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〈14〉嫌な予感

 それから数か月たった秋口のある日、霞は風邪をひいた。いかに訓練されたエリートとはいえ、年齢的にはまだ中学生。抵抗力が十分についていない状況で、季節の変わり目は体調を崩しやすいのだ。


「大丈夫? お薬出そうか?」

 京子が心配する。


「いえ……大丈夫です」


「何よ、そのガラガラ声、熱あるんじゃない?」


「いや、たいしたことないから……勉強しなきゃ……数学やらなきゃ……」



 そんな時、霞のアラートが鳴った。


(……また荷物かしら?)


 霞が内容を確認すると、ターゲットの一人、大杉玲が高等数学のテストで0点を取った、というものだった。


(だから、なんでそんなことがわかるのよ!)


 そう思った霞だったが、同時に嫌な予感がした。



 何かが起きるのか? それとも、自分の憶測そのものが外れていたのか……。



 一次試験に向けた勉強で、数学にてこずっている身とすれば、優等生がテストで0点を取る事情など、理解できるはずもない。


(ひょっとして大杉玲は、研究職に就くつもりがないってこと?)


 そんな疑念が浮かんだ。もしそうだとすれば、非常にやる気のそがれる話だ。


(いや……ここまできたら、女の意地よ……)


 霞は机に向かった。



 こころなしか寒気がする。

 頭がぼーっとする。


(いかん、いかんぞ霞!)


 そんな夕方の7時、再び霞のアラートが鳴った。


(今度はなんなのっ?)


 確認すると、なんとターゲットの田中雅也と大杉玲の二人がほぼ同時刻に外出していた。


(き……来たっ‼)


 二人の行動をマークするようリサーチロボットに指示を出すと、自分も防寒服を着込んで部屋を飛び出す。


「ちょっと出かけてきますっ!」


 外に出てすぐにタクシーをつかまえる。自宅から彼らの地域までは車で数分程度。外は薄暗くなっていた。


 車内で彼らの自宅の中間地点を指定して出発し、その後の情報を確認する。彼らの動きは果たして、その中間地点の公園に向かっていた。


(確かこのあたりね)


 公園から見えない位置でタクシーを降りると、他人に見つからないように公園に向かう。


 遠くから見ると、ブランコに座る二人の姿があった。


 明かりに照らされないよう、霞は公園を回り込みながら二人に接近する。


 だが、彼らの声が聞こえるところまでは近づけそうになかった。

 霞は双眼鏡を取り出すと、二人が何をしているのか、遠くからのぞき見る。


(あっ!)


 大杉玲がナイフを取り出して、田中雅也に向けた。


(どういうこと? 『来訪者』どうしの戦い?)


 ところが、霞が動こうとした瞬間、大杉玲はそのナイフを自分の指に突き刺した。


(この子……狂ってる……)


 自傷行為などまったく理解できず、戦慄する霞。


 その後は二人が何か言い合っているようだったが、基本的に二人の行動は落ち着いていた。


 しかしそのとき、霞は気がついた。


(しまった! 出血を感知したら巡回ロボットが来るんだった、なんとかしなきゃ!)


 迷っている暇はない。霞は飛び出すと


「そこで何をしている(の)!」


 と、ガラガラ声で声をかけた。ところが普段から声の小さい霞がのどを痛める中、無理やり大声を出そうとしたせいか、声が途中で途切れてしまう。


「逃げろ!」


 防寒服を着込んだ霞の影にびっくりした二人は逃げ出した。あわてて追いかける霞。


(いや、そうじゃなくて、あなたたち、何をしているのよ!)


 霞は叫ぼうとしたが、のどがつぶれて声が出ない。そのまま二人を追いかけて行くと、向かいの明かりのついた人家の二階の窓から何者かが身を乗り出すのが見えた。二人に向けて何か言っている。


(しまった! 何か裏がある!)


 霞はそこで二人を追うのをやめ、相手から見えないよう壁の死角に隠れる。


 二人はその人家に入って行った。


「ハア、ハア……(風邪をひいてる時に走らせないでよ……)」


 肩で息をしていると、向こうから二台の巡回ロボットが近づいてきた。


(えっ?)


 霞が驚いている間に一台の巡回ロボットはその人家に入っていく。


 しかし、もう一台は霞のほうに向かって来た。


(ええっ?)


 巡回ロボットが霞の前で言った。


『熱発感知。ただちに回収して病院に向かいます』


(ちょ、ちょっとぉー!)


 巡回ロボットはハッチを開いてストレッチャーを出すと、逃げようとする霞をマニピュレーターでつまみ上げて乗せた。


「いやーっ! 病院はいやーっ!」



 ◆◇◆



 大学病院に担ぎ込まれた霞は、なんとか脳波測定は回避したが、点滴を打たれて病室のベッドに横になっていた。


 そこに、


「霞ちゃん!」


 あわてて京子が入ってきた。


「お母さん、げほっげほっ……ごめんなさい……げほっげほっ」


「ちょっと、大丈夫なの?」


「本当はぴんぴんしてるんだけど……げほっ……肝心な時に担ぎ込まれちゃって……げほっ……」


 京子が霞のひたいに手をやる。


「何言ってんの、40度くらいあるわよ。しばらくおとなしくしてなさい」


「……ごめんなさい」


「ばかね。私うれしいわよ。お母さんらしいことができるなって」


「でも……任務が……」


 そう言いかけた時、京子は霞の口に手を当て、左手の指で自分の口に「静かに」のサインを出した。そして顔を近づけ、小声で注意する。


「ここは大学病院。個室だし大丈夫だとは思うけど、めったなことは言わないようにね」


「はい」


「それと、端末の通信は切っておいて」


「はい」


 素直にうなずく霞に京子はほおを緩めると、霞の頭をなでてから腰を伸ばして言った。


「せっかくのいい機会よ。少し休んだら? 最近勉強の疲れがたまっていたのよ」


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