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(69)未来の意志

「ごめん、言い直す。もし、博士自身が未来からのメッセージだったとしたら?」


「おじいちゃんは未来から来たってこと?」


 真奈美の言葉にうなずき、雅也が続ける。


「リアルホロって実現可能なんだろうか、ってずっと疑問だったんだ。だけど、現代の物理学で成立するとはとても思えないんだよ。となると、未来の技術ってことになる。であれば、将来的にはタイムマシンが完成している、ということだ。じゃあなんのために博士は現代に来たのか? どうやって来たのか? ということを考えながら、3つの出口パターンを検討したんだ」


「いきなり3つかよ!」


 座り直した良助が身を乗り出した。


「うん。一つ目は、博士が『未来から来た何か』だったとして、その博士のいる未来に辿り着かない『時の流れ』を作ってしまったとしたら、つまり、誰かが未来を変えてしまったとしたら、その瞬間に博士は消えてしまうんじゃないか? という仮説」


「オレたちが未来を変えた、とでも?」


「どこが分岐点なのかはわからないし、原因が僕らかどうかもわからないけど、そういうこと。ただ、それだと博士の予知映像の説明がつかない。だからこの可能性はない」


「確かに。博士だけ消えて予知映像が存在する時点ですでに矛盾が発生していることになるからな」


 玲の言葉にうなずき、さらに雅也が続ける。


「次に博士が『未来人』、つまり人間で、結局未来に帰ってしまった、という仮説。ただこれもおかしい。通常の人間ならば、ソフトは予定通り過去の視覚記憶を感知し、それを記録するはずなんだ」


「……そう……通常記憶ルート……のはず……それだと……視覚……のみ」


 涼音が雅也をみつめ、続きをうながす。


「そして最後、博士は『未来から来た人工知能システム内の電子情報・・・・』だった、という仮説」


「お前の腹に入ったオムライスも電子情報に変わったのか?」


 良助が茶化したが、雅也の表情は真剣だった。


「博士が未来の技術で作られた物理的な『もの』だとして、それをタイムマシンで過去に送ることが可能かどうか? を考えると、非常に困難だと思った。もっと簡単な方法はないか? と考えた末、仮想世界を・・・・・経由する・・・・方法・・に思い至ったんだ」


「どういうことだ?」


 玲が眉をひそめる。


「仮想世界に仮想タイムマシンを作れば『情報を過去に送信することができるんじゃないか?』ということだよ」


「…………なんだと?」


「未来の何者かが博士の情報マニュアルをパッケージ化して過去の仮想世界に送り込んだ。そしてそれを受け取った人工知能が解凍し、その情報に従って電気で実体化させた。そのまま現在に至り、僕らにメッセージを残し、消えた。消える瞬間に電流を放出し、それがコンセントから逆流してブレーカーを落とした」


 そこまで言って雅也は周りの様子をうかがう。


「物理的に、可能なのかしら?」


 霞に意見を求められた玲も黙ったまま。


「じゃ、じゃあ、なぜ博士は消える必要があったんだ?」


 納得いかない良助が再び身を乗り出して聞いた。


「博士の存在を知った『人工知能システムのコアではない部門・・・・・・・・』が博士に接触しようとし、未来の情報を必要以上に集めようとしたから。それまでの目標を達成していた博士は、僕らに最後、いくつかの手掛かりを残して消えることを選んだ」


「ちょっと待て! そもそも仮想世界を作ったのは博士だろ? にわとりが先か卵が先かじゃねーが、『博士が仮想世界を作った』という前提がくつがえっちまうんじゃねーか?」


「僕は『仮想世界を作った博士』と『未来から来た博士の情報』は別人だと考えてる。元の博士がどうなったのかはわからないけど、いつの間にか未来から来た博士の情報にすり替わってたんじゃないかって」


「なんでそーなる!?」


「この仮説のさらに先の仮説なんだけど、『未来の博士』の時代、人類はすでに滅亡しているんじゃないか? って思ったんだ」


「は?」


「完全に雅也くんワールドね。どういうことかしら?」


 混乱する良助の横から霞が口を出した。


「アシュレイの『人類の最大多数の最大幸福のために作られた』という前提がなくなったらどうなるのか? ということを考えたんだ。人類が滅亡したらアシュレイは役目を果たせなくなってしまう。たとえホログラムを増殖したところでそれは人間ではないし、完全に目的を失ってしまうことになる」


「うんうん。それで?」


「ところが、そこから未来のアシュレイはウルトラCを繰り出す。タイムマシンを作って、未来からのメッセージを送ることで、人類が滅亡しないように過去から歴史を変えることを」


「え? そこまでするの? というかそれって、人工知能自身の自己否定になるんじゃないのかしら?」


「ミッションありきで作られ、かつ、人の心を持たないアシュレイはそうは考えない。自らが消えることを恐れない。でもミッションをこなせなければ自らの存在価値がない・・・・・・・・・・。過去に戻ってやり直せるなら躊躇ためらう理由もない」


