そんなわけで。
秋葉原の駅前にあるカフェ『べろんちぇ』。
格安のコーヒーチェーンだが、この店に4人集合である。
「ご注文は?」
店員さんが尋ねてきた。
「アメリカンコーヒーで」
と俺が言うと、カンナたち3人は、
「コーヒーゼリー」
「コーヒーゼリーお願いします」
「コーヒーゼリーよろしく」
なんだ、このコーヒーゼリー率は。
俺だけアメリカンなのがなんか浮いてる気がするぞ。
ともあれ。
店に入った俺たち。
「さ、全部を話してもらおっか?」
石川が、挑むような視線で問うてきた。
「山田と姫の間、なんかあるとは思ってたけどさ、どうも思ったより大きな問題があるみたいだから」
「……いいのか、カンナ?」
「……ん」
カンナは、もはや隠せないと悟ったらしい。
小さくうなずくと、あかりちゃんと石川を前にして、
「話すと長くなるんやけど」
形の良いくちびるを開き、話を切り出した――
「なんちゅうてもあーた、あたしの博多弁がまず始まりたい。中3のときに福岡から東京に越してきてからくさ、あたしん方言が東京もんからえろうからかわれてからくさ、そらもうくらしちゃろうかと思うごと、あたしぐらぐらこいてからくさ、それやけんあたし、高校に上がってから心ば閉ざそうち思うてからくさ」
「ちょいちょい、待て待て! 長いより先に意味分かんねえよ! いまなんて言ったの姫!?」
石川がツッコんだ。
いやまあ、そうなるよね。
しゃーないよね。俺も隣で聞いててよく分からんかったし。
「え、あたしだいぶん柔らこう言ったつもりやったけど、分からんやった?」
「すみません、わたしもよく分かりませんでした……。からかわれた? んですか? 博多弁を?」
あかりちゃんでさえ、うめくように言った。
カンナはそんなふたりの反応を目の当たりにして「むお……」と仰け反ったが、やがてキリッとした顔になって、
「つまりですね、……方言が強すぎて、いじめられたのでありますよ。中学のクラスメイトに、はい」
「なんで今度はいきなり敬語なん?」
「方言を消して話そうと思ったら、敬語になってしまうのであります、はい」
敬語は敬語でも、なんかヘンな敬語だが……。
ともあれカンナはこうして、かくかくしかじか。
石川たちに、ことの次第を告げていく。
博多弁が原因でいじめられたことや、そのために周囲に心を閉ざし、高校に入ってからはひたすら無口を貫いていたこと。だけど俺に博多弁がバレて、だが俺はそれを受け入れて――その結果、
「だから、あたしは、山田くんが、す、す……」
「す?」
「好いとうと……」
顔を赤くして、伏し目がちに。
最後の最後で博多弁を出して。
……俺のことが好きということを、石川たちに告げた。
「…………おう……」
「…………」
石川とあかりちゃんは、目の前で露骨に告白されたことに、さすがに驚き、そしてふたり揃って、こちらも赤面している。かなり分かりやすく照れている。
「山田先輩が……二次元以外の女の子と遊んでいるのは、そういうわけだったんですね?」
「い、いやでも、違うぞ。カンナとは付き合ってるわけじゃない。俺は断ったんだ。俺はアニメやゲームの子にしか興味がないオタクだ。だから――」
「でも現実にカンナさんとデートしてるじゃないですかっ! 休みの日に男子と女子がふたりきりでお出かけなんて、そんなこと、わ、わたしとだってしてくれたことないのに――」
「いや、それは……本を買いに来ただけで……。……な、なあ石川、別にふたりで遊ぶくらい、よくあるよな。付き合ってなくても。なあ?」
リア充な石川に助け舟を求める。
なんで助けてもらいたいのかよく分かんないけど。
「……まあ確かに、付き合ってなくても男女で遊んだりするくらいはあるけどさ」
石川は、コーヒーゼリーをスプーンでつつきながらつぶやく。
