目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第1話 葬送 ②

 タイヤの軋む音がした。次いで聞こえた、控えめなカメラアイの駆動音に、ユウは振り返る。


「こんにちハ」


 シエロとリンクしたRAM作業用補助ユニットは、その乾電池のようなボディを重たげな黒い布で覆って現れた。

 もったりとした素材の布の端には、見慣れたマークがついている。それは整備班長テッサリアが仮眠を取るときにいつも使っているブランケットだった。何かないかと騒ぎ立てたのだろうな、とその場面を思い描いて、ユウはわずかに口元を緩めた。

 喪に服そうとしてくれたシエロの気持ちが、嬉しかった。


「やあ、シエロ」


 ユウは短い挨拶を返すと、再び碑に目を向けた。シエロはその手の中で弄ばれている小箱に目を留める。


「それハ?」

「これは……」


 ユウは口を開きかけて、少し考え込んだ。なめらかな布が貼られたその表面を一撫でしてから、静かにその蓋を開く。カメラアイのズーム音がひっそりと響いた。


「後悔ってやつ、なんだと思う」


 箱の中には蹄鉄を象った、華奢な細工のネックレスが納められていた。


「……ダイモスで恋人が、亡くなったのですカ」


 ユウは悲しい目をして微笑んだ。


「違うよ。恋人ではなかったし、もう1年も前の話だ」


 棺が丘を下っていく。葬送の列はいつの間にか途絶えていた。

 ユウは立ち上がり、ゆっくりと碑に歩み寄る。無数の名前が刻まれた碑の前には、数え切れないほどの花束や、飲食物が供えられていた。

 碑の前にある小さな石の台座にバングルをかざし、幾つかの操作を実行する。碑の表面がぞろりと動いた。つややかなその表面に刻まれた名前の末尾に、リサの名前が現れる。

 碑に納められた無数のプレートに刻まれた名を、全て刻んでおくことは物理的に不可能だ。ここに名前がある者は、納められたばかりのものと、申請されて呼び戻された者たちだった。

 ユウはこの碑のシステムが嫌いだった。今リサの名前が現れた分、読めないほど高い位置にあった誰かの名前が消えたのだろう。消えてしまった名前の存在を示すのは扉の中のプレート一枚だ。扉の閉まった暗闇の中に閉じ込められて、そのまま誰の記憶からも消えてしまうような気がした。


「リサ・アーノルド……」


 隣で、ぽつりとシエロが呟いた。合成音声で発せられたその声からは、機械のように感情が抜け落ちているように思えた。カメラアイが、忙しなくズームとズームアウトを繰り返す音が響く。


「シエロ?」


 ユウが怪訝そうな顔で相棒を見た。カメラアイの駆動音が、ピタリと止んだ。


「いえ、何でモ」

「……」


 ユウは数度まばたきを繰り返した。だが相棒がそれ以上何も言うつもりがなさそうなのを見て取って、碑に視線を戻す。


「リサ」


 ユウは静かな声で言葉を紡いだ。


「最終試験が終わったら、渡そうと思ってたんだ」


 そう言いながら、ユウは小箱をそっと碑の前に置く。上向きの、蹄鉄を象ったペンダント。幸運を逃がして離さない、魔除けの守り。


「君のしあわせを、願ってた」


 伝えてしまったら、消えてしまう気がして、怖かった。


「こんな事になる前に、伝えるべきだったよな」


 後悔を言葉にすると、ずっと背中にこごっていたその感情が溶けて、胸の中に落ちてくる気がした。


「俺は君のことが好きだったんだよ」


 未来永劫一方通行なその告白が、そよ風ひとつ吹かない空気の中に溶けていく。それ以上何も言わず、ユウは黙って碑の前の小箱を拾い上げるとその蓋を閉じた。


「置いていかないんですカ?」


 シエロが尋ねる。


「食べられる物と枯れる物以外、残してっちゃいけないことになってるから」


 何もかも最後まで渡せず仕舞じまいだな、と自嘲っぽくユウは呟いた。背後からガコ、とRAMの収納スペースの扉が開く音がして、振り返る。


「それでハ、私がこれヲ」


 収納スペースからマニュピレーターが引き出した小さな花束は、少し花弁が折れていた。片方のマニュピレーターが、周りの花束からこぼれた花弁をそっと寄せる。

 慎ましく確保したそのスペースに花束を置くその手つきは、ひどく優しいものだった。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?