ってコンラートはばしんとQPの背中を叩く。QPは驚いた風もなく、「すみません」と一言謝った。コンラートは一瞬目を見開いたが、何が彼女にそうさせたのかを理解して再び表情を歪める。


「いいか、覚えとけ。お前たちは使い捨ての道具じゃないし、誰かの感情の捌け口でもない。お前たちはこの隊の一員で、同じ重さの命を持った人間だ」

「よく、わかりません」

「分からなくてもいい。分かんなくていいから、覚えとけ」


 少女は曖昧に頷いた。コンラートは少女の手に自分の手を添える。幼さの残る華奢な手は、手どころか掌ですっぽりと包めてしまうほどに小さい。


「花は、お前の姉妹のためのものだ。ここで手向けられる花は死者のためのものだ。死は不可逆で、近しいヤツが死ぬってのは悲しいものだってことを覚えろ。14番フォーティーンに代わりはいない。そのジャケットはあいつのものだ。お前たちの誰もそれに袖を通す権利はないことを覚えろ。それは予備にはなり得ないんだ」

「覚えて、おきます」


 コンラートの手にいざなわれて、QPは花をそっと碑の前に置いた。その様子を眺めていたアサクラが、クピドに歩み寄る。


「クピド。君が供えるかい」

「いーえ! やりません」


 花束を差し出したアサクラを、クピドはじろりとねめつけた。


「それはあなたの役目です。オリジナルおかあさんのぶんまであなたがやるべきです。今日のぶんだけじゃない。散ってしまった全部の――ああもう、数えとけばよかった。とにかく全員のために、ちゃんとやってください」

「いやぁ、手厳しいなぁ」

「当たり前でしょ。あなたには感謝してますけど、同じくらい恨んでます。少なくともわたしは。なんだって今になって迎えに来る気になったんです」

「来ない方がよかった?」

「来ないとは思ってました。あなたの顔を思い出す時なんて副菜にマヨネーズ掛かってた時くらいなんですからね」


 アサクラは苦笑する。普段の彼からは考えられないほど、感情の乗った笑顔だった。アサクラはふくれっ面で睨みつけてくるクピドから視線を外すと、碑へと向き直る。その顔からは既に笑みが消えていて、昏い瞳にはいつもの濁った色が凝っていた。花を置くその動作は優しいものだったが、表情からは胸の内をうかがい知ることは出来ない。何も言わずただ佇んでいる生みの親を、栗毛の少女たちがじっと見つめていた。

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