「じゃあ行こっか~」
真奈美の自宅に集まったた六人が大学に向けて出発した。
だが道路は至る所で
「こりゃひでーな」
「まなみんの家、よくもったよね」
歩きながら良助と雅也が言った。
「まだ
「っていうか、お前のそのリュックはなんだ?」
良助が大きな荷物を指さす。
「お弁当に決まってるじゃない! 大学が無事だとしてもフードデリバリーはしばらく動かないんだから食料は持っていかなくちゃ!」
「さすが! 気が利くな」
「じゃあ気を利かせてこのリュックあんたが持ってくれる?」
「あ、僕が持つよ」
「ありがとう雅也。じゃあデック、あんたは涼音が転ばないように手を引いてあげなさい」
「ああ、いいぜ」
「……ありがとう」
涼音が顔をあからめたそのとき、みんなの端末に余震警報が流れた。
「大きいな、避難できる場所を探すぞ!」
「若干距離があるけどあそこの丘まで走りましょう。この近辺、かなり危ないわ」
玲と霞の言葉に続き、みんなが急いで丘を駆け上がる。
「ハァ、ハァ……」
「玲ちゃん、運動不足?」
真奈美が心配して声をかけた。
「そうみたいだ……俺こんな体弱かったかな?」
「あれ? お前、足速くなかったっけ?」
雅也が意外そうに聞く。
「そりゃかなり昔の話だろ?」
肩で息をしながら玲が答えたとき、突然大きな揺れがきた。
「飛んでくるものがないか、気をつけて!」
霞の声にみんなが姿勢を低くする。
幸いなことに何も飛んでこなかったが、向かいのビルが目の前で倒壊した。
「うわっ、オレんち大丈夫かな……」
思わず良助が口にした。
「あんたんとこ、避難してないの?」
「してねーよ。むしろ避難先の方がやばそうだしな」
「わたしの実家も大丈夫だと思うけど……」
「僕の家もしてない」
「……私も」
「俺も」
「あんたたちね……早いうちに親孝行しておきなさいよ。あたしなんて……永遠にできないかもしれないんだから……」
両親も祖父母もいない真奈美に言われ、みんな言葉を失った。
◆◇◆
余震がおさまったところで再び歩き始める一行。
しばらくすると、大学が見えてきた。
「見たところ、壊れたところはなさそうね」
敷地内を見渡しながら真奈美が言った。そのまま敷地内に入るが、やはり地面の亀裂も建物の損壊も見受けられない。
「緊急避難先に設定されていたから、結構人がいるのかと思ったが」
玲の言うとおり、あたりは閑散としていた。構内に入っても人影は見当たらない。
「あれ? 本当に元通りじゃねーか!」
研究室の外観も前のままの状態で、爆破された痕跡など、どこにも残っていなかった。
「幻覚でも見てたんじゃないの? 取り調べ中に催眠術でもかけられてたとか」
「いや、そんなはずは……おかしーな」
雅也の言葉にも納得できず、ドアを開け、変わったところがないか見回す。
「じゃ、さっそく準備しよっか」
真奈美が荷物を下ろした。
「デック、お弁当分けるよ」
雅也も円卓にリュックを置く。
「本当に行くの?」
真奈美が心配そうに雅也を見た。
「うん、行ってくる」
「心配すんな、こいつはオレが守ってやるよ」
「いや、あんたも気をつけな。なにかあったら連絡するのよ」
玲と霞は何も言わなかった。
「涼音ちゃん。演算の件、頼むね」
「……了解……気を……つけて」
涼音が立ち上がって敬礼した。
◆◇◆
大学病院までの道を歩く良助と雅也。予定より少し時間がかかりそうで、速足で歩く。
「ところでお前、大学病院側からどうやって聞き出すつもりなんだ?」
「そのままだよ。疑問に思うことそのまま聞くつもり」
「そのまま答えてくれるような相手なのか?」
「わからない。だけど、リアルホロの存在についてはどうしても確かめなきゃならない。それがわからなければ、この先進めそうにないんだ」
「お前やっぱり、博士をリアルホロだと思ってるのか?」
「デックには言うけど、本当はそんなこと考えたくもない。博士は人間だったよ。それは間違いない。そして僕がこの手で殺してしまった。常識的に考えればそういうことだと思うし――」
「待て待て、そういう極端な話を聞きたいわけじゃねーんだ。っていうかその思考からは離れろ。少なくともお前がいなかったら、この地震で多くの人間が死んでいたかもしれねーんだ。そこは自信を持てよ」
その言葉に雅也は口を閉じた。
「オレが言いたいのは今から行く場所についてだ。仮にリアルホロが存在するとしてもだ、それをそのまま教えてもらえるかどうかは別ってことだ」
「なんで?」
「どんな理由があるにせよ、今回の地震をを利用しようとした奴らのことなんか信用できねーと思うんだ。その草吹っていう医師が敵だと決まったわけじゃねーがな? でもオレらの口から博士のことは言えねーだろ? ましてや博士にリアルホロの疑いがある、とか」
「それはその通りだと思うよ。だからついてきてくれてるわけでしょ?」
「もちろんそうだが、無謀なことはするなよ? 人の命なんかどーでもいいって思ってる奴らだろうだからな」
「デックにも怖いものがあるんだ」
「そりゃあるさ」
「でも強いじゃん」
「強いから恐怖を感じない、なんてことはねぇ。オレのような痛みを感じない人間でもな」
「どういうこと?」
「オレ、痛覚が異常に鈍いんだよ」
「……それって、やばくない?」
「ああ。気をつけねーと、いつの間にか怪我してた、ってこともある」
「検査とかしてないの?」
「してない。このことであまり人に頼りたくないんだ。それに」
「それに?」
「なんでもそうだが、争わずに済むならそれに越したことはねーからな」
「(よくわからないけど)わかった。でも、なんでそのことを僕に言ったの?」
「なんでだろーな。お前には理解してもらえるって思ったからかな」
「どういうこと?」
その問いかけに、良助は少し考えて、答えた。
「お前、自分の幸せとか望んでるか?」
「そんなこと、考えたこともない。自分が何のために生きているのか、そもそも自分が何者なのかすら、わかんないし――」
「だろうな」
「えっ?」
「この世界の上っ面だけの幸せとかに、興味ねーんだろうな。でなきゃ大学病院に行くなんて普通、言いださねーよ。孤独で、周りからは自分のやりたいことをやっているだけのわがままな人間に見られ、結果が出るまでは誰からも理解されない、ある意味損な性格」
(目先のことしか見えてないだけだよ……)
「だから抱えているものの根底は、オレと一緒なのかなって」
「デックも、そうなの?」
雅也が良助の顔を見上げる。
「まーな。ただオレにはお前や涼音のような才能はねーし、その分、その場の流れに順応しようとは考えているがな。お前よりは社交的だろ?」
目を合わせず、笑顔を浮かべる。
「……今日は、穏便に済ませるようにするよ」
「ああ、是非そうしてくれ」
(デックのこと、勘違いしていたみたいだ。僕が一番自己中だったんだな)