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(40)まだあわてる時間じゃ……

「あのね、涼音ちゃん、落ち着いて。気持ちはわかるわ。でもね、その気持ちだけで十分よ。あなたが危険を冒す必要はないのよ」


 霞が涼音をなだめた。


「そ、そうだ、まずは脳波測定の安全性を確かめねーと」


 良助も同意する。


「それに今そんなことしたら、まなみんが絶対許さないと思うぞ」


 玲が言ったところで、涼音が口を開いた。


「……実は……もう……取ってあるの」


「「「えっ?」」」


 驚愕する三人。


「それって、いつの話? 今日取ったの?」


「……昨日」


 涼音の言葉を受け、霞は良助に目を向けた。


「あなた、セッティングの時、涼音ちゃんと一緒にいたのよね? 気がつかなかったの?」


「まったく気がつかなかった……オレと一緒にいる時に取ったのか?」


「……デックの……おトイレの……間だよ」


「そんなに短時間に取れるもんなのか?」


「……うん……途中まで……だけど」


 涼音がそこまで言ったところで玲と目が合った。


「なんで黙ってた?」


「……ごめんなさい……黙っている……つもりは……なかったの」


 涼音がうつむく。


「あ、いや、責めてるわけじゃないんだ……ただ、びっくり……したな……」


 再び気まずい空気になったとき、霞は小さくため息をつくと、ふふっと笑い、優しい顔に戻って言った。


「涼音ちゃん、ありがとう。わたし雅也くんをどう思っていいかわからなかったの」


「……かすみん」


 涼音が顔を上げた。


「あなたの使ったヘッドセットって、博士が使ったものと、一緒なのよね?」


「……うん」


「そのデータを見たら、雅也くんに責任がないことがはっきりするわよね?」


「……うん」


「今から研究室に見に行ってもいいかしら? そのデータ」


「うん!」


 涼音の顔が明るくなった。



 ◆◇◆



 研究室につくと、涼音はさっそく自分のデータを探し始めた。


「……えーっと……これだ」


 これまで独り言など言わなかった涼音が無理やり言葉を発しているように思え、三人は少し心が痛んだ。そんな中、涼音は真剣な表情で動画を再生していく。


 モニターに映像が映った。かなり鮮明な公園の映像だ。どうやら涼音が4歳のころの記憶らしい。極端に低い角度からの視野が展開されている。


「あれ? これうちの近くの公園じゃないか?」


 気がついた玲が言った。


「そうみたいね。玲も涼音ちゃんも学区は一緒だから、行動範囲がかぶっていてもおかしくはないわ」


「というかこれ、雅也じゃないか!」


 玲の指の先を見ると涼音の視野のすみに、喧嘩している男の子二人が映っていた。見た目同じくらいの子供だが、一人はくせ毛の男の子になぐられて泣いている。


 殴っている方が雅也のようだ。


 そして、殴られている側の顔にも誰かの面影があった。


「お前、雅也にやられてんぞ! ぎゃははは!」


「なんか、覚えがあるような……」


 玲が頭を押さえて何かを思い出そうとする。


 そのとき、別の子が二人のけんかを止めに入った。女の子だ。


「あれ? この子、まなみんじゃない?」


「おいおい、なんか、できすぎじゃね? 本当にこんなことがあったのかよ?」


「あの時のあの子、まなみんだったのか!」

「マジかよ……」


「涼音ちゃん、この時のこと、覚えてた?」


「……ううん……覚えてなかった」


「あの、恥ずかしいんだが……」

「オレはめっちゃ面白いんだけど」


「雅也くんって、わんぱくだったのね」

「それは今もだ」


「そうなのか?」

「ああ見えてあいつは、切れると手がつけられない」


「これ、後で雅也とまなみんにも見せてやろーぜ!」

「勘弁してくれ……」



 玲がたっぷり落ち込んだところで涼音がデータを先に進めた。


 5歳のころの記憶が映る。自宅の中らしい。


「この人、涼音のお父さんかしら?」

「うん」


 涼音の父が時計か何かを分解して修理しているようだ。


 その様子を涼音がじっと見ている。


「このころの記憶、ある?」

「……うん……なんとなく……だけど」



 続いて涼音5歳の記憶。


 今度は涼音の母親らしき人物が映った。


「優しそうなお母さんね」

「……うん……お母さん……大好き……お父さんも」


「今でも?」

「……今でも……楽しいお話……してくれるし」


「どんなお話?」

「……もしも……シリーズ……とか」


「もしもシリーズ?」


「『もしも……光速が……一定じゃ……なかったら』……とか……『もしも……地球の自転が……なかったら』……とか」


「あなたのご両親って……何者?」

「……普通の……人だよ」



 さらに涼音5歳の記憶。


 絵が映っている。涼音が何かを描いているところのようだ。


「あっ」


 涼音が声をあげた。


「どうしたの?」

「……フードデリバリー……描いてる……ところ」


「覚えているの?」


「……うん……フードデリバリー……好きなの……ごはん作ってくれる……って……思ってた……から……でも……上手く……描けなかった」


 しかし、当時5歳の涼音がその後クレヨンで描いたフードデリバリーは、5歳児レベルをはるかに超越した出来栄えだった。


「おいおい、オレ、今でもこんなの描けねーぞ」


「そもそもフードデリバリーは、家の中までは入ってこないはずだ。なんでこんなに立体的に描けるんだ?」


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