帰り道、霞の頭の中を、西崎の言葉がループして流れる。
――いえ、そうではなく、あなたがそんなかわいい顔するんだってことが
思い出して、ドキッとする霞。
――僕には他に頼れるところがない。あなたしかいないんです
思い出して、にやける霞。
――こんな僕でも、待ってくれる人がいるんです
思い出して、落ち込む霞。
脳内で繰り返し8回ほど再生したころ、自宅が見えてきた。
(あれ?)
霞のマンションの前にタクシーが止まり、良助が降りてきた。
しかし、良助一人じゃない。
霞は思わず物陰に隠れた。
他に降りてきたのは雅也と玲だ。
(うわっ、良助の部屋に遊びに来たのかしら?)
三人に見つからないように後ろからついて行く。
彼らは何やら話しながらエレベーターに乗った。
すぐにエレベーターのランプが止まる階を確認する。
(わたしたちの階だ。でも、良助があの子たちを誘ったりするかな? 逆はあるかもしれないけど……。それとも今日、何かあったのかしら?)
そのまましばらく一階で考えながら待つ。
(そろそろいいかな?)
そう思った霞はエレベーターに乗って、自宅に戻った。
◆◇◆
「ただいま」
「おかえり、どうだった?」
心配する京子がすぐに声をかけた。
「お母さん。良助来てない?」
「来てないけど、なんで?」
「そっか、ちょっと行ってくる」
「あ、そう」
その京子の言葉を聞かずに霞はすぐに出ていった。
「どうだったのかな?」
振り返った京子に聡が首をすくめて答えた。
「とりあえず無事に帰ってきたんだからいいじゃない。後で聞こうよ」
「それもそうね」
◆◇◆
良助の自宅のドアをノックする霞。しかし、反応がない。
思い切ってカギでドアを開けた。
「こんにちは……って誰もいないし」
そのまま良助の部屋の前まで来る。ノックをしようとして、やめた。三人いるはずの部屋なのに、静かなのだ。この時代の防音壁はほとんど音が漏れないので、霞が良助を部屋の外から呼ぶときは、いつも頑張って大声を出すくらいだが、それにしても中が静かすぎる。
とりあえず壁に耳を当ててみた。かすかに話し声が聞こえるが、詳しい内容はわからない。
(三人で勉強中なのかな?)
――こんこん
小さくノックしてみた。
…………
反応がない。
もう一度
――こんこん
…………
「良助、入るよ」
霞は小声でそう言ってそっとドアを開けた。
(え?)
三人は部屋の中でヘッドセットをかぶったまま、座っている。
そして、それぞれのヘッドセットがケーブルでつながれていた。
(りょ、良助‼)
霞の脳裏に、彼が記憶を失った日のイメージがフラッシュバックする。
(いや待て! あわてるな、霞)
過去の反省から自分を落ち着かせると、中の状況を観察してみた。
意外なことに、三人とも楽しそうだ。
「ちょっとよくわからねーんだが、家で寝ているのとは違う気持ち良さだな。意識こっちに持ってかれてるし」
「実際は俺ら、座ってるしな」
「けどよ、他にできること、ねーのか?」
「きっと他の場所に行くような設定があると思う。デックの脳波でインターフェイスを呼び出せないかな?」
「インターフェイスってなんだ? お、これか?」
「デック、左下のボタンって何?」
「えっと、これか? ああ、いくつかチャンネルがあるな」
それぞれしゃべっているが、みんな少し興奮しているように見える。そこで霞は気がついた。
(あ、なんだ、仮想世界に入っているのね)
小学生とはいえ、13歳の良助は仮想世界の蓋が開いていたのだ。だがまだ12歳の玲と雅也は入ることができない。きっと良助のヘッドセットの情報を玲と雅也に転送して体感しているに違いない。そう思った霞は少し安堵した。
だがそのとき、
「おいデック、そこにB級アダルトチャンネルってあるじゃないか、そこ見てみようぜ」
玲が言った。
「え、どこだよ」
「左下から三番目のやつかな」
「あ、これか」
…………
霞はおもむろに端末の撮影モードのスイッチを入れると、その後、自分の目の前で繰り広げられる光景をしばらく録画してから、自宅に戻った。