「嫌よ、お父さん! あたし、転校なんてそんなの!」
「そ、そうですよ、お父さん。いきなりそんな話、乱暴な!」
カンナと俺は、揃っておじさんに異議を唱えた。
だがおじさんは、俺をギロリと睨みつけ――
うお、
「キサンにお父さんち呼ばれる筋合いばなかったい!!!! ぼてくりくらしちゃろうか、ほんなこつ!!!!!!!!」
「…………はい?」
ものすごい――たぶん罵声と思われる言葉――が飛んできた。
だが俺は、おじさんがなんと言っているのか、いまいちよく分からなかった。
おそらく博多弁だろうと思うけど。……うん、さすがカンナの父親なだけはある。
「ひとん娘ばたぶらかしちから、そんうえがくしぇえの分際で偉そうに説教やらしくさって! どこの何様のつもりか!」
「ひどか、お父さん! 山田くんにそげなこつば言うてから……! 山田くんはあたしのこと心配しとうけん、言いよるっちゃないね!」
「カンナは黙っとかんや! ええい、こげな口でカンナばくどいたんかち思うたらぐらぐらこいてしょんなかぞキサン! やっぱり転校たい!」
なにを言っているのかさっぱり分からない。
分からないが――とりあえず怒鳴られていることだけは理解できる。
あと、やっぱり怖い。方言って、勢いよくまくしたてられると、どこの言葉でも迫力あるよな。
「せ、先輩……!」
引き気味になっている俺に、あかりちゃんが声をかけてきた。
「負けないでください、先輩。ここで先輩がやられたら、カンナさんは転校しちゃうんですよ?」
「あ、ああ。いや、それはそうなんだが……。負けるなと言われても、言葉が通じない相手と、どう戦ったらいいのか――」
「さっきまで普通にしゃべってたじゃねえか、ふたりとも……」
石川がポツリと、うめくように言った。
そのツッコミはごもっともだが、とりあえず蜂楽屋のおじさんは興奮しておられる。状況が違うのだ、状況が。
「と、とにかく! カンナは嫌がっているんです。本人が転校したくないって言っているのに、無理やりさせるのは横暴ですよ!」
俺は必死に、おじさんの説得を試みた。
だが、おじさんはなお顔を赤くして吼える。
「なんばこきよっとかキサン! 親が子供ん進路ば決めちなんが悪いとや!」
だめだ。
やっぱり、なんて言っているのかよく分からない。
「『なにを言っているんですか、あなたは。親が子供の進路を決めてなにが悪いのですか』……そう言いよるとばい」
カンナが通訳してくれた。
そういうことか。それなら、
「子供の人生は親のものではありません! カンナ自身が自分で考えた進路を、父親だからといって変えるのは傲慢です!」
「しぇからしか! 子供はいつまでん子供たい! まだ学生やったらなおのことや。まだ自分の食い扶持すらよう稼ぎきらんでから調子こいたことばぬかすな、キサン!」
「『うるさいですね。子供はいつまでも子供です。まだ学生ならばなおのことです。まだ自分の生活費すら稼げないのに、調子に乗ったことを言わないでください、あなた』」
前代未聞だと思う。
なにがって、ほら。
最終決戦で主人公とラスボスが論戦を繰り広げるのは、ラノベやアニメでよくあることだけれど。
そのバトルに、通訳がついているって状況。
しかも博多弁だぜ。……あんまりないよな。たぶん。
「もうよかっ!」
おじさんが、ふいに大きく首を振った。
「これ以上、子供と話しおうてもラチがあかん! とにかくこれは決定事項やけんな! カンナはもう二度と貴様と会わさん!」
「ち、ちょっと、お父さん!」
カンナの白い手首を、おじさんがぐいっとつかんだ。
なんて強引な。だめだ、このままじゃカンナが連れていかれてしまう――
そのときだった。
「やめてって、言いようやん!」
カンナが、思い切り、おじさんの手を振りほどいた。
おじさんは、娘の行動にちょっと驚いたように目を白黒させる。
「か、カンナ?」
「お父さん、あたし、絶対に転校やら、せんけんね!」
カンナは、ちょっぴり涙目になっていた。
そして俺たち3人を見回して、
「やっと東京で、いまの場所で――友達ができたっちゃもん!」
それはきっと、心からの雄叫びだったに違いない。
クラスで『ツンツン姫』として、まったく孤高の存在だったカンナ。
そのカンナが、俺にあかりちゃんに石川に――いまようやっと、博多弁を全開で出せる、素の自分が出せる友人に恵まれ始めたんだ。
「そら、お父さんからしたら不満もあるかもしれんけど……。でもあたしは、いまの場所から離れとうないもん!」
「む。……し、しかし……友達なんて、ほかの学校でもできるやろうが!」
「え……?」
俺は一瞬、キョトンとした。
おじさんのその言葉。それを聞いたら、俺は前に出ざるをえない。
「お父さん。あ、いえ、おじさん。……もしかして、カンナに――カンナさんに起きていた出来事、ご存知ないのですか?」
「なに? カンナに起きていた出来事?」
「カンナさんが、
「なんだと? 孤立? いじめ? ……どういうことだ?」
おじさんは、カンナの顔に目を向ける。
カンナは、そっと顔を伏せた。ただ、表情は暗かった。
「……お父さん、仕事で忙しかし、心配かけたくなかったけん……。……黙っとったとにから……」
「カンナさんは、博多弁を理由に、中学ではいじめを受け――高校でも、ずっとクラスでひとりでした。俺や石川としゃべるようになったのは、つい最近のことです」
「いじめ!? ひとり!? ……そら……本当か、カンナ!?」
「本当のことですよー」
カンナではなく、石川がおじさんに向けて答えた。
「高校じゃ姫――じゃなくて、カンナさん。あまりに誰とも絡まなくてつっけんどんだから、クラスメイトには『ツンツン姫』なんてあだ名をつけられていたくらいだから。中学のことは知らねえけど」
「わたしと初めて会ったときも、カンナさん、ひたすら無口でした。だから、ああ、クールなひとなのかなって思ったくらいです」
あかりちゃんも、助け舟を出すかのように証言してくれる。
おじさんは、娘がいじめを受けていたりひとりぼっちだったことは衝撃だったらしい。
二の句も継げず、黙りこくっている。
「おじさん。俺とカンナさんは、その――おじさんが思っているような関係じゃありません。……たぶん……」
おっぱい揉み揉み事件とかあったし、いまいち自信はないが。
ただ、まだプラトニックなのは間違いない。うん、きっと。それは本当。
「東京に来てからずっと、周囲に心を閉ざしていたカンナさんがいまやっと、自分を出しはじめてきたばかりなんです。だから、高校を転校させるなんて、それだけはどうか、やめてもらえませんか?」
「……………………。……カンナ…………」
おじさんは、ショックを受けた表情のまま、じっと娘の顔に目をやって――
やがて、数十秒の時間を置いてから、頭を下げた。
「すまん。お前がいじめられていたことや、学校生活がうまくいっていないことに気が付かなくて……」
「……お父さん」
「…………だけどいまは、学校が楽しいのか?」
「うん」
カンナは、なんの迷いもないといった感じで大きくうなずいた。
「いまは楽しかよ。……山田くんと出会えてから、ずっと!」