「あーっ、オドバシカメラがある! これ博多にもあるっちゃん! さすが秋葉原にもあるんやねえ!」
「あっあっ、なんか変な部品売りよる店があるばい!? 山田くん、あれなんなん? なにに使うパーツなん?」
「ちょっと、あれ! すごいビルがあるとよ! 牛さんがビルのてっぺんにおる! あれ焼き肉のお店なん!? ふふん、でも博多やって、櫛田神社の横には焼肉ビルがあるんやけんね!? 負けとらんもん!」
――などなど。
アキバの景色に興奮しまくるカンナ。
その横で俺は、アキバの町のオタク的要素もそうでないところも存分に吸収してはしゃいでいる彼女を見て、ゲームやアニメの布教に成功したとき同様の快感を味わっていた。
「焼肉ビル見るだけでそこまではしゃげるなら、連れてきた甲斐もあったよ」
「そう? えへへ、でもそれは山田くんがいっしょやけんくさ。だからすっごい楽しかとよ」
不意打ちみたいに、ぐいっとくる。
俺は思わず、のけぞりそうになったが。
そこはヒカリの笑顔を脳裏にちらつかせ、
「楽しいならよかったぜ! ほんと。はははははは」
あえてのスルー。
最近カンナのぐいぐいに、ときどき浮気しそうになっているからよくない。俺はどこまでもオタクなのだ。二次元を愛する民なのだ。
「まあ、なんだ。俺が福岡に行ったときには、逆にそっちの町を案内してくれよな。ははは」
満面の笑みで、なおかつある程度本音でもある言葉を放つ。福岡にはまだ行ったことねえから、いずれは旅行してみたいしな。――と思ったところで、
「……………………」
カンナが、露骨にしかめっ面で小首をかしげはじめた。
「福岡で……案内……?」
「ど、どうした。俺、なんか変なこと言ったか?」
「いや……福岡でなんか、ひとを案内するようなところ、あったかいなーと思うて……」
「は!?」
俺は仰天した。
「い、いやいやいや。なんかあるだろ。急にどうしたカンナ! いつもの郷土愛はどこにいった!?」
そこは福岡のなにかすごいところを、ぐいぐい推してくるのがカンナのキャラだろ!?
「いや、だって……。美味しいものなら、ラーメンでもモツ鍋でも、うどんでもごまさばでも、なんでもあるけれど……
観光……
名所…………?」
「そんな真剣に悩みこむことなの!?」
「わりと本気で思いつかんもん! いやあるにはあるけれど! 他県のひとにこれが福岡でございます、って自慢できるようもん、なにも……!」
「えっと、ほら、例えばお城とかあるだろ。福岡城!」
「ほとんどただの公園やもん!」
「金印が出たのって福岡だったろ? 金印が発掘されたところは観光できないのか!?」
「できるけど、金印公園って名前やもん! やっぱりほとんどただの公園やもん!」
「公園多いな! じ、じゃあえっと、福岡の中心部とかどうだ。お店いっぱいあるだろ?」
「東京の支店が多いかもん! 東京のひとが見てはじゃげる福岡のお店なんて……食べもの以外では……うっうっう……」
「なんでそんな弱気なの!? もっと故郷に誇りをもとうぜ! 福岡のいいところを探すんだよ!」
……なんで俺が福岡のフォローに回ってるんだろう。福岡に行ったこともないのに。
そろそろお昼どきなので、俺は例の牛かつの店にカンナを連れていったわけだが、俺たちふたりは移動中、ひたすら福岡の観光名所について議論を繰り返していた。
「ぷひゃっ! めっちゃ美味かった〜! 牛かつ最高やし! 山田くん、よか店知っとうねえ!」
牛かつを食って店を出た瞬間、カンナはお腹をぽんぽん叩きながら幸せそうな顔をしている。
定食を食べたはずなのに、ほっそいウエストのままなのはどこに栄養がいったんだろうね。……胸か。あのやたらでかいおっぱいか。
「ねえねえ、午後はどこいくと? おすすめのところまだある?」
「そうだなあ、まあ、まだいろいろ知ってるが、とりあえず例の書店に行こうか」
「あ、『スクメモ』の攻略本?」
「ああ。今回の目的をとりあえず果たしたいからな」
そういうわけで、俺たちは目的の書店に向かった。
その本屋さんは、アキバの外れにある二階建ての店で、小さいながらも品揃えは豊富だ。
店頭に並んでいない本でも、店員さんに尋ねたらどこからか持ってきて売ってくれるので、広大な地下倉庫があってそこに本を置いてるんじゃないかってのが、マニアの間でのもっぱらのうわさ。
「山田くんは、よう来よる店なん?」
「1ヶ月ぶり、かな? 俺にしてはご無沙汰だった」
「でもでも、けっこう使う店なんやね。うしうし、それなら山田くんと連絡とれんときは、『もちづき』かここで待ち伏せしよったら、いつかは巡り会えることに……。うっふっふっ…」
