「デックゥゥゥ……うわああぁぁん‼」
「お、落ち着いて、涼音、デックなら大丈夫よ。きっと」
「……私の……私のせいでー……デックがぁーっ!」
まったく泣き止む気配がない。
「玲ちゃん、かすみんに連絡!」
「あ、ああ」
真奈美にうながされ、玲が端末を開ける。
『玲、どうしたの?』
「そっちは大丈夫か?」
『まだタクシーの中だけど、何かあったの?』
「セキュリティチームという奴らが来て、涼音を連れて行こうとした」
『えっ?』
「名目は内部規律違反の嫌疑。クローン作製行為に抵触する、ということらしい」
『で、どうなったの?』
「デックが身代わりになって連れて行かれた」
『は?』
「『オレが涼音に指示した』とか『涼音には責任はないから』とか『オレが説明するから』とか言って自分から身代わりになって行ったんだ」
『ああ、そういうこと――』
「ただ、涼音がパニックだ。どうすりゃいい?」
玲の言葉に霞は一瞬間を開けて答えた。
『じゃあ、涼音に代わってもらえる?』
「わかった」
玲が端末モニターを渡すと、涼音は泣きながら受け取った。
『涼音ちゃん、どうしたのかな?』
暗いモニターから霞の優しい声が響いた。
「……かすみん……デックがー……デックがー……私のせいでー!」
『大丈夫よ。あいつを信じてあげて』
霞はいつもより落ち着いた声で涼音に語りかける。
「……でも……何されてるか……怖いよ……」
『安心して、涼音。良助は「責任」って言ってたんでしょ?』
「……うん……言ってた」
『なら大丈夫。あいつ
「……大丈夫……なの?」
『そうよ。良助だってまだ13歳。責任能力って14歳からだから、ひどい目になんか絶対合わないわ』
「……大丈夫?」
『大丈夫よ。あいつを信じてあげて』
「……わかった」
『玲に代わってもらえるかしら?』
「……うん」
涼音は霞の言葉で少し落ち着きを取り戻すと、玲にモニターを返した。
『玲、大丈夫?』
涼音の時と同じ調子で問いかける。
「ああ、ただ、俺もまだ状況を理解できていない」
『そうよね。おそらく良助には何か考えがあるんだろうし、下手を打つとは思えないけど、そこでずっと待ってるのは危険だと思うわ。誰に狙われているのかわからない以上、避難した方がいいかもね』
「そうだな」
『それと、わたしが戻るまで、まなみんからは離れないで』
「(狙われているのは涼音じゃないのか?)わかった」
『玲、大変だと思うけど、あなたにかかってるわ』
「そっちも、何かわかったら連絡をくれ」
端末モニターを閉じると、玲は立ち上がって全員に言った。
「今から引っ越すぞ」
「は?」
涼音についていた真奈美が振り向く。
「俺と雅也でもう一度このサーバーをまなみんの家に運ぶ」
「え? 僕ら二人で?」
「いつこの研究室が使えなくなるとも限らん。だから拠点をまなみんの家に移す。だがそうなると、ある程度の規模の演算ができなくなる。だからこれを持って行く」
「そりゃうちはいいけどさー。演算サーバーの返却期限、今日じゃなかったっけ?」
「それどころじゃないだろ! 無視だ無視!」
「……わかった……覚悟……決める」
そう言うと涼音は立ち上がり、サーバーを一時停止させた。
ファンの音が急速に静まる。
「それと涼音、メディアカードの容量、あとどれくらい空きがある?」
「……ほとんど……使ってない」
「俺たちのこれまでの成果、全部放り込めるか? データの復旧をさまたげない程度に」
「……了解」
涼音の言葉に雅也と真奈美もうなずいた。玲と雅也が撤収作業に取り掛かるなか、涼音と真奈美はコンピューターのデータを保存していく。
「正門までなら僕ら二人でもなんとか持てそうだね」
「そうだな。まなみん、タクシー呼んでくれ」
「オッケー!」