「今日の試験に合格したら、二次試験があるんだろ? どうすんだ?」
研究職採用試験の一次試験に向かうタクシーの中で、良助が霞に聞いた。
「実は考えがあるの」
「なんだ? 教えろよ」
「前に言ったかもしれないけど、あなたと同学年ですごい子たちがいるの」
「ああ、あの高等数学と物理がすごいっていう?」
「あの子たちも今回の試験受けるらしいのよ」
「じゃあオレたちのライバルだな?」
「今日はそうね。でも二次試験は集団実技面接だから、そこで彼らを引き込むつもり」
「そいつらのこと、知ってんのか?」
「会ったこともないよ」
「じゃあどーすんだよ? どうやって見つけるんだ?」
「今日の受験生ってそんなに多くないわよね。教室で言えばせいぜい二つ。わたしが誰か教えるから、あなたは彼らから目を離さないでいてほしいの。後でわたしが声かけるから」
「わかった。ってゆーかかすみん、えらい余裕あるな」
「ないわよ! でも仮に今日、わたしが不合格でも、あなたには二次試験に受かってもらわなきゃならないし、そのためには強力な助っ人が必要だと思ったから」
「ふーん。で、そいつら何人いるんだ?」
「三人よ。二人が6年生の男子。この二人はたぶん一緒にいると思う。残りの一人は5年生の女子。受験生の中で最年少で一番ちっちゃい子だと思う」
「は? 小5? 大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。ひょっとするとあなたと感性合うかもしれない」
「なんで?」
「いや、なんとなく。でも、何考えてるかわからない子たちだから気をつけて」
「だから何に気をつけろと! 気をつけようがねーよ!」
「彼らも試験終了後に大学の学食で昼食とるつもりだと思うから、その時に声をかけようと思うの。よろしくね」
「よくわかんねーが、まあ、いいや」
◆◇◆
事前の予想通り試験会場は二つの教室に分かれており、しかも霞と良助は別の教室に振り分けられていた。
「あそこにいる男の子二人よ。声かけないでいいから目を離さないでおいて」
良助に耳打ちする。
「あれ? もう一人女の子がいるが、あの三人ってことか?」
「あの子は……違うかも。でも一応注意しておいて。じゃ、試験頑張ってね!」
「ああ。かすみんもな」
良助と別れて教室に入り、自分の机を見つけると、ちょうどその前の席に小さな女の子がいた。
(間違いない、大岡涼音だ)
ツインテールにしましまハイサイソックスの
(さて、どうするか?)
カバンから飴を二つ取り出した霞は、涼音が横を向いた瞬間に声をかけた。
「こんにちはっ、飴ちゃんどうぞっ!」
ゆっくりと涼音が振り向き、霞にいぶかしげな目を向けた。
「…………」
(さっそく外《はず》したかっ! やっぱフードデリバリーっぽい形の飴にするべきだった?)
「…………」
「あ、わたし、高橋霞と言います。西山中学校の1年です」
「……ありがとう」
涼音はそう言って霞の手から飴を受け取った。
「ごめんねー、試験前で緊張しちゃって誰かと話さないと落ち着かなくってさー」
「……私も」
「えっ?」
「……緊張……してる」
「そ、そうだよねー。まだ若いもんねー」
「…………」
(この子、手ごわい……)
「……大岡」
「え? あ、大岡さんなのね?」
「……うん」
「お互い頑張ろうね!」
「……うん……でも」
「はい」
「……私」
「はい」
「……二次試験……受けない……から」
「え? なんで?」
霞が聞いたそのとき、試験官が教室に入ってきた。
それに合わせて涼音が前を向く。
(ちょっと、どういうこと? でも、連絡先くらいは聞き出しておかなくちゃ……)
◆◇◆
『それでは始めてください』
試験官の言葉でテストが始まった。教室のテンションが張りつめる。
選択科目、数学、社会学でそれぞれ20分。すべて記述式。
受験生は全員、集中して入力ペンで思考を文字化していく。
(なにこの数学の問題! ぜんぜんわかんないんだけどーっ!)
見たこともないような問題に面くらい、あわてる中、あわてて問題を読み返す。
(いや、落ち着け霞。とりあえず得意分野から手をつけなきゃ)
一度深呼吸すると、再び問題に向き合った。
――ピーン
『それではやめてください』
テスト終了の合図が響くと、ふー、と受験生たちの息を吐く音が聞こえた。
(書くのは書いたけど……)
そう思う間もなく、涼音がすっと席を立った。
「あっ、大岡さん!」
霞のとっさの言葉に涼音が振り返る。
「お近づきのしるしにお昼ご飯でも一緒に食べない? ですか? (って、何言ってんだろ……)」
「…………」
「…………」
霞の笑顔が引きつる。
「……うん」
「あ、ありがとう。じゃ、食堂行きましょ! 隣のクラスにわたしの友達もいるから是非一緒に――」
そう言って隣の教室に目を向けた瞬間、
「……私……先……行ってる」
涼音は無表情のまま、すっと教室の外に出てしまった。
(な、なんというか……すごいマイペースなのね……あれが『来訪者』なのかしら?)
そう思いながらも、気を取り直して良助の教室に向かうと、ちょうど彼がドアから出てくるところだった。
「良助! そっちはどう?」
「しっ」
小声でたしなめられて少し後ろに下がると、玲と雅也が外に出てきた。彼らの後ろから間を取ってついていきつつ、良助が耳元で言った。
「あいつらも食堂に行くらしい。だが、少し雲行きが怪しいぜ」
「え?」
「とりあえずオレはあいつらを追いかける。そっちは?」
「大丈夫。先に食堂で待ってるって。だからわたしもそっちに行くわ」
そう言って後ろを振り返りながら、雅也と玲の後ろを見つからないようにつけて行く。
階段の陰からのぞき見ると、前の二人が一階に下りたところで、中学生に絡まれていた。