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(35)2057年4月4日15時34分

 四人が飲み物を手にして席につく。この時間のカフェテリアはいつも通り混雑していた。


「実際にやってみると想定外のことがあるものね」


 一息ついた真奈美がそれとなくこぼす。


「涼音ちゃんと良助に任せておけば大丈夫よ」


 隣に座った霞がコーヒーを口に運びながら答えた。


「……みんな、ありがとう」


 二人の言葉に押されるかのように、雅也が言った。


「ん? どうした?」

 横に座る玲がいぶかしがる。


「……甘かったよ」


 テーブルに置いたコーヒーに目を落とし、雅也が続けた。


「なにが?」

 真奈美も少し驚いた表情。


「見通し。もっと簡単に、僕一人でもできるかなって、思ってた」


「うぬぼれ屋めが」


 低い声で言いながら玲がへらっと笑った。


「いや、本当にそうだった。チームとか考えてなかった。基本的なこと、全然考えてなかった」


「なによあんた、えらい殊勝じゃないの。何か変なものでも食べた?」


「昨日玲が言った意味、今になってやっとわかったんだ」


「『なんでお前がリーダー面してんだよ?』って思ってたろ?」


「うん」


 臆面もなく答える。


「わはははっ、わかりやすい奴!」


 真奈美が声を出して笑った。


「本当に思い上がってたと思う。今にして思えば赤面の極みなんだけどさ」


「あら、一人で突っ走ってもよかったと思うわよ?」


 当てつけのように霞が言った。


「あ……いや、霞さん、それは……」


「え、なになに? なんの話?」

「なんでもないわ、ふふふ」


 気になる真奈美に霞が微笑む。玲があらためて雅也に向き合った。


「デックと涼音には悪いが、ここで話してくれ、お前のビジョンを」


「えっ?」


「あら、みんな気づいているわよ、あんたがなにかたくらんでるって」


 意地悪そうな顔で真奈美がにらむ。


「ええっ?」


「ばか! 言うなよ!」


 玲にたしなめられても気にせず、真奈美が続ける。


「あんた、まだあたしたちやおじいちゃんに言ってないことがあるでしょ?」


「……そう言われると逆に話しづらいな」


「ダメダメ! 今のうちに洗いざらい吐いてもらうわよ!」


 真奈美のジト目が吊り上がった。


「そうね。孤高のアーティストの世界、興味深いわ」


 霞も、そっと悪乗りする。


「わかった。わかったよ。言うよ」


 雅也は少しうつむいて考えを整理し、口を開いた。


「結論から言うと、『永遠の人工脳』っていうか――」


「よっしゃ来たっ‼」


「うわっ、マジ? あんたら脳みそつながってんの?」


 盛り上がる玲と真奈美。それをよそに、雅也は淡々と話し始めた。


「小学校の時の玲以外のクラスメイトって、実は過去に実在した人物の脳波情報から逆算して作られていたんじゃないか? って思っていたんだ。会話にもそれなりにリアリティがあったし、ほぼ6年間、僕たちは気がつかなかったから」


「それ、違ったの?」


 霞の質問にうなずき、テーブルの上に置いた自分の両手のひらを見ながら続ける。


「実際人間だと思っていたのはホロとしての外見だけで、そこに思考は組み込まれていなかった。中央システムの指示する言葉や行動をそのまま演じる人形だったんだ。僕や玲が気づかなかったのは、システムの指示通りに演じるそれぞれのキャラクターの役割分担にだまされていただけだったんだ」


「単体で動く『人工脳』ではなかった、ってことね!」


 知ったかぶりで答える真奈美に、玲が冷やかな眼を向けた。


「そのかわりというか、現状もわかった。大学病院に行って感じたんだ。脳波って、脳神経学や、心理学や、生理学や、工学や、とにかく様々な分野、様々な角度から研究されているわけだし、仮想世界の根幹をなすものだけど、まだまだ奥が深いなって思った。大学病院の草吹先生は『現段階で脳波を介して取り出せるのは視覚記憶だけだけど、将来的には音声記憶や感情、夢の世界、無意識なんかも取り出せるんじゃないか』って言っていた。それができたらどうなるか?」


