「ここがカンナさんのおうちのはず、ですが」
そういってあかりちゃんが案内してくれた家は、
「で、でっけえ〜……!」
石川が唖然とするのもうなずける。
それはすさまじく巨大な、赤レンガ作りの洋風豪邸だった。
2階建てのうえ、部屋はおそらく10、いや20以上はあるだろう。
入口なんか鉄製の門扉で出来ているし、そのうえ泥棒対策なのか、塀の隅には監視カメラまで取り付けられている。
たぶんこの壁を乗り越えたら警備会社に連絡がいったりするんだろうな。
それにしてもたいそうなもんだ。忍者でもそうそう中には侵入できそうにないぜ、こんなの。
「インターホンを押しましたけど、反応ありませんね」
「夕方だからなあ。しかしカンナも中にはいないのかなぁ」
「あんまり家が広いから、インターホン鳴らしても気付いてないんじゃねえの?」
「ありそうだな。どうすっかなあ、ここまできたのに」
俺は腕組みして、塀向こうに見えている邸宅の2階部分、その窓に目をやる。
まさかあそこから忍び込むわけにもいかねえし――と考えていたそのときだ。
石川が両手でメガホンを作り、
「ひーーーめーーー! あーそーぼー!」
「小学生か、お前は」
ジト目でツッコむ俺だったが――
ガラッ!
「なになに!? 誰がきたと!?」
「あ、カンナさんですね」
「窓開けて出てきたね」
「そ、そんな安易な!?」
俺は真剣にカンナと会う方法考えていたのに。
こっちの気持ち考えろよ……。
「あれー!? 山田くん! 石川さん、あかりちゃん! なんでおるとー!?」
「姫が学校ずいぶん休んでるから、様子見に来たんだよ!」
「元気そうじゃないか、安心したぜ!」
窓から身を乗り出しているカンナ。
白ブラウスという私服姿ではあるが、顔色もいい。
病気じゃないってのはマジみたいだな。
「山田くん……。あたしのことをそこまで心配してくれたなんて、やっぱり優しかねっ! えへへ、嬉しか〜! あたしばり幸せやけん!」
「こら、姫! うちとあかりちゃんも視界に入れろ! 山田だけじゃないんだぞ、来てっのは!」
顔を赤くして、くねくね。
身体をよじらせているカンナに、キレている石川。
てか、いちおうここ路上だからね君ら。
あまりでかい声でしゃべっていると近所迷惑で――
ブロロロロ……
キキイ! ギィィ――
そのとき俺たちのすぐ横に、巨大なロールスロイスが我こそ金持ちでございとばかりに停車した。
そして後部座席からオールバックの中年男が登場した。
年のころは40半ばくらいで、上背の高い紳士的なおじさん。
その彼が、蜂楽屋邸の2階から姿を見せているカンナに向けて怒鳴りつけたのだ。
「こらぁ、カンナ! 誰が出てきていいと言うたか!」
「げっ、お父さん……」
カンナが露骨に顔をしかめる。
てか――お父さん?
「じゃあこのひとが……」
「カンナさんのお父さんですよ、山田先輩!」
よく見ると目元がカンナと似ている。
このひとが蜂楽屋大作さんか。カンナのお父さんか!
「山田、だと?」
う。
おじさんは俺のほうを睨みつけてきた。
ものすごい迫力だ。なんでこんなにガン飛ばされなきゃいけないんだ?
「なるほど、さては君か。カンナをたぶらかしたのは!」
「た、たぶらかした?」
「事情はよく分かっている! よくもうちの可愛い娘をふしだらな道に引きずりこんだな!?」
「な――」
俺はさすがに、しばし絶句して、
「なんの話です!? 俺はただ、カンナさんとは同じクラスの友達として――」
「いいや、騙されんぞ。私はなにもかも知っているのだ!」
おじさんは、眉間にくわっとシワを寄せ――
しかしわずかに涙目になって、吠えまくった。
「カンナとふたりでゲームショップにいったり、ふたりで秋葉原にいったり、オタクなゲームを押し付けたり、さんざんイチャイチャしたそうではないか! 貴様、貴様、よくもうちの可愛い娘に……!」
「な、な、な――」
全部知ってるのか、このおじさん!
