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第20話 やわやわの博多うどんに、ごぼうの天ぷらことごぼ天をのっけるのが、福岡のジャースティース!

 カンナが目を覚ましたのは、それから約30分後のことだった。


「ふわ~。……おはよう、山田くん~」


「よく寝たな。重役出勤だぜ、ほんとに」


 1時間目をすっかり寝て過ごした彼女だったが、さてそんなカンナと連れ立って、俺は2時間目の開始直前に教室に戻った。しかし帰るのは気が引ける。石川の件もあるし、クラスメイトたちからはどんな反応が返ってくるやら、想像するだけで気が重い。


 事実。

 1年A組の教室に戻ったその瞬間、




 ざわっ……!




「ヒイ!」


 思わず声が出るほど、教室の中は殺気だっていた。

 てかめっちゃ俺、睨まれてるし!


 カンナといっしょに1時間目を過ごしたことがよほどヤバい影響をクラスに与えたっぽいな……。

 あと朝のカンナの発言いろんなプレイができたとかどうとかいうアレも引きずってると思うが――


 ブーン。

 ブーン。

 ブーンブーンブーン。


 スマホはひっきりなしに震えている。

 開いてみると、甲賀からのメッセージだった。


【リア充死ね】


【爆発しろ】


【あの世でヒカリにわび続けろ】


 ヒカリの名前を出されるとほんとつらい。

 ヒカリすまん。俺の人生はこんなはずではなかった。

 そして、まさかと思ってふだんアニメ実況をしているSNS《ヒウィッター》を覗いてみると、甲賀のやつは、『【悲報】アニキ裏切る、学園でいちばん可愛い女と本当にできてしまった模様』などと書いて、ご丁寧にオタ友に報告・連絡・相談していやがった。


『マジかよ、アニキにリアル彼女ができたん?』


『うわ、アニキも結局あっち側の民だったのかよ、最悪だ』


『アニキ様も高校に入ったらそうなってしまわれたか。南無。迷わず成仏』


『成仏すんなアニキ、むしろ地獄に落ちろ』


『アニキ炎上ってマジかよ』


 仲間内のSNSは俺の炎上状態である。

 なお俺のアカウント名は本名の俊明をもじった『とし』なのだが、甲賀がいつもアニキアニキ言っているのでいつの間にか呼び名がこうなってしまった。なんとなく慣れてしまっていたが、こうしてずらずらアニキが並ぶとなかなか不気味なもんがあるな。


「それじゃ山田くん、また昼に」


 その上、カンナは別れ際にそんなことをまた言うもんだから、




 ざわっ……!




「ヒヒイ!」


 さらに殺気が膨れ上がった!

 ちょっと、いまの教室を刺激するのはマジでやめろ。

 カンナってマジで空気読めてないんじゃないか!? KYなんじゃねえか!?


 いずれにせよ、リアルにもネットにも居場所を失いつつある俺は、いよいよ今後の人生に強烈な不安を感じはじめていたが、――そのときであった。


「ひーめ。元気になったの? 良かったじゃん!」


 そんな教室内の空気を打ち破った人間が出てきた。

 そう、石川である。意外な人物の介入に、カンナはもちろん目を見開き、教室も一瞬静まりかえった。


「そんな顔しないでよ、姫。うちも姫を保健室まで送っていったんだから。そうだろ、山田?」


「……そうなの?」


 カンナは眉をひそめて、こちらを見てくる。


「あ、ああ。実はそうなんだ。カ――、いや蜂楽屋さん、ずっと寝てたから、伝える余裕なかったけど」


「そういうことだよ、姫。ま、少しはうちと山田に感謝しなよ?」


 石川は、どこまでもニコニコ顔で、


「山田は友達として、あんたを保健室まで送っていったんだからさ。いやあ、持つべきものは友達だ。なかなかいないよ、こんな付き合ってもいない女の子を保健室まで送っていってくれる男! かっこいいね、山田! さすがツンツン姫の最大の友達!!」


 こ、こいつ……!

 またなんかすげえ面倒臭い発言を……!

 さんざん俺のことをカンナの友人アピールをしやがった石川。

 おかげで教室はまたざわついて、


(友達……?)


(えっ、石川さんがそこまで言うなら、メガネくんとツンツン姫ってやっぱりただの友達なの?)


(やっぱりそうだよな。あのクソメガネと姫が付き合ったりなんかするわけないよな)


 チラホラと声が聞こえる。

 だからメガネじゃねえってのに。しかも今回は頭にクソがついていやがった。あんまりじゃね?