「……それ、どうなるのかしら?」


 雅也に同行していた霞が眉をひそめた。


「独立した思考を持つクローンだって作れるわけだよ。自分の」


「話が落ち着くかと思いきや、とたんに気持ち悪くなってまいりました……」


 一人で顏芸を披露する真奈美。


「だけど、それでも発想の壁が越えられるわけじゃないんだ。例えば、玲のような天才のクローンを10人くらい作って、共同研究させて、結果が出せるかというと、出せないと思うんだよ」


「雅也くんワールド炸裂ね」


「なぜかというと、クローンは所詮、その時の能力だけしか保証されていなくて、人間ほどには成長しないから。『発想』って、いろいろなことを経験して成長する瞬間に出るものだと思うんだよ。これがまず仮説」


「人工知能のスタイルにはやはり限界がある、ってことだな?」


 玲の言葉に雅也がうなずく。


「そう。だから、人工知能にそういった成長力をつけるにはどうすればいいか、ってことで、これはおそらく工学系で進められているんだろうけど、それを突き詰めていくと、『永遠に成長を続ける人工脳』が、まずは一つの理想かなって」


「一つのって、ほかにあるの?」

「究極的には、神の領域」


 真奈美に雅也が即答した。


「神ですか? Godですか? あんた、宗教家にでもなるつもりなの?」


「もちろんそんなことはなくて、その領域には到底及ばないっていうか、逆っていうか、むしろ人間的な性格が必要なんじゃないかって考えてる」


「は?」


「こんなこと言ったら笑われるかもしれないけど、例えば研究の目標を『タイムマシンを作る』に設定するとするじゃない? で、それをそのまま演算させるとする。今のサーバーだったら一瞬で『そんなアバウトな演算はできません』って返ってくるけど、そうじゃなくて、複数の性格を持たせた人工能に競わせるんだよ。ちょうど今の僕らがやってるみたいに、あーでもない、こーでもないってやらせて、発想をひねり出させる。目標の意味から考えさせる。そのためには、人間のような性格が必要なんじゃないかって思うんだよね。だけど例えば玲が10人いても、10人とも同じこと考えそうだし、それだったら効率悪いじゃない?」


「俺で例えるのやめてくれないか?」


「人口問題の解決にしたってそうで、そのまま目標に設定する。すると、エロい性格の人工能が考えるわけだよ。人間が子作りに励むにはどうすればいいかって。例えばまなみんみたいな性格の――」


「誰かこいつを黙らせろ!」

 真奈美が立ち上がって叫んだ。



 ◆◇◆



 四人が研究室に戻ると、サーバーの騒音は聞こえなくなっていた。


「セッティング、終わったのか?」


「ああ……ってオレはほとんど、何もやってないけどな」


 玲に答えた良助は実際ひまそうだった。


「役立たずねー」

「違うって! あいつがやりたいんだとよ」


 真奈美に言われ、良助があごをしゃくった先に、にこにこしながらサーバーをいじる涼音がいた。


「もう一度明日テストして、ばらして夕方博士の家に運ぶから、今日のところはこれでいいか?」


「ああ、いいんじゃないか? 二人ともお疲れ様だったな」


 玲がそう答えた瞬間、真奈美がそでを引っ張った。


「どうする? さっきの雅也の話、伝える?」


「それも明日でいいんじゃないか? 博士の応接間で待っている間とか、どうせひまだろ?」


「おいおい、何の話だよ、気になるじゃねーか」


「なんでもない。すっごいくだらない話よ」


 真奈美の口ぶりに雅也の顔が引きつった。


「なんだよ! 洗いざらい吐けっていうから――」


「「てめーは黙れ‼」」


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