――アヴィオンにもバリアが欲しいですぅ……
そんな泣き言を言っていたのは、フライトバディのラニだったか。カチカチとコックピット内のつまみを調整しながら、ナギは下がり眉の相棒の台詞を思い出していた。障壁だとか、シールドだとか。ギルバートと一緒に観た数々のサイエンス・フィクション映画の数々に、当たり前のように鎮座していた守りの薄膜は、アヴィオンを覆ってはいない。
「あんなこといいな、出来たらいいな……」
たまには子供らしいものを観ろ、と押し付けられたジャパンの古いアニメーションの主題歌を口ずさみながら、ナギは一人きりのコックピットの中でくすくすと笑いをこぼした。そういえばあのやたらと便利な青ダヌキも、まだ実現してはいない。だがあの便利なタヌキがいてなお、主人公は意地悪な友人たちにしょっちゅう泣かされていたのだから、現実とはもっと過酷でしかるべきなのかもしれなかった。
「
「ヤタガラス
「照準補助担当はボクだけなんだからコールしなくてもわかるでしょ? 何事も省エネが大事なのさ。
通信はいつも完結な言葉で手早く済ませる筈の管制室スタッフがあえて使う丁寧語には怒りが滲んでいる。だが肝心のナギはちくりと釘を刺されたことを意にも介さず、一方的に通信を切断した。
待機を命じられたナギは手持ち無沙汰にフライトコンソールを眺めることにした。コンソールのインジケータは、陽電子砲が残り2発であることを示している。ポストアポカリプスのハードコアなサバイバルホラーですら、もう少し残弾に余裕があるに違いない。これが戦略シミュレーションであると考えれば妥当なのかもしれないが、1人称視点でこなすにはあまりにも心許ない数字であった。
ヤタガラスはレーダーシステムも兵装も、全て電力消費で賄われている機体である。現在の電力残量では2発撃てる陽電子砲も、照準補助を続けていれば1発になり得ることは十分にある。内燃機関がある程度発電を賄ってはくれるが、それも大して期待出来るほどの発電量ではない。やはり現実は過酷だな、と思ってナギは笑った。
レーダーに灯る白点は、巣の周りを穏やかに動いている。防衛個体はその名の示す通り、専守防衛だ。不用意に近付き過ぎたり、攻撃したりしない限りは襲ってこない。まるで蜂の巣だな、とナギは思う。女王蜂が蜂を産み続け、働き蜂が餌を獲る。巣を突かない限り殺し合いは起きないが、巣を壊さなければ餌は食べられる一方だ。世界は生存競争で回っている。
ぼんやりと思考を巡らせながら白点を眺めていると、レーダーに味方機を示すマークが現れた。イコライザが跳ね、近距離無線特有のノイズ混じりの音声がヘルメットのインカムから耳に流れ込む。
「おいナギ、ちゃんと回線開けとけよ」
「ひとり時間は静かに楽しみたいタイプなんだ。ギルが来たし、開けますよっと」
傭兵時代に砂漠で何日も野営した時、毎朝起きるたびにブーツを引っ繰り返してサソリを追い出していた時のギルバートのうんざりした顔を思い出す。今、絶対同じ顔してるなと思いながら回線を開けると、ヘイムダル
「ダイモスに対し全艦相対速度固定完了。照準補助を開始せよ。これより作戦行動を開始する!」
「おっけー。照準補助開始するよ」
作戦行動開始の合図に合わせ、ギルバートの乗るガーゴイル1号機を先頭に、ガーゴイルとアルテミスの混成部隊が巣に向かって動き出す。穏やかに巣の周りを動き回っていた白点が、敵機の接近に気付いて動きを変えた。
「
先頭を行くギルバート機の砲身から閃光が迸り、異形の肉で覆われたダイモスの地表に喰らいつく。地表面に張り付いたアザトゥス体が弾け飛び、ぽっかりと暗い口を開けた穴からは複数の防衛個体が飛び出してきた。
混成部隊は即座に機首を翻した。
「
グングニルの主砲が火を吹いた。混成部隊の真後ろの空間を大口径の圧縮陽電子砲が薙ぎ払い、追い掛けてきた防衛個体を消し飛ばす。
「生き残りがいるよ。グングニルの方にも行った。ヘイムダル、グングニル側の捕捉よろしく」
「
再反転した混成部隊の陽電子砲が
アザトゥスを無力化する方法は主に2つある。1つは核の破壊だ。アザトゥスは高い再生能力を持つが、その体の中には中枢組織が存在しており、中枢組織を破壊することで再生と活動を停止させることができる。もう1つの方法は体組成組織を一定割合削ぐことだ。多少の損傷はあっという間に周囲の体組成組織を使って塞いでしまうが、質量自体を増やすことはできないようで、一定割合の体組織を消し飛ばしてしまえば再生は停止する。
陽電子砲は対象の対消滅を引き起こす。防衛個体は、サイズだけを見れば小型に分類される。小型相手であれば、アヴィオン搭載の陽電子砲でも十分な質量を消し飛ばすことができた。
体組成の大半を消し飛ばされ、グロテスクな中枢組織を晒している防衛個体は、悶えるように小さく震えている。
核が破壊されていないアザトゥスは、再生は停止するが活動が停止するわけではない。周囲に取り込める体組成がある場合はそれを取り込み、再び再生することも可能だ。だが、高速でアヴィオンを追撃してきたその速度のままに体組成の大半を消し飛ばされてしまえば、もはや僅かな方向転換すらも叶わない。
仲間を探すように震えながら広がったアザトゥス体に鱗の守りは既になく、柔らかな肉の塊にミサイルが食い込んだ。
「
「
「なーんかヤな感じ」
補給を受けた
肉の地表面は大きくえぐり取られ、やっと所々に本来のダイモスの姿である岩肌を晒していた。度重なる艦砲射撃により大穴が空き、地表面の下にある巨大な空洞の存在もまた露わになっている。アサクラは地表面にはおおよそ10メートルのレゴリスが積もっていると言っていたが、どうやらそれはすべてこの巨大な巣の腹の中に納まってしまったようだった。