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〈10〉サイボーグ

 翌年、霞は中学生になった。普通の子供なら大っぴらに外出できる年齢となり、喜ぶところだが、そういったことに関係のない彼女は昨年からの案件でずっと悩んでいた。


(大杉玲 田中雅也 大岡涼音。この三人の共通点は……)


 ターゲットの情報を集め、整理しようとしていたのだが、学校の成績以外、小学生の個人情報などほとんど流出しない上、彼らは外出しないので情報収集は困難を極めた。霞は最近実用化されたリサーチロボットを彼らの周囲に設置して、そこから対策を立てていくつもりだったが、それでも手掛かりになりそうなものがまったく見つからなかったのだ。


(同じ南区小学校の小学生、近くの行政機関は……大学病院《クリミア》)


 だが、カムチャッカのデータベースには、彼らが大学病院にかかった経歴は出産時と予防接種以外、見当たらなかった。


(そういえば、わたしと良助も大学病院で生まれたのかしら? これかな?)


 見つけた自分たちのデータを同じように照合し、比較してみる。これといって彼らと違うところはなさそうだ。


 そう思い、データファイルを閉じたとき、署長の言葉が脳裏をよぎった。


 ――もし、良助とその三人が接触したら、どうなると思う?


(……どうなるのかしら?)


 いつもの霞ならそんな発想には、かまけなかったかもしれない。しかしこの半年、あまりにも手がかりがなさすぎ、いろいろと考えざるを得ない状況に追い込まれていた。


(きっとあの子のことだから、男の子相手には突っかかるんだろうな……。そういえば、この中で大岡涼音だけ女子で一学年下。彼女と上の二人には、何か接点があるのかしら?)


 署長が言うにはスカンディナビアのカリキュラムは全国共通。


 自分の経験で考えると、ほかの学年やクラスは想像できないし、不可能だった。


(京子さんに相談してみるか)


 そう思った霞は自分の部屋を出た。



 ◆◇◆



「どうぞ」


 京子の部屋のドアをノックすると、すぐに返事があった。


「お母さん、ちょっと相談があるんだけど、今大丈夫?」


「ええ、いいわよ」


 霞は部屋の中に入ると、


「わたしのターゲットのことなんだけどさ。この子たちなの」


 そう言って端末から京子に資料のデータを送った。


「どれどれ……みんな小学生ね。南区小学校か」


 京子が情報を分析し始める。


 しかし霞がすでに手に入れたもの以上の手がかりは見つからなかった。


「どうやって情報を集めたらいいか、わからなくて」


「彼らのところに遊びに行ってみたらどう? こんにちはーって」


「理由なくいきなり行くのは変じゃない?」


「だから何か理由をつけるのよ。この小学校は学校関係のイベントとかないの?」


「この子たちが習い事でもしていれば別だけど、何かやっているようにも見えないし。子供なのに外出できないとか、わたし、いまだに意味わかんないんだけどさ」


「そうね。普通あんたたちの年頃の子って外で遊ぶのが当たり前よね。私も外出禁止ってやりすぎな気がする。この子たちがどんな生活しているのか、まったく想像つかないもの」


「新人類……なのかしら?」


「なんでそう思うの?」


「あるのは学力データのみ。そしてそれが異常に突出した数値を示している。人間らしくなくない?」


「あんただって突出していると思うけど?」


「わたしのは……作られた力だから」


 そう言って霞は目を伏せた。


「あんた……自分のことをそんな風に思ってたの?」


「西崎さんに出会ってから、わたしたちって結局、そういうことだったんじゃないかって、そう考えてようになったの。彼もそうだけど、良助とわたしも同じトレーニングを受けていて、ある意味サイボーグというか、人間じゃないというか」


「…………」


「実際、良助は記憶を失ってからのほうが人間らしいと思うし、人間になったんだなって思う。あの子には今の生活が一番いいんじゃないかって思えるの。でもわたしは――」


 京子が霞の肩に手を置いた。


「霞、あんたはサイボーグなんかじゃない。人間よ。あんたは自分自身を人間らしくないって思っているかもしれない。自分に感情なんてないんじゃないかなって思っているかもしれない。でも、私たちに感動を与えてくれてる。それはあんたが生きているから。人間だから」