いや、確かにふたりであっちこっち行ったりゲームをやらせたりはした。
したけれど、しかし――
「イチャイチャなんて、別にそんな――」
「わりとしてたじゃん」
「してましたよね」
石川とあかりちゃんが冷たい瞳で言い放ってきた。
「やめてくれよ、そんな汚物を見るような目でボソッと言うのは!」
「山田くんとイチャイチャしてなんが悪かとね! 好きなひととイチャコラしたいのは当たり前やろうもん!」
「カンナもちょっと黙っててくれ! 火に油を注ぐな!」
「貴様、いま娘をカンナと呼び捨てにしたな!? まるで彼女のように! それがいかんというのだ! ぼてくりくらすぞ、キサン!!」
殺すぞ、お前。
そういう意味の博多弁をおじさんから繰り出された。
前にカンナから教えてもらったから知ってる知ってる。知ってるからよけい怖いけど。
「社長、お取り込み中のところ失礼ですが」
そのときロールスロイスから運転手さんが下りてきて、
「天下の往来でこのような論戦は、周囲の目もありますのでお控えになったほうが」
「む。……それもそうだ。……山田くん」
いささか冷静さを取り戻したらしいおじさんは、俺と石川とあかりちゃんに目を向けて、
「とりあえず家に入りたまえ。話はそれからだ。……カンナ、お前も1階まで下りてこい! いいな!」
「言われんでも行くし! 山田くーん、待っとってね! えへへ、山田くんと久しぶりに同じ空気が吸えるっ!!」
窓からカンナがひっこんだ。
と同時に鉄の扉がゴゴゴゴゴと音を立てて開いていく。
なんの前触れもなく、いま俺の脳裏に、先日クリアした国民的RPGでラスボスと戦ったときの音楽が鳴り響きだした。……なんかラストバトルっぽい!
よし、やってやる。
よく分からんが、とにかくやるぞ俺は。
カンナが学校を欠席している理由、おじさんなら当然、知っているはずだ。
それを問いただしてみせる。
そしてもう一度、カンナを学校に通わせるんだ。
やってやる、やってやるぞ!!
かっ、こーん。
どこかで
俺の気合とは裏腹に、案内されたのはなぜか茶室。
めっちゃ洋風の豪邸だった蜂楽屋邸だが、中には茶室と
「粗茶ですが」
「あ、ども。……って、なぜカンナは和服なの?」
茶室には俺と石川とあかりちゃん。
そして向かい合うように、おじさんとカンナがいるわけだが。
俺に抹茶を差し出してきたカンナは、ピンクの和服を身にまとっていた。いつの間に。
「お茶をやるけん、大急ぎで着替えたとよ。えへ、可愛いかろ? 可愛いかろ?」
「あ、ああ……しかしなぜ俺たちは茶室に集められたんです?」
「古来より落ち着いた話といえば茶室と相場が決まっている。……茶室ならば武器も持ち込めないしな」
ギロッ。
ヒィ!