 とはいえ――

 さすがはカースト上位女子。

 石川の発言は効果絶大で、室内に満ち満ちていた俺へと憎悪は急速に減り、なーんだやっぱりふたりは友達か、という空気へと変貌していく。ホッとしたような、なんかムカつくような……。


 ひとり怪訝そうな顔なのはカンナである。

 俺のほうを見ながら、


(どういうこと?)


 そんな顔をしていた。そのセリフは俺も言いたい。

 なんで俺の学校生活はこんなふうになっているんだ。どうしてこうなった?


 石川はなぜか片目ウインクをしてくる。任せとけ、と言わんばかりだ。

 なんで恩を着せられるような形になってんだ。いや、今回は確かに少し助かったけどさ、だけどさあ……!


「アニキ、どうやら誤解だったみたいでスンマセンでした。そうッスよね、アニキが二次元を裏切るはずがないッスよね!」


「……お前なあ」


 そのときキーンコーンとチャイムが鳴ったので俺は仕方なく自席に戻ったが、


『【朗報】アニキやはり非モテ! 裏切っていなかった、すべては誤解だった模様』


 授業中にSNSを覗いたら、甲賀の野郎はいけしゃあしゃあとそんなことをほざいていた。

 やはり非モテ、ってなんだよ。やはりってお前。




「どういうことなん、山田くん!?」


 昼休み。

 屋上へと続く入口前にある、例の踊り場にて、俺とカンナは、ふたりきり。

 想像通りと言うべきか、彼女はやはり食いついてきた。


「なんで石川さんがあんなこと言うん!? ちょっと見らん間に、なにがあったとよ!?」


「いや、まあ……つまりだな、寝ぼけてたカンナを保健室に連れていっただろ。そのとき石川もついてきたんだよ。女子の力もいるだろってことで」


「それは分かったけれど、それだけで、なんでいきなり山田くんと石川さんは、やけに仲良うなっとるんよ!?」


「なんでだろう……?」


 俺もそこが不思議で仕方ないんですよ。

 とはいえ、石川から告白同然の言葉を貰ったのは、カンナにも秘密にしておいたほうがいいよな。


 カンナのことを石川に秘密にしたように、石川のことだって、他人に言いふらしたりはしないほうがいい。どれほどクソな三次元ギャルであろうとな。


 とはいえ。

 博多っ子はぐぎぎぎぎ、と歯ぎしりして、


「油断ならん! ほんとに山田くんはおそろしか男たい! 二次元大好きのオタクでーすとか言うておきながら、あたしにあかりちゃんに、そのうえ石川さんまではべらせてから! うっうっうっ……」


「いや、あのな。別にはべらせてはいないだろ。特にあかりちゃんとか本当にノーマルな後輩で……」


「手作りクッキーを食べさせてくれるような女の子の後輩を、ノーマルとは言わんとよ! 東京では知らんけど福岡ではそうなんやけん! これやけん東京もんは。息をするように異性関係がアブノーマルばい!」


 俺ひとりのせいで、東京都民がことごとくディスられるという壮大な展開を目の当たりにした。後輩がクッキーを焼けば東京がアブノーマル。風が吹けば桶屋が儲かる的ななにか?


「ま、でも石川のおかげでとりあえずクラスの中の変な誤解は解けた。そこだけは感謝だな」


「あたしは別に、山田くんと付き合ってるってことにしてもええんやけど」


「俺がだめなの! 事実じゃねえし、だいたい俺はあくまで二次元の女性を愛する男だからな。他の女と噂になるとかヒカリたちに申し訳ねえし!」


 吠えるようにしてそう言うと、カンナはぽんと手を叩き、


「そういえば、ヒカリといえば『スクメモ』、『スクメモ』といえば攻略本。あした、買う約束しとったけどくさ」


「ん。ああ、そうだな」


「待ち合わせ場所とか時間とか、決めとらんかったよね。どこがいいかいな? 時間は?」


 そうか。

 カンナは携帯を持ってないから、ここで約束しとかないと、待ち合わせできねえな。


「午前10時に駅前でいいんじゃね? そう、駅前は駅前でも、『ゲームショップ もちづき』の前とか――」


「ん。……あそこやと、あかりちゃんに会うかもしれんけど……まあええか。あたしらの仲良し加減、あの子に見せつけたらええんやし。ふふふ。山田くんとふたり、山田くんとふたり――」


 なんか暗い笑みを浮かべながらカンナはぶつぶつ独りごちていたが、やがてはっとした顔になって、


「っていうか、これはもしかしてデートやなかと? ……そうやし。絶対そうやし! ああっ、うら若き男女がふたりでお出かけなんて、ほんなこついやらしかっ! いかん、どうしよ、や、山田くん、あたしらデートしてしまうとよ!?」


「え。い、いや……デート、ではなくね? ただふたりで本を買いにいくだけだから……」


 だよな?