「お母さん――」


「誰がなんと言おうと、あんたは人間なの。それだけは忘れないで」


「……はい」


 京子はにっこりとうなずくと肩から手を放し、モニターを見ながら続けた。


「それに、この三人の子たちも、きっと普通の人間だと思うわよ」


「どうして?」


「普通の人間じゃなければスカンディナビアの教育なんて受けられないもの。そういうものなのよ」


「じゃあ、良助を超える天才ってことかしら? あんまり想像できないんだけど」


「そんなにすごいの? どんな授業も毎回満点とか?」


「毎回じゃないけど、ほとんど満点に近いかな」


「毎回じゃなければ、やっぱり人間だと思うよ。人工知能だったら毎回満点取るだろうし」


「まあ、そうね」


「署長に相談してみた?」


「してない。それだけは嫌なの」


「そう」


「ただ――」


「ただ?」


「『良助が三人に接触したら、どうなると思う?』とは言われた。断ったけど」


「どうなるの?」


「わからない。でも良助はむきになるかな。あの子、自分よりすごい相手がいると、必死に超えようとするもの」


「異常なまでの努力家だものね」


「あの子、空手やめてから、ガリ勉し始めたの」


「え、なんで?」


「ほかにやることがないから、だって」


「なんじゃそりゃ!」


 そう言いながら笑う京子の顔が、変わった。


「……ひょっとして、それじゃない?」


「えっ?」


「その三人、隔離された場所にいて、他にやることがない」


「それだけ?」


「だって良助くんもそうじゃない。実際、成績伸びてるんでしょ?」


「…………」


「私は白だと思うな、その三人」


「お母さん、子供に甘いよ」


「じゃあ、こういうのはどう? 例えば、それだけできる子がいるとすれば、人材不足の組織は放っておかないんじゃない?」


「ほかの組織からオファーを受けるってこと?」


「そう。実際教育関係のデータって、公開されてるじゃない? 天才児が欲しいってところ、あるかもよ」


「お母さん、えてる!」


「亀の甲より年の功って言ってね、経験がものをいうのよ。こういうのは」


「じゃあさ、どういった組織の可能性が高いと思う?」


「まず、うちは外れるわよね。うちの審査基準って特殊だから。順当に考えて学力を必要とするのは、大学研究職ノバスコシア大学病院クリミア。大学病院は今、ほとんど人がいないけど、人手不足ってわけでもない。大学研究職は大学を卒業してから採用試験を受けて入るのが普通のルートだけど、今は大学まで行く人って少ないし、飛び級が主流だから、そこが本命かな?」


「採用試験って、いつなの?」


「毎年2月中旬ね」


「半年先か……長いなぁ」


 そのとき、京子がまた思いついた。


「あんたたちも試験受けたらいいじゃない」


「えっ? わたしたちって、わたしと良助?」


「そう。ターゲットと接触したいんでしょ?」


「そりゃそうだけど、良助を巻き込むのは――」


「巻き込むんじゃないの。良助くんのためよ」


「試験を受けることが良助のためになるの?」


「何も目標を立てずに勉強するのって変じゃない? 短期的な目標があってもいいと思うの。あんたにだって」


「でもわたし、研究員になろうだなんて思ってないよ。良助だって――」


「別にならなくてもいいのよ。ただ、私自身がノバスコシアの採用データに興味があるの。どんな人材を必要としているのか、傾向を調べたいと思ってたのよ。受験するだけで糸口が掴めるんだから、霞にもお願いできないかな?」


「それは……いいけど……」


「やったー!」


 手をあげて喜ぶ京子を見て、霞は思わず笑ってしまった。


「お母さんって、子供っぽいところあるよね」


「そう? あんたが大人びすぎてるのよ」


「だけど、そのテストって、どんな内容なの?」


「今日中に調べておくわ」


「わかった。お願いします」


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