暗闇の中、
天国に向かっているのだろうか? それとも地獄?
途中で霧は、少し前の
(ううっ……痛いよぉ……苦しいよぉ……辛いよぉ……)
――私、この先どうなるか知ってる
(え? どうなるの?)
――ここで逃げちゃダメ。あなたにはまだやるべきことが残ってる
(わ……わかった)
霞に伝えた霧は再び時をさかのぼる。すると今度は悩む霞の無意識を見つけた。
(研究室を爆破って……)
――すぐに向かいなさい。自分の目で現実を見るの
(わ、わかった!)
霧は更にさかのぼる。今度は絶望する霞の無意識を見つけた。
(このタイミングで博士がいなくなるなんて、いったいどうすれば?)
――雅也くんに頼りなさい。最善のビジョンをイメージして
(わかった)
霧はそのまま時を逆流し、安住の地に辿り着いた。
――ピピッ ピピッ ピピッ
光を取り戻した端末の着信音に、霞の意識が急に呼び戻された。
「……つっ!」
強烈な痛みに思わず目を見開く。草吹と西崎の攻撃を受けた体が悲鳴を上げていた。血まみれの右手の指はまったく動かない。下半身には感覚すらなかった。
なんとか力を振り絞り、左手の端末に目をやると、時計は朝の9時を指していた。
『おはよう』
声で相手が涼音だと悟った霞は、平静を
「おはよう」
『……まなみんが……消えたの』
「えっ?」
『……今朝……まなみんの家……雅也くんだけ……だった』
「……そう」
『……それと……演算終わってた……終了時刻は……午前1時……4分』
「もう、何が何やら、ね」
『……かすみん……今起きた……ところ?』
「うん。できるだけ早くそちらに向かいます」
なんとか答えて連絡を切ったが、体はまったく動かない。
そしてよみがえる絶望感。
(救えなかった――)
目をつぶった霞のほおを涙がつたった。爆弾で光源を破壊した瞬間、西崎とともに彼女も消えた。ということはおそらく、そういうことなのだろう。
昨晩の出来事を記憶から掘り起こしながら全身の痛みに耐えていると、突如、院長室のドアが開き、管理ロボットが現れた。
『大量出血確認。どうされました?』
(しまった! ここは病院だった! 脳波だけは測定されるわけにはいかない!)
そう思った霞は、手短に答えた。
「右手首、右太腿、右脇腹損傷。頭部には異常なし」
『患者の意識確認。至急治療にかかります』
管理ロボットはハッチを開いてストレッチャーを展開すると、マニピュレーターで霞を乗せ、部屋を出て治療室に向かって走って行く。
そのとき、霞は自分の胸の谷間に落ちていた紅い宝石のような物体に気がついた。
(これは……草吹の投影機?)
霞は複雑な思いでそれを見つめた。リアルホロは実在した。この投影機を解析すれば、さらに多くの謎が解明されるかもしれない。タイムマシンに近づくかもしれない。でもそれは果たして玲たちのためになるのだろうか? やはり組織に渡すべきなのだろうか? そもそも自分たちの研究に、意味はあったのだろうか? 玲と雅也の今後の関係は?
そんなことを考えているうちに、傷の治療が始まった。
「あ、麻酔はしないで! 痛くないから(嘘だけど。むちゃくちゃ痛くて極楽見えそうだけど)」
有無を言わさず炎症を抑える薬を患部に注射され、骨折部分を固定する処置が施される。
(ウギャアアッ‼ こっ、これでもレディなんですけどっ!)
あまりの痛みに大粒の涙を流しながら真奈美のセリフを思い出したとき、霞の脳裏に真奈美の青いペンダントと、涼音の天使のような言葉がよみがえった。
――……まなみんが……消えたの
――……演算……終わってた……終了時刻は……昨夜……午前1時4分
(昨日、西崎からわたしを守ってくれたのは、間違いなくあの子だった。そして、彼女はシステムタワーとつながっていて……だけど……だけど、雅也くんと一緒にいたはずの彼女がいったいどうやって?)
