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(70)運命の夜

 真奈美の顔は蒼白だった。


「おじいちゃんの……こと?」


「うん、どんなことでもいい、過去と未来につながるような話で、何か思い出せることはない?」


「それは……あたしが最初におじいちゃんに預けられた日から?」


「そう。できれば君のお父さん、お母さんの話も。君がどうやって育てられたか、とかも」


 雅也に言われるまま、過去を振り返る真奈美。


 だが、思い出そうとするほど記憶は不鮮明になり、なぜか涙があふれてきた。


「ごめん……わからない……何もわからないの……」


「まなみん……」


 雅也の前で頭を抱えて泣く彼女に、霞が寄り添う。



「今日はもう遅い。一度解散して、明日また集まらないか?」


「そうね。まなみんも雅也くんもお疲れだと思う。仕切り直しましょう」


 玲と霞が言ってみんなが立ち上がったとき、


「雅也」


 真奈美が泣き顔で雅也を呼び止めた。


「お願い、ここにいて」


 ぽかんとする雅也の肩を良助がポンと叩き、にっと笑った。


「また明日な!」


 真奈美と雅也だけを部屋に残し、みんなが外に出た。



 ◆◇◆



「はー」


 玄関から道路まで出た四人は、大きくため息をついた。


「なんなんだよ、オレらがこれまでやってきたことって結局、誰かに誘導されてたってことか? 敷かれたレールを走らされてたってことか?」


「まだ、わからないわ」


 霞はそう言ったが、全員の気持ちを代弁していたのは良助だった。当然みんな、博士が人間であってほしいと願っていたし、見えない脅威にあらがっているつもりだった。しかし真相を解明しようとすればするほど、そこから遠ざかっていくことに、虚しさを感じずにはいられなかった。


「雅也くんの考えていること、どう思う?」


 続ける言葉を見つけられない霞は、玲に話をふった。


「あの晩の博士の情報、俺はてっきりエラーだとばかり思っていたんだ」


「ひょっとして、あの失踪リストのこと?」


「ああ。だからあのことはまなみんにはもちろん、雅也にも言ってなかった。だが、あいつが無理やりこじ開けてしまった気がする」


「あの2040年4月1日が『あの博士が未来からやってきた日』だったってこと?」


「それについては何と言えばいいのか、俺にもよくわからない。いや、何もわからないのが正直なところだ。もちろんまなみんの過去の視野記憶を見たらはっきりするのかもしれん。だが――」


「そうね。さすがに無理ね。本人が自分から言い出さない限り」


 そこまで言って霞も黙った。仮に真奈美の視覚記憶に博士が映っていなければ、きっと重要な手がかりになるはずで、涼音の祖母の記憶と照らし合わせて博士の謎にアプローチできるかもしれない。ただ今の真奈美にそれを求めることは難しいだろうし、その結果が出たとき、自分たちがどうすれば良いのかもわからなかった。


「けどよ、博士がオレたちに残したメッセージっていったい――」


 真剣な表情で良助がつぶやいたそのとき、


「……こういう……こと……かな?」


 涼音が良助の腕をがしっと掴んだ。


「えっ?」

「……一緒に……行こ」


「え、えーっ? じゃ、じゃあな、お二人さーん」


 涼音に引っ張られていく良助が情けない声で手を振った。


 玲と霞はしばらくあっけにとられていたが、すぐに笑って手を振りかえす。


「涼音にまで気を使わせちゃったみたいね」


「じゃあ、俺たち――」


「ちょっとつき合ってもらえるかしら?」


「ああ。いいぜ」


 玲と霞も歩き出した。



 ◆◇◆



 応接間のソファで、雅也は真奈美の肩を後ろから抱いていた。


 彼女の涙がとめどなく流れる。


「雅也……」


 泣きながら真奈美は言った。雅也が返事をしながら肩を抱く腕に力を入れようとした瞬間、真奈美は振り返って雅也を抱きしめた。


「お願い…… 今晩…… 一緒に…… いて……」


「うん」


 そう口にして抱き返す。これまで、真奈美のことをこれほどにまでいとおしいと感じたことはなかった。先程の自分の問いかけは、彼女を傷つけるには十分すぎるほど酷なものだともわかっていた。それでもこの子は、ほかでもない、自分のことを頼ってくれた。そう思った雅也は、この子のためならどんなことでもしてやれる、そういう気持ちになれた。


「ごめんね……雅也」


 袖で涙をぬぐいながらあやまる真奈美。


 雅也は答えず、抱いていた腕の力を弱めると、彼女に口づけする。


 真奈美の目からは再び玉のような涙がこぼれた。



 ◆◇◆



 気がつくと雅也は応接間のカーペットの上に横たわっていた。泣き止んだ真奈美が自分の胸に顔をうずめて寝息を立てている。彼女の柔らかい体の感触と頭の重みを感じつつ、目をつぶる。


 薄れゆく意識の中、遠いところから真奈美の声が聞こえた気がした。


 ―― 雅也…… ありがとう…… たくさんの…… 思い出……


(まなみん?)


 ―― 雅也…… ありがとう…… すべてが…… つながった……


(えっ?)



 ◆◇◆



 明け方、目を覚ました雅也は自分一人がカーペットに横になっていることに気がついた。


「まなみん?」


 声を出したが返事はない。


(まさか…………)



 飛び起きてキッチンのドアを開ける。そこにいつもの真奈美の姿はなかった。


 わき起こる嫌な予感をおさえながら家の中を探す。




 誰もいない。



 昨日までと違い、この家自体が完全に主を失ったかのような、悲壮なまでにさびれた空気に包まれていた。


 胸騒ぎを押し殺しながら、もう一度応接間のドアを開ける。


 自分たちが眠っていたカーペットの上に、青い石のペンダントが落ちていた。それはまるで、放つ光を失ったかのように、くすんで見えた。


 しゃがみこんで拾い上げ、手のひらに乗せる。


 突如、頭の中に昨晩の声がよみがえった。



 ―― 雅也…… ありがとう…… すべてが…… つながった……



(……そんな‼ うそだろ!?)



 ◆◇◆



 ――ピンポーン ピンポーン ピンポーン


 玲が呼び鈴を押すが、誰も出てこない。


 ドアのノブを回すとカギはかかっていなかった。


「おーい、入るぞ?」


 玄関から声をかけても反応がない。胸騒ぎを押さえつつ靴を脱いで上がると、応接間に向かった。


 ――ガチャ


 ドアを開けると、体操座りでしくしく泣く雅也がいた。


「な! お前、どうした?」

「まなみんが……消えちゃった……」


「ええっ?」


 思わずのけぞったそのとき、


 ――ピンポーン


 後ろで呼び鈴が鳴った。迷ったが、とにかく出るしかない。


「……はい」


『玲か? オレだけど、上がるぜ?』

「いや、ちょ、ちょっと待て」


『ん? なんだ?』

「すぐに行くから、ちょっと待て」


 インターホンを戻し、雅也に声をかける。


「外にデックが来てる。お前は消えるなよ? すぐ戻ってくるからな、そこで待ってろよ!」


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