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〈24〉組織

 霞が時間通りに橋の前まで来ると、先に来て待っていた西崎と目が合った。


「ごめんなさい、遅くなりました」


 気まずい思いをしながら小走りで近づき、詫びる。


「こちらこそ、お忙しい中お呼び出ししてすみません。どうしてもお話したいことがあって――」


 その西崎の言葉を霞は手でさえぎった。


「その前に」

「……はい?」


「この間は本当にごめんなさい。わたし、失礼なこと言っちゃって」


 一気に言って頭を下げる。


「え、ああ」

 西崎は笑った。


「完全にふられたかと思いましたよ」


「そ、そういうつもりでは、なかったのですが――」


「いえいえ、そういえばご存知かと思いますが、昨年の秋の昇段試験で良助くんに会いました」


「あ、はい、聞いています」


「良助くん、強かった。彼の性格、やっぱり高橋さんと似てますよね」


「え、そうですか?」


「絶対に自分の意志を曲げないところ」


「まぁ……そうかもしれません」


 はっきり西崎に言われ、なんとなく落ち着かなくなる。


 西崎は橋の欄干の上で腕を組み、川を見ながら話し始めた。


「今日の話は、ほかでもない、デックの……尾崎のことです」


「尾崎って、あの西崎さんをしたっていた?」


「はい。高橋さんもご存じのとおり、尾崎を殺した犯人はまだ見つかっていませんが――」


「ちょ、ちょっと待ってください! わたし……知らないんですけど?」


「えっ?」


 西崎は怪訝けげんな顔で霞を見た。


「本当です。尾崎くんが死んだって、本当ですか? わたし今、捜査から外されていて、そういった情報は、何も――」


「でも僕、良助くんに言ったんですよ?」


「何をですか?」


「良助くんとの組手の後、彼の突きがデックと同じくらい強かった、って言ったんです。そうしたら、あいつ何してんすか、って聞かれて、死んだ、と」


「……うそ」


「良助くん、自分のことをデックって名乗ったりしてませんか?」


「…………」


「彼はあの時言ったんです。デックって名乗っていいっすか? って。自分はデックにあこがれていたからって、それに……」


 西崎は言葉を一度飲み込んだ。


「……それに、アイツを名乗れば、かたきが自分の前に現れるかもしれない……って」


「そういうことだったんだ――」


 霞は良助の自己紹介を思い出した。


「私も言うべきではなかった、と後悔しました。組織とは無関係な良助くんを誘導するようなことを言ってしまった。すみません」


 頭を下げる西崎にどう答えてよいのか霞にもわからないまま、二人の間に重い沈黙が流れる。


 しばらくして西崎が頭をあげると、うつむいたままの霞にあわてて声をかけた。


「で、ですが高橋さん、まったくご存じなかったんですか?」


「……はい……すみません」


「いえいえ、僕も驚きました」

「そうですよね……」


「あ、いえ、そうではなく、あなたがそんなかわいい顔するんだってことが――」


「へっ?」


 霞の顔つきがこわばる。


「あ、いや、なんでもないです。で、僕はデック、じゃなくて尾崎の仇を探しているんです。組織カムチャッカの者の仕業ではないかと見ています」


「え?」


「高橋さんはご存じなかったかも知れませんが、この時代、人が殺されるなんて大事件ですよ。だけど半年以上も犯人が見つかっていない。おかしいじゃないですか?」


「はい」


「おそらく、組織内部でも犯人探しが進んでいることと思います」


 そこで西崎は少しためらう表情を見せたが、その後はっきりと言った。


「僕は、沢口という女が怪しいとみています」


「それはやはり、組織うちの人間ですか?」


 聞き返す霞に西崎が静かにうなずく。


「わたしにその話をして……西崎さんはどうされたいのですか?」


「単刀直入に言います。あなたの助けを借りたい」


 彼の目は真剣だった。


「……わたしができること、ありますか?」


 霞の言葉を受けた西崎は橋の欄干に背中からよりかかると、空を見上げる。


「もし高橋さんが僕の立場であれば、きっと自分の手で仇を討ちたい、って言うと思うんです。本音では僕もそうです。だけどそれはできない。それは組織の仕事ですから。もう僕は戻れないですし」


 そう言って目をつぶった。


「西崎さん」


「はい」


「わたしを、信用しているんですか?」


「いえ」


「……では、なぜ?」


「僕はあなたに……かけているんです」


「えっ?」


 目を開いた西崎は橋の欄干から背中を離すと、霞に向かって言った。


「良助くんの話を引き合いに出すまでもない。僕は高橋さんのその姿勢、信用以上に信頼しています。ただ、それ以前に情けない話なんですが、僕には他に頼れるところがない。あなたしかいないんです」


「…………」


「尾崎の仇、とっていただけませんか?」


 再び沈黙が流れる。


「西崎さん」


「はい」


「もし……もし、わたしが仇を討ったら……」


「はい」


「その後も、こうしてわたしと会ってくれますか?」


 空気が重くなる。

 西崎は川の方を向いて笑みを浮かべた。


「その言葉、もっと早く聞きたかったな」


「えっ?」


「こんな僕でも、待ってくれる人がいるんです」


「……そうなんですか」


 霞はうつむいた。


「高橋さん」


「……はい」


「気をつけてください」


「…………」


「沢口という女、意外と近いところにいると思います」


「…………」


「死なないでください」


「……わかりました」


「……失礼します」


 去って行く西崎を、霞はぼーっと見送っていた。


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