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第13話 ダイモス攻略戦 - Phase 4:監視塔喰らい ①

「ユウさン、早く!」

「ちょっと待っ——はや——」


 タイヤを軋ませて、シエロとリンクした作業補助ユニットRAMが格納区画を疾駆する。ツールベルトを外す暇もなかったユウが、ガッチャガッチャと金属のぶつかり合う音を響かせながらその後を追った。

 ついさっきまでは整備班の仕事をしていた。だが戦況が悪く出撃機が足りないと、緊急の出撃命令を受けたのだ。火星駐屯地から増援が来るという話だったはずだが、どうやらそちらも遅れているらしい。


 急ブレーキ音が、格納庫の静寂を切り裂いた。新型高機動戦闘機HSU-01の前で、出撃前チェックのリストに目を落としていた整備班長テッサリアが顔を上げる。


「来ましたか」

「はあっ……はあっ……きました……」


 ロッカーに手をついて、ユウは荒い息を吐いた。RAMがドックポートに滑り込んでいく。ヴゥン、と低い音を立ててインジケータライトが消えた。それと同時に手元のバングルから音声が流れ出す。


『まだですカ!?』

「生身の相手に無茶言うなよ! 君と違って脱ぎ着は一瞬でできないの!」


 ツールベルトと整備兵のツナギを脱ぎ捨て、パイロットスーツに袖を通しながらユウはバングルに怒鳴り返す。久々に着るそれに手間取っていると、テッサリアが手を貸してくれた。


「大丈夫ですか、ユウ君」

「すみません班長。……これ着るの、久しぶりすぎで」

「いえ、そうではなく」


 片袖を通した状態で、ユウはテッサリアを見た。心配そうな瞳がこちらを見ている。ユウは返事をせずに俯いた。


「慣らしもまだでしょう。艦長も無茶を言う」


 大きな手が、焦げ茶の髪をそっと撫でた。親が子の頭を撫でる時のような、優しい仕草だった。


「君の気持ちの問題だってある。なんなら整備不良で出撃は難しいと私から——」

「いいんです」


 言いかけたその言葉を、ユウは静かに遮った。そのまま黙ってもう片袖に腕を通し、支度を整えていく。


「ありがとう、班長」


 最後にテッサリアからヘルメットを受け取って、ユウは泣きそうな顔で微笑んだ。コックピットへと続く梯子を登っていくその背中に、テッサリアが声をかける。


「ユウ君。……気を付けて」


 ユウは答えず、黙って片手を上げた。

 操縦席に体を滑り込ませると、黒い箱の表面の光がゆっくり瞬きながらユウを迎える。


「もうイイんですカ」

「急かさないんだな」

「そこまで空気読めナイと思われてるのハ心外ですネ」


 ユウはふっと笑った。素直に「ごめんよ」と謝りながら、シートベルトのバックルを止めていく。


「もういいんだ。それじゃよろしく、シエロ」

「喜んデ。この相棒にお任せくだサイ」


 エンジンが唸りを上げる。星の海の奥にかすかに見える戦場に消えていくその姿を見送って、テッサリアは静かに瞑目した。


 * * * 


 ダイモスは直径12kmの極小の衛星である。その小さな星の持つ重力下に、監視衛星を置くことは不可能だった。そのため自転軸の両端に位置する極地点にはそれぞれ、監視塔が立っている。監視塔は2基でダイモスの表面に点在するビーコンからのデータを吸い上げている、高さおよそ300メートルの無機質な構造物であった。


「嘘だろ……」


 その無機質なシルエットをまとわりついた肉によって変形させた監視塔が、ぐらりと浮かび上がるのを見て、ユウは呆然と呟いた。隣でシエロも「ワァオ」と驚いているのかよくわからない声を上げている。

 呆けたようにその威容を眺めていると、突然機体が激しく傾き、ユウは操縦席でつんのめった。視界の端を、千切れ飛んだアザトゥス体が崩壊しながら猛スピードで横切っていく。「レーダー見てまスか!?」となじられるが、一瞬呼吸が止まった喉は返事もできず、ただただ空気を吸い込んだ。


「300メートル級なんて珍しくもないでショウ! ボーッとしないデ!」


 ぷりぷりと怒りながらLEDを激しく明滅させるシエロに、逆にユウが目を剥く。


「そんな訳あるか! 大型っても精々が200メートルだろ!? 300なんて聞いたこともないよ!」

「それハそれハ!ずいぶんと平和な戦場を歩かれテ来ましたネェ!」


(——何なんだよ、全く!)


 言い返すと面倒なことになりそうだったので、胸の内で密かに悪態をついてユウはフライトコンソールに向き直る。指定ポイントはもう目の前で、口論している余裕はなかった。


「HSU-01、アルテミスCチームチャーリーに合流します!」

『ユウ! 待ってたぜ!』


 出迎えてくれた、懐かしささえ感じる声の主はコンラートだった。コンラートと共にシエロの回収に向かってからもう半月以上が経っている。


「コンラートさん! 何ですかこれ、どうなってるんです!?」

『俺が知るかよ! とにかくマズいって事以外は何も分かりゃしねぇ!』


 生体針の奇襲攻撃で2機を失ったアルテミスCチームチャーリーは、繰り上げでコンラートがフライトリーダーを務めているようだった。通信越しの声にはひどく混乱が滲んでいて、混乱しているのは自分だけじゃないぞ、とユウはシエロをねめつけた。


 * * * 


 立体投影地図に映し出された巨大な影に、管制司令室がどよめいた。


「大型出現! サイズ——300メートル級!?」

「300!? 母体が出てきたか?」

「……出芽反応なし! 生産体タイプではありません!」

「計測ミスの可能性は!?」


 計測ミスを疑われたナギが、ふてくされた様子できっぱりとそれを否定する。


『ボクが計測ミスするわけないでしょ。ちゃーんとバカでかいやつが来てるよ』


 その場のほぼ全員の視線がその巨躯に釘付けになる中、アサクラだけがいつもはハイライトの一切ないその瞳をきらめかせてラップトップを手繰り寄せた。


「えー、なになに! あれ分泌体が作った巣粘膜じゃなくて、それ自体が大型ってこと?」


 アザトゥス母体は巣を作る際、まず分泌体と呼ばれる特殊個体を生産する。分泌体は核を持たない、アザトゥス体組織を延々と生産して巣を形作っていく。建物がアザトゥス体に吞まれるケースは、大半がこの分泌体による巣作りによるものであり、今回も隊はその想定で動いていた。

 アサクラはうきうきとした様子でキーボードを叩き、目的のデータを引っ張り出すと、猛然とそのデータを繰り始める。


「フォボスで駆逐艦を喰ったやつが200メートル……、ああ、4ヶ月前に第11調査大隊が上げてる交戦レポートに250がいるな……これは100……175……」


 ひとしきりデータをスクロールし終えると、アサクラは一つ頷き、シキシマに向かって死んだ目でにっこりと微笑んだ。


「やったね、新記録だ」

「冗談言ってる場合か。流石に笑えん」


 眉間に皺を寄せてそう返したものの、肩の力が少し抜けるのを感じる。そう、混乱しているだけでは戦況は悪くなるばかりだ。


(——新記録か)


 今までにない大きさなら、今と同じ戦い方ではだめだ。シキシマは帽子を被り直し、声を張り上げた。


「相対速度固定の基点ベースポイントを大型に変更しろ! 戦線を下げる。艦に近づかせるな!」

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