「むにゃむにゃ。……山田くん……大好き……」
「……姫……?」
カンナが俺の手を握りながら(しかも恋人繋ぎで)。
クラスのギャル女、石川がそれをバッチリ目撃。
ヤバい、と瞬時に思って――そしてその予感は的中した!
「うっ、わーーーー! やっぱりあんたら、付き合ってんじゃん! マジで!? マジで!? えっ、いつからぁ!?」
石川は、喜悦と興味に満ちあふれた表情を接近させてくる。
ち、近い近い近い、顔が近いって! 離れろよ、
「意外だわぁ、意外すぎるわぁ。いやーまさか、姫が山田くんとねぇ、うっそ、マジかよぉ!」
「ち、違うから。……あの、付き合ったりはしてないから。本当に。いまのは寝言なんだって――」
「いやいやいやいや! 寝言でも女の子が好きとか言うのはこれマジっしょ!? よかったねえ山田くん、姫に愛されて! ヒャア! こりゃすぐにみんなに報告だッ!!」
石川は鼻息も荒く、保健室を出ていこうとしたが――
しかしすぐに、俺はその手を思い切りつかんで引き留めた。
「それはマジでやめろ」
真顔で俺は言った。
「そういうのは、カンナが傷付く。だからやめろ。……誤解なんだ。いろいろあるのは事実だが、付き合ってないのは本当なんだ」
言いながら、俺は自分でも疑問に思っていた。
カンナが傷付くからやめろ、だと?
俺ともあろうものが……。
俺はそんなにカンナを守りたいと思っているのか?
三次元の女だってのに。いつから、俺はそこまで彼女のことを大切に思うようになった?
――カンナさんもきっとそうですよ。先輩のそういうところが分かっているから、いっしょにいるんだと思います。
くそっ……。
あかりちゃんが変なこと言うから。
この俺としたことが、妙なマネをしちまった。それもクラスのカースト上位の女相手に。やべえな。こりゃ本格的に俺とカンナはいじめやイジリの対象に――
「カンナ……ねえ?」
石川は、ふーんとばかりに微笑んだ。
「姫を呼び捨てにするくらいには、本当に仲良しなんだねえ」
「え。……あ」
しまった。
勢いとはいえ、ますますやらかしちまったか!
石川は、事件の証拠をつかんだ名探偵ばりにニタニタと口角を上げていたが、
「あんた、
「あ……いや……」
「それとさ。……ウチの手、しっかり握りすぎじゃね?」
言われて気が付いたら、俺は左手で思いっきり、というかかなり全力で、石川の手のひらをつかんでいたことに気が付いた。
「わ、悪い」
慌ててふりほどく。
てか石川、けっこう繊細な指先してんのな。
カンナの右手も、そうまだ握られたままの俺の右手に伝わる彼女の指も、きめ細やかな皮膚の感触がじんわりと伝わってくるんだが。
両手に花っていうか。
なんで俺は同時にふたりの女の手を握ってるんだよ、もう……!
「あっははは! 赤くなってるじゃん! 可愛いー!」
「な、なにが可愛いだよ。別に赤くなんかなってねえよ!」
「いやいや、なってるなってる。えー、なんで? 姫とふだん手を握りあったりしてるんでしょ?」
「してねえって!」
実際はおっぱいつかんだりとか、もっとすごいことをやらかしました、とは言えなかった。
そのときである。
「ふにゃ!」
「おっと!?」
「おう!?」
カンナが変な声をあげて、俺の右手を振りほどいたので、石川と俺は揃って奇声をあげる。お、起きたのか、カンナ?
と思ったが。
「……むにゃむにゃ。……ぐー……すかー……」
また寝てしまった。
よく寝るな、この子は。
まあ石川が近くにいる以上、いま起きられると面倒だから、寝ていてくれたほうが助かるが。
「……ねえ、本当にワケアリな感じ?」
石川が、ちょっと真面目な顔で尋ねてきた。
「いや、まあ、ワケアリってほどでもねえけど……」
実際、問題の根本は『カンナが博多弁を周囲に隠している』ってことだけであって、そんなにすごい事態ではない。ただ、
「まあ、ひとに言いふらす話でもねえな。カンナが自分から言い出さない限りは」
カンナ自身は、『すごい事態』だととらえていると思う。
他人から見たらなんでもない話でも、本人にとっては大きなことって、あるもんだ。
カンナはまだ、周囲に自分の博多弁をばらされたくないだろうし、それに俺に告白したことだって、――言いふらされたら良い気持ちはしないだろう。
だから俺は、話さない。
カンナが自分から言い出すなら話は別だけどな。
「ふーん。……じゃあさ、言わなかったら、ブッ殺すっておどされたら?」
エグいこと言いやがる。
マジでヤンキー気質だな、こいつは。
やっぱリアル女って基本クソだよな、とか思いながらそれでも俺は、
「言わねえよ。殴りたきゃ殴りな」
「へえ。怖くないの?」
「怖いけどよ。……それでもやっぱ、その」
俺は、ぐっすり眠っている博多っ子の、――そう、たぶん、きっと、俺の内面まで好きになってくれている女の子の横顔を見つめながら、くちびるを動かした。
「カンナの気持ちを傷付けるほうが、――よっぽど怖いし、嫌だからさ」
「…………」
石川は俺の答えを聞いて、思い切り目を見開いていた。
「……あんた、思ってたよりずっと骨あるじゃん」
「なんだ、そりゃ」
「いいやつだね、あんた――」
そこまで言ったかと思うと、石川は、ニカーッと白い歯を見せて、――かと思うと、
「よっしゃ、気に入った! 姫がまだ付き合っていないなら、うちがあんた狙っちゃうから!」
「………………は!?!?!?」
いまなんて言った?
