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(45)女の子の強さ

「はい、これ」

「……ありがとう」


 そう言って霞からメディアカードを受け取った涼音の表情は、こわばっていた。


「犯人が現れたのか?」


「そういうこと。盗聴器も仕掛けられていたわ」


 霞は何事もなかったかのように玲に答えた。


「その犯人は? どんな人だったの?」


「冴えない男だったわよ。30前後の。外部から侵入してきたみたい」


「……で……どうしたの?」


「現行犯で警察に引き渡したわ。取り調べをお願いしてる。だけど証拠だけは無理言って返してもらったの」


 考えられる中で最善の対応ではあったものの、その一方で最悪の状況であることが裏づけられ、五人は言葉を失った。


 そんな雰囲気を察してか、椅子に座った霞はカードキーを二枚取り出すと、みんなに見せて明るく言った。


「今、わたしたちはやらなくちゃならないことがあると思う。そっちを優先させなきゃ。あと盗聴器は取り外したから研究室は使えるけど、カードキーは取り替えたほうが良さそうね」


 その言葉に応じるように、それまで深く腰掛けていた玲が体を起こした。


「博士の手がかりをもう一度洗おう。取り急ぎデック、カードキー情報の変更申請を頼む。その際、犯人が持っていたカードが誰に配布されたものなのか、確認してくれないか?」


「わかった!」


「涼音はメディアカードのデータの復元に取り掛かってくれ。今の状態だとそのまま情報を取り出せないはずだ」


「……了解」


「雅也、大学病院のソフト、解析できるか?」


「うん、やってみる」


「わたしは警察に行ってこれまでの事情を話して、犯人の特定を急ぐわね」


「ああ、頼む」


 指示を受けた霞たち四人が椅子から立ち上がる。


「あれ? あたしは?」


「まなみんはここに残ってくれ」


 そう言って玲は、再び深く腰掛けた。



 ◆◇◆



 食堂に残った玲と真奈美。


 他の研究員の姿はまばらで、二人の会話を聞く者はいなかった。


「で、なに?」

「頼みたいことがある」


「なぁに?」


「コーヒーを一杯持ってきてくれないか?」


「え? いいけど……」


 釈然としないまま立ち上がると、真奈美はコーヒーを二つ取ってきた。


「で、なに?」

「まあちょっと待ってくれ、考えを整理したい」


「そうね……わかった」


 受け取ったコーヒーを飲みながら黙って考える玲。


 真奈美も飲みながら静かに彼の言葉を待っていた。


 二人がカップを同時にテーブルに置いたとき、


「どう思う?」


 おもむろに玲が口を開いた。


「ひょっとして、かすみんのこと?」

「ああ」


「やっぱりただものじゃないよね。よくわかんないけどさ」


「…………」


「あれ? そういう答えが聞きたかったわけじゃないの?」


「いや……まあそうだが」


 そう言って再びカップを口につける玲。


「まあ、あたしがみんなに頼ってばっかりなんだけどさ……」


 真奈美が食堂の人の群れに目をやる。


「……お前、気にする必要ないぞ」

「なにが?」


「『みんなあたしのために動いてくれちゃって悪いわねー』なんて思う必要ないからな」


 茶化すように玲が言った。


「……なんでよ」


「ん?」


「なんで言っちゃうのよ……そういうこと……」


「…………」


「なーんてね。大丈夫よ」


「え?」


 真奈美は玲に舌を出して見せると、微笑みながらコーヒーの入ったコップをのぞき込む。


「本当に、みんなには感謝してる……前以上に」


「…………」


「だけどもう、何があっても驚かないって決めてるから。あたし」


「そうか」


「だから、もしメディアカードに何が残っていても、何も残っていなかったとしても、驚かない。あたしの記憶からおじいちゃんが消えることはないもの」


「…………」


「そう言う玲ちゃんこそ、火がついちゃったみたいね」


「ん?」


「あんまり熱くなりすぎないようにね」


「……ああ、そうだな」



 ◆◇◆



 演算サーバーの音が響く研究室に玲と真奈美が戻って来ると、その後すぐに良助が入ってきた。


「犯人のカードキーの情報がわかったぞ。やっぱ博士のものだった」


「そうか」


 玲が答え、そのまま横目で霞を見る。


「警察に伝えてくる。犯人がどこで手に入れたのか、調べてもらうわ」


 そのまま良助からカードキーを受け取り、霞が研究室を出て行く。


 それを見送ると、円卓の椅子に座りながら玲がたずねた。


「涼音、メディアカードのデータの復元にはあとどれくらいかかる?」


「……まだまだ……異常終了……だったから……あと……20時間くらい……かな」


「わかった。雅也は?」


「今リバースかけおわったところ。これからプログラムのソースコードを見ていくけど、量が相当あるから全体像を把握するのに丸一日かかると思う」


「じゃあ二人はその作業に集中してくれ」


「わかった」

「……了解……私のほうは……自動だから……雅也くん……手伝うね」


「ありがとう」


「じゃあデック、まなみんと俺とで今後の動きを考えるぞ」


 玲の言葉にうなずき、良助と真奈美が円卓についたとき、


 ――こんこん


 ドアをノックする音が聞こえた。


「ん?」


 良助がドアを開けると、そこには3人のスーツ姿の男が立っていた。


『失礼します。大学セキュリティチームです』


「なんだ? オレが借りてるサーバーとメディアカードならもう少し待って――」


『大岡涼音さんに大学の内部規律違反の嫌疑けんぎがかかっています。境井さかい先生の指示により、連行します』


 そのまま男たちは良助を押しのけ、研究室に入ってきた。


「待て待て! わけわかんねー! どういうことだ?」


『「人クローン」の製造が禁止されているのはご存知でしょう?』


 男のうちの一人が言う。


「は? そんな、クローンなんか作ってないし!」


 答えた真奈美に別の男が顔を向けた。


『脳波で自分の記憶を保存していませんか?』


「え? どういうこと?」


 それには答えず、三人の男たちは席に座る涼音に目を向けた。


『取調室まで来てもらいます』


 彼らが青ざめた涼音の手を掴もうとしたとき、


「ちょっと待て! そいつはオレだ。オレの責任だ」


 間に割って入った良助が背で涼音をかばいながら言った。


『どういうことですか?』


「こいつはまだ12歳だ。責任はない。オレのほうから事情を説明したほうが話は早いと思うぜ」


『あなたが彼女に指示したとでも?』


「ダメか?」


『……わかりました。あなたに来てもらいます』


「なんで! なんでそうなるのよ⁉」


 真奈美が男たちに組みつこうとするのを良助が押しとどめる。


「大丈夫だ、すぐに戻ってくる」


「いや、ちょっと待てよ!」


 ドアが開く瞬間、立ち上がって叫ぶ玲。良助は振り向くと、笑顔を見せた。


「あとは頼むぜ」


 その言葉を残し、研究室のドアが閉まる。


「……デック」


 涼音が泣き始めた。


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