タイヤの軋む音がした。次いで聞こえた、控えめなカメラアイの駆動音に、ユウは振り返る。
「こんにちハ」
シエロとリンクした
もったりとした素材の布の端には、見慣れたマークがついている。それは
喪に服そうとしてくれたシエロの気持ちが、嬉しかった。
「やあ、シエロ」
ユウは短い挨拶を返すと、再び碑に目を向けた。シエロはその手の中で弄ばれている小箱に目を留める。
「それハ?」
「これは……」
ユウは口を開きかけて、少し考え込んだ。なめらかな布が貼られたその表面を一撫でしてから、静かにその蓋を開く。カメラアイのズーム音がひっそりと響いた。
「後悔ってやつ、なんだと思う」
箱の中には蹄鉄を象った、華奢な細工のネックレスが納められていた。
「……ダイモスで恋人が、亡くなったのですカ」
ユウは悲しい目をして微笑んだ。
「違うよ。恋人ではなかったし、もう1年も前の話だ」
棺が丘を下っていく。葬送の列はいつの間にか途絶えていた。
ユウは立ち上がり、ゆっくりと碑に歩み寄る。無数の名前が刻まれた碑の前には、数え切れないほどの花束や、飲食物が供えられていた。
碑の前にある小さな石の台座にバングルを
碑に納められた無数のプレートに刻まれた名を、全て刻んでおくことは物理的に不可能だ。ここに名前がある者は、納められたばかりのものと、申請されて呼び戻された者たちだった。
ユウはこの碑のシステムが嫌いだった。今リサの名前が現れた分、読めないほど高い位置にあった誰かの名前が消えたのだろう。消えてしまった名前の存在を示すのは扉の中のプレート一枚だ。扉の閉まった暗闇の中に閉じ込められて、そのまま誰の記憶からも消えてしまうような気がした。
「リサ・アーノルド……」
隣で、ぽつりとシエロが呟いた。合成音声で発せられたその声からは、機械のように感情が抜け落ちているように思えた。カメラアイが、忙しなくズームとズームアウトを繰り返す音が響く。
「シエロ?」
ユウが怪訝そうな顔で相棒を見た。カメラアイの駆動音が、ピタリと止んだ。
「いえ、何でモ」
「……」
ユウは数度まばたきを繰り返した。だが相棒がそれ以上何も言うつもりがなさそうなのを見て取って、碑に視線を戻す。
「リサ」
ユウは静かな声で言葉を紡いだ。
「最終試験が終わったら、渡そうと思ってたんだ」
そう言いながら、ユウは小箱をそっと碑の前に置く。上向きの、蹄鉄を象ったペンダント。幸運を逃がして離さない、魔除けの守り。
「君のしあわせを、願ってた」
伝えてしまったら、消えてしまう気がして、怖かった。
「こんな事になる前に、伝えるべきだったよな」
後悔を言葉にすると、ずっと背中に
「俺は君のことが好きだったんだよ」
未来永劫一方通行なその告白が、そよ風ひとつ吹かない空気の中に溶けていく。それ以上何も言わず、ユウは黙って碑の前の小箱を拾い上げるとその蓋を閉じた。
「置いていかないんですカ?」
シエロが尋ねる。
「食べられる物と枯れる物以外、残してっちゃいけないことになってるから」
何もかも最後まで渡せず
「それでハ、私がこれヲ」
収納スペースからマニュピレーターが引き出した小さな花束は、少し花弁が折れていた。片方のマニュピレーターが、周りの花束から
慎ましく確保したそのスペースに花束を置くその手つきは、ひどく優しいものだった。