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〈21〉大丈夫かしら……

「……南区小学校5年……大岡涼音……物理学専攻……よろしく」


 ツインテールの女の子は良助と霞の間にちょこんと座ってそれだけ言うと、目線を落とし、ストローでジュースを吸った。5年生ということは霞や良助とは2歳差なのだが、無表情ながらもあまりに幼い顔立ちで、大人びた二人の間にいると、若い両親と娘、という感じに見えなくもない。


「なーんだ、やっぱまだ子供じゃない」


 正面に座る真奈美がまじまじと見ながら言った。


「こらこら」

「お前もだろーが!」


 即座に雅也と玲のつっこみが入る。


「あなたたち本当に仲がいいのね。あらためまして、わたし高橋霞といいます。地理地学専攻の西山中学1年生よ。よろしくね」


 涼音の緊張を気にかけるように霞が自己紹介を続けた。


「オレは篠原良助。わけあって西山小6年で化学専攻だ」


「あ、あたしは木村真奈美。女学院初等部6年、生物専攻です。よろしくお願いします」


「大杉玲。南区小学校6年。物理専攻。よろしく」


 そのとき、涼音の目が上向き、玲を見た。同じ学校、同じ専攻ということに反応したのだろうか?


「僕は田中雅也。玲と同じ南区小学校6年。物理学専攻です。よろしくお願いします」


 涼音が雅也に目を移す。彼らの間に座っていた真奈美は自分を無視されたように感じたのか、不機嫌そうだ。


(ちょっと、大丈夫かしら……)


 霞は不安に思ったが、全員をまとめるために話を続けた。


「これからみんなと二次試験までやっていくつもりだけど、最初に言っておくわ。涼音ちゃん、二次試験受けるつもり、なかったんだって」


「えっ?」

「じゃあ、なんで今日の試験受けたんだ?」


 雅也と玲が驚いた。


「もともと試験の目的はわかってはいたんだけど、共同研究となると、やっていく自信がなかったらしいの。それに、一次試験に合格しても二次試験でチームを組めないし、辞退するつもりだったんだって」


 みんなの目が、黙ってジュースをすする涼音に向く。


「(しまった! 話の流れ的に、逆効果だったかしら! なんとかしないと!)それでね、二次試験が集団実技面接、ということはみんな知っていると思うの。その対策なんだけど――」


「……タイムマシン」


 突然、涼音が顔を上げて言った。


「「「えっ?」」」


 みんなの視線が集まる。


「……だと……思う」


 そう言いながら、涼音はまたうつむいた。


「なんでそう思うのかな?」

 真奈美が感情を押し殺し気味に聞く。


「……なんとなく」

 うつむいたまま涼音は答えた。



 微妙な空気が漂う。



「えーっと、玲はどう思う?」


 雰囲気に耐えられなくなった雅也が助けを求めた。


「俺もタイムマシンの線は外せないと思う」


「なんでだ?」


 向かいに座る良助に、玲は腕を組んで答えた。


「まず集団実技面接というものを想像するに、課題の条件として、どの自然科学的な思考からでもアプローチできる必要がある、ということ。次に、研究職試験という観点からみて、社会問題にまったく関係のない内容を出す理由がない、ということ。最後に、タイムマシンにアプローチできていれば、仮にほかの問題が出たとしても潰しがきくはずだからだ」


 涼音は上目づかいで玲をじーっと見つめながら聞いていた。


 そのまま再び空気が固まりそうになったとき、


「やっぱりあなたたちに声をかけて、正解だったわ」


 そう言って霞が微笑んだ。


「じゃ、じゃあさ、これからこの六人で勉強会しない? あたしたち三人、これまでも、うちで勉強会してたの。おじいちゃんもいるし」


 触発されるように真奈美が言い返してきた。


「おじいちゃん? (また登場人物が増えるのかしら?)」


「そ。うちのおじいちゃん。昔、仮想世界を作ったのよ」


 腕を組み、霞に向かって鼻息荒く答える真奈美。


「ひょっとして木村敦博士か?」

「あれ、あんた詳しいわね。そうよ」


「ええええっ?」

 そう言って良助がのけぞる。


「博士ってそんなに有名人なの?」


 雅也が意外そうに聞いた。


「お前知らないのか? 現代史で習っただろ?」


「それは中学で習うのよ。あなたに教えたのはわたしでしょ?」


「あ、そうだっけ?」


 霞に言われ、良助が周りから白い目で見られる。


「じゃ、みんな異論ないわね? 決まりってことで」


 真奈美が前に座る三人に向かって決を採る。


「問題ないわ」

「オレもだ」


 涼音もこくっとうなずいた。



 ◆◇◆



 大学の自動タクシー乗り場にはちょうど二台のタクシーが停まっていた。


 前のタクシーの後部座席に良助と霞が乗りこむ。


 助手席には涼音が座り、その横で真奈美が自宅の住所を目的地に設定していた。


「よしっ、と。じゃ、後でね~」


 真奈美が外に出てドアを閉めると、三人を乗せたタクシーは走り始めた。


(住所からして、あそこかしら?)


 霞は自分が大学病院に担ぎ込まれた日のことを思い出した。あの時あの家の二階から手を振っていたのが真奈美だったのかもしれない。


(当初『来訪者』として名の上がっていた田中雅也、大杉玲、大岡涼音。この中で違和感があるのは今のところ大岡涼音ぐらい。でもまだわからない。木村真奈美も……)


「でもさー、あいつら天才っていってもそんな感じまったくしねーよな?」


「あら、あなただって真奈美ちゃんにさんざん言われてたじゃない?」


「そうだな。人は見かけによらねーっていうか、けど涼音ちゃんの言葉にはドキッとしたぜ」


「…………」


「あ、涼音ちゃん、この子怖そうに見えるかもしれないけど、意外に優しくていい奴だから、心配しないで」


 あわててフォローする。


「ほらまた、オレのこと子ども扱いするし」


「ごめんごめん、涼音ちゃんが恐がったかなって思って――」


「……大丈夫……です」


 助手席から小さな声が聞こえてきた。


「もし涼音ちゃんをいじめる奴がいたらオレが守ってやるからさ、心配すんなよな!」


「ほらまた、そんな歯の浮くようなことを言うし」


「いや、本心だってば!」


「あなたこの前わたしに『嫁に行くまで一緒にいてやるから』って言ったばかりでしょ? 体いくつあっても足りなくなるよ!」


「それも本心なんだけど……」


「じゃあさ、二次試験、対策はみんなで考えるとして、しゃべるのは全部あなたに任せるから。それでいこう! ね、涼音ちゃん?」


「……やった!」


 助手席からにこにこ顔の涼音が振り向いた。


「マジかよ……」


 頭を抱える良助を横目に思わず笑みがこぼれる。確かに小さな頃から良助はそうだった。負の感情のメモリーが消去され、断片的な記憶しか残っていない霞ではあったが、良い思い出は鮮明に覚えており、そのほとんどは良助の事だった。きりと呼ばれていた幼少期には相当キツイ言い合いもしただろうし、激しい喧嘩もあったはずだが、良助にやり返された記憶は皆無だった。おもちゃの水鉄砲でさえ姉の自分には向けないのだ(もちろん霧《きり》は容赦なく良助をビショビショにした)。昔から自分は良助を使う立場だったし、良助は使われる立場だった。そしてこの関係はきっと、これからも続くのだろう。そう考えると当たり前の事なのになぜかおかしく思えたのだ。


 そんな霞を涼音は不思議そうな顔で見ていた。


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