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〈29〉やばい流れ

「博士……失礼ですが、何者ですか?」


「そうですね、『来訪者』と言えばしっくりきますかね?」


(やばい……やばい流れだ)


 霞の笑顔が引きつる。冷や汗がにじむのが自分でもわかった。


「でも心配しないでください。あなたがたにご迷惑をおかけするつもりはありませんから」


 博士がいつものように淡々と語る。


「あのー」


「はい」


「『来訪者』って、本当にいるんですか?」


「はい、いますよ。あなたの目の前に」


「…………」


「私だけではない。他にもいるかもしれません」


「えっ?」


「ですが今、下の階にいる子たちはみんな違いますから安心してください」


 霞はまるで自分の心が見透かされているように感じた。


「博士は、わたしがどういう人間か、ご存知なんですか?」


「はい。組織の方ですよね?」


(やっぱりばれてるしー)


「だからこそあなたにお願いしているんです。私のことを組織には報告しても、他の子たちにはもらさないでしょう?」


(何それ? 逆じゃないの?)


「ちょっと時間がかかりそうだ。霞さん、なんでも質問してください。わかる範囲でお答えしますから」


「え、答えていただけるんですか?」


「その代わり真奈美のこと、お願いします」


 そう言って博士は頭を下げた。


「あ、いやいや、そんな。お顔、上げてください」


「ただ、残念ながら私、これからしばらく先のことはわかりますが、人の心を読むとかの能力はありませんので、できるだけ霞さんの口から具体的な質問をお願いします。後3分で真奈美がここに上がってきますので、急いで。私の話が正しいかどうかは自宅に戻られてから検討していただければ結構ですから」


(そこまで言われちゃ、しょうがないわね……)


 霞は目をつぶって考え、博士にたずねた。


「わたしたち、六人全員合格しますか?」


「しますよ。きっとね」


(違う、そんな質問じゃない……そんな質問じゃなくて……)


 あせりながら言葉を選ぶ霞。


「わたし、将来結婚できますか?」


「はい、できます」


(いや違うし! というか、わたしにそんな願望あったのか?)


 落ち着こうとしながら言葉を選ぶ霞。


「まなみんは、誰かに狙われているってことですか?」


「はい、近い将来そうなります」


「相手は誰ですか?」


「私も具体的にはわかりませんし、複数現れるかもしれません」


「どうすればまなみんを守ることができますか?」


「他の『来訪者』に真奈美の存在を知らせないことが重要です」


「我々の組織の内部に『来訪者』はいますか?」


「いえ、いません」


「我々の組織は今後なくなりますか?」


「そんな簡単にはなくなりません」


「西崎司さんは死んでいますか?」


「生きています」


「なぜ博士は長くないのですか?」


「役目を終えるから、です」


「どういった役目、ですか?」


「『人類が繁栄する方向にこの世界を導く役目』です」


「『来訪者』が人間に危害を加える可能性はありますか?」


「あります」


「それはなぜですか?」


「『来訪者』自身の目的によります。彼らが自分の目的を達成するために、人間に危害を加える可能性はあります」


「『来訪者』の弱点は?」


「ありません」


「博士がこのまま生き続けることは、できないのですか?」


「むずかしいでしょうね」


「可能性はありますか?」


「0ではないですが……」


「博士はどこから来たのですか?」


「未来からです」


 そのとき、真奈美が二階に上がってくる音が聞こえてきた。


「すみません、ここまでで」


 博士が言った後、すぐにドアのノックが聞こえた。


「どうぞ」


『かすみん、そろそろかすみんの出番だよ?』


「あ、わかった。では行きます」


「よろしくお願いします」


 博士に頭を下げられ、霞も頭を下げた。




 階段を下りながら、先ほどの自分の質問を思い返す。


(ひょっとして今日は昨日《きのう》、一昨日《おととい》以上の絶望の一日になるのかしら……)



 ◆◇◆



 結局霞は集中できないままで勉強会が終わり、博士の家の前でみんなと別れる。


「みんなおつかれー。また明日ね!」


 そう言って手を振る真奈美に笑顔で手を振り返す。しかし霞の気持ちはまだ落ち着いていなかった。


「ところで、博士の話ってなんだったんだ?」


 タクシーに乗りこむと、良助が聞いてきた。


「えっ……と、みんなをよろしくって。一番年上だから期待していますって」


「あ、そういうことか。ま、そりゃそーだよな。言い出しっぺだし。今日のディベートには身が入っていなかったみたいだけど」


「(ぐっ……)ごめん、ちょっと疲れているみたいなの」


「あ、そうなのか、悪かった」


「でも、大丈夫よ」


「何が?」


「二次試験よ。申しわけないけど、仮にわたしが足を引っ張ったとしても、仮にわたしがどれだけ足を引っ張ったとしても、他のみんなが落ちそうな気、まったくしないもの」


「何言ってんだよ。全員で合格するって玲、言ってたじゃねーか。一人でも欠けたらダメなんだよ」


「そ、そうね」


「明日から気合入れろよ!」


「わかったわ……」


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