体中を包帯でぐるぐる巻きにされながら、霞の思考が再び回り始める。
激痛と戦いながら脳を覚醒させた霞は、自らの脳内で袋小路に迷い込んでいた情報をつなぎ始めた。
◆◇◆
「木村真奈美さんと面会したいのですが」
治療が終わった霞は、ベッドの上からナースコールでシステムにアクセスした。
『ご家族の方ですか?』
「いいえ、友人です」
『木村さんはまだ意識が回復していません。A棟の一階受付で面会許可をとってください』
システムを閉じた霞は、玲に連絡した。
『霞か? いまどこに――』
普段通り映像を消してつなぐが、玲のその声は弱弱しく聞こえた。
「まなみんの居場所がわかった。『大学病院脳外科隔離病棟』」
『えっ?』
「彼女は実在する。長い間、大学病院に入院していたの」
『……うそだろ?』
「そこに雅也くんいるんでしょ? 時間がないの。すぐに連れて行って」
そう言って霞は連絡を切った。
(彼が――雅也くんがアシュレイに取り込まれる未来だけは、阻止しなきゃ)
目を閉じた瞬間、身体中の痛みがぶり返してくる。
(玲……なるべく早く、お願い。また意識飛びそうだわ……)
そう思いながら霞は、彼らに伝えるべきことと伝えるべきでないことを頭の中で整理しつつ、なんとか気を
(ここで失敗したら……二年後は……)
激痛の中、永遠と思える時間が続く。
(もう……ダメ)
気を失いかけたとき、霞の端末が鳴った。
『霞か、雅也に代わる』
(間に合った!)
揺らぎそうな意識の中、霞は最後の気力を振り絞って話し始めた。
「落ち着いて聞いてね雅也くん。わたし、まなみんのことを調べたの。彼女、6歳の時の交通事故で、大学病院に入院していた。今も意識不明のまま」
『え? じゃ、じゃあ、僕らと一緒にいたまなみんは?』
「同一人物よ。大学病院は、意識を失った患者の脳に、仮想世界をつなげていたの。植物人間として肉体を維持したまま、精神的に別の場所で生きていたのよ。ところが、博士のデータが未来から送られてきて、リアルホロとして現代に実体化したとき、彼は仮想世界で生きる彼女の存在に気がついたのね。そして博士はまなみんの精神を借り、記憶を一部消して、彼女の分身を作った。自分の行動を助けるため、そして自分が消えた後に意志を継がせるために。だから人工知能システムにロックをかけたのはシステムにつながっていた彼女の無意識、彼女の精神だったの。だけど昨晩、そのロックが解除された。やるわね色男!」
『え?』
「これはわたしの仮説だけど、未来のアシュレイは別の切り口で『人間』を研究したんじゃないかしら。『仮想世界で生きる人格を実体化させ、種として存続させることはできるのか?』というテーマで。極論だけど、そんなことが許されるのであれば、アシュレイは定義的に『人類の滅亡』の問題を回避できる。生きた人間の精神世界の人格をリアルホロに移し替え、不老不死の身体を手に入れさえすれば、アシュレイが目的を失うことはないから。もちろんそんなご都合主義、認めるわけにはいかないけどね。だけど、それを実現しようとした者が未来から現代に送り込まれてきたの。そして『生殖能力を有するリアルホロ』を作るため『生きた人間』の研究に着手した。その動きを知った博士はまなみんがサンプル扱いされる可能性に思い当たったんだと思う。まなみんってまさに奴らが作ろうとしていた存在そのものだったから。自らが良かれと思ってやったことが、逆に利用される危険を伴ってしまったことに葛藤した博士は、あの手紙を残して消えた。まなみんを守るため、そして『人類』の未来を正しい方向に導くために。彼はまなみんとわたしたちの可能性に託したのよ」
『そうだったのか……』
「だからまなみん……博士の意志から解放された今のまなみんは、きっと意識を取り戻すはず。良助のように。もちろんわたしたちのことを覚えているかどうかはわからないわ。だけど、だけどね、彼女が我々の側で生きることができれば、本当の意味で私たちの滅亡は回避できる。そう思うの」
『…………』
「雅也くん、どうする? まなみんに会う勇気、あるかしら?」
『行きます! 僕が背負わなきゃ……』
「あの子のこと……お願いね」