このギャル女……!?
「えへへ、マジだよ。あんたに惚れた。どういう事情か知らないけどさ、まだツンツン姫とは付き合ってないんだろ? だったらうちにもチャンスあるよな!?」
「い、いやいやいや、待て待て待て。な、なんでそうなるの!?」
「嫌かい? 女の子が好きだって言ってるんだからさ、恥かかせんなよ。……ね、よかったらここでパンツ見せてあげよっか?」
「へ――お、おいっ!?」
ツッコミを入れる間もなく、石川はゆっくりとミニスカートをたくしあげていく。
細く、しかし張りのある、ちょっとだけ日焼けしたふとももがどんどん露わになっていく。
やがて日焼けは終わって、白いふとももがコンニチハして、でもスカートはさらに上がっていって――
り、リアルのくせに! 三次元のくせに! やめろ、ギャルは嫌いだ。でもパンツは好きだ。ばかやめろ俺、これ以上ヒカリを裏切るな、それでもオタクか、だけどエロ同人で何度も見た、保健室でパンツ見せてくる女子。その夢が叶った。ばか夢じゃない、そんな夢があるかクソオタク、目を閉じろ、でも、ああ、あばばばばば――
「じゃーんっ」
……ハーフパンツが登場した。
石川は、スカートの下に、体育の授業で使うハーパンを着用していたのだ。
「うっそん。……あっははは! ガン見しすぎだよ、あんた! 女の子がこんなところでマジでパンツ見せるわけないじゃん!」
「……おう。……そうだな…………」
なぜだ。
どうして俺はへこんでいる。
「へっへっへ。ひとから見たらどうか知らないけどさ、うち、けっこう身持ち硬いので有名なんだよ? 付き合ってもいない相手に、そんなエロいことはしないよ!」
「そ、そうなんだ……」
付き合ってもいない男に胸揉ませておいて、さらに押しつけてきた博多っ子は、いま俺の後ろでぐーぐー寝ているが。
「でも、ま」
石川は、しかしはにかんで、
「あんたのこと、気に入ったのは本気かもね」
「え……」
「佐藤みたいな、チャラチャラしてんの見飽きてっからさ。あんたを見直したのはほんと。好きになったのもほんと」
「…………」
「姫と付き合ってないなら、まだチャンスあるなら。……うちと付き合ってみてよ」
あまりの展開に、俺はあんぐりと口を開けたまま、返事ができないでいたが、――そのときであった。
「はーい、こんにちはー。保健室でサボっている生徒はいないかー? ふっふっふー」
コンコンと、保健室のドアがノックされて、男の声が聞こえた。
あれは生徒指導をやっている、
「やべ、青山が来やがった。うち、あいつ苦手なんだよ」
石川は、サッと保健室の隅っこ、そのロッカーの陰に隠れた。
そして、
「悪いね。うちは逃げるわ。先に教室に戻ってっからさ」
「お、おい」
「でもね。うちの告白、あれわりと本気だからさっ」
石川は、目を細めた。
その笑顔がちょっと、可愛かった。
「考えといてくれよ。……じゃあね、山田っ!」
石川は――石川暎は、やがて青山先生が保健室に入ってくると、そのスキを突いて、彼の背後にさっと回り込み、そのまま忍び足で保健室から出ていってしまった。なんて身軽さ。まるで泥棒だ。
「なんだよ、三次元ギャルが……」
やがて入室してきた青山先生に、カンナのことを説明すると、分かった、保健の先生が戻ってくるまではここにいていいと言われたので、俺はとりあえずホッとした。
いま教室に戻ったら、朝の空気の続きでどんなふうに冷やかされるか分かったもんじゃねえし。それに1時間目を合法的にサボれそうだからそれも単純に幸せだった。
「でもなあ、告白なあ。なんだってみんな、俺に……はぁ……」
ちょっと前まで、カースト底辺ながらもそこそこ楽しくやれていた学校生活が、いよいよ足元から崩壊を始めていた。そんな気がする……。
「……ん? あれ……? ……山田くん……? むにゃ、おはよう……」
そうこうしているうちに、騒動の根本たる博多っ子が目を覚ました。
気楽なもんだぜ、まったく。このカンナ、石川が俺に告白したって知ったら、どういう反応するんだか。