「ただいまー」
「おかえり。ご飯にするから聡さんを呼んできて」
「はーい」
聡に声をかけ、食卓につく霞。
いつもと同じ三人家族の夕食だが、京子の顔がよどんでいる。
「どしたの? お母さん、暗い顔して」
「そんな明るい顔できるような状況じゃないもの。そう言えば西崎くんから連絡あった?」
「ない」
「そう……無事だといいけど」
ため息をつく京子。見かねた霞は、はしを置いて断言した。
「大丈夫だよ。生きてるよ」
「えっ?」
「うちだって心配ないよ。そんな簡単にはつぶれないよ」
「なんだ? 昨日と変わってえらいポジティブだな。なんかあったのか?」
聡も食べる手を止めた。
「うん。今日『来訪者』と会ってきた」
「「……は?」」
京子も聡も目が点になる。
霞は今日の博士とのいきさつを話した。
「――というわけなの。悪意センサーは少しも反応しなかったけどさ。もちろん当てになんないのはわかってるけど」
「あんた……アホ?」
「え? なんで?」
「どうしてそんな質問したのよ!?」
本気で怒る京子の目つきが怖い。
「そ、それなりに考えたつもりなんだけど、やばかったかな? もっと慎重になるべきだった?」
「違う! 大事なこと聞き忘れてるじゃない!」
「え、何?」
「『将来私が若い超絶イケメンと再婚し、華々しい人生を送る可能性』をなぜ聞かない!」
「おいおい……」
聡の微妙な顔。
「というかお母さん、本気で信じてるの? 博士の話」
「信じるも何も、この状況でこの話信じなくちゃ、何を信じろっていうのよ! 『来訪者』さまさまよ!」
「あ、そのことで聞きたいんだけどさ、『来訪者』って言葉、通じるの
「そうだな。そもそも
聡が答える。
「この言葉考えたのって、誰?」
「署長じゃないか? そこが気になるのか?」
「だってこの言葉を博士が知っていた、ということは『博士が組織の人間』か、『組織から漏れた情報を得ている』か、『わたしの思考から読み取る』か、『本当に未来から来た』か、のどれかしか可能性がないかなって思うの」
「確かに他の可能性は考えにくいな」
はしを止めた聡がうなずく。
「で、その四つのうち本人は二つを否定して『未来から来た』と言っているよね? もしそうであれば、過去に何が起こったか当然知っているだろうから、予知能力があるという話もわかるけど、でも未来から来るってどうやって? 将来タイムマシンが完成するの? 本当に?」
「ひょっとすると、未来の技術で今の時代に実体化しているのかもしれないぞ? 本人自身は未来にいる状態で。だって弱点がないってことは、そういう可能性を示唆してないか?」
「そう、そうなのよ。で、そこまで考えて、その『来訪者』ってネーミングってドはまりだな、って思ったの。けど、その出どころがあの署長じゃ……可能性0かなって」
「そうね」
京子が同意する。署長の信頼がいかほどか、この二人にとっては語るまでもない。
「壮大な前フリだったな。だが本当に未来から来たのかどうかはさておき、博士に『予知能力がある』のは確からしいな」
「なんで?」
「彼は霞の言うことに即答したわけだろ?」
「そうだけど?」
「ということは、霞があらかじめ何を聞くか、予知できてたってことじゃないか?」
「うそ……」
「だからすぐに答えられた。こちらは後で検証できる立場だから、もし答えに間違いがあれば、簡単にばれてしまう。霞は『はい・いいえ』で答えられる質問とそうでない質問を織り交ぜながら攻めたが、多少
「うわー、何が何だかわからなくなってきたー!」
聡の指摘に霞が頭を抱えた。
「で、どうするつもりなの?」
再び食べ始めた京子に聞かれる。
「そうね。わからないけど博士が我々に何か危害を加えるような可能性は低いとは思うの。それが目的ならもっと早いうちにいろいろできるだろうし、わたしにこんな話しないだろうから。もちろんわたしに暗示をかけるような
「……暗示、かけられてるかもよ? あんた」
「えっ? 本当に?」
「私が思うに、あんたは相手に頼られると
「そう言われてみれば、そうかも」
過去を思い返しながら、自分の行動パターンを分析すると、思い当たる節もなくはない。
「ただ、こちらとしても手が出せないわね」
「どういうこと?」
「あんた、その木村博士と真奈美ちゃんの親族関係について調べようと思ってる?」
「思ってるけど――」
「それは、ダメよ」
「どうして?」
「真奈美ちゃんの情報を外に出すリスクは避けたいもの。今のうちのセキュリティがどれだけ機能しているかわからない中で、あんたの検索結果が外部に漏れてしまったら、真奈美ちゃんを危険にさらすことになるでしょ?」
「そうだな。セキュリティなんて、内部からは簡単に崩壊するからな。俺が言うのもなんだが」
「あー、そういうことか……なんかわたし、自分の質問で墓穴ほっちゃったみたい」
「まったく。だからその質問の代わりに私の――」
「はいはい」
「ま、署長には俺たちのほうから上手く言っておくよ。霞はうちのことは考えなくていいから、二次試験対策と、次にその博士に聞く質問を考えておきなさい」
「うん、わかった」
そう答えながら、自分の最も苦手なところを聡が引き受けてくれたおかげで、心が少し、軽くなった気がした。霞にとって聡はやはり、数少ない理解者なのだ。
◆◇◆
食事を終えた霞は一人、自分の部屋で考える。
(でも、質問考えるの、難しいんだよね。下手なこと言うと、こちらの情報出すことになっちゃうし……)
机に向かうが、勉強にはまったく身が入らない。
ふと、窓の外を見て、思った。
(西崎さん、生きてるってことですよね? 生きていてくださいね)