 まあ、女連れでアキバってことに少しビビってるのはマジだが。


「違うって、これデートやけん! ……ね、ね、ね。山田くん」


 カンナは、そこで急にもじもじしだした。


「あたし、男の子と休みの日にお出かけなんて初めてやん」


「う。そ、そうか……」


「山田くんはあると? 女の子とお出かけしたこと。ほら、例えばあのあかりちゃんとかと」


「いや……」


 俺は少し考えてから言った。


「初めて、だな。あかりちゃんとは、休日にふたりで遊びに行ったりってことはなかった。そういえば……」


「やったーっ!! ばんざーいっ!!」


 カンナは、そこで万歳万歳と万歳三唱を繰り返し、見たことないほどのニッコニコ顔になって、


「えへ、えへ! えへへへへ! 嬉しか! あたし山田くんの初めての相手なんやねっ」


「だから変なこと言うなって! いや、考えたらデートは初めてじゃないぞ。ゲームで何度もヒカリたちとデートをしたから――」


「でも三次元では、あたしが初めてなんやろ?」


「……ん、まあ……」


「やったら、それでよかとよ」


 カンナは、頬をわずかに染めて、やっぱり満面の笑みで、


「いまはまだそれでもよかけん。三次元の女の子で、誰より先に山田くんといっしょにお出かけできること。それだけであたし、雲の上におるように幸せやけんね」


「…………」


「あしたは、いっぱい楽しむとよ! ね?」


「あ、ああ……」


 彼女のあまりの喜びように――

 そうか、これは三次元で初めてのデートだったんだ。

 改めて認識した俺は、なんだか急に照れてきた。

 カンナのやつが、とにかく大はしゃぎするもんだから、よけいに俺も……。


「そ、それより昼飯にしようぜ!」


 俺は、照れ隠しのためにぶっきらぼうに言った。


「『うまかっち』、また持ってきてくれたんだろ? あれ、いいラーメンだよな。実は食べるのが楽しみだったんだ」


 これはぶっちゃけ本音だった。

 カンナの作るとんこつラーメンの『うまかっち』は絶品だ。

 ぜひもう一度、食べたかったところだ。


 頼むぜカンナ。

 また俺に、最高の『うまかっち』を食わせてくれ――


「え?」


「ん?」


 カンナが妙な声を出した。

 なので顔を上げると、彼女はカバンの中から。



 袋うどんと。

 ごぼうを取り出していた。

 あと卵とか小麦粉とか、あれやこれや。




「……ごめん、今回はうどんを持ってきたとよ。前にも言ったやん? 福岡はうどんも名物やって。やわやわの博多うどんに、ごぼうの天ぷらことごぼ天をのっけるのが、博多のジャースティース! ゆうわけで、今日はごぼ天うどんを食うちゃりやい!」


「ご、ごぼ天うどん、は分かったけれど。……待て、そのごぼうは……まさか、いまから天ぷらを揚げる気か? ここで!?」


「ちゃんと必要な調理器具は準備してきたばい。任せときんしゃい!」


「いや器具がどうとかじゃなくてだな……!」


 俺はツッコミを入れ続けた。

 しかし博多っ子には通用せず。

 やがて彼女は、屋上前にある階段の踊り場で、ごぼうの天ぷらを揚げ、それは立派なごぼ天うどんを作り上げてしまったのである。


 人生初のデート。

 その前日に学校で、デート相手による手作りのごぼ天うどんを食べた男は、俺が人類史上初ではなかろうか。少なくとも東京にはそんな文化はない。


 カンナにはさんざん東京をディスられたが、むしろ福岡のほうがアブノーマルな文化を持っている気がする。……いや福岡人全部がこんなはずはねえし、カンナだけだよな? いきなり学校の踊り場でごぼうの天ぷらを調理するのは。きっと。




 あ、ごぼ天うどんはめっちゃ美味かったです。ごちそうさまでした。





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