「えーっと、そういえば…………ないな」
「なに?」
「マジで!」
「どうやって生活してたんだよ!」
玲と雅也と良助が驚きの声をあげた。
「ひょっとして大学にも行ってないってこと? じゃ、どうやって研究室を立ち上げたの? そもそもどうやって研究してたの?」
雅也が言い直す。
「そりゃ、あたしがここに来た時より後のことしか知らないんだけどさ……えっと……なんでだ? 本当に記憶にない――」
真奈美が答えたそのとき、突然涼音が玄関に走った。
「おいおい、なんだ? どうした?」
「……靴が……ない……博士の」
戻ってきた涼音が良助に答えた。
「……ってことはだ、博士は――」
「極度の出不精だったってことかしら?」
「そうだな」
一同、沈黙。
「いやおかしーって! ありえねーだろ! 普通」
「まあ、そうかもしれんが……」
良助の言葉に玲が真奈美を見る。
「あたし…………おじいちゃんの……何を知ってたんだろ……」
そう言ってすっと立ち上がると、真奈美は一人、応接間を出て行った。
「まなみん?」
雅也も立ち上がり、真奈美のあとを追いかけた。
◆◇◆
植物の部屋の中央に真奈美はいた。
優しい光の中、
(まなみん……)
声がかけられなかった。白衣に包まれた小さな彼女の背中は、あたかも時が止まった空間の中でひっそりと、青々と茂った植物たちと一体となって溶け込んでいるように思えた。
「おじいちゃん……」
ぽつりとこぼした真奈美の言葉が、とまった時を再び動かすかのように目の前の葉を揺らした。彼女は入口から見ていた雅也の存在に気がつかないかのように横を素通りすると、廊下を歩いて行く。
(まなみん?)
おぼつかない足取りで彼女が二階に上がる後を、雅也は黙ってついて行った。
博士の部屋に入った真奈美は窓辺で再び立ちつくす。
外には夕焼け空が広がっていた。
「まなみん」
雅也は思わず声に出してつぶやいた。
呼ばれてふっと我に返る真奈美。
「雅也――」
窓の外を向いたままの彼女は、はかなげな表情を浮かべて雅也に問いかけた。
「ん?」
「あたしたち……ずっと一緒にいられるかなぁ?」
「え?」
夕日を背景に振り向いた真奈美の微笑みに、雅也は本心を口に出した。
「まなみん、弱ってんの?」
「え……っと、なによその言い方……」
「いや、なんか普段とあまりにも違うな、と思って」
(本当に不器用な男ね)
真奈美がためいきをつきそうになったとき、雅也が続けて言った。
「泣いていいよ」
「え?」
「泣いていいから……さ」
「……うん」
小さく答え、真奈美は雅也の胸に顔をうずめて、泣いた。
雅也は彼女の背中に手をやると、
(博士には、今、僕らがこうしていることも、見えていたんだろうか?)
真奈美の白衣を染める夕焼け空を眺めながら、雅也はぼんやり考えた。彼女の胸元の青いペンダントだけが、小刻みに震えていた。
「ありがとう、雅也。もう大丈夫。ご飯、作らなきゃ……行こう」
そう言って顔をあげる真奈美。彼女の目から涙は消えていた。
うなずき、二人手をつないで一階に下りる。
「みんな、ごめん。心配かけちゃったね。これからご飯作るね」
「……手伝う!」
「わたしも!」