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(44)デジタルとアナログ

 ――ピッ

 霞がカードキーで研究室のドアを開ける。


「よし、れるぞ」


 玲が声をかけ、サーバーを持ち上げたとき、


「待って! いったん下ろして!」

 振り向いた霞が叫んだ。


「「「「えっ?」」」」


 びっくりするみんなを手で制しつつ、霞が部屋の中を見回す。


「今朝、最後にここから出たのって誰だった?」


「あ、僕だ」


 雅也が自分を指さした。


「その時と何か変わってないかしら?」


「えーと、何がですか?」


 研究室をながめながら雅也が思い出そうとしたとき、


「……あっ!」


 突然涼音が部屋の中に走り、自分の机のまわりを探し始めた。


「……メディアカード……なくなってる‼」


「えっ!」


 あわてて飛んできた雅也も涼音の机を調べる。


「……誰かが……この部屋に……入った……ってこと?」


「だけどこれがないと、この部屋開かないよ?」


 そう言いながら雅也が自分のカードを指さした。


「大学関係者が入ったということか? みんな持ってるよな?」


 後ろから入ってきた玲の言葉に各自、自分のカードを取り出す。


 全員持っていた。


「でも大学関係者だって研究室には基本、無断では立ち入らないわよね?」


 カードをしまいながら霞が確認する。


「よっぽどのことがない限り事前に連絡がくるだろうし、借りたサーバーの件でデックにメッセージを送ったってことは、返却期限までは入って来ないと思うけどな~」


 頭をかきながら雅也が答えた。


「ああ、オレもすぐに返信したしな。そのせいじゃないと思うぜ」


「ということは、どういうことかしら?」


 霞が首をかしげる。


「ひょっとして博士のカードキーが盗まれたとか?」


「ん? それってどこにあったんだ?」


 雅也の言葉に再び玲が割って入った。


「僕もわからないよ、だけどほかにカード持っている人いないじゃないか。まなみん知らない?」


「いや、さすがにおじいちゃんの私物までは管理してないし」


「とりあえず他になくなったものがないか、調べましょうよ」


 霞にみんなうなずき、研究室を探し始めた。



 ◆◇◆



「結局なくなったのはメディアカードだけか?」


「誰かが持ってた、ってことはないよね?」


 一通り確認した良助と真奈美が口にしたとき、


「……それは……ない……最後……ここに……さしてたの」


 コンピューターを指さして涼音が言い切った。


「他に何か消えたものはないかしら? わたしたちのデータとか」


 霞に言われ、みんな自分のコンピューターを調べる。



「特に消去されたデータはないな」


 再びみんなが円卓に集まる中で玲が言うと、霞が突然口に指を立て、全員を黙らせた。


 そしてメモ用紙を取り出すと何かを書き、みんなに見せる。


「メディアカードのバックアップってとってるよな?」


「……うん……私の……コンピューターの……中に……あるよ」


 メモを見た玲と涼音が声に出した。


 霞は口に指を立てたまま、もう一枚のメモ用紙に何かを書いて全員に見せる。


「ならとりあえず大丈夫だな。食堂で休憩しよう」


「わかった」


 玲と雅也が言うと、五人・・はそのまま部屋の外に出て行った。



 ◆◇◆



 食堂のいつものテーブルに五人が座ったところで、真奈美が切り出した。


「ごめん、『盗聴器』って意味がわかんないんだけど」


「しーっ! まなみんも見たでしょ? あの霞さんのメモ」


 雅也が口に指をあて、小声で注意する。


「それが、あたしには判読不能だったの。サナダムシみたいな字だなって思ったけど、かすみんまさか、普段はあんな字書かないんでしょ?」


「あーそれ言ってやるな。いつもあれだから。本人は『草書体』って言い張ってるが」


「僕の字よりひどかったよ。あわてて書いてたから、つながっただけなのかと思った」


 本人のいないところで良助と雅也が好き放題言う。


「っていうか、みんな読めたのね。偉いわ。それが正しいとは思わないけどさ。でもどういうことなの? あたしは『盗聴器』って言葉だけかろうじて拾えただけで、かすみんだけが残った理由もわかんないんだけど」


「泥棒が入ったかもしれないってことだ」


 玲が答えた。


「どっ、泥棒!?」


「だから今、かすみんが研究室に残ってんだよ!」


 大声を上げた真奈美に良助が顏をひきつらせながら小声で注意する。


「え……え? どういうこと?」


「……私……バックアップ……とって……ないもの」


 涼音が真顔で言った。


「じゃあ、なんで?」

「……かすみんが……そう言って……って」


「ってことは、聞いていたら犯人が戻ってくるかもってこと? 危ないじゃない!」


「かすみんなら大丈夫だ。っていうか適任者がほかにいねえ」


 落ち着かせるように良助が言うが、その表情も険しい。


 全員のイメージをすり合わせるように、言葉を選びながら雅也が話し始めた。


「仮に泥棒がいて、メディアカードだけを盗んだってことは、そこに重要な何かがある、ということ。しかも保存されたデータが何なのかを知っていた、となれば、犯人は僕らや博士のこと、今回の脳波測定のことも知っていた、ってことだよね? 僕ら以外は誰も知らないはずなのに。だから『ずっと盗聴されていたのかも』ということに霞さんは思い至った、ってことだよね?」


