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第10話 だめだ。この子は脳みそがとんこつすぎる。

 放課後、教室を出ると当然のごとくカンナもついてきた。

 学校1の美少女と廊下を歩くのはじつにリア充極まる光景。


 事実、廊下にいる生徒たちからはジロジロ顔を見られまくった。

 あいつは誰だ、ツンツン姫と歩いていやがる、なんであんな冴えない男が蜂楽屋さんと――

 羨望と嫉妬が入り混じった視線を食らいながら、しかし、


「さっきの授業中、とんこつはヤバかったな」


「バレたらあたし、その場で舌噛んで死のうごたった」


 ヒソヒソと交わす会話は、とても博多臭かった。


「もう学校でラーメン作るのやめような」


「だめやろか。次はニンニク入れたら、ニオイごまかせると思うっちゃけど」


「いっそう目立つだろ、それ!」


 だめだ。

 この子は脳みそがとんこつすぎる。

 やはりカンナには俺がついていてやらないと、いつか大変なことになりそうだ。付き合うことはできねえけど。


「ところで、なんで俺についてきてるの?」


 人気のない場所まで移動したので、やっと普通の声を出して、カンナのほうへと振り返る。


「だって、山田くんといっしょにおりたいけん」


「そ、そうか。でも俺はこのあと、図書室で本読むか、帰ってゲームするかしかしないぞ?」


「ゲームって、山田くんの奥さんがでるやつ?」


「はっきりとそう言われると、いろいろ恥ずかしくなるけど……まあ、そうだ」


「むむむ……」


 俺に断言されると、カンナは顔をちょっと赤らめながら、視線を落ち着きなくあちこちに動かす。そして、


「……やりたい」


「えっ?」


「やりたか! あたしもそのゲーム、やってみたかっ!」


「な、なに!?」


 斜め上の展開に、俺はさすがにおったまげる。


「だってあたし、山田くんの嫁さんのことなにも知らんもん。ライバルやのに、なんも知らんもん! 敵を知らな、戦いにもなんにもならんのに!」


「戦いって……い、いやいや、待て待て。そりゃ無理だ。あのな、二次元の子はみんなめちゃくちゃ可愛いんだ! いくらカンナでも、三次元の存在である限り二次元の子には勝てない!」


 だから俺のことは、恋愛面ではもう諦めろ!

 そう言いたかったのだが、カンナは首を大きく振った。ついでにおっぱいもぶるぶる揺れた。


「勝てるし! 三次元の女の子やけんこそ、勝ってるところもきっとあるし!」


「ねえよ! どこが勝てるんだよ! 言ってみろ!」


「そ、それは――ええと、例えば……」


 カンナは露骨にキョドっている。

 勢いで言っただけなのが丸分かりだ。

 ふふん、やはり三次元はここらが限界なのだ、と俺はニタリと笑ったが――


「い、色じかけとか!」


「なに!?」


「お色気とか! か、勝てるしっ!」


 カンナはいよいよ顔を真っ赤にしながら、しかしぐんっと大きな胸を張ってから叫ぶ。


「あ、あたし、山田くんやったら、よかもん! からだ、触られても、嫌やないけん……!」


「な、な、な。……なにを、そんな……」


「す、好きなふうにして、よかけん! い、いろいろ……大事なところとか、触ったり揉んだりこねたりつねったりしても、そ、その、……あたし、我慢できるけん!」


「さ、触ったり……だと……!? 揉んだりこねたりつねったりしても……だと……!!」


「5分――ううん、10分くらいなら、大丈夫やから。めちゃくちゃ恥ずかしいけど、あたし、大丈夫。声も出さんで、じっとしとるから。山田くんの気の済むまで……さ、触って……」


 最後のほうはもう、消え入りそうな声だったが――

 し、しかし、10分。10分だと?


 ……10分……

 10分かあ……。

 10分もあれば、それだけあれば、あんなこともそんなこともこんなことも……!


 と、理性がすっとびそうになったそのときだった。


「なんなんだよ、あのメガネは!」


 突如、怒鳴り声が聞こえてきて我に返った。


「蜂楽屋はオレが落とそうとしてた女だぜ!? それがよりにもよってあんなオタクに……」


「落ち着けって。たまたまなんかあってつるんでるだけだろ」


「だな。あのツンツン姫がメガネなんかに惚れたりするもんかよ」


 俺たちがいた場所のすぐ近くを、佐藤とその取り巻きが通っていった。だからメガネじゃねえってのに。

 しかしやつらから見ると、俺たちのいる場所はちょうど柱の陰。死角になっているため、俺とカンナは発見されなかったようだ。


「…………」


「……ふう」


 佐藤たちが去っていったのを確認すると、俺とカンナは大きく息を吐き出した。

 いや、べつに見つかったらどうってわけじゃないんだが……。


「あの佐藤ってひと、しつこか。まだ、あたしのこと、あきらめとらんのやね」


「口もろくに利いてもらえないカンナが、俺とは友達付き合いしてるから、いっそうムカついてるってのもあるだろうな」


「あんな男とはちっともしゃべりたくなかよ。性格は中洲かんらくがいのホストみたいにチャラチャラしとうし、顔は福岡市動物園名物のゴリラクッキーによう似とうし、いっちょん好かん。山田くんのほうが万倍よか男やし」