おお、よく言った。そうだそうだ、さすがはカースト上級女――
「ただ女のほうが告白済みで、そのうえでその女の子と遊ぶ男となると、こりゃタラシの仕事だね」
「タッ……」
ごくん、とコーヒーを思い切り喉で飲み込む。
ごふ。むせそうになった。
「え、ええとよ、石川さん! 山田くんはハッキリあたしの告白を断ったと! やけどそれでもあたしが、好きでつきまといよるんやから。山田くんはタラシなんかやないとよ!」
「あらあら、姫は優しいねえ~。……ま、山田がわりと骨のあるやつだってことは、うちも知ってるけどさ。……前に姫が寝言で『山田くん、大好き』って言ったこと、うちがクラスに言いふらそうとしたら、山田、本気で怒ったもんね。『それはマジでやめろ』って真剣な顔でさ」
「え? ……そんなことがあったん?」
「石川、つまんねえことバラすなよ」
「いいじゃん、悪い話じゃないんだから」
石川はニヤッと笑って、――そして、
「そのときからさ、うちも山田のこと、好きになっちゃったんだよね」
「ぶっ!」
「「はい!?」」
不意打ち的な石川の打ち明け。
あっけらかんとした笑顔で、だけどちょっとだけ頬を赤くして。
「だって、なかなかいないじゃん、そんな骨のある男。わりと本気で惚れたわけよ、うち。おかしいかい?」
「い、いや、おかしくは……なかけど……。や、山田くんを……石川さんが……は、はあ~……」
カンナはほとんど絶句していた。
無理もない。俺だっていま、ぽかんと口を開けている。
だって、まさかこんな人前で、改めて告白されるとは思わなかったもんな。
「姫と山田はまだ付き合ってないんだろ? だったらうちにもチャンスあるなーって。な、そうだろ山田?」
「い、いや……。だけど俺は、ゲームとかアニメとかそういう、二次元の女の子にしか興味ないしさ……」
「そ、そうですっ。山田先輩はオタクなんです。三次元の女の子とは縁もゆかりも決定的に一生育めないひとですよ!? そんなひとを好きになっても――」
「……あかりちゃん。……そこまで言わなくても、よくね……?」
「あ。……ご、ごめんなさい」
日ごろ優しいあかりちゃんから結構な毒攻撃をいただき、俺はHPが半減した。つらい。
「で、でも、だって、わたしだって、山田先輩がそういうオタクだからと思って、その、先輩の世界を大事にしてきたんじゃないですか。先輩がこんなにきれいなひとたちと高校で出会って告白されるなら、わたし、わたし――わたしだって、告白しちゃいますよ!?」
「え」
「わたし、山田先輩のことが好きです」
「おぉ!?」
あかりちゃんは、瞳をうるうるさせて、だが真面目な彼女らしい、への字に結んだ一生懸命な表情で、想いをしっかりと打ち明けてきた。
「中学のころから、ずっと。あの文化祭のときから。……先輩がゲームやアニメの女の子にしか興味がないって分かってはいましたけれど、でも、それでも――カンナさんや石川さんがここまではっきりと好きだって言うのなら、わたしだって……言っちゃいますっ!」
「あ、あかりちゃん」
「好きです! わたしと付き合ってくださいっ!」
ざわ。
ざわざわ。
周囲がチラチラと俺たちを見ているような気がした。
忘れかけているけれど、ここカフェだからね。『べろんちぇ』の中だからね。
モデルばりの金髪美少女に、ギャルっぽい赤髪の女の子に、おかっぱ頭の真面目そうな女子中学生。
「お、おう……」
全員、タイプは違うが、しかし誰もが美人である。
そんな子たちに次々と告白されて、俺はさすがに顔を引きつらせた。
「っていうか……カンナと石川に続いて……まさか、あかりちゃんまで俺が好きだなんて……」
「いや、この子はわりと前々から山田くんに好き好きビーム出しとったばい? あたし初対面で気付いたし」
カンナにまで言われてしまった。
となると、俺は鈍感系主人公だったのか?