「……それは……そうかも……しれない……けど」


 涼音がうめくように言った。


「だからアシュレイはタイムマシンの出口を『過去の仮想世界』に求めた。となれば、情報として送り込むのは自らのよく理解している人物、木村博士を実体化させるのが筋じゃないか? と、こんなことをアシュレイが考えたかどうかはわからないけど、現代の人工知能システムが解凍できるパッケージにして送り込んだとしたら? 人類滅亡の未来をくつがえすために」


「いやいやいやいや、しかしだな――」


「雅也の意見に補足したいことがある」

「え?」


 突然口を開いた玲に良助たちの視線が集まった。


「俺たちは、博士から聞いていた。失われた30年について。博士がはっきり言ったんだ。アシュレイは『人類の最大多数の最大幸福』を追求する目的で作られた。ただ、そこには『人類の子孫の繁栄』という概念が欠落していた。『人類の最大多数の最大幸福』と『人類の子孫の繁栄』は、まったく矛盾するものではないにせよ、子孫の繁栄を想定していなかったため、人類は他人とのリアルな交流を減らし、出生率は激減してしまった。その減った人口分をアシュレイはホログラムで解消しようとした、と」


「そう。だから僕は博士が『未来のアシュレイの意志』だったんじゃないか? と思ったんだ。人類が滅亡して『人類の最大多数の最大幸福』を達成することができなくなったアシュレイの」


「ってことはだぞ? 未来のアシュレイはオレらに『人類の意志を委ねた』ってことか? だが、それならもっと昔にさかのぼって修正すれば、最初から人口減少が問題になることもなかったんじゃねーの?」


 良介の疑問に再び玲が口をはさむ。


「話はそう簡単じゃない。もっと過去にさかのぼってしまうと、ある程度の人口を維持、増加させつつ『人類の最大多数の最大幸福』を追求することになるが、それには当然相当な困難が予測される。資源の枯渇や地理的な居住空間の問題などが発生するだろう。そうなればその後の未来が大幅に変化する可能性が高い。だからまずは俺たちのいる今のタイミングを見計らったと考えられる。それに――」


「それに?」


「俺が雅也の意見に同意なのは、博士が非常に『理性的』だったからだ。理性的であるがゆえに、最も伝えるべき重要なメッセージは、理路整然と最初に伝えるはずだと。そうだろ?」


「それは確かにそうだが、まったく合理的に思えねー。未来のアシュレイが今のアシュレイに対してメッセージを送れば済む話なんじゃねーの? オレらが巻き込まれる理由がわかんねーぞ?」


 良助の言い分に雅也がうなずいた。


「もちろん未来のアシュレイは今のアシュレイに接触していると思うよ。だけど、それだけではダメだったんだ。理由は二つ」


「……アシュレイは……アシュレイを……検証……できない」


「そう、そうなんだよ。アシュレイといえど、能力には限界がある。現在のアシュレイが『未来からの情報』を立証するためには、膨大な時間が必要になる。少なくとも真偽を判断するためには『タイムマシンの実現可能性』を裏付けなければならない。だから突然タイムマシンの研究に力を入れることになったんじゃないかな?」


「……もう……一つ……は?」


「未来のアシュレイが『現在を読み切れなかった』からさ」


「どういうことだ?」


 玲の顔が険しくなった。


「未来のアシュレイは、何をどこまで把握していたんだろうか? 僕たちがここでこんな話をしていることもわかってたんだろうか? 答えはノーだ。確かに博士はメッセージだった。だけど明確な意志を持ってたし、順応性があった。順応性がある、ということはつまり、不測の事態に備える必要があるということ。例えばあの手紙、デックが言うように『まなみんと一緒にいたいけど消える道を選んだ』という気持ちが込められていたということは、最初からパターンが絞り込めていなかったことを意味する。読みきらなかったんじゃない。読み切れなかったんだよ。なぜなら『未来のアシュレイが過去を上書きできる』ということは裏を返せば、他の誰か・・・・が過去をさらに上書きする可能性を残すことになる。そこまで読み切って対処することは不可能だ。だからアシュレイは一見非合理的な手段を選んだ。『未来予測が可能な博士』を送り込み、この時代をコントロールしようと考えたんだ」


「確かにオレにも違和感があったさ。予知能力ってやつに。だがよ、他の誰かって、誰だ? やっぱり大学病院か?」


「そこまではなんとも。ただ一つだけ言えるのは、合理的なアシュレイならば準備に抜かりはなかったはず。これで終わり、なんてことは絶対にない。だって博士のこれまでの行動に『人口の減少を食い止める』のに十分な影響力があるとはとても思えないんだ」


「じゃあなんで博士はそのことをオレらに黙ってたんだよ?」


 良介の言葉にみんなの視線が雅也に集まる。


「わからない。だからもっと手がかりがほしい。まなみん、僕らと出会う前に博士がどんなことを言っていたか、思い出せない?」


 全員が真奈美の方を向いた。


「ま……まなみん?」


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