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(43)何気に興味が……

「じゃあみんな、お願いね!」


 タクシーで博士の自宅に移動した六人は、真奈美の言葉と共に家の中を探し始めた。博士の備品か何かが少しでも残っていれば、失踪の理由をつきとめる手掛かりになるかもしれない。


 だが、これといったものはなかなか見つからない。昨晩調べたところはもちろん、他の部屋にも博士の所持品はほとんど残っておらず、コンピューターに保存されているはずのデータもすべて初期化されていたのだ。


 と、そのとき、


「あれ? こんなところに見慣れない毛が!」


 応接間のソファで雅也が声をあげた。


「ん? ちぢれているな。デックのわき毛か?」


 のぞきこみながら玲が分析する。


「生えてねーよ、まだ」

「うっそ、じゃあ……」


 そう言ってあたりをうかがうと真奈美と目が合った。


「えっ、なに?」


「いや、博士からの抜け毛かな……と思って」


「どれどれ? ……ってそんな、おじいちゃんの見たことないし」


「なになに?」

 今度は霞が来た。


「いや、博士から抜けた毛かな……と思って」


「どれどれ? ……って違うと思うわっ!」


 あわてて否定する。


「……何?」

 今度は涼音が来た。


「いや、涼音ちゃんは……」


「いいから早く捨てなさいよっ! それ」


 霞が雅也の手を掴んだ時、


「……それ……この中の……誰かのだよ……お掃除ロボット……今日……動いてるし……」


「あっ! そうだ……あたしたちが出た後の時間にタイマーセットしてるんだった……」


「おい!」


 玲が真奈美を小突く。


「解析……してみるか?」


 なんとなく良助が言った。


「そういう冗談はやめてよね……」


 青筋を立てながらにっこり笑う霞。


「は、はい……」



 ◆◇◆



 結局これといった収穫のないまま応接間に集まる。テーブルには便箋びんせんが置かれていた。


「結局手掛かりって、この手紙だけか……」


 そう言って真奈美が腕を組む。


「もう一度読ませてもらうぞ」

 玲が手を伸ばした。


「どうぞ」


『真奈美へ


 もし君がこの手紙を読んでいる、ということは、おそらく私はすでにこの世に存在していないのでしょう。それがなぜか、私にも説明できません。

 勘違いしないでほしいのは、決して君たちのせいではない、ということ。私は、自分の役目を終えたために消えるのです。そのこと自体は喜ばしいことです。ただ、今後この世界を担う君たちに、私は、何一つしてあげることができなかった。残念に思っています。だから君たちは、どうか、自分の信じる道を進んでほしい。後悔のないよう、やりきってほしい。そのことを君の口からみんなに伝えてほしい。きっと君のことを助けてくれるいい子たちだと私は信じています。


