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第30話 蜂楽屋カンナ、これからも博多弁でぐいぐいいくけんねっ!

「山田先輩、石川先輩、おはようございます」


「おー、偶然じゃん、あかりちゃん」


 カンナの家に行った翌朝である。

 高校の正門の前で、俺と石川が立っていると、セーラー服姿のあかりちゃんが登場した。


「いまから中学?」


 石川が尋ねると、あかりちゃんは「はいっ」とうなずいた。


「先輩たちもこれから学校ですよね? どうしてこんなところに?」


「そりゃ、言うまでもねえだろ」


「……カンナさん、ですか」


 あかりちゃんの言葉に、俺たちふたりは大きくうなずく。

 俺と石川はカンナを待っていた。彼女が学校に出てきてくれることを。

 カンナはお父さんとああいうことがあったわけだが、ちゃんと仲直りして、学校に来てくれるだろうか。気になって仕方がなかった。


「親父さん、分かってくれると思うだけどねー」


「でも石川先輩、……カンナさんが転校したほうが、わたしたちにとってはラッキーじゃないです?」


 あかりちゃんがボソボソ声で、石川にそんなことを言った。

 俺に聞こえないようにするためだろうが――聞こえてる、聞こえてるよあかりちゃん。

 すると石川は、ちょっと顔を赤くして、やっぱり小声で、


「そりゃま、都合はいいけどさ。こんなお別れって後味悪いじゃん。……うちだって別に、姫が嫌いなわけじぇねえし」


「……それを言うならわたしだってそうですよ。先輩のことは、正々堂々勝負して決着をつけたいんです」


「だよね。……しかしあかりちゃんも、なかなか意地の悪いことを言うね~」


「もちろん冗談ですよ。……石川先輩がそういう答えをするひとで、ほっとしましたけど」


「うちもさ。もしも冗談じゃなかったら、あんたのこと怒鳴りつけてたかもね」


 登校中の生徒たちで溢れかえっている正門前。

 女子ふたりは、にこやかにそんな会話を交わしていた。

 ……なんだか面倒なことになりそうだから、このガールズトークは聞こえないふりしとこ。


「アニキ!」


「うおっ!」


 突然の大声!

 俺はビビって振り向いた。

 するとそこには、甲賀がいた。


「な、なんだ甲賀か、びっくりさせんなよ」


「アニキ、どういうことッスか。女子をふたりも連れて朝っぱらからリア充生活なんざ。そんなこと、そんなこと、お天道様が許してもあっしが許さねえッスよ! アニキ、どうしちまったんスか!」


「どう……どうと言われても……」


「アニキはそんなひとじゃなかった。あんなにヒカリや優香のことが好きだったアニキなのに、このざまはなんスか。蜂楽屋さんだけじゃなくて、次から次へとリアル女子に囲まれて。これじゃあっしはヒカリたちに顔向けできねえッスよ! あっしは、あっしはもう……! う、ううう、うあああああ……!」


「分かった、分かったから泣くのはよせ。人の目が痛い!」


「……なんか、号泣していますね……」


「面倒なオトコだね、ったく」


 男泣きする甲賀を目の当たりにして、呆れるあかりちゃんと石川であった。


 しかし――

 それにしても、カンナは来ない。

 やっぱり転校しちまうのか? カンナ。




 ……そもそも俺は、なんでカンナをこんなに心配してるんだろう?

