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第13話 ダイモス攻略戦 - Phase 4:監視塔喰らい ②

 前線は大混乱に巻き込まれていた。ゆっくりとダイモスを離れつつある監視塔を巻き込んだ巨躯を背景に、巣の中からはアザトゥスが尽きることなく湧き出してくる。どうやらあちらも総力戦の構えのようだった。

 前線を支えるパイロットたちはその姿に視線を釘付けにすることすら許されず、戦闘の継続を強いられていた。だが意識までは逸らしきれるものではない。回線には被弾を訴える報告が5割増しで増えている。


 わらわらと寄ってくる小型にミサイルを叩き込みながら、コンラートが怒鳴る。


『くそったれ、冗談じゃねぇ! こちとらもういっぱいいっぱいだっての!』

「そんなこと言ったって敵は待っちゃくれませんよ! なんとかして足止めしないと……!」

『こちとらアルテミスだぞ! 陽電子砲すら積んでねぇっつーの! お前がやれお前が!』

「たった2発でどうしろと!?」

『あーくそ、弾切れだウィンチェスター! ローテまだか!?』


 ミサイルを撃ち尽くしたコンラートのアルテミスを狙った中型を、荷電粒子砲で牽制しながらユウは完全にダイモスを離れた監視塔喰らいの巨躯を見る。シエロの砲は陽電子砲を荷電粒子砲にダウングレードできる特殊仕様だ。だがそれは手数が増えるだけで破壊性能が上がるわけではない。足止めしないと、と言いつつ打開策は全く思い浮かばなかった。


「シエロ、悪いけどちょっとあいつを観察させてくれ。見てたら何かわかるかも」

「承知。攻撃は出来るだけ回避しまショウ」

「うん。レーダーは一応見てるけど反応遅れたらごめん」


 いつでも砲を撃てるよう、操縦桿に手を掛けたままユウは戦場を見渡す。グングニルから太い閃光が走り、圧縮陽電子砲が監視塔喰らいを貫いた。対消滅によって形成された穴は、ぐじゅぐじゅと不快なうねりを繰り返す肉によって瞬く間に塞がれていく。その肉の狭間から、ぬるり、と何か尾のようなものがダイモスに伸びた。


「何だ、あれ……」


 それは柔らかな動きで地表面に伸びると、規則的なリズムで蠕動ぜんどうし始める。


「ランチタイムってとこでしょうネ」

「……っ!?」


 無機質な声が無感動に告げる。ユウは目を見開いた。規則的にうねるその動きは、まるで何かを飲み干しているかのような。


「巣の組織を、吸い上げてる……のか……?」


 2度、3度と艦砲が突き刺さるが、傷口は瞬く間に塞がってしまう。ゆっくりとダイモスから離れつつある監視塔喰らいの尾が、徐々に細長く引き伸ばされて行くのを見て、ユウは声を張り上げた。


管制室フリプライ! 艦砲効いてないです!ヤツは巣を吸い上げて回復してます!」

『なんだと!? どういうことだ、詳細を!』

「物理的な器官で巣からアザトゥス体を吸い上げて、回復に充てている模様! 巣から引き離さないと!」

『切断できないのか?』

「敵の数が多すぎます! 射線が通りません!」 

『……ええい! 巣を吸い上げてるなら巣のほうは弱体化するはずだ! 相対速度を保ったまま引き続き艦砲を叩き込め!』


 監視塔喰らいは徐々にその移動スピードを上げている。

 アザトゥスが何を推進力として宇宙空間を移動しているかは、未だに解明されていない。何にでも浸食するその性質のお陰で、アザトゥス体の研究は遅々として進まないままだった。

 その謎の推力を以てしても、大きいものを動かすにはそれなりのエネルギーが必要らしく、大型アザトゥスの初動は遅い。だが宇宙空間は抵抗がないため、推力がなくなっても移動は続く。大きいものであればあるほど、一度スピードに乗ってしまえば止める事は困難だった。


「くそ……シエロ、なんとか近づけないか」

「いやー無理デス無理デス。よしんば近づけたとしテ、みみっチイ攻撃2発当てたとこでどうにもならないでスよ。離れるまデ待たないト」


 なんとかあの尾を切り離せないかと移動を打診するも、箱詰めの相棒の反応は素っ気ない。巣からの供給を断つには移動を待つしかなく、移動を待てば速度が上がる。激しい戦闘が続く中、監視塔喰らいは悠々と進み、もどかしく時間だけが過ぎていく。


 監視塔喰らいの目標は恐らくグングニルだ。その証左として、周囲を飛び回るアヴィオンには目もくれず、真っ直ぐにグングニルへと向かっている。その尾は長く細く引き伸ばされていったが、ついに先端が地表面を離れて宙を舞った。