「ゴリラクッキーの万倍って言われても、どれくらい褒められているのか微妙だけど、まあ佐藤のことが嫌いなのはよく分かったよ」


「む。……確かに、福岡の例えばっかりしてもいかんね。えっと、佐藤くんなんかよりも、インドネシアのタバコ吸ってる赤ちゃんのほうがまだイケメン、っていったら伝わるかいな?」


「ねえ、佐藤に親でも殺されたの?」


 さすがの俺でも気の毒になってくるレベルで佐藤を罵倒するカンナであったが、とにかく彼女は、もう姿も見えなくなった佐藤に向けてぶーぶー垂れつつ、しかし改めてこちらを向いて、


「それで、えーと、なんの話やったっけ。……あ、そうやった。……ええと……10分……でええんよね? ……もう、こういうのやっぱり恥ずかしかぁ……」


「ま、待て待て待て、脱ぐな脱ぐな!」


 その場でブレザーのボタンに指をかけ始めたカンナを、俺は慌てて制止した。……止めていいよね? 間違ってないよな、俺!?


「あのな、カンナ。違うんだ。その、エロは違う。俺が求めているのは純愛なんだ。だからその、胸を触ってもいいとか、そういう話は、違う。そういうのは求めていないんだ」


 我ながらなんか白々しい気もするが……

 いやいや本音だ。本当のことを言ってるんだ、この俺は。 


「だから、お色気に走らなくてもいいんだ」


「……それは分かったけど。でもやっぱり、あたし、ゲームの子に負けっぱなしは悔しか」


「ま、まだ言うか」


「そら言うよ! 初恋やもん! 本気なんやもん!」


 顔を真っ赤にして、しかし極めて真剣な眼差しが降り注いでくる。

 は、初恋、なんだ。……そうはっきり言われると、さすがに俺もドギマギするが……


「やけん、ゲーム、やらせてよ。……やってみたいけん。山田くんが、どうしてその、ヒカリって女の子が好きなのか知りたいし」


 む……。

 ここまで言われると、さすがの俺でも断りにくい。

 それに自分の好きなゲームを、誰かに布教したいというオタク精神もある。


「じゃあ……ちょっとだけ、やってみる?」


 そう言うと、カンナは瞳を光らせて、鼻息を荒くしてうんうんうんとうなずいてきた。


「やった! うん、やらせてやらせて! あたし、やってみたかっ!」


 そんなわけで。

 俺はカンナに恋愛ゲームをやらせることになった。




 学校を出ると、カンナは足取りも軽やかにスキップしながら振り返る。


「ねえねえねえ、どこでゲームすると? 山田くん? えへへ、あたし、山田くんの部屋に行ってみたか~」


「い、いやいやいや。だめだ。うちは、散らかっているからだめだ。カンナを呼べる状態じゃない」


 これはマジな話だ。

 俺の部屋は、そこかしこにラノベとマンガ、ゲームにアニメのDVD、さらにはプラモやフィギュアなどオタクグッズが山のように積まれてあり、かつ飾られているのだ。


 そのくせ、オタクグッズとは無関係の部分も、例えばベッドの上とか教科書を置いているカラーボックスなんか、ホコリがうっすらと積もっていて、まともに掃除したのなんていつの話か。……これじゃ、カンナというより人間を入れられない。


「あたし、ぜんぜん気にせんよ。そういうの」


「俺が気にするの!」


 はっきりと拒絶すると、カンナはうなだれた。


「つまらんし。山田くんの家、行ってみたかったし」


「無理なものは無理だ。カンナだって、いきなり俺が部屋に行くって言ったら困るだろ?」


 女子ならなおのこと、男の目に触れさせたくないものもあるだろう。よく知らんけど。


「…………」


「……な、なんだよ」


「あたしは別に……山田くんやったら、部屋に来ても、よかけど……」


 もじもじしながら、カンナは言った。


「な、な、な……」


「……いまから来る? あたしの家。……お父さんもお母さんもおらんけど……」


 おらんけど。

 おらんけど、おらんけど、おらんけど。


 エコーと共に俺の耳に確かに残るカンナのささやき。

 くそっ、なんかやけにエロい。ダメだ。ここで流されてはダメだ。

 俺にはヒカリたちがいる! 理性をしっかり保て、俺! 立て、立つんだ山田!


「カンナの家に行っても仕方ないだろ。……ヒカリが出てくるゲームをするって話なんだから」


 よし、敵のアゴにカウンターのアッパーが入った。

 俺は謎の欲望に打ち勝ったぞ。これでいいんだろ、おっつぁんよ?


「それもそうやね。でも、山田くんの家に行けんのやったら、どこでゲームするん?」


 カンナは意外とあっさり引き下がった。

 よかったような、残念なような。……いやいやよかったんだ、これで。


「いや、実はゲームをするなら俺ん以外にいいところがあるんだ。よく行くゲームショップなんだけど、店長と仲が良くてさ。そこでなら、店でゲームをさせてもらえるんだよ」


「え、そんなところがあるん?」


「ああ、だから今日はそこでゲームをしようと思う」


 カンナを連れていくと、店長、驚くかもしれないな。なにせ金髪の女の子だもんな。

 まあでも、大丈夫だろう。あの店、外国人のお客さんも来てたりしているし。


「そのお店、ここから遠いん?」


「いや、すぐ着くよ。5分くらいだな」


「なんて名前のお店なん?」


「ゲームショップもちづき、っていうんだ」


 俺は説明しながら、駅の裏手にあるそのゲームショップもちづきへと向かった。

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