 甲賀の言う通り、俺はヒカリや優香――二次元の美少女たちをこよなく愛する男。

 カンナのことは――そりゃ可愛いとは思うが、あくまでもクラスメイト、そして友達だと思っていて……。




 ――カンナさんもきっとそうですよ。先輩のそういうところが分かっているから、いっしょにいるんだと思います。


 ――心当たりありませんか? カンナさんに優しくしてあげたこと。




 あかりちゃんと話したときのことを思い出す。

 カンナは、ただ博多弁を出せるだけじゃなく、俺の内面に惚れてくれている。

 あかりちゃんはそう言った。




 だから。

 だから俺は、それがなんだか……




 ……嬉しくて……。




 だから保健室で、石川と揉めたときも、




 ――そういうのは、カンナが傷付く。だからやめろ。


 ――カンナの気持ちを傷付けるほうが、よっぽど怖いし、嫌だからさ。




 俺はそう言った。

 あいつが傷付くようなことは……嫌なんだ。

 カンナの告白を断ったときとは、明確に違う感情が、ここ数週間の生活で、確かに俺の中に芽生えてきていた。

 そりゃヒカリや優香は好きだ。ゲームもアニメもラノベも大好きだ。だけど俺は、それとはまた別に――もう、きっと――だから俺は、あいつを秋葉原に誘って……。




「…………はは…………」




 カンナ。

 その名前が何度も脳裏をよぎった。

 あいつに会いたい。もう一度、この学校で、あの博多弁を――




「山田くん、なんしよーと?」




 軽快な声が聞こえた。

 振り返る。俺も石川もあかりちゃんも、ついでに甲賀も。


「姫」


「カンナさん」


「蜂楽屋さん」 


 三者が三様の呼び方で彼女を呼ぶ。

 俺も――俺もその名を呼んだ。


「カンナっ!!」


 見忘れるはずもない、金髪碧眼の少女がそこにいた。


「なんでみんなして、こげなところおるとね? 教室行かんでよかと?」


「なに言ってんだい。みんな、あんたのことを待ってたんだよ、姫!」


「あたしを……? えっ、あかりちゃんまで?」


「は、はいっ! だってあんなことがあったんですから。カンナさんがどうなったか気になって!」


「そ、そうなん? みんな、あたしのことを? ……山田くんも……?」


「ああ。……もちろん」


 俺は一歩、前に出て、


「転校はもう、しなくていいのか?」


「うん。……お父さんとちゃんと話しおうて。分かってもらえたとよ」


「じゃあ……それじゃあ、またこの学校で、いっしょに過ごせるんだな?」


「えへへ……うんっ!」


 カンナは、ちょっとだけ涙目になって、首を縦に大きく振った。


「またいっしょにできるとよ! ラーメンもうどんも食べられるし、いっしょにゲームだってアキバデートだってできるけん! 山田くんと、ずっと、ずっといっしょに……!!」


「そうか! ……そうかあ……!!」


 なんだかやけに嬉しかった。

 あの階段の踊り場や、あかりちゃんの店でカンナと過ごせる。

 それは俺にとって、たまらなく嬉しい出来事だった。……またカンナが博多弁で、ぐいぐい来てくれる!


「んだよ。山田と姫だけで盛り上がっちゃって。うちらのことも忘れんなよな。……あれ? 甲賀、どしたの?」


「つ、ツンツン姫が……。蜂楽屋さんが……。謎の方言を使っていらっしゃる……? これは、これはいったい……?」


「あ、そっか。あんた知らなかったんだっけ、姫の博多弁」


「カンナさん、いいんでしょうか。学校の近くなのに博多弁全開ですけど」


「えへへ、もういいと、いいと!」


 あかりちゃんの言葉は独り言めいていたが、しかしカンナは笑顔で返した。


「もうやめたけん。ツンツン姫は。あたしらしく博多モード全開でいくとよ。もう怖くなかもんね! 石川さんも、あかりちゃんもおるし――それに誰よりも――」


 彼女は、潤んだ瞳を俺に向けて、


「山田くんがおるけんね!」


 にっこりと。

 百万ドルの笑顔を見せてくれた。


「そういうわけで、蜂楽屋カンナ、これからも博多弁でぐいぐいいくけんねっ! やけん山田くん、覚悟ばしときんしゃい?」


「か、覚悟って、なんの覚悟だよ!?」


「えっへっへ~。そら決まっとろうもん!」


 カンナはその瞬間――

 ぎゅうっ!


「うわっ!」


「えっ!?」


「おっふ!」


 石川にあかりちゃんに甲賀に、その他の学生たちもいる前で――あ、いま視界の片隅でサッカー部の佐藤がぶっ倒れるのが見えた――俺に思い切り抱きついてきて、胸をぐいぐいと押し付けてくる!


「毎日こうして、毎日耳元でささやいちゃるけんね!」


 そしてカンナは俺の耳元で、元気いっぱいに、だけども情感を込めた声音で告げてきたのだ。


「……好いとうよっ(はぁと)」






「超絶クールな金髪美少女が底辺オタクの俺にだけは『好いとうよ(はぁと)』って博多弁でぐいぐい迫ってくるんだが?」 完







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