くそっ、ラノベを読んでいるときにはヒロインの好意に気付かない主人公を、俺はさんざんくさしていたというのに。現実でその立場になるとこれだ。
まあ、いままで女子からろくな扱い受けてこなかったからだけどさ。
うん、そうだ、きっとそう。
「で、山田。……誰を選ぶんだい?」
「え」
「え、じゃねーし。――姫か、あたしか、あかりちゃん。みんな、あんたのことを好きだって言ってるんだよ? ……誰を選ぶの? ……あんたは」
「ちょ、ちょい待て。いや、こういう流れは――そもそもカンナの博多弁が石川たちにバレたからどうしようって話で、『べろんちぇ』に来たんだろ?」
「ああ、それ別にどうでもいいわ」
「ですね」
「どうでもいいのかよ!?」
「だって別に、たかが方言だし……。うちは別にいいと思うし……。そりゃ消そうと思って消せるもんじゃねえし。うちだって言葉遣い、教師にさんざん文句つけられたけどさあ、やっぱりなおせねえしさあ」
「わたしは、カンナさんの博多弁をからかってきたひとたちに、腹が立ちますけどね。そういじめって最低だと思います」
あかりちゃんは、真剣な顔で言った。
カンナは、ちょっと目を見開いた。そして、過去の自分へのいじめに怒りを露わにしたあかりちゃん、さらに自分の博多弁を馬鹿にしてこなかった石川のほうも見つめて、
「……ありがと。ふたりとも」
小さい声でお礼を言った。
口元は、わずかに緩んでいた。
東京に引っ越してきてからこっち、ずっと心を閉ざしていたカンナ。
そんな彼女は、やっと少しだけ、心を許せるひとと出会えたわけだ。
俺は本気でよかったと思った。
カンナが俺だけじゃなく、他の友達ができそうなことに。
周囲から疎外されて相手にされない辛さ。
そんなときに、やっと心を開ける仲間ができたときの嬉しさ。
それは俺も、……少しは分かるつもりだから。
「でも、あかりちゃん、石川さん。山田くんのことは別やけんね」
「そうですね」
「そうだな」
「え」
なんか心の中でいい話風にまとめはじめていた俺に、カンナたちの視線が再び集まる。
「……先輩。……先輩が日野ヒカリをはじめとして二次元の女の子が大好きなのは分かっていますが……それでもわたしは好きです。わたしじゃだめですか? 先輩が食べたいお料理なら、なんでも作りますっ」
「うちは二次元がどうとか、よく分からないけどさ。あんたが望むならあんたの趣味に頑張って合わせるよ? こう見えてもわりと尽くすタイプだし、コスプレとかやってみたいなって思うしさあ」
「山田くん。せっかく『スクメモ』の攻略本も買うたんやし、これからもあたしと一番、いっしょにおってくれるよね? いっしょにラーメン食べてくれるよね? いっしょに、その――なんでもするけん! チュウでもおっぱいでも、太宰府天満宮の成り立ちの解説でも、なんだって頑張るけん!」
三人がそれぞれ自己アピールしてくる。
例によって博多っ子だけが、なんかとんでもない自己主張をしてきたが……。
ざわざわざわ。
ざわざわざわざわ。
し、周囲の目がいよいよ痛い!
改めて言うが、ここはカフェだぞお前ら!?