「……たぶん……そう……だけど」


 小声で答える涼音。


「だけどさ、もしそうなのだとしたら、犯人としてはもっとやりようがあると僕は思うんだけどな?」


「どういうこと?」

 真奈美が首をかしげた。


「だってなんで盗聴器なの? 盗撮じゃないの? 言葉だけで僕たちの行動ってわかるもんなの?」


 そこまで雅也が説明したとき、


「……あっ! 盗聴器……設置……されてた」


 涼音が声をあげた。


「…………だけど……今朝までは……なかった」


 両手でこめかみを押さえ、目を見開いたその声は、震えていた。


「えええ? どういう――」

「っていうか、なぜわかったんだ?」


 真奈美の顔を押しのけて良助が聞く。


「……サーバーテスト……の時……研究室の……コンセントの……位置……調べた……から」


「それがどう関係するんだ?」


「……コンセントの……位置に……コンセントが……なかったの」


「は? どういうことだ?」

「あっ、そういうことか!」


 良助と玲が違う言葉を同時に口にした。


「だからなんでそれだけでわかるんだよっ‼」


「しーっ!」


 良助を黙らせると、玲はそのまま顔をテーブルの中央に寄せてみんなの顔を近づけさせた。


「コンセントの周囲と同化するホログラムタイプの盗聴器があるんだよ。俺も昔一度アナログ盗聴器を調べたことがあるんだ。薄いからカメラ機能までは無理だが、面が大きくて、音声がかなり鮮明に拾えるらしい。コンセントにつながっているから、そのまま何年も情報を送信できる。しかもアナログだから情報が他に流れにくい」


 その説明に涼音がこくりとうなずいた。


「ってことはだ、犯人が盗聴器を仕掛けたのは、今朝、オレらがまなみんの家に行っていた間ってことか? メディアカードを盗んだタイミングで仕掛けた、と」


「仮にそうだとすれば、それまでの内部事情を知り得たのは僕らと――」


「……博士……だけ」


「ってことになるな。いったい、誰の仕業しわざだ?」


 玲の言葉に全員が座り直し、考え込む。


「待って、アシュレイは知り得るんじゃない?」


 沈黙を破るように真奈美が手を上げた。


「ん? どういうことだ?」


「だって世界の情報のほとんどはアシュレイのデータベースに集約されるんでしょ? もし、おじいちゃんの情報が人工知能システムを経由していたのであれば、アシュレイは知り得る。そしてそれに関わるシステムも――」


「それならアシュレイが盗聴器を仕掛ける意味自体がないはずだ。アナログな機器を利用しているということは犯人の意図はむしろ、人工知能に情報をキャッチされたくない、ということじゃないか? 人為的なものだと思うぞ」


 玲の言葉に再び全員が思考に沈んだ。



 しばらくして、


「……世界を……変えることは……できますか?」


 涼音がぼそっと口にした。


「すまん、さすがにそれだけだとわからない」


 玲がかぶりをふる。


「……私たちが……世界を変える……意志を……持っている……として……変えられたく……ない……誰かが……いる……としたら」


「『世界を変える意志』ってなんだ?」


 首の後ろで腕を組んだ良助が顔をしかめた。


「タイムマシンの研究のことかも」

 ほおに手をあてながら雅也が聞き直す。


「じゃあなんであたしたちのデータは消されてなかったのよ?」


「それはわからないけど」


「情報を整理するとだ、『俺たちに敵対する人間』がいて、俺たちの情報を掴みつつ、メディアカードを手に入れたがっていた、ということだな?」


 そう言って玲が目をつぶる。


「けどよ、オレらの情報を手に入れられる人間って誰だ? 大学関係者か? ひょっとして博士の派閥と敵対する組織がいるってことか?」


「それだとやはりアナログ盗聴器の説明がつかない。今後の俺たちの行動を盗聴する、ということは、それまでの情報源がなくなったってことで――」


「情報源ってまさか……おじいちゃん?」


 真奈美の顔が青ざめた。


「まてまて! 博士がお前やオレらを危険な目にさらそうとするか? あの手紙を読む限りそれは違う気がするぞ?」


「だけどさ、犯人は実際にカードキーを手に入れてたわけだよね? ひょっとして博士はとある組織を裏切って消された、とか?」


「ちょ! 雅也おま――」


「いいのよデック。雅也の言うとおりかもしれない。今のあたしたちに危険が迫っているなら、その理由は知っておかないと。だっておじいちゃんが所属してたのって、大学こことスカンディナビアだけど、実際に人間のいる組織・・・・・・・だから間違ってないかも。人工知能システムだってアシュレイを中心に一枚岩、というわけでもないみたいだし」


 うつむきながら真奈美が言った。


「いずれにせよはっきりしているのは、あのメディアカードに重要な何かが入っていたってことだ」


 目をつぶったまま玲が答えた。


「そこに何が残ってたのかしら? だけどかすみん、本当に大丈夫かなぁ?」


「お待たせー」


 真奈美が心配した矢先に霞が戻ってきた。


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