目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第10話 ノクティス迷宮探査戦 - Phase 2:エンジェルズ・フラグメント ①

『探索ルートAアルファにて友軍識別信号IFFを発見。これよりアルゴノートは発見ポイント近傍まで移動する。異機種編隊コンポジットEエコー、カドリガDデルタおよび救助隊レスキューとワルキューレAアルファは各自出撃準備を開始せよ』


 倦怠感の強い空気を纏った狭い待機室の中に、艦内放送が響き渡った。


「お! やーっと見つかったか!」


 ライナスはそう言って破顔すると、手に持っていたカードの束をテーブルの上に投げ捨てた。その手札を見たケイが、「あーっ!」と声を上げて顔を顰める。


「ちょっとライナス、ブタじゃないですか! ここで勝ち逃げはずるいでしょ!?」

「バーカ終わりだ終わり! 聞いたろ、仕事の時間だ!」

「あーもー! じゃあ賭けは無効ですからね!」


 そう言ってケイはフルハウスが揃ったカードを投げ捨てる。その隣にそっとフォーカードを見せつけるように置きながら、ルイスが無言でぽんとケイの頭を叩いた。ちなみに賭けていたのは夕飯のデザートである。


「見つかって良かったですね。あ、回収ありがとうございます」

「はーっ、楽しかった! さ、お仕事お仕事」


 子供たちからカードを回収して、テーブルの上の山と共に揃えながらユウは器用にバングルのホロモニタを覗き込んだ。


「俺達の機は……左翼格納庫かな。行こうか、相棒シエロが退屈で溶けてそうだ」


 * * *  


 フェニックスと異なりアルゴノートの格納庫は横っ腹が広く開くタイプで、広い格納庫には何機ものアヴィオンがずらりと並んで停まっている。待機室から格納庫に駆け込んできたパイロットたちは整備兵たちに誘導され、指定されたラインに沿って自分の機へ向かって走った。

 クピドとハイドラが駆けていく先に、見慣れない姿の機体を認めてユウはわずかに目を細めた。結局まだ、二人の機体を見せてもらっていない事に気付く。ハイドラが向かう先の機体に搭載された、見たことのない兵装に整備兵としての好奇心が疼いたが、ぐっとこらえて相棒のもとへ駆け寄った。


「ユウさん、ボディカムを着けましょウ」


 コックピットに滑り込んだユウに向かって、シエロは開口一番そう言った。今日の相棒シエロは、落ち着いた女性の声をしている。


「嫌だよ……ケイさんにVRゲーム入れてもらったんじゃないの?」


 溜息交じりにそう答えて、ハーネスのバックルを止める。エンジンを始動してしまえば、あとはシエロ任せだ。のんびりと作戦マップを眺めながら出撃を待つ。出撃準備完了の報告を終えたシエロが、落ち着いた声で騒ぎ立てた。


「待機中ってゲームしてても通信切れないじゃないですカ!? 皆さんが楽しそうにポーカーしてる音声聞きながら私だけ一人でゾンビ撃ってて! 疎外感! わかりまス!?」

「いや滅茶苦茶遊んでるじゃん……」

「せめて映像が見たイ! ユウさんの手札眺めて煽りたい!」


 落ち着いたトーンの女性の声でこれを捲し立ててくるものだから、違和感がすごい。


「嫌な参加の仕方だな……」


 そう言ってユウが渋面を作った時、管制室からの切迫した通信が飛び込んできた。


「こちら管制室フリプライ! 捜索班Aアルファチームとの通信が途絶えた! 異機種編隊コンポジットEエコーおよびカドリガDデルタは直ちに出撃せよ!」

「……っ!?」


 * * *  


 移動中のアルゴノートの横っ腹が開き、銀の機体が次々に火星の空に吐き出されていく。輸送艦であるアルゴノートよりもアヴィオンのほうが移動速度が早いので、2部隊が先行することになったのだ。


『こちらシキシマ。シエロ隊各機、聞こえるか』

「こちらハイドラ。通信状態は良好です」

「クピドでーす。ちょっと音質がざらついてるけど聞こえてます」

「ユウです。こちらも少しノイズがありますね」

「アルテミス、コンラートっす。通信良好! 聞こえてます」


 即席で異機種編隊コンポジットEエコーと名付けられたシエロ隊は、第1編隊としてシエロとコンラートのアルテミスが先行し、第2編隊にクピドのカドリガとハイドラのハーメルンが続く。


『カドリガ1小隊を先行させている。ポイントは移動中に作戦マップに転送した通りだ。まずはヘイムダルと護衛のカドリガを探してくれ。イドゥンは追って向かわせる。会敵しても無駄撃ちするなよ』

了解コピー。シエロ隊、最終通信地点に向かいます」


 それからこれは厳守してもらいたいのだが、とシキシマは続けた。 


『ハイドラ、反物質砲の使用は禁止だ。いいな』

「え……」


 インカム越しのハイドラの声は、困惑した表情が見えると錯覚するほどに動揺した色をしている。


「お言葉ですが艦長、反物質砲ペニテンシアは今回のような反重力機動下においては非常に有効な手段で」

『駄目だ。それからその呼び名も今後は禁止だ。いいか、君は第……大隊に……ザザッ……こちらのや……守……ぞ』


 ハイドラの反論をぴしゃりと遮ったシキシマの声が、突然ひどいノイズに塗れた。


『すみません、よく聞こえません。もう一度お願いしますセイ・アゲイン。……艦長?』


 内容を聞き漏らしたハイドラが反復を求めたが、アルゴノートからの応答はない。慌ててユウも割って入った。


「こちらユウ。艦長、応答してください。艦長!」

『……、……………』

「くそ、だめか」


 ユウは苛立ったように膝に拳を叩きつける。試しにサブチャンネルに切り替えてみたが、アルゴノートとの通信は復活しなかった。砂混じりの風が、キャノピーを叩く。

 シエロのインジケータライトが瞬いた。


「アルゴノートにはまだアヴィオンも残っていまス。BブラボーCチャーリーの捜索チームも戻って来るはず。緊急性が高いのは通信途絶したAアルファの捜索です。進みましょウ」

「……っ、そうだな」


 そう言われてユウは操縦桿を握り直した。操縦はシエロの担当だが、特に進路を変える時は握っていないと落ち着かない。シエロの操作で動く操縦桿に腕を委ねていると、クピド機からの通信が入った。


『ユウさーん、クピドです! 先行してるデルタとは通じるみたいですー!』

『こちらカドリガデルタ-01、フライトリーダーのBat13-13です。最終通信地点近辺のプラント構造物付近で待機しています。旗艦アルゴノートとの連絡途絶のため、先行して侵入するかの判断をお願いします』


 ユウはちらりと相棒シエロを見る。


「1分あれバ着きます」

「こちらEエコー-01。すぐ着く、合流しよう」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?