ストーカーヒロイン爆誕の瞬間を垣間見た。
カンナは闇落ちしたみたいな笑みを浮かべて俺についてくるが、なにか外堀がひとつ埋められてしまった気がする。
で、本屋の中に入っていくと――
あるわあるわ。漫画やラノベやゲーム攻略本。
最新のものからレトロなもの、絶版本も当然のごとく揃っている。
やはり、じつに豊富な品揃えだ。
マニア以外には分かりにくいと思うけど。
ネットがライバルな時代となると、これくらいあれこれないと、戦っていけないんだろうな。
「すっごいたくさん漫画とかあるねえ。これやったら確かに『スクメモ』の攻略本もありそうやね!」
「もちろんあるさ。そのために来たんだから」
「ていうか、そういえば、そもそも山田くんは攻略本を持っとらんの? いまさら尋ねるのもあれやけど」
「俺は基本的に攻略本の類は、持たないことにしているんだ。攻略サイトもチェックしない。ゲームはなるべく自力でやるのが理想だからな。
……もっとも、ゲームやりはじめのころは本やサイトを参考にしたことももちろんあったから否定はしない。
あと悩ましいのは、攻略本にしか載ってないキャラの情報があったりすることだな。ゲーム本編だけで得た情報のみで、キャラを愛するのが正義とは思うんだが……。
しかし嫁のことを少しでも多く知りたい。それに愛する嫁をこの世に生みだしてくれたお義父さんに少しでも恩返しするには、やはり本を買って業界に貢献したほうがいいんじゃないかと思うこともある。
難しいところだ。ポリシーと現実の間のジレンマというか……。分かるかい、カンナ。俺の苦しみが」
「………………」
俺の悩みを聞いてカンナは、しばし呆然としていたが、やがて――
ぶわっ!
と、涙を流しはじめた。
「分かる! 分かるとよ! ポリシーと現実との板挟み! あたしにも分かる……!」
「分かってくれるか!?」
「うんっ! あたしもとんこつラーメンのことでは悩むことあるもん!
スープをすする前に紅しょうがや辛子高菜を入れるは、あたしとしては賛成したくない。スープの味が台無しになる気がして……。
でも辛味が入ることも含めてとんこつスープの魅力って意見も、もしかしたら一理あるかもしれんって思いよる!
それにどんな味でも楽しみ方はお客さんの自由って言われたら、それはそうやもんね! やけど、やけどあたしはとんこつスープの味そのものをやっぱりお客さんには楽しんでほしくて……!」
「そうか、カンナも苦しんでいたんだな。どういうふうに好きなクリエイターに貢献したらいいのか分からずに……」
「うん、悩んどるよ。ゲームのことはあたしまだよう分からんけど、作り手への応援のやり方で悩むのは分かるっ!」
「分かりあえるな、俺たち!」
「うんっ、山田くん! あたしたちは同志!」
俺とカンナは涙ぐみながら、がっちりと握手を交わした。
本屋のお客さんがじろじろこちらを眺めてきたが、知ったことではなかった。俺らは同志だ!
根本的なところで俺らはなにも噛み合っていないと気が付いたのは、きっかり5分後のことだった。
……まあそんなわけで、『スクメモ』の攻略本を探していく。
「なかねえ、攻略本」
ゲームの攻略本コーナーにやってきたが、『スクメモ』の本はない。おかしいな。
「レトロなゲームの攻略本は別のコーナーにあるから、そっちかもな」
「『スクメモ』ってもうレトロゲームなん? そんなに古くなかろ?」
「この業界、スピードが早いからな。ちょっと昔のゲームならもうレトロ扱いだったりするから……俺はこっちを探すから、カンナな向こうを探してくれないか」
「おーけー」
というわけで二手に分かれて『スクメモ』の攻略本を探すのだが――どこだ、どこだ、どこにある。
「店員さんに尋ねたほうが早いかなー……」
そう思った俺は、カウンターのほうへ向かい、
「すみませーん、ちょっといいですかー」
と、声をあげた。
そのときである。
「それじゃ、『もちづき』に入る予定の本はここにある分で全部ですね?」
「そうッスね。確認してください。後日郵送しますんでー」
カウンターのところから、なんか聞き慣れた少女ボイスと、ギャルボイスが聞こえ――あれ?
「……えっ?」
「あん?」
話をしていたふたりの女の子がこちらを向いてきた。
あかりちゃんと。
石川だった。
「「「え?」」」
目が合った。
ボーダーのシャツにミニスカートという服装の、いわゆる私服姿のあかりちゃんに、書店の制服を着た石川。
「山田先輩……?」
「あれ、山田じゃん。どしたの、こんなところで?」
い。
いやいやいや。
どしたの、はこっちのセリフだ。
「な、なんでふたりとも、この店に……?」