応接間に一人残された雅也は、冷静さを取り戻すと、これまでのことを整理しようとしていた。
(僕たちが部屋の中に入ったとき、博士の姿はすでになかった。だけど部屋には隠れる場所なんてなかった。窓も閉まっていた。生身の人間が逃げる場所なんてなかった。博士はあの部屋の中で何をしていたのだろうか? 元々何かに変わっていた? ひょっとしてホログラム?
いや、博士は確かに僕からヘッドセットを受け取った。ホロが物理的に何かを持つなんてことはありえない。
……いやまて、もしかすると博士はホロだったのかもしれない。手紙の内容を見た限りでは、博士自身も消えることを自覚していたふしがある。だけど、仮に博士が実体と思考をもつホロだったとしたら、脳波など計測できないはず。その場合どうなる? エラーがリターンバックされて自身の存在が消されるということか? しかもそれを知っていた? そしてそれを甘んじて受け入れる? なんのために? そもそも実体と思考をもつホロなんて作れるのか? ひょっとして……神様?)
雅也は顔を上げてあたりを見回した。
(この家は応接間が中心に配置されている……ということは投影機があるとすれば)
そう思い、応接間の壁にかかった額を調べてみる。
しかし、何も見つからない。
そのとき、二階から真奈美が下りてくる音が聞こえた。
あわててソファに座り直す。
――ガチャ
応接間に入ってきた真奈美の髪はぼさぼさ、目は赤いままで、白衣の袖は濡れていた。
「まなみん……」
「……みんなは?」
「一度考えを整理しに行った。まなみん、大丈夫?」
「あたしは平気。あ、お茶いれるね」
そう言ってキッチンに向かった。雅也がソファにもう一度座り直し、
(僕がしっかりしなければ!)
そう思ったそのとき、
――ガチャン!
食器を落とした音が聞こえ、とっさに立ち上がった。
「まなみん!?」
あわててキッチンのドアを開けると、真奈美が暗い床にへたり込み、肩を震わせていた。
食器の中に見えた博士との思い出と行動が重なり、感極まったに違いなかった。
「まなみん」
雅也は無意識のうちにそばに歩み寄り、しゃがみこむと、後ろからそっと真奈美を抱きしめる。
腕に彼女の涙が伝ってきた。
「雅也……ありがとう」
真奈美は肩を震わせたまま、なんとか声を出した。
思わず抱く手に力が入る。
その力を感じた瞬間、彼女はついに耐えられなくなり、振り返って雅也の胸に顔をうずめると、おいおい泣きだした。
雅也は何も言わなかった。
ここでこうしていることしか、彼女に対してできることはないのだと、なんとなくわかっていた。