おじさんの瞳に殺気がこもったのを俺は見逃さなかった。
てか武器ってなによ。茶室じゃなかったら武器がその場にあったのか。
家の中にもしかして武器があるのか? と、そのとき俺はかつてのカンナの言葉をふと思い出した。
――福岡のころにあったとよ? 友達が住んどったアパートの組合長、『オレはヤクザと知り合いや』が口癖やったし――
「ウヒィ!」
「なんで大声で叫んでいるんです、先輩?」
「あ、このお茶美味しい。うめ。うめうめ」
イメージとは裏腹にきっちり正座して抹茶を飲む石川。
そのマイペースぶりがうらやましいぜ。
蜂楽屋社長、もしかしたら反社と繫がって武器を持っていたり……
い、いやさすがにそれはないと思う。思いたい。けれど。
「さて本題に入ろう! ……山田くん!」
「は、はひ」
声が微妙に震えて、我ながら間抜けな声が出た。
「君はカンナがしばらく学校に来なかったことを疑問に思っているようだが、答えは簡単だ。私がカンナにしばらく自宅謹慎を申し付けたからだ!」
……やっぱり。
まあ、家の前での会話からそうだろうなと思ってはいたけどね。
そして、その理由は――
「理由は言うまでもなく君にある! 私は知っているのだよ。君がカンナをたぶらかしていることを。
おお、うちのカンナはすっかりかどわかされて、まさか、なんと、男とデートやらなんやらするようになりおって。そんな男がいる学校に娘を通わせるわけにはいかん! だからカンナの目が覚めるまで、休ませることにしたのだ!」
「お父さん、あたしはたぶらかされてなんかおらんよ! どっちかというとあたしのほうが、山田くんをたぶらかしよるくらいで――」
「お前は黙っておけ!」
「だって本当のことやもん! あたしのほうが山田くんを好きになったけん、告白したりつきまといよるんやけん。何度も言ったやん!」
「ええい、黙れ黙れ! カンナはそんな子じゃない! 昔から、男よりも博多! 彼氏を作る時間があるなら近所のとんこつラーメン屋を探し回るような子だったじゃないか!」
「む、昔はそらそうやったよ? 恋愛する時間があるなら、そのぶんインスタントラーメンの利きスープをやって、味のレビューをノートにまとめよるほうがいいと思いよったし……」
「そうだ! そのレビューを福岡の出版社に見せたところ、たいへん好評で書籍化の話まで出たが、お前は『あたしのレビューは印税のためにあるんじゃない、ただ自分の中の味の追求のためにあるんやけん』と言って断った! お前はそれほどストイックにとんこつ好きだったじゃないか!」
「カンナ、そこまでとんこつ好きだったの? 過去のエピソード濃厚すぎない? ラーメンレビューの書籍化って……」
「だから娘を呼び捨てにするなっ! ふしだらなやつめ!」
「やめて、お父さん! ……とんこつはいまでも好きよ。やけど、あたし、いまでは山田くんのことも同じくらい。……好いとうとよ……?」
顔を真っ赤にしながら改めて告白するカンナ。
俺は思わず身を引かせ、おじさんは『ぐぬぬ』と顔をしかめ、
「なんか話が変な方向にいってるんですけどー……」
そのとき石川が口を開いた。
「山田の名誉のために言いますけれど、姫、いやカンナさんのほうが山田が好きってのは本当ですよ。ね、あかりちゃん?」
「は、はい。それは、もう……。山田先輩は、自分から女の子に言いよるようなひとじゃありません。中学からいっしょだったわたしが保証します。……先輩がそんなひとならわたし、もっと楽だったし……」
「そういうことでっす。山田ときたらクラスの女子なんか眼中にないというかひたすらアニメとかゲームばかりで、そんな山田がカンナさんをたぶらかすなんてとてもとても。だから山田といっしょにいるのは完全にカンナさんの意思でっす」
石川とあかりちゃんが、擁護してるのかなんなのかよく分からん論調で俺の人格論を繰り広げる。
まあ、俺がカンナをたぶらかしてるって誤解を解かないと、カンナはずっと家の中で謹慎させられちゃうしな。それは避けたい。
やっぱりカンナには、また学校に来てほしいし。
だってせっかく、孤立していた彼女に、仲間ができてきたところじゃないか……。
「う――うそだ、嘘だ嘘だ。信じられるか、そんなこと。うちのカンナが自分から男に惚れるなんて、そんなこと――」
「本当よ、お父さん!」
「ええい、うるさい! それならば、それならば、――なおのこと学校にはいかせられんわっ!」
おじさんはすっくと立ち上がり、仁王立ちになった。
「父親として、惚れた男がいるという高校になんか、娘を通わせられるか! こうなったら謹慎では済まさん! カンナ、お前は転校だ! もう決めた!」
「そ、そんな! お父さん!」
「転校って……」
「マジかよ……」
カンナ、あかりちゃん、石川。
3人揃って驚愕の表情をつくる。
もちろん俺もだ。
転校? カンナが? そんなこと……。
そんなこと、あってたまるかよ!