「吸い上げ器官が外れました!」

「おヤ。では離脱しましょウ」


 管制室に向かって投げたその言葉を、なぜかシエロが拾って機首を翻した。ユウは慌てて操縦桿を引こうとするが、ぴたりと旋回に固定されたそれはいくら引いてもびくともしない。


「待て待て待て! なんで離脱する!?」

「何でっテ……。に決まっていますガ? まさかご存じナイ?」

「まさか――」


 グングニルの艦砲が吼えた。大口径の圧縮陽電子砲は巨体に風穴を開け、再び肉がそれを塞ぎ――


「全員、大型から離れろ―――!!!」


 無機質な構造物とざわめく肉の混合物が、空間を薙いだ。

 艦砲で引き千切られた監視塔の巨大な破片を、のだと、脳が理解するのに一瞬の時を要した。退避が遅れた何機かがそれをまともに喰らい、ひしゃげたアヴィオン同士がぶつかって金属片とわずかな肉片が舞い散る。

 複数の“尾”がぞろりと伸び、砕けた欠片ごとアヴィオンをくわえ込むと、その巨体に引きずり込んでいく。中型や小型が、交戦をやめて“餌”を引きずり込む監視塔喰らいへと群がった。おこぼれにあずかろうと寄っていったそれらもまた、“尾”の餌食となる。

 遠巻きに飛びながらそれを眺めていたシエロが、痺れを切らしたように「モウ!」と憤った。


「艦長サン! 聞こえマスか?」

『ユウ……じゃないな、シエロか? なんだ、どうした!』

「300m級相手ニ、ちまちま艦砲撃っててモ仕方ないでショウ! 爆撃機はまだデスカ?」

『スサノオを……? そうか、爆撃か……!』


 スサノオは全翼型の爆撃機だ。今回の攻略戦にあたっては、巣の中のアザトゥスがある程度けた段階での、巣組織および母体への爆撃に備えて出撃準備を整えていた。

 爆撃機に搭載される誘導弾は静的目標への爆撃に使われるものであるため、アルテミスのミサイルのように追尾性能が高いわけではない。そのため高速機動が主体の宇宙戦においてはほぼ出番はないと言っても過言ではなかった。

 だがそれも相手が全長300m越えの巨体であるともなれば話は変わってくる。一般的なベースボール・スタジアムをはるかに凌駕するその面積に対してであれば、スサノオ搭載の誘導弾でも十分なダメージを与えられるはずだった。


『スサノオを出せ! ガーゴイルとアルテミスは護衛にあたれ!』

「頼みますヨー、モウ」


 瞬時にその意味を理解し、爆撃機の出撃指令を出したシキシマに、しかしシエロは不満げだ。


「マッタク。この隊大丈夫なんでス?」

「さっきから何を言ってる……?」


 ユウの背中を違和感が撫で上げる。大型が現れて以降、圧倒的に会話が嚙み合わない。


(お前は、誰だ――――?)


 喉まで上がってきたその言葉を、ユウは無理やり飲み込んだ。

 スサノオが飛んでくる。巨大なブーメランのような翼に詰まった誘導弾が、監視塔喰らいに雨あられと降り注いだ。焼け爛れた肉の層の奥から露出した核を、飛び交うガーゴイルの複数の陽電子砲が串刺しにする。核が消し飛び、結合力を失った肉片がぐずぐずと崩れ落ちた。

 大隊を恐怖と混乱に叩き込んだ監視塔喰らいは、拍子抜けするほどあっけなく崩壊していく。

 まだ核の残っている、さきほど喰われた小型や中型がぽろぽろと剥離するのを念入りに仕留めれば、もはや巣から出てくるアザトゥスも残り僅かだった。


『本丸を叩くぞ! グングニル出ろ!』


 フォボスの悪夢の教訓を生かし、大型は既に葬った。大型が出てくるということは、最終局面の証である。新たな大型出現の気配も無い今、巣の戦力は残り少ないと判断できた。最後のラッシュも途絶え、ぽつりぽつりと中型が出てくる程度だ。もう駆逐艦が喰われる心配もいらない。

 グングニルが速度を上げ、ダイモスに迫る。近距離艦砲射撃で母体の潜んでいる巣組織の塊を吹き飛ばしてしまえさえすれば、あとは丸裸になった母体を倒すのみだ。


 圧縮陽電子砲の光が閃いた。


 白に近い青紫の閃光は、スパークすら伴わず、真っ直ぐな1本の槍となって


「―――な、に……が―――」


 カラカラに干上がった喉から、かすれた疑問符が転がり落ちた。

 時間が止まっているか、永遠の尺度に引き伸ばされているような感覚に襲われる。巣に空いた巨大な穴から、戦艦砲の砲身がゆらりと姿を現す光景を、ユウは映画のスローモーションがかかったワンシーンを見ているような気分で見ていた。


 肉の層に覆われた駆逐艦のような何かが頭をもたげたのを見て、ユウは全身を凍り付かせた。


「フォボスの……悪夢……」


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