――1年後
霞も良助もあいかわらず同じような生活を送っていたが、良助の成長が霞を追い越したこともあり、彼女は自分の任務にかまけていた。
そんな霞も12歳の誕生日を迎える。本来の誕生日は良助と同じ5月10日だが、高橋家に来たタイミングで1か月前の4月10日に設定を変えていた。
姉弟であることを良助に悟られたくない霞の意向ではあったが、誰もこれといって
「霞ちゃん、誕生日おめでとう」
食卓を囲んで、聡が言った。
「ありがとうございます」
「これ、私たちからのプレゼントよ」
「ありがとうございます。開けていいですか?」
「どうぞ」
京子から受け取った包みを開けてみると、春物のジャケットとミニスカートが入っていた。
「霞ちゃん、いつも男の子っぽい
「えっ? でも、わたしに似合うかな〜」
「着てみてよ」
「はい」
部屋に戻って着替えてみると、薄い水色のジャケットが大人びて思え。少し落ち着かない。
「どうかな?」
「思った通りよ! よく似合うわ」
「君の雰囲気にそっくりだな」
聡が京子に言った。
「何言ってんの! 霞ちゃんのほうが全然スタイルいいじゃない」
「そう言われると、なんかめちゃくちゃ恥ずかしいな~」
照れる霞。身長はかなり前から京子を追い越していた。
「学校休みだし、久しぶりに良助くんのところにでも行ってきたら?」
聡の言葉に霞が頭をかく。
「うーん、あの子に変に女を意識させたくないし」
「ああ、それもそうだな」
「仲がいいのもいろいろと難しいのね」
「でも、ありがとうございます」
「こちらこそ、むしろ今まで親らしいことを何もしてあげられなくて、ごめんなさいね」
言いながら京子は霞の成長に目を細めていた。
「ところで、来年どうするの? 中学」
料理を取りながら、聡が聞く。
「うーん、何も指令があるわけじゃないから、そのまま持ち上がりかな?」
「味気ない話ね。私の頃とはぜんぜん違って」
「実際は家にいながら勉強するだけだし、生徒もほとんどがホログラムだしね。ただ……お願いがあります」
「どうした? 急にあらたまって」
笑顔で聞いた聡だが、雰囲気が暗くなった霞に嫌な予感しかなかった。
「実は、中学を卒業したら、家を出ようと思っています」
「えっ?」
「なぜ?」
京子も聡も驚いた。二人の前で顔を上げた霞が思い切って気持ちを打ち明ける。
「京子さんと聡さんにはこれまでも実の娘のようにかわいがっていただいて、感謝しかないんだけど、たぶん、中学卒業あたりで良助と離れたほうがいいと思うの」
「そうか……」
「良助は十分独り立ちできる
「そうなのね……」
「そう言われると、なんか切ないな。むしろ俺らが子離れできてないっていうか――」
「えっ?」
京子に眼くばせする聡の言葉に逆に霞が驚いた。
「もちろん私も聡さんも、霞ちゃんがずっとこの家にいてくれたら、って思ってるわよ。だけど、本当の親なら子供のやりたいことを応援するのが筋よね。でも、本音を言わせてもらえば、今から別れを考えないといけないのは、やっぱり寂しいな」
「……ごめんなさい」
「決めたんならしょうがないけどさ、これからは俺たちのことをお父さん、お母さんって呼んでくれたらうれしいな。残りわずかだと思うと、少しでも思い出がほしいよ」
「わかりました。お父さん」
「うんうん」
二人の会話に京子が涙ぐむ。
「おいおい、君が泣くなよ。俺だって我慢してるんだから――」
聡が言ったそのとき、霞の端末が鳴った。
「もしもし――」
『霞か? 大事な話がある。時間がある時に来てくれ』
「わかりました」
二言で通話を切る。気にかける両親を前に霞は首をすくめて言った。
「署長に呼ばれちゃった。行ってきます」
「わかったわ。気をつけて行ってらっしゃい」
席を立つ霞を京子が笑顔で見送る。
「けど、
ドアが閉まった後で、聡が言った。
「そうね、普通の子になったというか……」
