「手間取らせやがって」
動けない霞に向かって草吹はゆっくりと近づいてくる。
「署長! 草吹の弱点、特定しました! 院長室です! A棟12階、システムタワー」
「な、なんだと!」
『やばいー』
(…………!)
地面に転がる霞の頭に向かって草吹が足をあげた。
「死ね!」
思わず右手で頭をかばう霞。しかしその目はわずかな変化を捉えていた。
(草吹の体、少し半透明に透けてる? ネットワークが遮断された影響? こうなったらダメ元よ!)
霞は胸元に隠していた別の銃を左手で取り出すと、草吹に向けて撃った。
――ピュッ!
「ん?」
草吹の足の先が消えた。
傷口をプラズマが修復しようとしているが、時間がかかるようだ。
(う、うそ! 本当に効果があったなんて!)
霞は立て続けに水鉄砲を放つ。
――ピュッ! ピュッ! ピュッ!
「こ、こらっ! やめろ!」
両足を消され、ひっくり返った草吹の腰に、赤く光る点が見えた。
(そんなところに隠してたのねっ!)
霞はそばに転がっていたもう一つの銃を拾い上げ、その点めがけて撃ち込む。
――バンッ!
――パリンッ
――シュッ
銃声の裏に二種類の音が聞こえ、瞬時に草吹の姿が消えた。
(や、やった……の?)
――キン…………キン……キン……キン……
澄んだ音をたてて紅い宝石のような物体が床に転がる。
肩で息をしながら体を起こすと、霞は手をのばし、それを手に取った。
(これが草吹自身の投影機か。ん?)
霞はこれと似た物を、どこかで見たことがあるような気がした。
『や……やった! これで草吹は復活できないわ。霞、受付から外に出て手当を受け――』
(いや…………まだいる!)
『えっ!』
(わたしが追ってたのは草吹じゃなかった! 彼には強い悪意も展望もなかった。ただ研究のために動いていただけ。
『どういうこと? ま、まさかあんた、システムタワーの動力炉をどうにかしようってんじゃないでしょうね?』
(お母さん、みんなをここから、もっと遠くに避難させて! できるだけ遠くに……大爆発の前に!)
投影機を握り締めた霞は目を見開き、ゆっくりと立ち上がる。
『何言ってんの! あんたボロボロじゃない! すぐに傷の手当てしなきゃ! 後は私たちに任せ――』
(ごめん…………お母さん)
霞は京子のペンダントを投げ捨てた。
『かすみーっ‼』
◆◇◆
足を引きずりながらA棟一階の中央エレベーターに入ると、霞は最上階のボタンを押した。
「ハァ、ハァ……」
座り込んで呼吸を整える霞を乗せ、エレベーターが上昇していく。
ハイソックスを脱いで太腿を止血し、収めていた銃を抜き出すと、特殊弾のマガジンに交換してかがみこんで構え、エレベーターが停まるのを待った。
9……10……11……
チン、と音を立てて扉が開く。向かいには、以前草吹と会った会議室が見えた。
そのまま一歩エレベーターを出た瞬間、院内の電気が全て消えた。エレベータも開いたまま動かない。
階段のない最上階に霞は閉じ込められた。
(やはり……いるのね?)
銃を構えて真っ暗な廊下を慎重に進む。その廊下の先に院長室があった。
電源が途絶え、ロックが解除されたドアを霞がゆっくり開ける。
窓のない院長室は、うっすらと明るかった。
光源は奥にそびえる巨大なシステムタワー。明滅する電子機器の輝きが散りばめられている。
おそらく大学病院中心部のここだけの非常用電源があるのだろう。
そして、その手前の椅子に誰かが座っている。
霞が銃を構え、警戒しながら中に入ると、相手はゆっくりと口を開いた。
「お待ちしておりました。あなたならきっとここに辿り着ける。そう思っていました」
聞き覚えのある声が響く。
「お久しぶりです。高橋さん」
「なぜ、あなたが…………ここに?」
椅子を回転させて振り向いた男は、西崎司だった。