真奈美たちがキッチンで食事の準備をする間、いつも通り三人がソファに座り、思考をめぐらせていたとき、
「そういえば、オレが以前、ここで途中まで話したこと、覚えてるか?」
思い出したかのように良助が言った。
「なんの話だ?」
玲が顔を向ける。
「『博士の便箋、紙ってこれしかなかったのか?』って話だよ。別れを告げるなら、もう少し別の紙でも、って思ったんだが、外に出ないんじゃ選びようもねーわな」
「端末で注文すればいいだろ?」
「そういうものか? 実際に自分の目で見て選びたくねーか? こういうのって」
「いくつか取り寄せてから、その中から選べばいいだろ?」
「お前な……ものを大事にしろって学校で習わなかったのか?」
「あれ? そういえば、あの手紙って、まだ残ってるよね?」
突然雅也が顔を上げた。
「そりゃまなみんが持ってるだろーよ」
「だが今はその話、しにくいだろ?」
二人の言葉が終わらないうちに立ち上がると、雅也は階段側のドアを開けて出ていった。
「おいおい、さすがに女子の部屋に無断で立ち入るのはどうかと思うんだが」
「ほとんど無意識で動くからな、あいつ。言っても無駄だ」
「それもそうか」
良助がうなずくと同時に、雅也が戻ってきた。
「あった」
そのままテーブルに手紙を広げ、三人でまじまじと見る。
「何かわかったのか?」
そう言って良助が雅也の顔色をうかがった。
「もしも……」
「「なんだ?」」
「いや……なんでもない……」
「「…………」」
「みんな、ごはんできたよ~」
突然キッチンから現れた真奈美に声をかけられた。
ものすごい勢いで手紙を隠したのは、雅也だった。
◆◇◆
応接間のテーブルにオムライスが並べられ、夕飯の支度が整うと、
「いやー、最近マジで食事だけが楽しみだよ」
良助が顔をほころばせた。
「……私も……料理……習う……の」
「おう、頑張れ!」
気のない返事を返して黙々とスプーンを口に運ぶ良助。
「そういえば今日、大きな余震なかったねー」
ほおばりながら真奈美が言った。
「確かにそうだな。少し不気味だな」
スプーンでオムライスを割っていた玲が手を止める。
「そうか? あんなのない方がいいに決まってるじゃねーか」
良助はすでに食べ終えていた。
「けどさ、今回の地震の影響って、この辺りだけかな? 他の地域の地殻に影響はないの?」
「もちろんあるわよ。これだけ大きな地震だと、地下の
真奈美の横で生クリームをすくいとりながら霞が答える。
「そもそも余震って、なんで起きるんだ?」
手持ち無沙汰な良助がたずねた。
「本震の際に解放されなかったエネルギーが放出されるためよ。大地震の場合は断層が一度にすべて動くわけじゃないの。連鎖的に力をためては解放する、ということを繰り返すの」
「連鎖……解放……」
「ブレーカー……エネルギー……」
玲と雅也がオムライスにほとんど手を付けないまま、ぶつぶつとつぶやく。
「お前らなー、飯食うときくらい脳みそを解放しろよ!」
◆◇◆
食事の片づけが終わった女子三人が応接間に戻ってくると、玲たちは相変わらずソファで考え込んでいた。
「そうだ! 雅也くんにお願いがあるの。まなみんに食洗器作ってあげてよ」
思い出したかのように霞が手を合わせて言った。
「なんですか? それ」
「『全自動食器洗い機』よ。自炊女子の救世主」
「あ、なんとなくわかりました。じゃあちょっとスペース見てきますね」
そう言って立ち上がり、一人でキッチンに入ると、雅也はシンクに向かった。
(えっと、いつも洗った後にここに食器を置くから、本体をこのあたりに置くとして……けど、かなり狭いな)
少し考えた雅也は、端末でその場を撮影してスペースを測ると、実際にシンクの中から皿を持って動いてみる。
(一度に洗う食器はこれくらいだから最短距離で移すとして、食器洗い機のサイズと取り出し口の大きさ、あと洗浄用水の出し入れを考えると、ホースをひっぱるところが……ないな。あれ? まてよ?)
ふいに記憶の中の言葉がよみがえり、思考をさえぎる。
(最短距離――密室――入口と出口――――入口と出口?)
シンクのふちに手をかけた雅也の脳がフル回転し、目を見開く。
(入口はあって、出口は……ない?)
これまで見えなかった、手の届かなかった世界が頭の中で、一本のラインでつながったそのとき、ぞわっとした感覚が背筋を伝い、鳥肌が立った。
(そんなまさか! ……いや、確かにそうだった!)
――バタン!
「玲! 出口はどこだ!」
キッチンのドアを開けた雅也が叫んだ。
「な、なんだ? どうした?」
「入口はわからない、そして出口もない。そんなこと、あるのか?」
「お、ついに発動したか!」
雅也の言葉に良助がソファから立ち上がった。
「いや、まだわからない。わからないけど……」
そう言って呼吸を整えながらソファに座る。そして少し自分の気持ちを落ち着かせてから、しゃべり始めた。
「消えるってなんだ? ってこと、たぶん玲も同じことを考えていたと思うけど、そこに存在するものがある日突然、理由なく消えてしまう、なんてことは絶対ないんだよ」
「そりゃまあ、そうだな」
「例えば電気が消えるっていっても、電気をつけるための電球であったり、スイッチであったり、設備があるからこそ、つけることができて、消せるわけだよね?」
「そうね」
霞もかしこまって雅也を見つめる。
「で、今日のまなみんの話だと博士はこの家から出たことがない、という可能性が高い。じゃあ、どこから来たのか? 入口があるのか? と考えても、それは昔のことだからわからない。僕もこの部屋のことをいろいろと調べたけど、おかしなところも、隠れて電源を使うようなところも見当たらなかった」
「で? 結論は?」
腕組みした良助が深く腰掛けながら聞いた。
「僕らは何か考え違いをしているんだろうな、と思った。そこでもう一度逆算してみたんだ。すると、残ったものがあった。博士はメッセージだったんだ!」
みんな、わけがわからない。