振り向かずに京子が答えたが、言い淀んだその表情は、くもっていた。
「移管するときに志願して記憶を消したんだよな。人格を変えるために。きっと良助くんのこと以外にも何かあったんだろうな」
それとなく口にしながらも、京子の反応が得られなかった聡は、自分の部屋に戻った。
(でも、あの子の心の奥底には今も、霧ちゃんの自我が眠ってるはず。あんな強烈な個性、そんな簡単には消えないと思うもの)
◆◇◆
「失礼します」
「おお、来たか。そこにかけてくれ」
霞が署長室に入ると、ソファにうながされた。
「ずいぶん大人びてきたな」
笑いながら署長が向かいに座る。
「どんなお話ですか?」
時間がないかのように霞が言い返した。
「実は、新しいミッションを担当してもらいたい」
「新しいミッション?」
「『来訪者』の調査だ」
「なんですか? それ」
「それが……我々もよく掴めていないのだ」
署長が歯切れ悪そうに答える。
「実在するかどうかも、人類にどういった影響があるのかもわからない。宇宙人なのか、人類の進化の過程なのかすらも不明だ。ただ、我々の想定し得ない能力をもった存在、というか――」
「普通の人間ではないってことですか?」
「そうだ。もちろんどこが違うのか、特定することもできていないし、情報はまったくないが」
「何か根拠になるようなものはありますか?」
「しいて挙げるならば、これだ」
そう言って署長が端末に転送したデータは、小学校の生徒の進捗報告資料だった。
「大杉玲」「田中雅也」「大岡涼音」という三人の小学生の成績が
「小学4年生と5年生の教育指導状況ですね」
「そうだ。凄い数字が並んでいるだろ?」
署長の言う通り、小学生とは思えない数値が並んでいる。霞にはほとんど理解できない授業を、自分より年下の子供たちがマスターしているのだ。
「この三人は天才ということ?」
「常識で考えればそういうことになるな。問題は彼らがすべて、同じ地区出身ということだ」
「どこですか?」
「スカンディナビアの学区管轄で言えば、南区小学校」
「そこに固まっている、と」
「そして、そこの小学生のうち、
「南区小学校だけ特別なカリキュラムが組まれている、とか?」
「いや、スカンディナビアのカリキュラムは基本全国共通のはず。クラス全員の進捗状況に応じて学習レベルが高まっていくシステムだ。ただ、このペースでいけば彼らは小学校卒業までにその上限を突破することになる。
「つまり彼らが『来訪者』ということですか?」
「わからん。彼らではなく、彼らの成長に影響を与える何かがそこにあるのかもしれん。ただ、現段階でほかに彼らに共通点は見当たらない」
「両親ともども『実在の人物』ですか?」
「ああ、データだけ見ればごく普通の家庭だ」
「では、この地域に何かがある、と?」
「その可能性はある、と私は見ている」
「わたしは何をすれば良いのですか?」
「彼らをマークしてほしい」
「わかりました」
「詳細データは後程送っておく」
「お願いします」
一礼して立ち上がろうとしたとき、引き止めるように署長が言った。
「良助はどうだ?」
「あの子はもう、わたしの手の届かない天才です」
霞がうんざりしたような表情で答える。
「そうか。元気か」
「はい。失礼します」
ソファから立ち上がり、部屋の外に出ようとしたとき、署長に再び声をかけられた。
「もし、良助とその三人が接触したら、どうなると思う?」
「あの子を巻き込むつもりはありませんから!」
顔を引きつらせた霞は、そう言い残し、部屋を出た。
(……ふう)
署長室の外で霞はため息をついた。そのとき、端末にメッセージが入る。
良助からだった。
――久しぶり! 明日の試合、見に来てくれるよな? オレの最後の試合だから。
(そうだった。明日は試合があったんだ。あれから一年たつのね)
霞はOKと返信すると、長い髪に手をやりながら署長室の前から立ち去った。