「ただいま」
「お帰り、ご飯にするから着替えてらっしゃい」
「はーい」
自分の部屋で着替えて食卓に着くと、霞はため息まじりにこぼした。
「なんか今日一日、昨日以上の絶望を味わったわー」
京子と聡の表情に緊張感が走る。
「霞……どうしたの?」
京子がそれとなく、聞いた。
「それが、言えることと言えないことがあるんだけどさ――」
「いや、全部言ったほうがいい。全部言いなさい」
聡が口をはさむ。
そして穏やかだが、隠し事は許せないかのような口調で続けた。
「あまり自分の中だけにため込むのは良くない。言ってすっきりしたほうがいいよ」
「そうね。あんた最近、気持ちがふさぎがちだし」
京子も優しく言った。
「そ、そう?」
二人から詰め寄られ、霞はまず西崎のことを話した。
「つまりその……失恋した、ってことか?」
「そうかもね……はぁ……」
「けど西崎くん、かっこいい子ね」
「大人びすぎてるだろ」
思わぬ展開に色めき立つ京子に、聡が微妙な表情を向ける。
「そりゃ女としては自分より上の子に引っ張ってもらいたいじゃなーい? あ、霞は違うか」
「よくわかんない……自分でも……なんであんなことを言ってしまったのかさえも……」
「それだけの雰囲気があったってことか? 彼に」
「元カムチャッカは伊達じゃないわね」
面白くなさそうな聡とは対照的な京子が、何かを思いついたように続ける。
「ちなみに今となっては西崎くんの存在って、霞にとっては敵? 味方?」
「へっ? なんで?」
「だってあんた、いつも状況に応じて相手を敵か味方か判別するじゃない? フラれた今となっては西崎くんの事はどうでもいいのかな? って」
「さすがに今はそんな短絡的じゃないよー」
「じゃあ、尾崎くんの仇を討ちたいって思ってる?」
「そりゃあ、まあ。けど任務から外されているから、勝手なことはできないし」
「そこはわきまえているのね」
「そりゃそうよー」
口をとがらせる霞を前に聡が首をかしげた。
「だがその沢口って、どんな奴だ?」
「まだ調べてもいない」
「確かそんな人、いたような気もするわね。でも誰だっけ?」
「京子もわからないのか。で、その後どうしたんだ? 霞」
「ああそうだ、それなんだけどさー」
霞は、良助の自宅で目撃したことを一部始終、話した。
「ぎゃはははっ」
京子が大笑い。
「それは……どう考えても健全な少年の行動だな」
ばつが悪そうに聡がフォローするが、霞はテーブルの上に組む腕に暗い顔をうずめながら言った。
「冗談じゃないよ~。西崎さんの件の後でそんな場面に出くわした、わたしの身にもなってみてよ。もう立ち直れないよ~」
「でもしっかり動画撮ってきたんでしょ? それ見せてよ」
京子に言われ、霞はしょうがなく端末を開き、二人に見せた。
「ギャハハハッ」
京子が涙を流しながら笑いころげる。
「いっや、これは見られているほうは相当恥ずかしいな……」
「今年一番のヒットだわ、これ」
画面にくぎづけのままの京子が言った。一人で盛り上がっている。
「えっ? 良助くん、なんで私似の子を選ばないの? ああ、そういうことね! 今度こっちからガン見してあげるわ!」
そんな京子に聡が苦笑いしながらかぶりを振った。
「雅也くん、優しそうないい子じゃない! っていうか私、まだ二十歳以下でも通用するってことかな?」
「いやいや、そんな真に受けないでよ、お母さん」
「あら、失礼ねー。私を誰だと思ってるの? 永遠の美少女、京子様よ?」
「そんなこと、自分で言っちゃう?」
その霞の言葉と同時に、画面から顔を上げた京子が眼鏡を外す。
「どう?」
「えっ……と……お母さんって、年、いくつだっけ?」
眼鏡を外した京子があまりに若く見え、霞はびっくりした。
美少女、と言っても霞ほどではないが、見た目は霞と同い年、もしくは年下と言っても通用するほどなのだ。
「まったく、母親に年聞くなんて――」
「あれ? よく考えたらお母さん、なんで眼鏡なんかしてるの?」
ここ数年の医療の進歩でメガネやコンタクトレンズの利用者はほぼ0になっていたことを霞は思い出した。
「あんた今さら気がついたの?
「は?」
「組織の
「隠す方、逆じゃないかしら?」
腰に手を当て、力強く言いきった京子に若干引き気味になる。
「何言ってんの。女性としてのたしなみよ! スタイルはあんたには負けるけど、私はギャップで勝負するの! 元、魔性の女だもん」
「いやいや、わたしなんかと張り合われても困るんですけど……それにどうせ現役バリバリのつもりなんでしょ? 二度言ったし。というか、お父さんもなんか言ってよ」
「ばか! ここで俺に話を振るな!」
「え? なんで?」
「あんた、まだ気づいてないの? 私のこの眼鏡の本当の意味は――」
そういって京子は聡の顔に自分の眼鏡をかけた。