 真奈美 愛している

                             木村 敦』


「これって、博士の筆跡か? 味があるな」


「いや、そこまではわかんない。普段おじいちゃんが字とか書くの見たことないし、そういったものも残ってないから。内容的にはおじいちゃんの言葉で間違いないと思うけど」


 真奈美が玲に首を振る。


「このご時世、普通そうだよな」

 腕を組みながら良助が言った。


「そういえばあんた、何気なにげに字、綺麗だったよね? ほら、小論文の時」


「ああ、そんなこと言ってたな。ん? 待てよ?」


 玲の手から手紙を取り上げると、良助が指で表面をなぞる。


「この便箋びんせんって、あのテスト対策の小論文の時と同じ紙じゃねーか?」


「あ、そうね」

 うなずく真奈美。


「(玲が小声で)何気に鋭いな」

「(霞が小声で)何気に古い言葉知ってるし」

「(雅也が小声で)何気に体毛薄いし」

「(涼音が小声で)……何気にかっこいい」


「「「「えっ?」」」」

 みんなが一斉に涼音を見た。


「……なんでもない」

 涼音が下を向いて黙る。


 今度は一斉に良助に視線が集まった。


「なんでそんな目でオレを見る! っていうか小論文の紙と一緒ということは、つまり、あれだ……ほかに紙ないのか? この家――」


「(真奈美が小声で)何気にごまかすし」

「(玲が小声で)何気に照れてるし」

「(霞が小声で)何気にまんざらでもない感じ」

「(雅也が小声で)手癖わるいくせに」


「なんなの? お前らのその連帯感」


「……デックが……言いたいのは……手紙書くなら……考える……ってこと?」


 あわてる良助に涼音が助け舟を出した。


「ああ、そうだ。特にこういったことが事前にわかっているんだったら、そして重要な内容を伝えるならなおさら、それなりのものを用意するんじゃないか? って思ったんだ」


「うーん、そうなのかな? おじいちゃん、無精だから」

「じゃあお前、あの晩誰と飯食った?」


「そりゃ、おじいちゃんとよ」

「何か特別なもの、食べなかったか?」


「そういえば、ハヤシライス作ったわ。おじいちゃん好きだったの、あたしのハヤシライス」

「それって博士からの要望か?」


「そうだった……と思う。確か――」

「ひょっとすると、博士は最後の晩餐・・・・・だと、わかっていた?」


「お、おい、デック、ちょっと言い過ぎ……」


 雅也があわてたが、真奈美はそれをさえぎって続けた。


「いや、いいの。思い出した。確かあの日はみんなに申しわけなかったんだけど、おじいちゃんに測定お願いするから、早く帰ってご飯作ろうと思ったのね。だから朝、なにが食べたいか聞いたの。そしたらハヤシライスって」


「そうか。お前から言い出したのか」


「だけどね、食事中にいろいろ話してくれたの。昔のこと。お父さんやお母さんとの思い出のこととか。おじいちゃん普段、そんな話しないのに」


「むう……」

 玲が腕を組んで考え込む。


「……何気に……深い」

 涼音も腕組みしてうなずいた。


「やっぱり博士は事前に『このことをわかっていた』ってことかな?」


「文面からすると、そんな気もするわね」


 雅也に霞も同意する。


「っていうか、おじいちゃんが『事前にこうなることを知っていた』、っていうのはあたしも疑ってないの。あの晩、あたしたちがここに来る前からおじいちゃんはこの手紙を用意していたと思うのよ。だって書く時間なんかなかったし、涼音の証言からも――」


「いや、オレが知りたいのは『昨日が最後』ってことを博士自身が知っていたのかどうか、ってことだ。この手紙って、そんなに使いまわし利くような感じには書かれてねーし、博士の無念な感じも伝わってくる。だから、博士の立場としては『おそらく今日だろう、今日に違いない』と感じながらもまだそうではない可能性もあると思っていて、なおかつ『今日であってほしくない、もう少しまなみんと一緒にいたい』という気持ちも入り混じってる、って思うんだよ。それについては疑いの余地がない、とオレは考えてるんだが――」


「だから疑ってないってば! あんたいったいなにが言いたいのよ?」


「だ、だからな――」


「……矛盾が……ある……ってこと……かな?」


 涼音が再び良助に助け船を出した。


「そ、そうだ」

「え? どこによ?」


 眉をひそめる真奈美。良助は一呼吸おいてから続けた。


「博士が未来を『知ってる』ということについてだ。事前に知ってる、ってことと、だがそれは確実じゃない、ってことには大きな差があると思うんだ。確実じゃないのであれば、それは『知ってる』とは言えず、高レベルでの予測にすぎないわけだ」


「どういうこと?」


「ひょっとして、博士は『自分の運命を変えることができたかもしれなかった』ってことかな? 自らの意志で」


 雅也が口をはさんだ。


「まあ、そうだ。この手紙の解釈としては、博士は『運命を変えないほうを選択した』ってことじゃねーか? って思ったんだ。つまり、自分を消そうとするなんらかの強制力に対し、自分の意志であらがわず、運命に従うことにした。迷いを断ち切り、決断し、自らの意志で消えることを選択した。だから高レベルでの予測は的中した。そう考えるほうが正しいんじゃねーかって――」


「なんでよ…………なんでそうなるのよ…………」


 信じられない、という表情で真奈美が独り言のようにつぶやく。


「博士は自分が消えることのメリットと、デメリットを天秤にかけて、消えるほうを選んだ。『そのこと自体は喜ばしい』って言葉からすれば、そうじゃねーか? だって、それを本心から素直に喜んでるなら、こんな言葉、書かねーんじゃね?」


「そんなことってありうるの? それってつまり、自殺ってこと?」


 平静を装いながら霞が聞いた。


「だからやっぱりじゃない。消えるということと死はイコールじゃない。そう思うんだ」


 良助が言い切る。


「なら博士が消えることのメリットってなんだ? 博士の『役目』ってなんだったんだ? なんらかの強制力ってなんだよ?」


「それはわからねーが――」

「きっと何か理由があるはずだよ」


 玲に良助と雅也が答えた時、良助の端末が鳴った。


「あ、大学からだ。『メディアカードと演算サーバー返せ』だとさ」


「じゃあこれ持って行かないと」


 雅也が二つのサーバーを指さす。


「続きは研究室で、だな」


 そう言って玲が立ち上がった。


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