「告白だ……告白がされておる……」
「リア充が……よりにもよってこんなところでやりおって……」
「嫌がらせか。三人ものおなごをはべらせおって。ハーレムか……!」
ざわざわざわざわざわざわ。
ざわざわざわざわざわざわざわざわ。
そう、確かによりにもよって秋葉原のカフェでこんな状況。
ケンカを売っているとしか思えない状態である。
俺だって一か月前の俺だったら、きっとツバを吐きかけていた。
匿名掲示板に『アキバでコーヒーを飲んでいたら生意気にも俺みたいなキモメンが女複数に告白されているんだが?????』ってスレを立てていたのは想像に難くない。どうしよう、どうすればいい、やはり男らしく初志貫徹で、俺には二次元しかないんだ、と言うべきだろう。だが、しかし――
そのときである。
ぴよぴよぴよ、と石川のスマホが音を鳴らした。
「ん。……やば、休憩時間がもうすぐ終わる」
「あ。そういえば、わたしもそろそろ戻らないと……」
石川とあかりちゃんが、揃って声をあげた。
「ってことは、今日の山田くんはまたあたしが一人占めやね!? やったー、ひゃっほー! たまらんち! それじゃふたりとも、お疲れちゃん! 行くばい、山田く――ぐえ」
俺の腕をつかんで、さっさと旅立とうとしたカンナ。
その襟首を、石川が「ちょい待ち、姫」とつかんだ。
「今日のところはお預けだ。だけどこの件はきっちり明日、続きをやるからな? 変な抜け駆けするんじゃないよ?」
「抜け駆けするもせんもあたしの自由やん? やんやん? やんやんやん? だいたい今日はあたしと山田くんがふたりでアキバに来とるんやけんね。石川さんに文句言われる筋合いないけんね!」
「カンナさんの言うことは正論です……。だ、だけど……。……その、さっきチラッと言っていた、えっちなことはしないでくださいね? ……先輩たち、前科があるから……」
『ゲームショップ もちづき』で俺がカンナを押し倒していた一件のことか。
あかりちゃん、あのときは華麗にスルーしていたが……やっぱり見ていたし、覚えていたわけか……。
そうだよね。
そらそうだよね。
常識的に考えてね。
「さーぁ、するかせんかは山田くん次第やけんね~。うふふふふ、山田くん、元気な男の子やけーん。また押し倒されてしまうかもしれーん。どげんしよ~」
「ぐぐっ! ひ、姫がこんなにエロくてしたたかで調子こいている女だったなんて……」
「これが本性だったんですね、カンナさん……」
石川とあかりちゃんが歯ぎしりする。
うん、俺もちょっと思ってた。カンナってわりと調子に乗るよね。自分が優位に立つとね。
まあでも……
俺を通じてとはいえ、こうしてカンナが石川&あかりちゃんと気安く話をしているのは、やっぱりいいことだと思う。うん。
心ならずもかぶっていた『ツンツン姫』の仮面は、いま少しだけ脱ぐことができたってわけだ。
むにゅん。
「おう!?」
ふいに右手に、やわらかい感触が!
見ると、カンナが俺の腕をつかんで、む、胸を押しつけてきている……!
「お、おい、カンナ」
「えっへっへっへ~。外いこ、外。山田くん。またアキバのどこかに連れていってっ」
「姫、こらぁ!」
「石川さんが怒っとる~。怖いけん、いこ、いこ! じゃあね~、ふたりとも~。またね~、バイバイばーい」
本当に本物の福岡人かと思うほど、博多弁を馬鹿にしたかのようなサヨナラの言葉を紡ぎつつ――俺とカンナは『べろんちぇ』を後にした。
「さ、さ、さ。山田くん。アキバの面白いところば、また連れていってっ。どこがええと? メイドカフェとかちょっと覗いてみたかっ!」
「お、おい、分かった、分かったからちょっと手を離せって。……胸が……バストが、くっついてきてて……」
「こすりつけとるんやけん、当然やーん。えへへへへ、山田くん。……好いとうよ(はぁと)」
ぐにゅにゅにゅにゅ。
腕に絡みつく柔らかさ。
と、カンナの腕の温かさ、さらに綺麗な金髪から漂ってくる女の子の香りを吸い込みながら俺は――まぁとにかく今日は、カンナとアキバをもっと楽しもう、と思っていた。明日のことは、また明日だ。
だって。
カンナ、いまなんかすごく楽しそうだから。
ニコニコ、笑ってるんだから。
「……よーし、それじゃ、門限まで付き合ってもらうぜ?」
「いえっさー。楽しむばい! アッツオー、アッツオー!」
謎のかけ声を出しまくるカンナ。
そんな彼女と共に俺は、ふたりして跳ねるように、アキバの街を練り歩き始めた。
だが、週明け。
カンナは学校を欠席した。
担任に尋ねると「病気ではない」ということだった。
火曜日も。
水曜日も。
木曜日も。
彼女は教室に来なかった。