「まなみんのこと、気になってる?」
車内で霞が言った。
「雅也がついている。心配ないさ」
「そうね」
そこで会話が途切れる。
暗い道をタクシーが静かに走るなか、しばらくして霞はもう一度言い直した。
「あなたの気持ちは本当のところ、どうなのかしら? やっぱりまなみんに未練がある?」
「ないよ。はっきり振られたから割り切れてる。それに――」
「それに?」
「まなみんには雅也しかいない……いや、逆だ。雅也にはまなみんしかいないと思ってる。なぜかわからないが、こればかりは運命なんじゃないかって、思ってるから。あいつらは前世から何かあったんじゃないかってくらい」
「不思議なことを言うのね」
「変か?」
「ううん、あなたがロマンティストだってことは十分わかってるから」
再び車の中が静かになる。荒れた道路の修復が急ピッチで進められたせいか、低速車両系タクシーの走りはスムーズだった。
「昔の玲って、お調子者だったんでしょ? 雅也くんに影響を受けた、って言ってたけど、なんで変わっちゃったのかしら?」
突然思いついたように霞が切り出した。
「そうだな……なんでだろう……」
「あなたにもわからないことがあるの?」
玲はしばらく黙っていたが、
「……誰にも言うなよ?」
「もちろんよ」
「俺が変わったのはおふくろが死んでからだ」
「え!」
「その後、俺のほうから雅也と距離を置き始めた。俺自身が孤立を選んでいた」
「…………」
「霞にはわかると思う。あの頃の雅也は人の死というものに接したことがなかった。俺には雅也だけじゃなく、クラスメイト全員がそう見えた。当時の俺はクラスメイト全員と関わることが嫌になっていたんだ。こいつらとは話できないって」
「何よ、それ……本当にそのこと、誰にも言ってないの?」
「ああ」
「ひょっとして、両親がいないまなみんに、シンパシーを感じてた、とか?」
「…………」
(聞くんじゃなかった……)
「ただ雅也に影響を受けたのも、事実だ。本当はそれまでも何かが違う、と思いながら生きていたんだが、あいつに才能を見せつけられて、自分にすごく腹が立った記憶がある」
「当時のあなたが雅也くんのことを凄いと思ったの?」
「あいつは昔から凄いさ。あいつが本気を出すことなんてないんだから。もしあいつがほんの少しでもやる気を出せば、俺なんて軽々と超えていくのはわかってた」
「…………」
「さっきの仮説、聞いたろ? 本当に頭おかしいと思うよ。なんで仮想世界にタイムマシン作るんだよ。そんな発想、俺にはまったくなかったよ。何がウルトラCだよ。どんなお人よしの人工知能だよ。っていうか神の領域ってなんだよ。宗教家にでもなるつもりかよ……」
「…………」
「天才を通り越して…………バカすぎだよ……」
最後、つぶやくように言った。
「どこまで行っても男の子の世界なのね……本当に、嫉妬しちゃう」
「…………すまん……
「冗談よ。だけど雅也くん、変わったんじゃないかしら? 最近」
「それはきっと、誰かさんの平手打ちのせいで」
「あ……ははは……」
「でも、霞にだってデックがいたんじゃないのか?」
「あの子は……そうね。そうだったのかもね。あの子にとってわたしはそんな対象だったのかもしれない。今じゃ大差つけられちゃったけど。それにわたしはそれを望んでいたのかもしれないし」
「男って、内面はいつまでたってもガキなんだろうな」
「女だって、生まれた時から女だわ。好きな男の子供を宿したいって思うもの」
「えっ?」
「思うだけ――実際、自分でも自分のことをめんどくさい女だと思うもの。だから、そんな夢なんて、うそっぽくて、信じられなくて……」
「霞」
玲がうつむく。
「なぁに?」
「霞…………俺さ、お、お前のために――」
「わたしの両親に会ってくれる?」
「え? ああ……いいぜ…………って、いいのか?」
「ふふ。その時が来たらね」
そう言いながらも霞の中には、現実に引き戻される自分がいた。
「もし……俺にできることがあれば、なんでも言ってくれ」
「ありがとう」